槍と獣
「っっっ、何だ!?」
激しい光が荒れ狂う景色の中、俺は思わず叫ぶ。
それは得体の知れない恐怖に対面した恐怖からのものだった。
突如、空から落ちた光の柱は、防砂林を貫き、大きな爆発を起こした。
その余波は、防砂林の近くにいた俺の元まで届き、形となって広がった衝撃波が砂を巻き上げ、木々の破片を吹き飛ばす。
しゃがんでいた俺は頭を下げてじっと耐えるが、戦っていた黒ずくめや【オリオン】の冒険者の中には、巻き込まれて空を舞う者もいた。
助けたくてもどうしようもないので、彼の救助は近くまで来ている冒険者に任せよう。
誰の、いや、何の攻撃かは分からないが、一手で戦場は変わった。
(こいつが敵かどうかは後で考えよう―――)
確かなことは一つ、鬱陶しいスナイパーが死んだであろうことだ。
それと同時に、戦場を見渡す余裕が出る。
(黒ずくめの数は約半分、こっちは放っておいても勝てる。玲は押され気味で、乃愛はかなりまずいか)
即座に乃愛への援護というか救助を決め、刺子雀を構える。
「待ってください、湊さんー」
「……すい?」
「はいー、あなたの救世主、すいですよー」
「もうちょっと早く来てればな」
残念ながら俺の救世主は光の柱だった。
すいは雷竜との激戦を物語るように、破損した防具で、トレードマークの赤いボブカットもところどころ焦げていた。
そんな状態で助けに来てくれる彼女には感謝しかない。ボケたせいで伝えそびれたが。
「二人の援護は私が入るので、湊さんは水竜の方へ」
「討伐は?」
「失敗ですー」
水竜の戦場は、【狼牙の黒槍】の担当だ。
あのクランにはいい印象は無いが、盟主の実力はこの目で見た。
彼がいて、自衛隊もいて防衛失敗したのは、かなりの衝撃だった。
「現在水竜は、陸に上がって都市部へと突き進んでます。このままいけば、三十分後には公道に出るそうです」
「俺が行けばいいんだな」
「はい。今、一番火力が出せるのは湊さんなので」
俺は輝烏を見る。今日一発放ったが、まだ一度は使える。
冥層のモンスターも屠れるこの矢なら、水竜にも高いダメージを出せるだろう。
(隠密で近づいて、急所に一発……水竜の耐久次第だな)
「問題は俺が追い付けるかどうかか」
「お願いしますねー、もう動ける戦力はほとんどいません。湊さんが仕留め損ねれば、泥沼の地上戦です」
「任せろ。すいも気を付けろよ、さっきの光とか」
「……二発目が来たらどうしようもないので、もうあきらめてますよー」
困ったように笑うすいを背に、心残りを振り払うように素早く地を蹴る。
森を抜け、緑の大地を踏みしめる。波音が遠くなり、見渡す限りの広大な大地は少し51階層を思い出す。
だが今や、ところどころが砕け、そこを踏破した怪物の痕跡を色濃く残している。
(あれか……)
水竜の姿はすぐに見つかった。
かなりの巨体、そして全身を守るように膨大な水を纏っている。
(水魔法……あんまり相性よくないんだよな)
以前一度、液体に【輝烏】の矢を逸らされた経験のある俺は、より細心の注意を払い、ボウガンを構える。
だがその時、水竜の進路に陣取る一団に気づいた。
(あいつらは……北海道支部にいた予備戦力か?)
