第9話 逃走

芝原署を出た、三上、加木の二人は、行き付けの居酒屋へと訪れていた、「まぁ、余り溜め込むな、たまには息抜きでもしないと、この仕事はやっていけないぞ?」ジョッキの入ったビールを口にする加木は、堅い表情のまま向かいに座る三上にそう言葉をかけた、「やはりまだ加木さんは、井崎を疑っているんですね」 三上はテーブルに置かれたジョッキを手に取ることなく、仕事の話をまだ引きずっている、「いいか三上、上層部が調査を重ねて本腰を井崎に定めたんだ、」

「全く…まるで安藤のような口癖ですね、」

思わず溜め息をつきながらジョッキを手に取ったその時、「すいません遅くなりました!」 突如声をかけ二人の席へと押し掛けてきたのは、なんと、井崎であった、突然の事に思わず加木は驚きを見せて、口の中に入っていたビールを吐き出しそうになった、「井崎、、井崎さん?どうしてここに」   「私が呼んだんです、」加木の問いかけに三上は真剣な表情でそう応えた、「突然押し掛けてしまい、申し訳ありません」井崎はそう言うと、二人の席へ椅子を用意し、座り込んだ、「まさか、三上、お前また単独で動いたのか!」加木は思わず片手を三上の襟に掴みかかった、「本当にすいません、しかし、事態は今深刻な状況に陥っています、」 すると、三上は隣に座る井崎と目線を合わせ相槌を打った、「実は事件が起きた日に現場を目撃していた人物が、私の会社の人間にいまして」そう語り始めると井崎は焦りながら携帯のアルバムを開き、飲み会時に撮った集合写真を加木に見せつけた、「ここに映る、新田尚子と言う、私の上司が事件の目撃者です、」

写真を見つめる加木はじっと視線を向けたまま黙り込んだ、「それと警部が仰った疑惑は、当たっているかもしれません、井崎さんが働く◯◯商事と、田中が以前働いていた企業はいずれも、織田会による不正な金渡しがあったのだと、考えられます。今後調べていけば、戸熊が働く会社にも繋がりがあるかもしれません」

二人から放たれる数々の憶測に、加木は思わず頭を抱えてしまった、「なら、不味いんじゃないか?その新田と言う女性は、拉致されてしまう可能性があるぞ、」  困惑を隠せない様子の加木へ、訴えるように井崎は前のめりになって、一言言い放った、「朝から連絡が通じなくて、新田さんを保護するよう協力してください、お願いします!」井崎は席から立ち上がって、深く頭を下げた、「わかりました、、事件の真相解明の為に、この女性を保護させます 」 その返答に、井崎は嬉しさを堪えながらもう一度感謝の意思で頭を下げた、「加木さん、他の刑事には何と伝えれば?」  「心配するな、俺に任せておけ、」。





