第16話 容疑者X

夜の10時、薄暗い道から、一段と光輝く高架下に置かれた深夜営業の焼き肉店に、安藤は仕事終わりで足早に入店していった、店の中に入ると、安藤はスーツの懐に入れていた煙草とライターを取り出しながら、奥の個室席へと向かった、「突然呼び出して、何のようだ?」個室の中には既に、週刊記者の槙村が居座っていた、「あれから、金の行き先がどこなのかを聞き出そうと思いまして、」 槙村は先に注文していたハラミを片手を使って七輪で焼きながら、自身のバッグから録音機を取り出した、「あいにく、俺は事件の捜査から外された、調べていた捜査資料はもう担当の刑事に渡されてる、」     「外されたんですか?」     「事件について知りたいのなら、担当の刑事か、広報官に聞いてくれ、」 安藤は冷たい口調で槙村にそう伝えると、個室席から立ち去ろうとしたその時、「待ってください!」槙村は咄嗟に安藤を呼び止めた、「悪いが今は肉を食べる気分じゃないんだが、」 安藤は口に煙草を加えると、仕方なそうに再び席へと座り込んだ、「実は、戸熊を知る知人から受け取った写真があるのですが、」槙村はそう話すと、またバッグに入れていた一枚の写真をテーブルへと置き、安藤の方へと差し出した、安藤は険しい様子でゆっくりとその写真を手に取った、「おい、この男は!?」  槙村が手にしていた写真に映っていたのは、戸熊と向かい合いながら食事をする斎藤の姿があった、「彼は何者なんでしょうか?、この人が不正な金を受け取った人物なんでしょうか?」 槙村はじっと安藤の目を見つめながら、男について問いかけた、「フー、」安藤は吸った煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、槙村の方に顔向けながら、思わず頬が緩んだ。

その時、「バタン!」突如店の扉が勢いよく開く物音が聞こえると、騒がしく話し込みながら店の中へ入ってくる気配を感じ始めた、「ふざけんなぁ!これでは話が違うだろ!」 個室の外からは一人の男が怒りを露にするかのように声が響き渡っていた、安藤は外の様子が気になり、個室の中から外を覗くと、そこには、何処かで見覚えのある会社員の男と、もう一人、目元に深い切り傷のある黒いジャケットを着こなした強面の男が、店の中央で話し込んでいた、「こっちは部下の一人に不正がバレてるんだ!、もう隠し通すことは出来ない、」  動揺を隠しきれない様子の村山に、強面の男は痺れを切らすかのように苛つきながら、右手で村山の胸を押しながら強い言葉を言い放った、「裏金でも何でも作って、どうにか金を集めろ!」  すると強面の男は店内で食事をすることなく村山を置いて、足早に店から出ていってしまった、一連の二人の言動を見ていた安藤は咄嗟に浮かび上がった不信感から、店を出てった男の後を追いかけ始めた、「あっ!安藤刑事!?どちらに行くんですか!」 槙村の声を後にして、安藤は店から出たものの、暗い一通りの道の中で周囲を探し回ったが、男の姿を見失ってしまった、「クソッ、どこに消えた?」 安藤は周囲に視線を向けながら、仕方なくゆっくりと店へと戻ると、カウンターのテーブルに腰掛ける、村山の背中に視線が変わった、安藤は意を決して村山の隣の席へと座り込んだ。





翌日の朝、井崎は会社へと泊まり込みでの作業一度終えると、パソコンを閉じ、両腕を伸ばすと、自身のデスクから立ち上がり、社内の奥にある窓の外を眺め始めた、井崎は会社の外にいる人々の姿をじっと見つめながら、静かに何かを考え込んでいた、やがて井崎の目付きは、心の中で固く決意したような目付きへと変わっていった、すると井崎は、突然スーツのポケットから携帯を取り出した、「プルルルル、プルルルル、」井崎が電話を掛けた相手は、妻の薫りだった、しかし、 「プルルルル、プルルルル、」早朝であったが為か、薫とは連絡が取れなかった、携帯からアナウンスが流れてくると、井崎は変わりにメッセージを薫に残した、「今日が記念日の日だったよな…帰ったら久し振りにワインでも飲もう…出会ったあの日の様に、フッ、」

