第18話 迷い
井崎は深く息を呑むと、強く握り締めながら拳銃のレバーを下ろし、銃口は斎藤の顔へと向けた、「情でも湧いたつもりか?、桐生…」
その斎藤から放たれた言葉に井崎は、戸惑いを隠せなかった、「俺はもう…人を殺したくない!」
井崎からの返答に斎藤は呆れた表情で周囲に目線を向けた、「俺は自首しにいく、もうお前らとこれから関わることはない、」 井崎の目は覚悟を決めた目付きで、斎藤に拳銃を向け続けた、「お前はもう闇から抜け出す事は不可能だ、」
「どういう事だ!」 すると突然、斎藤は足早に井崎のもとへと歩きだすと、銃口に頭が付く距離まで接近してきた、「ごくり、」二人は睨み合いながら緊迫とした緊張感が流れた、「桐生、今頃お前の妻はどうしてるだろうな?、仕事場では気を付けた方がいいぞ」 その言葉に井崎は冷静さを失った、「斎藤ぉぉ!、まさか、加木を殺したのもお前なんだな!」井崎は怒りで叫ぶと、銃口を斎藤の頭部へ突きつけた、すると、斎藤は不敵な笑みを浮かべながら井崎に言い寄ってきた、「加木は…知り過ぎた、奴がいればこちらは思うように動けなくなる、だから始末した。桐生、もしお前が組から離れる事があれば、内の山部がお前の妻を殺しに向かう」 そう言うと斎藤はスーツのポケットから携帯を取り出し、井崎 薫が映る写真を見せつけてきた、井崎はグッと拳銃を握る手に力が入ると、拳銃の引き金を引きたくても引けない状況に、怒りで手が震え出した、「計画はお前のお陰で順調に事が進んでいる。来週の日曜に、平川が関西の龍虎組との取引を持ち出せた、」 井崎は悔いながらも仕方なく拳銃を下ろすと、斎藤の話に耳を傾けた、「お前の仕事は、龍虎組の幹部を始末し、○○商事が龍虎組へ横流しした金の居所を聞き出すことだ、」 斎藤はそう告げると、井崎に一言言葉をかけて、屋上からゆっくりと去っていった、「期待しているぞ、桐生、」。
夜の8時、社内に残る記者の槙村は、徹夜で眠くなる目蓋をこすりながら、自身のデスクに座りパソコンを操作していた、騒がしい午後とは違い、静寂のように静まる社内のなかで、槙村は時間を忘れて仕事に打ち込んでいると、その時、「ガチャッ、」社内の扉から編集長の多部が入ってきた、多部はまだ仕事場に残る槙村に驚きながら近くへ声を掛けてきた、「夜遅くまで仕事か?」
「はい、今日中に纏めておきたい記事がありまして、」 「へぇ…そうか、まぁムリはするなよ槙村、」すると多部は、手に持っていた缶コーヒーを槙村のデスクの上へと置いた、「すいません。ありがとうございます編集長、」 多部は軽く応えその場から去ろうとした時、ふと槙村のデスクに置かれていた一つの写真立てが気になり、足を止めた、「何だ、まだあいつの事が気にってるのか?」 多部からの問いかけに一瞬戸惑うと、視線が写真立てを見てた事からすぐに槙村は察知した、「編集長、私はまだ、忘れることが出来ません。」 槙村のデスクに置かれて写真立てには、槙村と同期の記者であった、一人の男性が映っていた、「いい加減もう忘れろ槙村、彼はもう亡くなっているんだから、」 槙村はじっと写真を見つめながら多部に言われた言葉が重く心にのし掛かった、すると、「プルルルル、プルルルル、」突然社内の電話機から着信が鳴り出した、槙村はふと我に帰って、デスクから立ち上がると、音が鳴り続ける電話機に向かい応答した、「はい、社会部の槙村です。………え!?、」。
「本日、鑑識による司法解剖の結果、二日前に起きた転落事故による身元の遺体が、本芝原署刑事部所属、加木啓治警部だと言うことが判明いたしました。」 突然の警察署により開かれた記者会見には、多くのマスコミが会見場へと集まっていた、その中には、急いで駆けつけた槙村の姿もあった、「司法解剖によりますと、遺体の中には大量のアルコール成分が含まれており、身体には何者かによる傷跡が無かったことから、今回の事件は、事故による転落死だと推測されます。」演説台の上から淡々と原稿を読み上げる広報官を、会見場の横から見ていた三上は、報告に上がった文章に悔しさを滲ませ、拳を握り締めながら耐えていた、「加木さんが、ヤクザ組織に殺されたのは間違いない、何が事故死だ馬鹿野郎が、」
「上層部が証拠を揉み消したんだろ、噂だが、警察内部に内通者がいるって話聞いたぞ、」 やがて周囲に立ち並ぶ刑事達の会話が耳に入ると、三上はじっとすることが出来ず、足早に会見場から立ち去った、会見場から出ていく三上の姿を見かけた安藤は、鋭い視線を向けながら会見場の閉まるドアをじっと見つめていた、「それでは、記者団からの質疑応答に入ります、」
広報官からの呼び掛けが入ると、安藤は気を取り直して、視線を記者団へと向けた、すると、視線の先には見覚えのある女性、槙村が視線に入った、「週刊日本の槙村です。加木警部が暴力団組織に襲われたと言う可能性は無いと言う事でしょうか?」 「現段階の我々の判断では、可能性は無いと思います。」
「以前、織田会の傘下組織の事務所を検挙した事がありました。加木警部は捜査の行き過ぎにより殺されたのではありませんか?」
「それは悪までも憶測ですよね、我々が先程お話したことが全てです。」 槙村は果敢に質問を投げ掛けるが、広報官の男は報告した内容が全てだと一点張りであった、槙村は困惑した表情を浮かべながら席へと座ると、会見場の端で立つ安藤と視線が重なった。
夜の9時、「ガチャン!」自宅へと帰宅した井崎は、どこか落ち着かない様子で玄関のドアを開け、足早にリビングへと向かった、リビングには既に自宅へと帰宅していた妻の薫がソファに腰掛けていた、「あなた、お帰りなさい、、、何かあったの?」薫は焦った表情を見せる井崎の顔に不信を抱いた、「いや、別に何も無いよ、」そう誤魔化すと、井崎はキッチンへと向かい、冷蔵庫の中から水とコップを用意した、「嘘つけ、私にもう隠し事はしないで!、何かあったんでしょ、」井崎は言葉が詰まり、コップに注いだ水を一気に飲み干したその時、つけていたテレビのニュース番組から、例の記者会見の映像が映っていた、「加木警部が暴力団組織に襲われたと言う可能性は無いと言う事でしょうか?」 テレビから流れるその音声に、井崎は飲み干した水が吐き出しそうになった、「ねぇ、何があったのよ!あなた!」
井崎は思わずキッチンの洗面台から吐き出してしまった、その瞬間、突然井崎の目付きが変わった、「薫、、今日誰かに付きまとわれなかったか?」 「え!?、付きまとう……」突然の発言に動揺を隠せない薫を置いて、井崎はスーツの腰に隠し持っていた拳銃を薫へ渡そうとしたその時、ふと自身が涙を流しながら微笑んでいる事に、鏡に反射した自身の顔を見て気がついた、すると、薫が一言井崎に投げ掛けてきた、「あなた…………誰なの?」
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