妖怪うったりもうたり
やざき わかば
妖怪うったりもうたり
最近、妙な妖怪に取り憑かれた。とは言っても、見た目は怖くない。レッサーパンダのようなふわふわで、ずんぐりむっくりしていてつぶらな瞳をし、平安時代の貴族みたいな格好をしている。可愛い。
見た目は怖くないのだが、こいつの能力が怖い。こいつは鼓を打ちながら舞を踊り、笛を吹き琴を弾き鳴らす。ひとりで全てをこなすのだ。そして完璧なステージを披露するのである。私に。
そもそも私は普通のOLである。なぜこんな雅で賑やかな妖怪に取り憑かれたのかがわからない。しかし、とくに悪さもしないので、可愛いくて愛しい専属音楽家、くらいに考えて放置していた。
この妖怪の生活スタイルは、私と全く同じである。朝、私と同時に起床し、私が出勤の準備をしている間に、一曲。私が仕事から帰ってくると、一曲。私が家事や食事をしているときに、二曲~三曲。そして、一緒の時間に寝る。
ある日、いたずら心に、私の夜食の袋ラーメンを少しだけ食べさせてみた。その瞬間、妖怪の身体がぴしっと動かなくなってしまった。
もしや食べさせてはいけないものだったかと思いきや、妖怪はすぐに意識を取り戻し、手をぶんぶんと振って眼をキラキラさせ、何かを訴えている。どうやら、とても美味しかったようだ。
次の日、異変が起こった。なんと妖怪が喋りだしたのである。
「おう、お嬢ちゃん! 俺の声が聞こえるか!」
「びっくりした。あんた、喋れたの?」
「お嬢ちゃんが食わせてくれた、あの食べ物が、どうやら俺の身体に合っていたみてぇだな。あれはなんてぇんだい?」
「ラーメンって食べ物だよ。それより、あんたは誰なの?」
「俺はな、妖怪の『うったりもうたり』ってぇんだ」
うったりもうたり。漢字で書くと、『打ったり舞うたり』となり、意味は「鼓を打ったり舞を舞ったり。ひとりで何もかもして忙しいさま(引用:広辞苑)」だそうだ。
「俺は、あのらぁめんってやつに感服しちまった。今までは音楽に身を捧げてきたが、これからはらぁめんに身を捧げるぜ」
「あんた、可愛い見た目に反して乱暴な言葉遣いねぇ。まぁ頑張りなよ。応援するからさ」
「何言ってんだ。お嬢ちゃんも協力してくれないと困るぜ」
「へ?」
そうして、うったりもうたりは雅な平安貴族の服装からTシャツ、ズボンに服装を替え、屋台から商売を始め、またたく間に店舗を出し、人気店になってしまった。
人気店になったのも当然である。
店を開ける、注文を聞く、茹でる、お湯を切る、盛り付ける、お客さんに出す、閉店時間になると掃除をする、発注をする、仕込みをする、金勘定をする、etc.
この一連の流れを、店員を雇わず一瞬にして成し遂げるのだ。客捌きも良いし人件費はかからない。何より、その恐ろしい速度でラーメン作りの特訓をしてきたものだから、味も良い。努力の鬼である。
さらに、自分の作ったラーメンの味見をする過程で、どんどんとその妖力?に磨きがかかっている。お客さんからも「見た目は可愛いのになんか怖い」と大評判だ。
さて、私はというと、店内でBGMを奏でている。曰く、「俺の音楽の道をぜひ継いでくれ」とのことで、死ぬほど特訓させられた私は、今や店専属のミュージシャンである。
パフォーマーの使う、背中にしょって足で打つドラムセットを使ったり、シンセやサンプラーを使ったりして、ハーモニカを吹き、ときにギター、ときにベースを弾き鳴らす一端のミュージシャンとなった。
スカウトも何度か来たことがある。しかし、この店、『ラーメン打舞(だぶ)うぉー』の給料がまた破格に良いので、ここでパフォーマー兼ミュージシャンとして働いている。
この、妖怪『うったりもうたり』が私の家に来てから、怒涛の時間が怒涛の速さで流れ、それにまんまと巻き込まれている私がいる。マルチタスクの生活というものは、こんなものなのだろうか。
いや、何か違う気がする。
妖怪うったりもうたり やざき わかば @wakaba_fight
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