第13話Sonic Drive Ⅲ

「遅い」


 ウサギの動きがさっきとは比べ物にならないほど、遅く感じる。

 でも、ウサギ自体の動きは遅くなっていない。

 私が、私の思考速度が、速くなっているだけ。


 ウサギの何度目かも忘れた突進に合わせて、身をねじ込む。爪での一閃を前に私は思い切り刀を振るう。


伐刀ばっとう


 円環とは異なり、前方しか攻撃出来ない代わりに、高威力な横薙ぎ。

 それをウサギの右前足に叩きつけて、打ち払う。そのエネルギーをそのままに身体を回す。


「金剛」


 遠心力を加えた肘打ちを心臓部に叩き込む。

 ゴッ、と重い音と共に、一瞬ウサギの動きが鈍る。

 なら、出の速さと威力から鑑みて、


「地嵐!」


 小細工無用の振り下ろし。ウサギの体毛を、皮を、そして多少の肉を切り裂いて、次のウサギの左前足の振り下ろしをサイドステップにて躱す。

 残り2分・・・・


 そのまま、ヒットアンドアウェイを繰り返すこと、つど3度。


 突進、斬撃、打撃、すべてを回避、またはいなし切る私に、業を煮やしたのか、ウサギは私の周りをグルグルと回りだした。

 更に私の目を誤魔化すためか、フェイントを織り交ぜる。

 的を絞りづらくさせることが目的だろう。


 ウサギを睨み付ける。

 正しくはウサギの動作の癖を、その速度を脳に刻みつける。


 時折、フェイントを混ぜるように緩急をつけたりしているようだけど、それも一定の法則のもとに成り立っているはずだ。例えそれがAI機械が導き出したものであろうと、それを作り上げたのは人間だ。

 

 なら、あるはずだ。

 読み切れ、そして、越えろ。


「――見えた」


 ――歩法 嚆矢

 静止状態から一秒と掛けず、トップスピードに乗る。

 ウサギに最速で接近する。


 ウサギは急ブレーキをかけようとするも、出来ない。当然だ。今この瞬間はウサギが一時的にトップスピードに乗って、最も緩急をつけにくい時間。


「セエアアァァッ」


 ――斬法 伐刀

 広範囲を薙ぎ払う一撃がウサギの側面に吸い込まれるように、入り込む。


 ウサギのHPの残りは3割。対してこちらは残り1分・・・・

 ウサギは強引に身体を振り回す。私は大きくバックジャンプする。今追撃を加えようとすると下手な攻撃に当たりそうだ。


 地面に脚がついた途端にまた接近する。今度はウサギも付いてこれたようで、


「キイイッ」


 後ろ右足での蹴りが迫る。


 ――歩法 虚空

 寸前で回避して、吹き抜ける風を無視して懐へ。

 狙うは関節。そこなら、ダメージを与えやすい、はず。


「ハアアアアアアッッーー」


 ――斬法 地嵐

 本気で振るうと決めた以上、技名を叫んでばかりはいられない。

 斬、と一閃、今までの比ではないほど深い傷が刻まれる。


「ギイイィィアアッッ」


 ウサギの口から漏れる全く可愛げのない苦悶の鳴き声。

 今までで最大のダメージにウサギの動作の一切が停止する。それと同時にウサギは地を転がった。


 今だ、今しかない。


 ――歩法 迅雷

 全霊を今の一瞬に込める! 己の全存在を前に押し出す。

 放つは、私が持ち得る最強火力の突き技。


「箒星!!」


 ズダンッ、とゲーム特有のヒット音。

 最高最速の一撃は見事、ウサギの心臓に叩き込まれる。急激に減り始めるHP。


 でも、これだけじゃ足りない。

 ウサギのモンスターとしての獰猛な笑みを一層深まった。私はその光景を幻視する。


 箒星は突き技。そして、私はまだ刀を抜いていない。これでは突き技は勿論、伐刀、地嵐などは使えない。

 では、どうするのが正解か。そんなのは、簡単だ。


「ラアアアァァァアアーーッッ!」


 ――斬法 玲瓏れいろう

 突き技を放った後、突き刺さった刀の峰を蹴りつけることで、相手の身体を強引に斬伐する技。数多くの技のある太刀上流の中でも、特に破壊力がある一撃。


 私が最後に放った一撃で、ウサギのHPは全損した。

 ウサギは、細かなポリゴン片となって、あたりに散る。


 瞬間流れ出したシステム音声。


『レベルが上がりました。Lv.8ー>Lv.11』

『『刀』のスキルレベルが上がりました』

『『敏捷強化』のスキルレベルが上がりました』

『『識別』のスキルレベルが上がりました』

『『格闘』のスキルレベルが上がりました』


 一拍置いて、更にアナウンスが流れる。


『ダンジョンボスを討伐しました。通常討伐報酬を獲得しました』

『プレイヤーで初めてダンジョンボスの単独討伐に成功しました』

『初単独討伐ボーナスを獲得しました』

『称号『戦陣を切る者』を獲得しました』


「やっ、たぁ……」


 なんとか倒せたけど、ギリギリも良いところ。あと10秒・・・・・無かったんだから・・・・・・・・

 あ、視聴者さん、放ったらかしにしてたや。

 まあ、でも、もう無理。


 その瞬間、力の一切が抜けて、確かな満足感とともに私の意識は暗闇に落ちていった。

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