第2話 第一発見者

それは、事件を目撃する二時間前での事であった、「おい!井崎……井崎!」  「!」 突然の村山部長からの呼び掛けに井崎は慌てて、作業から手を離して、部長の座るデスクへと急いで駆け寄った、村山は冷たい目線を傾けながら、井崎の顔を覗くと、村山のデスクから一枚の紙切れを出してきた、その紙は営業部2課の業績が記された記録表であった、「上から、最近の営業部はやる気が無いのかとこっぴどく叱られてな…見てみろこの数字、」すると、村山は嫌な口調で井崎に記録表に指を差しながら、見せつけてきた、「責任は自分で拭え、」 村山の言動に井崎は更に仕事へのストレスが溜まり、どうにか怒りを我慢しながら村山に一言言葉を返した、「外回りへ行ってきます、」 そう言うと、村山に頭を下げて足早に自身のデスクへと戻った、すぐにバッグを持って社内から退出しようとしたその時、営業部の上司である新田が声をかけてきた、「井崎君、ちょっといいかな?」。

井崎は新田尚子に着いていると、やがて会社の休憩スペースへと辿り着いた、「ここでいいかな、」井崎は村山の怒りを我慢することで頭が一杯で、新田へ急かすように問いかけた、「話しとは何ですか?」  すると、新田は周囲を一度見渡すと、井崎にこっそりと耳打ちをし始めた、「実は会社の同期から聞いた話で、内の商品に興味を持っているお客さんがいてね、戸熊さんって言う方なんだけど、井崎君、その方なら喜んで契約してくれる…」  「新田さん、どうして私にそんなことを?」 井崎は新田からの思わぬ話に唐突に問いかけてしまった、すると、新田は村山とは全く違った優しい表情で応えた、「部長はこの不景気な会社の責任をただ負いたくないだけなのよ、それに比べて井崎君は、誰よりも頑張っているって私は知ってるから」  そう言うと、新田は笑顔で井崎に励ましの言葉を投げ掛けた、「ヤバイもうこんな時間、あとは頑張ってね」時計を確認した新田は井崎にそう告げると社内の方へと戻っていった。

一時間後、井崎は会社から出て、近場の駅で電車に乗車すると、新田から紹介された戸熊という顧客が住む市内の駅へと降りた、やがて、駅のターミナルにあるタクシー乗り場からタクシーに乗り込むと、戸熊が住む家の近くの公園へとタクシーを止めた、「ありがとうございます、」料金を支払いタクシーから降りると、すぐさま新田から渡されていた戸熊の住所が記された紙を、財布のポケットから取り出した。

「ピンポーン!」戸熊の自宅前へと着いた井崎は、その広々とした敷地の一軒家に見とれながら、玄関から離れた位置にある門に設置されたインターホンのボタンを押したのだ。





「それが、殺害現場を目撃するまでの経緯ですね、わかりました。」パトカーの後部座席に乗り込み、井崎は警察から事情聴取を受けていた、井崎の表情はかなり衰退しているような表情である、運転席に座る警部の加木は助手席に座る刑事に目で合図をすると、加木は一度パトカーから降りた、外には、事件を聞きつけ集まってきた住民達、そしてマスコミ各社が群がっていた、加木は運転席のドアを閉めると、すぐさま戸熊一家が殺害された自宅内へと向かい始めた、「お疲れ様です、」警官から白手袋を受けとりながら、自宅の中に入り、鑑識が現場作業をする姿を見ながらゆっくりと死体のあったリビングへと到着した、その場にはブルーシートに被された死体に手を合わせしゃがみこむ安藤が居合わせていた、「第一発見者である井崎の調書だが、正しいかどうかを判断するには明日、同じ会社の人間に聞く必要があるな」

