第11話Sonic Drive Ⅰ

一瞬だけ視界が白く染まる。すぐに直ったそこには20m四方の円形に高さ15m程の空間だった。

 薄暗いそこの中心部にそれはいた。


 外見は体長を4mぐらいに大きくした角ウサギに近い。

 あのウサギもウサギで50cmはあるんだけどね。


 角ウサギに近くはあるけど、ボスの腕には肥大化して4本すべての足の甲の部分まで覆うようになった巨爪が見られる。


 設定としては多分あの爪と角(当然こっちも大きい)で洞窟を掘ったみたいな感じだと思う。普通にあの子が通れるくらいの幅があったからね、このダンジョン。


 戦う前に『識別』をしてみる。


『ジャイアントホーンラビット 

 Lv.15

 属性:物理・刺突 斬撃    』


 まず第一にレベルが高い。そして、普通の角ウサギにはなかった斬撃属性をもつ。

 …………爪かあ。凄い鋭そうなの見えるよね。


 それにしても名前はそれでいいの? HPゲージは一本。流石に最初のフィールドのダンジョンのボスだからかな、HPは少なめ。……だと思う。あの一本にとんでもない数字が内包されていたらお手上げだけど。


「まあ、いいや」


 自分に言い聞かせるように呟いて、私は早速仕掛ける。

 彼我の距離、およそ20mを駆ける。

 ジャイアント――面倒だからボスウサギで――も駆け寄る私に気が付いたようで、こちらにその大きく、夜目が効くのだろう仄かに光を帯びて見える目を向けた。


「キイイイイイイィィィィーーーーーー!!」


 思わず耳を塞ぎたくなるような威嚇の声音。

 ……ウサギの威嚇の声がこれで合ってるのかは知らないけど、取り敢えずとても煩い。多分100dbは出てる。

 100dbって、大凡ガード下にいる時に電車が上を通った時の音くらい。要はめっちゃ煩い。


 兎も角、ウサギの声は威嚇(?)だけではなかった。

 声と共に、通常の角ウサギが4体、接近する私とボスの間にポップする。


『ホーンラビット  Lv.9

 属性:物理・刺突     』


 フィールド、ダンジョンにいた奴らよりもレベルが高い。

 ただでさえ防御を捨てているのに、私は初期装備のまま。

 ダメージはボスが残っている事を考慮すると受けてはいられない。

 ……まあ、そもそも受ける気も無いけど。


 ――歩法 迅雷

 最速で接近する。2体ずつ時間差で突進してくる角ウサギの前2羽をまずは仕留める。


「円環――」


 白刃が弧を描き、2羽を切り裂いた。元々角ウサギは耐久が低いのもあって容易に倒し切れた。

 だが残り2羽は、未だ健在。


 ソロだと恐らくこの時間差攻撃に手間取るんだと思う。

 角ウサギは耐久が低い代わりにその鋭利な角での攻撃はかなりの威力を誇る。当たりどころによってはオオカミの攻撃とは比較にならないダメージを食らう……らしい。


 時間差で攻めてくる限り同時に4体とかは魔法での範囲攻撃くらいでしか対処出来ないだろう。

 まあ、まだ魔法使いのプレイヤーも範囲攻撃出来ないかもだけど。


 でも、私には、円環には、それが出来る。

 私は一回転した後、勢いのままに再度地を蹴り付けた。


「――輪廻」


 円環を放った後、回転運動をさらにつなげる事でもう一度、円環を放つ技、円環・輪廻。

 実戦では隙や無駄が多くて、あまり使われない技ではあるけれど、ゲームでは別だ。


 ほんの数秒で取り巻きを片付けて、再度接近を図ろうとボスウサギの方を見る。

 そこで私は目を疑った。


「――ッ?!」


 視界いっぱいにボスウサギの灰色と鈍・色・が広がっていた。

 ボスウサギは私が取り巻きを片付けている間にゼロ距離まで詰めていたらしい。


「キイイッ」


 突進一撃。角による刺突。私を一撃のもとに刺し貫かんと迫りくる。

 今から移動しようにも角から逃れられても、ウサギの巨体からの打撃は貰ってしまう。

 だから――


「神風!」


 ーー撃法 神風。

飛び上がり、一回転したエネルギーをすべてかかと落としに当てる一撃。

 今回、突進を避けるにはウサギの上に逃げるのが最善と判断した。

 ガッ、と鈍い音とともにウサギの頭に踵が叩き込まれる。

 脳を揺らす攻撃であるのに、ウサギには堪えた様子がまるで見えない。

 ウサギの背から飛び降りる前に、一閃見舞う。


「――全然、刃が通らないなあ」


 着地後、数瞬地を滑って、体勢を整える。

 ウサギはその体毛の影響か、はたまた私のレベルが低いからか、私の刀での一撃でさえ大した傷を与えられなかった。固い。素直にそう思う。私はAGI優先ビルドだから、STRはそこまで高くない。

