白亜

(空を飛んできた?いや、それよりも彼女は【極海戦域】の―――)


白亜のドレスに身を包む女性は、ヴェールの奥でたおやかに微笑む。


相変わらず十草の【探知】に映る彼女は一般人並みの魔素量しか持たない。

だというのに、空を飛び、魔素を吸った強者二人の前に平然と立つ。


それどころか、彼女の纏う清廉とした雰囲気に、二人は呑まれていた。


「……このような場所で何を?」


芦屋は警戒心を剥き出しに問う。

白亜の女はくすりと笑う。


「白木様を守りに参りました」

「―――ッ、なるほど」


姿勢を落とし、身構える芦屋に対して、白亜の女はきょとんと首をかしげる。


「………ああ、なるほど。そう言う意味ではありませんよ。今はですが」


意味ありげに微笑む彼女に、芦屋はさらに警戒を高める。

そしてさりげなく、腰元の短剣に手をかける。


「どこから聞いていたのかは知らないが、私の意志は変わらないぞ」

「――――正人君、駄目だ。言う通りにしなさい」

「っ、教主様の目は曇っておられる!私は―――「違うッ!そういう意味じゃない!」」


聞いたことのない教主の言葉に、芦屋はびくりと身を震わせる。

十草は、顔にびっしりと汗をかき、穴が空くほど白亜の女を見詰める。

十草は教主として、様々な人間を見てきた。モンスターに恨みを持つ者、生活に苦しんで助けを求める者、己の力の使い場を求める者。


だからこそ、彼は気づいた。眼前の女は、何がどうなろうと湊を守る気であり、その余裕はブラフではないと。

すなわち、説得に失敗すれば芦屋を殺す気であると。


だが十草にはその余裕の源が分からなかった。


(魔素が少ない魔法型だとしても、この距離でこの自信は何だ?)


芦屋もまた、冒険者として高い実力を持つ。

専業の冒険者ほどではないが、高い身体能力を持っている。


魔素を吸っていない白亜の女と芦屋がこの距離で戦いになれば、確実に勝つのは芦屋だ。

そこに偶然やスキルが入り込む余地はなく、反射神経という絶対的な基準だけが生死を決める。


そんな芦屋を殺す自信――――僅かな違和感が彼の頭をよぎる。


(魔素による肉体強化は素の肉体依存……まさか――――)


十草は科学者としてダンジョンを研究していた。

だから知っていた。魔素と生物の関係性を。


人間の身体能力は魔素量に比例する。

だが他の生物はそうではない。

例えばは、生まれつき身体能力が高く、魔素をほとんど吸っていない個体も少なくない。


「貴方たちはダンジョンに従うのでしょう?その目的のために生きるのが教義だとか。なら―――」


白い手袋に包まれた手が、ヴェールの端をそっとつまむ。

あげられたヴェールの奥の顔を見て、二人は揃って言葉を失った。

十草は力が抜けたように数歩よろめき、そして芦屋は膝をつき、その目から一筋の涙を流した。

その耳に付けられたインカムは地に落ち、二度と声を伝えることは無かった。


「後は、狙撃手ですね」


白亜の女はヴェールを下ろし、何の未練も無く2人から視線を外す。

森の先の狙撃手の姿をその瞳で見据えた彼女はそっと手を掲げる。


その瞬間、空から光が降り注いだ。

白い柱としか形容できないそれは、音も無く防砂林の一角に突き刺さる。

熱せられた地面が蒸発し、地下水と溶けあい、凄まじい爆発が起こる。


その衝撃は海岸線のどこからでも視認できた。

その光の柱の前では、竜のブレスなど、児戯のようにしか思えなくなる。

この戦場にいる誰も、これが一人の女性の仕業だとはつゆほども思わなかっただろう。

それを目撃した二人を除いて。


「【極海戦域】の外にも同士が欲しかったんです。手伝ってくださいますか?」

「―――もちろんでございます。なんなりとお申し付けくださいませ」


芦屋は跪いて忠誠を誓う。

白亜の女性の眼差しは十草へと向かう。


「………分かりました。それがダンジョンの願いをかなえることに繋がるのなら」


十草は跪きはしなかった。だが白亜の女性は満足そうに頷いた。


□□□


短くてすみません、キリがいいのでここで切りました。

次回更新日は、2024/7/4(木)の7:00です。

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