第3話 歪み

「ガチャッ!」自宅のドアを開け、ようやく帰宅することが出来た井崎に気がついた、妻の薫は、すぐさま玄関へと駆けつけた、薫は心配していた様子の表情でこちらを見ていた、「さっき警察から電話が掛かってきて、今日は大変だったね」

心配している薫を不安にさせないよう井崎は、明るい表情を浮かべながら薫に言葉をかけた、「ただいま、俺は何も気にしてないから、さぁ、遅くなったけど夕飯にしよう!」そう言いながら、井崎は薫の肩を引き連れてリビングへと促した、「本当に大丈夫なの?」   「薫は何~も心配しなくていいって、」 今日見てしまった凄惨な死体を目撃してしまった恐怖を押し殺して、妻の薫に明るく接するように、井崎は薫の顔を見ながら密かに決意を固めた。




 

翌日の午前10時、井崎は昨日の事件がなかったかのよう、いつものように会社へと出社すると、やはり日常が簡単に戻る筈がなかった、社内に着くやいなや、すぐさま村山部長へ呼ばれると、井崎は会社の応接室へと村山へ連れていかれた、やがて応接室の前に到着すると、二回ドアをノックし、村山に急かされるまま室内へと入った、応接室には既に社長の平川がソファへと腰掛けていた、「社長失礼致します、例の井崎を連れて参りました。」村山は社内では見せない低い姿勢で社長の平川に対峙した、「井崎君、詳しく話を聞かせて貰おうか、何故君の件で警察がわが社に押し掛けてくるのか」平川は高いスーツを羽織いながら、鋭い視線と圧を井崎に向けてきた。


一時間後、応接室には芝原署の刑事、加木と安藤が訪れてきた、事情聴取はしばらくの間、二人から幾つもの質問が投げ掛けられ、井崎が質問に応えるような事はなく、平川が全て応答する形になり、全ての質問を一貫して事件になんら関係が無いと言うことを貫き通した、時間が経つにつれて刑事二人の表情が困惑していくのを井崎は感じ取っていた、捜査に大きな進展を持たす事もなく、やがて事情聴取は終わりを告げた、「捜査に御協力ありがとうございました、行くぞ安藤…、」捜査手帳を閉じ、応接室から去ろうとする加木に、もう一人の刑事である安藤は、納得がいかない表情でソファに座り込んだまま、平川、そして井崎の顔を睨み付けたような表情を見せ、ゆっくりと加木に急かされるがままに応接室から去っていった、「バタン!」  やがて二人が室内から出ると、村山は疲れた様子を全面に見せた、一方の平川は顔色を一つ変えることなく、井崎に一言だけ告げた、「今後は一切問題を起こすなよ、我が社の信用に関わるのでね!」 すると、平川はソファから立ち上がり、一度着ているスーツを整えると足早に応接室から出ていった。


「加木さん!、社長は明らかに事件と関わらないように、虚偽で話していた事はあの様子から見て明らかです!、あのまま帰っていいんですか!?」  

  「そんなの言い分けないだろ、この会社は真実なんてものどうだっていいと思ってる筈だ」 納得がいっていない安藤に比べ加木は淡々とした様子で応えていた、「第一発見者の井崎には全く話を聞き出せず、捜査は進展しませんよ!」

「安藤!、井崎は第一発見者、殺害するような動機はない、それに、捜査の本腰は別にあるからな、そこを辿るしかないだろ、」 加木は悩ますことなく、駐車場に止めていた警察車両に乗り込んでいった。



その日の午後、芝原署刑事部では、戸熊一家惨殺殺害事件捜査会議が開かれていた、「殺害された戸熊 隆 56歳 、妻 戸熊 美千江 49歳、

息子 戸熊 隆之助 17歳、家族3人が腹部に多数の刺傷が残されており、戸熊 隆のみが胸に2発の銃弾の後があったと先程鑑識から報告が上がった、」 前に立つ管理監の和田部は刑事達に鋭い目線を散らつかせながら報告を続けた、「今回の事件は極めて残虐な犯行であり、一刻も早く容疑者を逮捕しなければならない!」 捜査会議に居合わせる、三上は渡された捜査資料から容疑者リストにじっと目を通していた、容疑者リストの中には、ここ最近動きを潜めていた、暴力団組織、織田会の名前が浮上していた、しかし、和田部から話されたのは、田中と言う、一度とある刺殺事件を起こした事がある前科を持った男が、容疑者の疑いにあげられた、「事件当日、第一発見者井崎が戸熊家を訪れる数時間前から、田中は戸熊家の周辺を徘徊する姿が監視カメラに目撃されていた、」そう語られると会議室のモニターから、田中の顔写真が映し出された。


会議が終わると、三上は疑問を抱きながら、腕を組んで署内廊下の壁へもたれていた、「田中…、あいつは…」三上はふと昔の事を少しづつ思い出し始めた、そんな時、「おい!何してんだ?」

三上に声をかけてきたのは安藤であった、「そこで考え事なんかしてんなら、早いとこ田中を捕まえに行くぞ、」  安藤はそう言うと、三上のもとから去ろうとしたその時、「待ってくれ、」

三上の呼び掛けに安藤は疑問を浮かべながら、後ろを振り向いた、「安藤、お前は田中が戸熊一家を殺害したと思うか?」 三上は真剣な目付きで安藤の顔を見つめ問いかけた、「俺は、ただ上の指示に従うだけだ、本部が田中を怪しいと思うなら、俺は奴が殺害したと思っている」 安藤はそう応えると、三上のもとから立ち去っていった。





夜の8時、井崎は例の事件によって、しばらくの間、会社の方から休暇を取るようにと促され、久し振りの早い時間で退社することが出来たものの、心の違和感を拭うことは出来ず、気づけば井崎は、昨晩の殺害現場である、戸熊家の近辺の道路に立ち止まっていた、「何してるんだ、俺は…」 家の明かりは真っ暗になり、たった1日で廃墟のような姿になってしまった家に、しばらく目にしていると、井崎の隣へ、もう一人の誰かが歩くのを止めて立ち止まり、同じように戸熊の家を眺め始めた、その瞬間、井崎は昨日に感じた、異様な空気を感じ取った、そして、再び心臓の鼓動が高まり始めた、井崎は隣に立つ人物が誰なのかを知ろうと、ゆっくり顔を右へと振り向いた、「ドクドクッ!ドクドクッ!」 そこにいたのは、黒いコートに身を包み、長髪で帽子を被った、あの男であった、すると突然、男は家を眺めるのを止めて、足早に井崎とは真逆の道へと歩き出した、「!?、」 井崎は恐怖を抑え、平川が隠し込めようとする事件の真相を確かめようと、意を決して、男の後を辿り始めた。

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