理想の英雄に:無銘19

霜桜 雪奈

「理想の英雄に」


 王国リルトヴルムの大広場は活気付いていた。


 大広場の真ん中には、お昼時には似つかわしくない処刑台が設置されていた。


 そこに、一人の女性が登る。処刑人が傍らに付き、彼女の手に付けられた枷から伸びた鎖を握っている。


  白髪の混ざった黒い髪に、薄汚れた白いワンピース。乱れた髪の間から覗く黒い眼は、光を逃さない程濁っている。おおよそ、今日までまともな扱いを受けなかったのだろう。


 断頭台の近くにいる市民からは、「殺せ」だの「悪魔め」だの、彼女を揶揄する言葉が飛び交う。



 この国は、数日前まで隣国のパカエレア帝国と戦争状態にあった。


 そして彼女は、そのパカエレアで「救国の英雄」とまで謳われた人物である。


 彼女は、パカエレアのケトイ街にある修道院で修道女として働いていた。純粋無垢で慈悲深い性格から天使とまで称されている。街の人々とは友好な関係を築けており、まさに皆に愛されている修道女。


 そんな彼女は、ある日神託を授かったとされ、騎士団の団長として抜擢された。これは、彼女にとって身に覚えの無い事だった。拒む彼女は、王国によって半ば強制的に入団させられた。


 これは当時、騎士団の士気低下が問題視されたことが背景にある。士気向上のために女騎士の入団が提案され、天使と名高い彼女が適任であると抜擢された。彼女以外にも、この時には十数名の修道女が、部隊長として抜擢されている。


 何も知らない騎士も彼女たちも、戦場では神の名の元に、死という断罪と救済を行った。戦争中に彼女が殺した人数は、およそ百名前後。


 戦場で騎士をまとめ、幾多の戦場で勝利を収めた彼女の周りには、常に敵兵の骸が血潮の花を咲かせていたという。その見た目から、リントヴルムでは「薔薇の悪魔」と呼ばれていた。


 二年にわたる戦争の果て、パカエレアは降服を宣言した。

 国の男の半数を散らせ、抜擢された修道女も、そのほとんどが戦死していた。


 罪なき修道女たちを戦場に向かわせ、その命を散らせたパカエレアは、挙句の果てに最も成果を上げた修道女である彼女を、降伏の証としてリントヴルムに明け渡した。


 パカエレアでは英雄と崇められた彼女も、リントヴルムではただの罪人である。

戦争中に救済と断罪の名の元に行った数多の殺戮。当然、それは許されるものではなく、結果として彼女には死罪が課された。


 だが、彼女も引くに引けなかったのだろう。


 他人に奉仕することを生業としていた彼女が、国民から寄せられた期待に応えようとするのは、あまりに自然なことだった。それがたとえ、殺戮であろうとも。


 処刑台の上に登った彼女は、自らに迫る死を受け入れ、自分が罪人であると肯定していた。周りから投げられる罵詈雑言も、真っ当なものであると受け入れていた。


 処刑人が、彼女を跪かせる。彼女の傍らに立った処刑人が、用意されていた銀に光る鉈を手に取る。


「最後に、言い残すことは?」


 処刑人が彼女に問いかける。


 彼女は、静かに言葉を紡ぐ。数日間水も含んでいない、その乾いた口で。


「私は……」



――私はただ、求められた英雄になりたいだけだった。



 断頭台に薔薇が咲く。


 花の散り際、彼女の言葉の続きは待たれなかった。

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