2日後、朝の9時、早朝から芝原署を出る複数のパトカーがサイレン音を鳴らしながら出動し始めていた、警察が向かった先は、周辺地域のデパート施設であった、パトカーを運転する安藤は、助手席で窓の外をじっと見つめる加木の様子が気になっていた、その理由は、覚醒剤が不正に輸送される経路の一つに、今向かっているデパート地下の物流倉庫が使用されると言う、加木からの報告が上がったからである、ハンドルを握りながら、安藤は余り深く考えないように思いながら、現場へとパトカーを走らせた、その頃井崎は、連絡が通じない新田へ向けて、前回話し合ったデパートのビル内にある、カフェ店へ待ち合わせようと、メールだけを送信して、指定した時間よりも先にビルのデパート内に訪れていた、やがて井崎はエスカレーターへと乗り込むと、既読のつかない新田とのメールに目を向けていた、「新田さん、今何処にいるんだ!?」じっと携帯の画面を見つめ心の中で考え込んでいると、エスカレーターは二階へと到着した、井崎は足早にエスカレーターを降り、人混みの間をすり抜けながら待ち合わせ場所である、カフェ店へと向かった、「この最悪な状況を抜け出すには、もう新田さんしかいない、どうにか探し出さないと!」心の中でそう葛藤しながら歩き続けていると、突如井崎の足が立ち止まった、それは、視線の先に映る、別のエスカレーターから登ってくる新田の姿が見えたからである、「!、、」井崎は急いで新田が降りる、エスカレーター前へと走り出した、「新田さん!新田さぁぁん!、」 その時、新田の背後から、見覚えのある人物が並んでいた、すると井崎の心臓の鼓動が突如として高まり始めた、新田の背後にいたのは、あの別の井崎であったのだ、「何してるんだぁぁぁぁぁ!」 危険を感じた井崎はその場から大声で叫んだ、次の瞬間、別の井崎はニヤリとこちらを見ながら笑みを浮かべ、新田を背後から掴みかかった、「キャーーーー!」 新田は恐怖で叫びながら抵抗しようとするものの、エスカレーターを逆へと降りながら捕らえられてしまった、「止まれぇぇ!」エスカレーター前へと着いた井崎は連れさらわれる別の井崎へそう言い放った、その時、ふと目を開けると、新田を連れ去った人物が、別の井崎ではなく、見知らぬ会社員の格好をした別の男が視線の先から、逃走していた。

2分後、ビル駐車場へと到着した、芝原署刑事達は、一斉にパトカーから降りると、各班に別れるよう指示が入り出した、「中屋、原口は一階を組まなく捜索。須野、篠山は二階を捜索しろ!、後の奴らは倉庫へ向かえ!」 安藤は白手袋を身に付けながら部下達へ指示を出すと、近くへと歩く加木へ一言問いかけた、「こんな目立つ場所へ、ヤクザが本当に取り引きで使うんですかね?」

安藤の問いかけに加木は応えず、周囲を見渡しながら険しい目付きをしていた、返答をしない加木の様子に疑問を浮かびながらも、加木の後をついていった。その二人の後ろには、井崎に連絡をかける三上の姿があった。

「今、新田さんはどこに?」状況を問いかける三上からの声掛けに、井崎はショッピングモール内にごった返す人混みを掻き分けながら、新田を拐った男の後を追い掛け、電話に応答していた、「新田さんは何者かに捕まりました!、今連れ去った男を追っています!」     「!?、井崎さん、今どこにいるんですか?」 後ろから聞こえる三上の慌てた問いかけに、加木と安藤は気になって後ろを振り返った、「三上!、何が起きた?」。



「止まれぇぇぇ!」人混みの間から、男の逃げる背中が視線の先に見えていた、井崎は必死の表情で新田の腕を引く謎の男を追い掛け続けた、しかしその時、「ドサッ、」突如視界から入ってきた一般人とぶつかってしまい、仕方なく追い掛けるのを止めて、ぶつかって倒れた一般人に駆け寄った、その隙に井崎は、謎の男と新田を視界から見失ってしまった。


「おい、車は何処に用意してる?」    「離して!離してください!、あなた誰なんですか!」 人混みの少ない狭い通りへと移動した男は新田の左腕を力強く握り続けたまま、山部に連絡をかけていた、そして、新田は恐怖を押し殺しながら、どうにか握られる左腕を離そうと抵抗していた、「屋上駐車場ですね、わかりました、」

男はそう返答すると、廊下の奥から、清掃員の服を着る者、シャツを羽織る若い男達が各々別の格好をしながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた、男はニヤリと笑みを浮かべ、彼らを迎えようとしたその時、新田は意を決して、その場で助けを求めて叫び出し始めた、「誰か助けてーー!、私、殺される!」   「お前!?、黙りやがれぇぇ!」突然の行動に痺れを切らした男は、力強くで仲間のいる方へ引きずり出そうとした、しかし、ふと気が散らしたタイミングで新田は、思いっきり腕を振り払い、握られた手を離した、その瞬間、新田は人混みの多い場所へと逃げ出した、「おい!捕まえろ!」 新田を狙う謎の男達は、思わぬ事態に慌てて彼女を追い掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る