小さく微笑むと、井崎は携帯を切った、スーツのポケットへと携帯を戻すと、足早に荷物を整理し、社内から立ち去っていった。


「もしもし、これからそちらに向かいます、」井崎は再び別の人間と通話をしながら会社のエントランスへと歩きながら、入り口のドアへと向かった、やがて会社から出ると、周辺の道路で止まっていたタクシーを見つけるやいなや、すぐさまタクシーに乗り込もうと向かおうとしたその時、井崎はふと上から咄嗟に違和感を感じ始めた、通話を止めて携帯を耳から離し、上を覗こうとしたその瞬間、「ガッシャアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンンン!!!」  突如止まっていたタクシーの上から人が凄まじい勢いで落下してきたのだ、どでかい衝撃音がその場から響き渡り、タクシーは落ちてきた衝撃により天井は潰されていた、そして、落下してきた人物は、大量の出血をだしながらその場で即死してしまった、「はぁ…はぁ...はぁ...はわぁぁぁぁ!」何が起きたのか状況が理解できない井崎は、パニック状態に陥り、その場から崩れ落ち、激しい心臓の鼓動が高まってきた、「何だ?、一体何が起きてるんだ!畜生ォォォ!」

井崎はどうにかパニック状態を抑え、落下した人物の顔を見ると、その顔は何処かで見覚えのある顔であった、、「わかりました、、事件の真相解明の為に、この女性を保護させます 」 。

「心配するな、俺に任せておけ」。

井崎は過去に耳にした声と共に、その人物の顔を着々と思い出し始めた、「加…加木……さん、」。






夜の8時、「バン!」強い力でテーブルを叩きつけると、衝撃音が部屋の中へ響き渡ると、緊迫とした空気感へ変わり始めた、組事務所の壁に掛けられた代紋を見つめながら、斎藤は後ろに佇む人物に一言問いかけた、「警察はどこまで知っている?」 斎藤はそう言うと後ろを振り向き、テーブルの上に腰掛けた、「警察内部で嗅ぎ付けた人間は、恐らく加木だ、」 斎藤を目の前に応えた人物は、芝原署刑事の安藤であった、「あの人は何か勘づいたんだろう、お陰でこっちは捜査から外された、もうこれ以上動けないぞ」  すると斎藤はそれを聞いてニヤリと笑みを浮かべてきた、「奴は俺達に近づき過ぎた、お前が心配する事はもうない、」   斎藤からの発言に、安藤は険しい表情を浮かべながら疑問が募った、「まぁ、安藤さんよ、情報は全て掴んである、」 そう言うと、斎藤は事務所のドアに隠れて置かれていた、中がパンパンに膨れ上がった黒のボストンバッグを指差した、「斎藤…調べているのは警察だけじゃない、週刊記者の女がお前を嗅ぎ付けていた、」    「そうか、」   「新田の様に処分するのか?」安藤は何を考えているのかわからない、この異様な男の素性を知ろうと、問いかけ続けた、すると、テーブルに腰掛けていた斎藤は立ち上がると、安藤の側に近付いてきた、そして耳元で斎藤は告げた、「これ以上面倒な事はごめんなんだよ、安藤…、一つ提案がある…」

斎藤は密かに安藤へ話すと、ゆっくりと再びテーブルの方へと戻っていった、斎藤からの提案を耳にした安藤は冷静さをどこか隠せきれない、困惑した表情になっていた、「ところで教えてくれよ、戸熊を殺害した桐生っていう男は今どこにいる?」  唐突な安藤からの問いかけに斎藤は鼻で笑うと、安藤の目を見つめながら応えた、「桐生はもう、ここへ来ている、」 ふと安藤は後ろを気にすると、事務所の入り口から足音が聞こえてきた、「奴が一連の事件を引き起こした、桐生だ、」 やがてドアが開き、中へと入ってきたのは、井崎であった。

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