 詳しく言うならAGIのちょうど半分しかない。


 自分の力では攻略できないなら、相手のものを使うまで。


「――ふっ」


 今度は私から距離を詰める。本来突進力のある相手に距離を詰めるのは危ないと言えば危ないんだけどね。相手の突進を避け損ったときに、相手の運動エネルギーに加えて、自分が移動していた分も加わるからね。

 ウサギもそれに合わえて再度突進を開始する。


 流石に迅雷は使えない。あれは急ブレーキがしづらいのだ。したとしても、足腰への負荷が……、


「――あ」


 戦場に似つかわしくない間抜けな声が出たけど、気にしない。

 そうだ、ここはVRの世界。足腰への負荷など関係ないじゃないか。

 にい、と口元が歪むのがはっきり分かる。

 ――よし、やろう。


 ――歩法 迅雷

 トップスピードにまで跳ね上げて、彼我の距離を一瞬の内に零に。


「キキイイッ」


 今度は角ではなく左前足の爪での斬撃、あれを食らったら腕の一本くらい飛んでいきそう。

 私は接触の寸前に急停止して、ウサギから見た位置を右に移す。

 脇構えの如く構える。


裂止れっし!」


 相手の運動エネルギーを利用して、身体のすぐ横に刀を設置することで相手が勝手に突っ込んで勝手に切り裂かれるという中々に喰らいたくはない技、裂止だ。


「ギッ――」


 初のクリーンヒット、ウサギのHPは5%ほどが削れる。良かった、HPは本当に少ない。

 まあ、裂止だけでどうこうできるとは思っていないけど。


 ボスウサギが次に取った行動は、脚を止めてのインファイト。

 ウサギのような四足歩行の動物は前に進むことは得意でも、後ろに進むのは困難なのは有名な話だ。

 また、最大の武器は言うまでもなくその速度。

 でも、ボスウサギは裂止を恐れたのか、はたまた二度の突進を躱されるどころかカウンターを食らったことが原因かは分からないけど脚を止めるという決断をした。


 最大の武器を捨てたとしても、ステータスと巨体を活かした攻撃は結局の所一撃一撃が致命。

 なので、連撃は私としても、相手にし難いのだ。寧ろ突進を繰り返してくれたほうが楽かもしれない。


 最初の攻撃は、右左右の順で前足の爪での斬撃攻撃。流石に素のAGIは私に分があるのか、迎撃はいらない。すべて回避して、一閃。当然の如く、ダメージは殆ど無いけど、相手のAIに状況判断を迫らせる。


「キイ――」


 次の攻撃は左右の切り払い。さっきと同様に、いや、さっきよりも簡単に回避できた。

 だが、ウサギの攻撃はそれだけでは終わらない。右前足の切り払いからの回転を全身に伝え、放つは回し蹴り。なお、後ろ足にももれなく巨大な爪付き。

 攻撃を挟もうとしていたタイミングでの回し蹴り。これは回避できない。できたとしても、体勢が思い切り崩れてしまう。

 だから――


「流水っ」


 爪の一撃を受け流す。相手の攻撃を受け流す技――流水。

 対剣士などでは、受け流すと同時に相手の武器を巻き取ったり出来るけど、目の前のウサギにはそれは出来ない。


 なので、受け流すに留める。そして、回し蹴りを逸して、出来た隙間に強引に身体をねじ込む。

 叩き込むのは、ゼロ距離での一閃。


「渦潮!」


 密着状態から上体の捻りだけで刀を振るう技だ。でも、結局威力が足りないのに変わりはない。

 切り裂けたのは薄皮一枚と言ったところ。でも、少しだけウサギの動きが鈍る。

 この時間で箒星を放つことは出来るけど、突き技は刀を引き抜かないといけないから隙きが大きい。

 私は一撃でも貰ったら駄目なのだから、突き技は使えない。


「円舞!!」


 ウサギの懐で、サマーソルトキックを放つ。相手の顎や手首を狙うための撃法。

 私の蹴り技は、ウサギの顎に叩き込まれて、更に時間が生まれる。

 私は円舞を放った関係で体勢が崩れてはいるけど、今ならウサギの目元を狙える。


「天風っ」


 私の一閃はウサギの左目に吸い込まれていく。

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