第17話 あの日の夜

「コツン、コツン、コツン、コツン」入院していた病院から急遽退院した三上は、重い足取りで警察署内の廊下を一人歩いていた、三上の表情は哀しみをどうにか堪えきるかのような、感情を失くした無の表情のように、和田部管理監に呼ばれた霊安室へと静かに入っていった、「ガチャン、」霊安室の扉を開けると、部屋の中には悲しみを堪えきれない後輩刑事達が立ち尽くし、中央には薄い布団に身体を包み、顔に白い布が被さられた遺体の眠るベッドが置かれていた、その光景に三上は激しい胸の動悸が起き始めた、「はぁ…はぁ...」三上は咄嗟に考えを捨てて身体が動き、顔の隠された白い布を掴むと、ゆっくりと布を剥がした、「はぁ...!」 三上の目に映ったのは、やはり報告に上がっていた、静かに眠りにつく、加木の姿だった、その瞬間三上の中で堪えていた感情が爆発した、「加木さん……加木さん!目を覚ましてください、加木さん!、何してるんですか、加木さん起きてください!!…」    「おい!三上落ち着け!」三上は涙ぐみながら静かに眠りにつく加木に近寄ると、慌てて三上を取り抑えようとする後輩刑事達を蔑ろにしながら、虚しくも必死に言葉をかけ続けた、「加木さぁぁぁぁぁぁぁん!」 。


重たい空気が流れ続けて数分後、霊安室にようやく和田部が部屋へと入ってきた、「ガチャン!

「お疲れ様です。管理監…」 和田部は悲しげな表情で加木の方を見つめながら、周囲にいた安藤に指示を出した、「加木の親族がもうすぐ来る、お前達は今のうちに部屋から出ておけ、」  

「わかりました、」  すると、安藤は霊安室の中で悲しむ刑事達に退出するよう促し始めた、刑事達が部屋を出ていくなか一人、じっと加木の遺体を見ながら立ち尽くす三上だけは、すぐには退出しなかった、「三上、お前も早く部屋から出ろ、」 安藤はそう言葉をかけるも、三上は小さく応えるだけで動かなかった、しかし、微かに三上は何かを口元で囁く姿を安藤は目にした、「ガチャン!」霊安室から退出し、ゆっくりと扉が閉まると、三上は廊下で和田部と話している安藤に目を向けた、「後は頼んだ、」やがて会話が終わり和田部が廊下から立ち去ると、三上は残された安藤に問いかけ始めた、「安藤!、」三上は名前を呼ぶと、足早に安藤の近くへと詰めよった、「お前は警部と相棒だったろ、何か知っていることは無いのか?」 三上は単刀直入でそう問うと、安藤は困惑した表情で三上の顔を見つめると、言葉を返した、「生憎最後は担当の捜査から外されたんだ、何が起きたのかは俺も知りたい、」  じっと見つめてくる安藤の目を見ながら、三上は思わずその場から頭を抱えた、「加木さんは、戸熊一家殺害事件について、何かを掴んでいた、きっと裏には暴力団組織が大きく関わっている、」 「警部は織田会に足を踏み込み過ぎたんだ、お前も気を付けろよ、三上、」 安藤は三上にそう一言告げると、その場から立ち去ろうとしたその時、「安藤!、」突然三上はでかい声で安藤の名を呼んだ、すると次の瞬間、三上は安藤の胸ぐらに掴みかかってきた、 「バン、!」安藤は掴まれた勢いで壁へと強く背中を打ち付けた、しかし、そんなことを気にすることなく三上は真剣な表情で安藤へ言い詰めた、「どうして加木さんが、織田会に殺されたと知っている、俺はどの組織がやったのか話していない、」  その発言に安藤息を呑んで三上の顔を睨み付けた、 「何か知っていることがあるなら今すぐ話せぇ!」 睨み合う二人の間には、殺伐とした大きな亀裂が起きたかのように、胸ぐらを掴む三上の腕を振り払い、安藤は三上に背を向けて足早に去っていってしまった。




午後の3時、廃墟となったビルの錆び付いた鉄骨階段を、ゆっくりと駆け上がる井崎の姿があった、「ゴン、ゴン、ゴン、ゴン」 しばらくの間、長く続く階段を上っていると、段々と眩しい日差しが井崎の顔元に差し込んできた、やがて階段は屋上へ辿り着くと、井崎は右手で日差しを隠しながら階段を降りて、屋上へと足を着いた、「顔色が良くて安心したよ、桐生、」 そう井崎に突然話しかけてきたのは、既に屋上へと来ていた斎藤であった、斎藤は井崎の方を見ず、屋上から見える外の景色を眺めていた、井崎は斎藤の言葉に応えることなく、険しい表情を浮かべながら斎藤の隣へと並んだ、「新妻の組事務と、戸熊の自宅からお前のクロスペンダントが落ちていたと聞いた、昔のお前ならそんなミスは起きなかった筈だ、」 そう言うと斎藤はスーツのズボンにある両ポケットに手をいれながら、横に立つ井崎の方を振り向いた、「まさか…な、」  