「一体誰なんですかね…こんな殺し方する犯人は?」 険しい表情を見せる安藤はその場から立ち上がると、加木に目を合わせること無く現場から立ち去ろうとした、その時、「おい!、何しにきた」  安藤がそう言い放った先には、リビングのドアの外からゆっくりと中へ入ってくる一人の刑事にであった、「ご苦労だったな三上…」 加木はそう言葉を投げ掛けると、安藤は気にくわない表情で三上の顔を睨み付けた、すると、三上は臆することなく安藤を睨み返した、「上からの許可は下りている」 向かい合う二人の空気は殺伐としていた 「現場を荒らすんじゃねぇぞ、」安藤は三上にそう告げると、殺害現場から去っていった、安藤が現場から去った後、三上はすぐさまブルーシートに被された遺体に手を合わせた、「戸熊が勤務する会社の人間に話を聞いたが、昨日までは普通に会社へ勤めていたらしい、と言うことは、殺害された日は今日だと言うこと、犯人はまだどこか近くに身を潜んでいる可能性がある」    「加木さん、これ?」突如三上は殺害現場にあるソファの下に隠れていたチェーンから外れたクロスペンダントを見つけると、手に取って加木に問いかけた、「犯人が身につけていた物かもしれない、すぐに鑑識へ届け出ておけ」

「えぇ、わかりました」 三上は応えると、殺害現場周辺を鋭い目付きでくまなく見渡していった。



その頃、戸熊家近辺の道路に止められたパトカーの後部座席で座る井崎は、死体を発見したことによる影響で焦燥した様子であった、「どうしてこんなことになってしまったんだ!、何で!?、」座席の下に両手で頭を抱えながら踠き苦しんでいたその時、パトカーの外から誰かの声が聞こえてきたのを感じ取り、仕方なく顔を上げた、窓から見える視線の先には、自宅のドアから出てくる刑事達の姿だった、「ドクドクッ!ドクドクッ!ドクドクッ!」すると、自身の心臓の鼓動が早くなっていることに気がついた、刑事達がこちらに向かってくる間どうしても、気が気でなくなってきた井崎は、ふとマスコミが固まって群がっている方へ視線を向けた、「………あ……し…っ……………、」

カメラを向けるマスコミの中に一人だけ、じっとこちらを覗き込む、髪が長髪の帽子を被った怪しい男がその場に立っていた、井崎は遠くからでもわかる、ただ者ではない異様な空気をその男から感じ取った、「コンコン、」 ふと横には後部座席のドアをノックする加木が外に立っていた、慌てて井崎はドアのロックを外すと、後部座席のドアを開いた、「お待たせしました、今日はもうご帰宅なさって結構ですので、」   「…わかりました、」 井崎は加木に応えるとすぐに、怪しい男が立つ場所へと再び視線を向けたその時、男の姿は既にどこかへと消えていた、「ブー、ブー、」加木がスーツのズボンに閉まっていた携帯から突然電話が掛かると、加木は慌てて携帯を取り出し、近くにいた三上に言葉をかけた、「三上、井崎さんを自宅まで送っていってやれ」

「え!俺がですか、、わかりました」三上は少し戸惑いながらも、すぐに井崎が乗り込むパトカーの運転席へと乗り込んだ、「ご自宅は何処ですか?」 三上はハンドルを握り、エンジンをかける前に井崎へ場所を問いかけた、しかし、井崎は三上の問いかけに応えることなく、じっと窓の外を覗き込みながら黙り込んでいた、「井崎さん?井崎さん!」   「!、あっ、すいません、」

三上の呼び掛けによって井崎は我に返った、「井崎さん、大丈夫ですか?、まぁ…あんな現場見たら誰でも可笑しくはなりますよ、」井崎は一つ息を吐きながら、自宅の場所を三上へ伝えた。

やがて三上が運転するパトカーが井崎の自宅へと到着すると、去り際に三上は井崎に一つ言葉を投げ掛けた、「井崎さん、何か事件について思い出すような事があれば、私にいつでも連絡下さい、」そう話すと三上は自身の名刺を井崎へ差し出した、井崎は軽く頭を下げ名刺を受けとると、パトカーのドアを閉めた。

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