蛇神夫婦・黒蛇の独白
私は、物心ついた頃から人ならざる者たちが当たり前の様に視えていた。言葉を交わす事も出来たし、物怖じせず接する私に対し彼らもまた友好的だった。
夫婦は、元々別の土地からやって来たらしい。
白蛇の姿をした妻の名は、
夫婦の契りを交わす際に、互いが相手に名を与えたのだと聞いた。白銀さまは、ご本人曰く生前は人間だったらしいのだが……その時の名は、今はもう忘れてしまったと言う。
『自分の名前も生まれも育ちも忘れてしもたけど、覚えとる事がない訳ちゃう。例えば、なんで蛇神になったのかはちゃんと覚えとる』
口調から憶測するに恐らくは、関西方面の出身なのだろう。大阪や京都よりも、兵庫よりの関西弁が近い気がする。
『僕の生まれた村にはな。生贄の風習があったんや。
普通、生贄聞いたらうら若き乙女って想像するやろけど……うちの村では違ったんや。二十歳になる前の男性を十年に一度捧げなあかんかった。
何でも、村外れの滝壺におる
ほんまは、僕やなかったんよ。僕が生まれる十年前に生贄なる筈やった人が、事故で亡くなってもうてな。
村唯一の霊媒師が、蟒蛇の女神さまと話し合って次に生まれて来た色白の男児は必ず十八で生贄にするって言う約束で何とか許してもらったらしいんや。まぁ、その色白の男児が僕やったんやけどね。
自分で言うのもなんやけど、僕ほんまに白すぎて蝋燭ってからかわれとった位やもん。で、十八歳になる前日や。
村中から御馳走持ち寄って僕の家で宴会して、好きなだけ飲んで食べたわ。好きやった娘とも、一晩一緒に過ごさせてもらった。
あ、夜伽はせんかったけどね。……きっと、思い残す事が無い様にって事やったんやろな。
でもな、年の離れた妹の花嫁姿が見れんかったのは心残りやったわ。
そんで、翌朝。僕は、滝壺の側にある崖の上に連れていかれた。死装束着させられて、両手を縄で縛られて布で目隠しまでされたわ。
崖の上には、鳥居があってんけどな。その先には、社も祠もない。
その鳥居を潜ったら、崖の先端で滝壺に真っ逆さまに落ちるんや。自分の足で、一歩また一歩と死に向かって歩かされる。
今思えば、怖かったんかな ? でも、一瞬でも歩みを止めたら進めなくなる思って……何も考えんでただ、歩く事だけ考えてたわ。
何歩目やったか忘れたけど、足踏み出したら足元に地面がなくてな。……そっからはよう覚えとらんけど、水の中に落ちたのは覚えとる
「ああ、僕このまま死ぬんやな」
って思って目を閉じたんや。けどな。急に息苦しいのがのうなってや、何が起こったんやろ思って目を開けたんよ。
そしたら、鳥居の前やってん。奇妙しいやろ ?
装束も僕自身も濡れてもないし、両手を縛ってたはずの縄もない。一人で軽く混乱しとったら、急に頭上から声が降って来てんや。
驚いて見上げたら、洋装着た男の子がおったんや。もう、訳わからんで黙って見つめとったらその子がな。
『お前、面白いな。……良い事を思い付いた。
蟒蛇の奴、人を食らい過ぎて穢れちまって駄目だからお前。奴の代わりに、蛇神になれ。
蟒蛇の力をお前にやる』
拒絶も同意もする暇なし。まぁ、言いぶり的に決定事項ぽかったけどな。
そんで僕は、蛇神になってん。んで一年は、村のあった土地に居る様に言われてな。
ん ? 村は、どうなったって ?
……そん年の暮れに、土砂に飲まれて跡形もなく消えてもうたわ。呆気なかったで ?
ただ、ほとんどの村人はおらんかったから被害受けたんは一部の年寄と霊媒師だけやったけどな。あ、あと嬉しい事が一個あってん。
年明けて春になった頃に、白無垢姿の妹が来てくれたんよ。鳥居の前で泣きながら結婚するってさ。
あれでほんまに、僕の人間としての心残りは綺麗さっぱり消えたんよね』
そう言って、白銀さまは何時もの様に掴みどころのない飄々とした笑顔を浮かべていた。
『それからも色々とあったけどな。でも。
黒曜に出会って、惠ちゃんみたいなおもろい子とも仲ようなれて……僕は今が一番幸せやって思っとるわ。大変な事も仰山あるけどな。
今では、あの人には感謝してるわ』
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