すると井崎は突然、理由も無いのに軽く笑い始めた、「グツ!、いひひひひひひ、」 しばらく笑みが止まらないまま井崎は、笑いを堪えながら斎藤に話しかけ始めた、「斎藤、、ようやくわかったよ、いひひひ…これまで何が起きてたのかを、」 斎藤は不自然に笑いを堪えようとする井崎の言動に睨みを効かせながら疑問を抱いた、すると、井崎はあの日の夜の出来事を語り始めた。





それは、戸熊一家の殺害現場に出くわした次の日の夜の事であった、井崎が謎の男を追いかけた時に訪れたビルがまさに、今立っているビルの屋上であった。

「はぁ…はぁ…」 緊張で暑くなっていた体温が寒い空気を感じることで、井崎は冷静さを取り戻そうと、落ち着こうとしていたその時、「ガサッ!」 突如井崎の後ろから何者かが腰から何かを抜き取る動きを感じ取った、そして、「ジャキッ!」井崎の後頭部へ拳銃を後ろから突きつけられてしまった、その瞬間、屋上から一気に緊張感が走り出した、「お前がやったのか?お前は誰だ!」 井崎は両手を上げながら意を消して後ろの人物に問いかけると、ゆっくり身体を後ろへと振り返った、視線の先にはやはり、黒いコートに帽子を被った長髪のあの男であった、すると、「ガチャッガチャッガチャッガチャッ、」突如として銃口を突きつける男の表情は怯えだし、拳銃を握る腕は震えだしていた、その様子に井崎は男の心情が理解できなかった、「お前…誰だ…?」 男は井崎にそう問いかけてきた、「やはり戸熊を殺したのはお前なんだな!?、」 緊迫が更に加速し始めたその時、男は錯乱した様子で井崎の胸に銃口突きつけてきた、「止めろ!何しやがるんだ!」 

「誰だ!?、お前は誰なんだぁ!」 やがて二人は掴みあいになり屋上の手すりへと、井崎は身体をぶつけられた、「グワッ!」 背中から強い痛みを受けるものの、井崎は身の危険を守るため、痛みに耐えながら力ずくで男が持つ拳銃を奪おうと動いた、「や…め…ろぉぉ!!!!」 互いが拳銃を激しく掴み合いながら、井崎は男の顔を険しい顔で睨み付けた、その時、「ドォーーーーン!」屋上内で一発のでかい銃声が響き渡った。



「ゲホォ!、ドバババ」  銃声が鳴り響き終え、気がつくと田中は屋上のコンクリートの上に倒れ込み口から血が吹き出していた、その瞬間、胸から激しい激痛が走り出した、「ウワァァァアァ!」田中は片手で必死に撃たれた右胸を抑えながら、井崎の方を睨み付けると、井崎の表情はさっきまでとは違っていた、まるで別人かのような目付きでこちらを覗いていた、「お前の…お前のせいで……俺の人生は終わったんだァァァァァァ!」田中は血だらけの状態で怒りをぶつけるように、ふらつきながら、痛みに耐えて井崎の足にしがみついてきた、力付くで井崎のズボンを握りしめる田中に、井崎は躊躇なく握られる蹴るように足を振り払った、「ドサッ!」 身体を投げ出された田中はコンクリートから動くことが出来ず、仰向けの状態で空を眺めた、「コツ、コツ、」田中から奪った拳銃を握りながら井崎はゆっくりと倒れる田中のもとへ近づいた、やがて今にも力尽きそうな田中の目を見ると、井崎は田中の上体を脇から持ち上げて運び出し始めた、田中は激痛に襲われ悶えるが、井崎は気にすることなく屋上の手すりへと辿り着いた、「悪いな…生かしておくわけにはいかないんでね、」そう言うと井崎は無理に田中を持ち上げ始めた、「ウギャワァァァァァァァァァ!」 田中は最後の抵抗をし始めた、余力を残して落とそうとする井崎に抵抗して手すりに掴まった、「グフッ!、」田中の口からは血が更に吹き出している、すると、もう力をいれることも出来なくなった田中は、最後に井崎の襟元を握り締めた、すると、「お前は、、人間になのか…?」 田中は井崎の耳元でそう問いかけてきた、その時、「 ? 、」

何故か井崎の目に涙がこぼれ落ちた、次の瞬間、田中は意識を失い、襟元を掴んだまま井崎を道連れにしよと、屋上の手すりから手を離した、井崎は思わず足をとられ、二人はその場から落ちていった、次の瞬間には、再びでかい銃声音が鳴り響いた。




ふと我に返った井崎は、すぐさま横に立つ斎藤に向けて、隠し持っていた田中の拳銃を腰から抜き取ると、銃口を斎藤へと構えた、「フッ、やはりか、」斎藤はその言動を鼻で笑うと、視線を井崎に向けた、「まさか、情でも湧いたつもりか?」。

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