第12話Sonic Drive Ⅱ

「流石に瞳までは固くないんだね」


 私の正面には、左目から赤いエフェクトを零すボスウサギの姿があった。


 あの瞬間、突き技でも叩き込めればそれだけで勝利だったんだろうけど、崩れた体勢で突きなんて放ったってまともにダメージを与えられるとは思えなかったため、天風で切り裂いた。

 ちょっともったいないかな。

 まあ、でも、いい手応えだった。


 その証拠にボスウサギのHPは半分を切った。弱点部位への攻撃はかなり効いたみたい。DEX上げといて良かったな。

 でも、ウサギの戦意はまだ衰えていない。

 それどころか、いままで以上。


 互いの視線が交差する。

 数瞬、私とウサギとの間に静寂が訪れる。

 それを先に破ったのは、ウサギの方。


「キキイイイイイイーーーーッッ」


 咆哮。また、取り巻きを呼ぶのかと思ったけど、今回は違うみたい。

 ウサギの周りに白いオーラが浮かぶ。

 おそらくバフの類。

 順当に行くなら、AGIに対するものだろう。

 そんなことを考えていると、ウサギはその身を投げ出すように突っ込んできた。


 それも、今までの2倍近い・・・・スピードで。


「ぐ、ううあぁっ」


 強引に身体を致命のエリアから外す。

 けれど、咄嗟の回避では避けきれない。右足に爪が掠る。

 たったそれだけで、HPの1割が削られる。


 紙耐久とは言え掠っただけで、これとはっ。


「ほんっとにヤバいねっ」


 痺れにも似た感覚に顔をしかめている内に、ウサギはもう一度飛び出してきた。今度はタックルからの爪での連撃。今更だけど、ウサギの肉体構造知らないけど、二足でどうやって戦ってるんだか!

 でも、見えないほどじゃない!


「ラアァァアッーー!」


 ――斬法 逆波

 攻撃に対して真っ向から迎撃して、刃を潰してでも、生き残るための邪道の技。

 刀の耐久が心配になるけど、今は構ってはいられない。


 つど5回、ウサギの攻撃を尽く打ち払う。けれど、完全に捌き切るには技量とSTRが足りず、HPの更に2割を失う。

 一度、バックジャンプで大きく距離を取る。


 予想していたとは言え、速い。捌くには、切り飛ばすには、あれ・・を使うしかない。

 でも、あれはもって3分。その間に削りきれるか。

 削るだけなら可能でも、残りのHPで凌ぎ切れるのか。


 そこまで考えて、私は自分の戦い方が下手になりすぎていることを悟る。


「――はっ、何考えてんだろう」


 どうして、私の戦闘能力が下がったのか。

 そんなのは簡単だ。

 技術が落ちたから? それは大いにある。

 でも、そうじゃない。私は命を賭けていなかった。ただ、それだけだ。


 あの頃を、悠真大好きな人との打ち合いの一手一手に全霊を賭けていた頃を、思い出せ。

 当時は怪我だろうがなんだろうが、どうでも良かった。

 そんなことよりも、勝つための一手を打つ。一閃を見舞う。一撃を叩き込む。一瞬を数瞬に引き伸ばして、必殺を練る。

 多少の怪我など捨て置いて、一瞬の隙きに自分の全存在を叩きつけていた。


 大怪我をして、後遺症が残って、すっかり怪我をしないことに多くの意識を割くようになった。

 いや、割きすぎていた。

 攻めきれないのは、多分それが原因。

 だから――


「こここっからは、全力で行くよ。――『思考加速ソニックドライブ』」


 言葉は一つで良い。その一つさえあれば、私は何処までも行ける。

 私は、身一つ武器一つでキリングゾーンへと飛び込んだ。



 _______________




 その放送は、最初はそう多くの者に見られていたわけではなかった。

 適正レベル未満で、ソロで、初期装備で、ボスへ喧嘩を売った馬鹿がいて、それを百人少々の者が見守っていただけだ。

 それが、段々と増えていき、ついには二千人を超えた辺りでそれが起こった。


『お、HP半分切った』

『あいつ、半分切ると灰・色・のオーラ的なの出んだっけ?』

『βではAGIが1.5・・・倍位になったんだよなあ』

『正式でもそう』

『それ、速くね?』

『もともと速い定規』


 ボスであるジャイアントホーンラビットはHPが半分を切ると、AGIにバフを掛けて、より手強くなる、という話は有名だった。yラピス《知らない者》も当然いるが。

 だが、そんな視聴者の、ゲームのプレイヤーの常識はこの瞬間覆された。


『オーラ出た!』

『白?! 灰色じゃないっけ?』

『そのはず……』

『てか、速っ』

『お、避け……れてない』


 ウサギが纏ったオーラは白。灰色でなかったときなど、記録にない。


『どして?』

『いくつか推測は出来るが……』

『とりま、その前にラピスのいった、ソニックドライブだっけ、それ何?』

『知らん。ビルド的にゲームのじゃ無いと思う』

『??』


 ラピスの発言に合った言葉が何なのか、それを把握しているものは殆いない。

 該当人物は、彼女をよく知る者のみ。

 続々と増え続ける視聴者に見守られながら、ラピスとウサギの戦いは佳境へと向かっていった。

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