「よぉおおし!!俺たちが最後の砦だ!応援が来るまで耐えるぞ!」
「「「おぉおおお!!!」」」
数は十人ほど。
彼らは水竜の進路に陣取り、一歩で十メートル踏破する水竜を待つ。
水竜は傷つき、最も力が発揮できる海からも離れている。
だがそれでも、彼らが水竜と戦える姿は想像できなかった。
(引き付けてくれている間に、心臓を射抜く――――)
そんな俺の考えは、武器を握る彼らの顔を見て消えた。
俺は走り出しながら輝烏ではなく、刺子雀を構える。
あれは死の覚悟だ。死に抗うのではなく、受け入れた者の諦観の色。
彼らの目的は足止めでは無く、己の命を使った時間稼ぎだ。
きっと水竜の攻撃には一撃も耐えられない。
矢に触れ、回転させながら、連続で矢を【射撃軌道操作】で操る。
水竜を取り巻く海水を避けながら突き刺さった矢だったが、回転を付与した最初の矢ですら、鱗を砕いたのみであり、血を流させることはできなかった。
水竜の視線が、冒険者たちから逸れて、矢の射出地点へと向く。
だがその頃には俺は、冒険者の背後に立ち、彼らのリーダー格であろう50代ほどのおっさんに触れる。
「―――っ、お前は【オリオン】の白木湊!」
その声に俺がいることに気づいた者から順に、【隠密】の効果が切れる。
「………何だその武器は……!」
彼らの視線は、眩い輝きを宿した黄金のボウガンへと向かっていた。
同時に、【隠密】が剥がれ落ち、俺の、否、輝烏の魔力に水竜が気づく。
(ぎりぎり間に合うか……!)
水の防御は送れている。
俺は引き金を引いた。
キン、という軽い音と共に射出された極光の羽は、大地を白く染めながらその胴体へと迫った。
「ど、どうなった!?」
光に目がくらみながら、予備戦力の誰かがそう言った。
その声には祈るような響きがあった。
だが、「失敗した」と俺は端的に現状を伝えた。
『Gruuuuuuuuuuuuuuu………………』
顔の半分を焼き焦がした水竜の視線が、俺へと注がれる。
その角は片側が欠けていた。
(咄嗟に角を盾にしやがった……!)
代償は大きい。片目は失い、平衡感覚を失った水竜は、ふらりとよろめき、大地を揺らす。
だが精細さを欠く肉体の代わりに、身に纏う水が怒りを示すように荒れ狂う。
「あー、悪い。しくじった」
「……いや、見直したぜ、白木湊。意外と根性あるんだな。一緒に死のうや」
「絶対に嫌だ」
魔力が無くなり、震える手足を気合でねじ伏せ、刺子雀を構える。
その姿を見て、おっさんも「はっ」と笑い、武骨な剣を構える。
「お前らも覚悟決めろ。やることは変わらねえ、北海道の意地を見せてやろうぜ!」
「当たり前だ!ハーレム野郎に負けるか!」
予備隊の中でもひときわ若い少年が声を上げた。
俺を見詰めるその視線は、死の恐怖を超える何かに染まっていた。
「……俺もなんかやる気になって来たぜ」「一人でも羨ましいのにっ!」「実力だけは負けて堪るか!」
(俺、そんな理由で嫌われてたんじゃないよな?)
だが何はともあれ、俺と予備隊の10名余りは、団結できた。
討伐には失敗したが、ここで粘れば各地の戦場で動ける冒険者たちが応援に来るはず。
それを信じて戦うしかない。
だがそんな俺たちの覚悟は、空から堕ちてきた黒い獣に破壊された。
轟音と共にクレーターが北海道の大地に刻まれ、破壊された瓦礫がショットガンの弾のように周囲にまき散らされる。
「な、なんだぁ!!」
おっさんの叫び声もどこか遠い。
(次から次になんだ!?どうなってる!?)
砂ぼこりの晴れた視界の先に、俺はその姿を見た。
それは、人間程度のサイズしかなかった。
全身は黒い毛皮に覆われており、クレーターから二足で這い出てくる。
水竜を赤い眼光で睨みつけ、その右手には黒く長い槍が握られていた。
『Guooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!』
爆発のようなその叫びは、長き防衛作戦の最後の戦歌であり、最初の弔いとなった。
□□□
次回更新日は、2024/7/7(日)の7:00です。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます