第12話 病室

事件から二日後、井崎は重い足取りで運転する車を病院内敷地の駐車場へと止め、運転席から降りると、ふと井崎はその場から深刻そうな表情で病院の上を見上げた、深く溜め息を吐くと、井崎は足早に病院の入り口へと歩きだした、自動ドアが開き、エントランスの待合席に向かっていると、人混みの間から、芝原署の刑事加木がその場に立っていた、加木はこちらに気がつくと、片手を上げて小さく会釈した、井崎も小さく会釈を返すと、加木の近くへと駆け寄った、「わざわざ三上の為に見舞いに来て貰ってありがとうございます。」   「いえ、具合の様子は大丈夫なんですか?」   「あいつはタフな男なので、心配ないですよ、医者からも数ヶ月の入院だけで済むと話していたので」 すると井崎はホッとした表情で加木に応えた、「そうですか、安心しました、」 

しばらく待合席から会話が続くと、加木は三上が入院する病室へと案内し始めた。

エレベーターは四階へと上がると、井崎は先を歩く加木の後を追ってエレベーターから降りた、しばらく院内の廊下を歩き続けていると、目線の先から病室の扉の前で、壁にもたれながら待っている安藤の姿を見つけた、加木は病室の前へと着くと、安藤に相槌をうって病室の扉を開いた、井崎は安藤の視線が気になりながらも、迷いを捨てて病室内へと入って行った、「ガラガラガラ、」

扉が開かれる音でこちらに気がついた三上は、井崎を見るやいなや、病室のベッドから起き上がった、「井崎さん、」 井崎は三上を見つめ軽く会釈すると、近くに置かれていた椅子に腰掛けた。




しばらくの間、病室内には加木と安藤を除いて二人だけの空間が続き、何気ない会話で時間が経過していた、「会社にはもう復帰できたんですか?」   「えぇ、例の出来事が起きてから、警察からの疑いも晴れて、会社に戻れました。妻にもかなり迷惑をかけてしまったので、早く元の生活が取り戻せるよう頑張らないと、」  

「そうですか、それを聞いて私も安心しました、井崎さん、」 すると三上は井崎へ緩く微笑んだ表情を見せた、穏やかな空気が流れ、ふと井崎は病室の窓を覗くと、三上に一言問いかけてきた、「新田さんを襲ってきた奴らが、本当の犯人ですか?」  その問いかけに三上は険しい表情へと変わり、何かを堪えているかのように、すぐに返答をしなかった、数十秒間、沈黙が続くと、三上は意を決したかのように井崎の方へと視線を向けて、語り始めた、「新田さんを襲ったのは関東全域を掌握する暴力団組織、織田会の人間です。」

「暴力団…組織、」  「ただの傘下組織なら壊滅させるのはそう厳しくはない、だが、奴らが手強いのは、織田会のバックにいる人間と、組織内で選ばれた特殊な工作員が裏で暗躍しているからです。」  三上から放たれたその発言に、井崎は余りにも身近に感じたことのない闇組織の実態に耳を疑い続けた、「暴力団組織を庇う人間は誰なんですか!何故工作員が!?」

「今、警察が把握しているのは、織田会に潜んでいる工作員は、一般人の様に平然と暮らしながら、裏では多額の資金繰りを行っていると言うこと。それと、あの時私を襲ってきたのが、織田会幹部の山部だと言うことが、今回の殺害事件に大きく関わっているのだと確信がつきました。」

すると三上は悔しそうな表情で窓の外へと振り向いた、「井崎さん…気をつけてください。あなたも狙われる可能性がある、」 井崎はじっと空を眺める三上の心情を感じとり、それから数分後、井崎は椅子から立ち上がった、「そろそろ失礼します。お大事になさってください、」 そう言うと、井崎はその場から低く頭を下げて、病室から退出していった。

「ガラガラガラ、」廊下へと出た井崎は、病室の扉が閉まりきると同時に、休憩スペースへと向かうとしたその時、目線に映ったのは、不敵な笑みを浮かべながら壁にもたれる、もう一人の自分が廊下に立っていた、「お前…!、今すぐ消えろ、」井崎は怒りを露にしながら小声でそう言い放った、「フッ、俺はお前が必要だと感じているから、こうして姿を見せている、」

「お前を必要だと感じたことは、一度もない!」 

井崎は睨み付け、強い口調でもう一人の自分に言い詰めた、「時期に思い出す筈だ、、」そう語ると、もう一人の自分は目で奥の廊下を合図した、ふと井崎は向かうとしていた休憩スペースの方へと繋がる廊下の先を振り向くと、そこにはゆっくりと歩いてくる、加木と安藤の姿が見えた、そして、視線を外した隙にもう一人の自分は再び姿を消した。




「これ、よかったら」休憩スペースの席へと座り込む井崎に、加木は自販機で購入した缶コーヒーを差し出した、「すいません、ありがとうございます、」 そう言うと井崎は加木から缶コーヒーを受け取った、「今回の事件は運悪く巻き込まれてしまい、災難だったと思います。三上が動けなくなった分、後のことは我々に任せてください、」加木は井崎の隣へと座り込み、井崎の顔を見つめながらそう話した、すると、二人の近くで立っていた安藤が、一言井崎に呼び掛けてきた、「被害者の新田尚子は、しばらくの間、我々が保護しておきます、」  「えぇ、よろしくお願いします。」井崎は妙な憶測を捨てて、素直に言葉を返した、「カチャツ、」 加木から貰った缶コーヒーの蓋を開け、井崎は窓から映る外を眺めながら呑み始めると、何故だか頭の奥から、微かな痛みが突如起き始めた、「グッ…!」それは、いつしからかわからない、嫌な記憶が一気に蘇ってくるような強い衝撃が脳の中で直撃してきた、「大丈夫ですか?井崎さん、」急な異変を感じ取った加木は井崎を心配して問いかけてきた、その時、「ブー、ブー、」安藤の携帯から着信が来たバイブ音が鳴り出した、安藤は仕方なく一度その場から離れ、電話に応答した、「大丈夫ですか井崎さん?、具合が悪そうですけど」    「いえ、大丈夫です、多分疲れが溜まっているだけだと思います、」 井崎は目を閉じ頭を抑えながら横にいる加木にそう返答した、「加木さん!本部からの連絡です。すぐ署に戻るようにだと」 安藤は携帯を耳元から離し、駆け足でこちらに戻りながら、加木に伝えた、「あぁ、わかった、すぐに行く」 加木は井崎を心配しながらも、慌てて席から立ち上がった、「井崎さん、また何かありましたら、いつでも連絡してください、」そう言うと、加木は安藤を連れて休憩スペースから足早に去っていった。

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