冒険者を殺す技

湊は浜辺に伏せて、じりじりと這う。

見晴らしのいい浜辺と言えど、ほんのわずかな起伏はあるし、狙撃銃ならば、角度を変えれば木々が死角になり、撃てなくなると考えたのだ。


だがその時、再び風切り音が鳴る。弾丸が湊の近くの浜辺を抉る。


(適当に撃って来たな……!)


当たる可能性は低いが、もしかすればが無いとも言い切れない。湊も這って場所を移す。

そんな白い煙幕へと、玲は不安そうに視線を送った。


「湊先輩……!」

「おらぁっ!よそ見してんじゃねえぞ!!」


大きく振られた片手剣が、湊への道を阻み、その巨体が完全に隠す。

玲はその男へと睨み殺さんばかりに黒曜石のような瞳を鋭くする。

その声、その巨体、不快な言動に、玲は記憶を掘り起こされる。


「どういうつもり?【狼牙の黒槍】からの宣戦布告と捉えてもいいのかしら」

「はっ!古巣は関係ねえよ」


正体がバレたと分かった来夏はフードを脱ぎ捨てた。


「くくっ、ダセえ姿だよなぁ。見破ってくれて嬉しいぜ、玲~」


纏わりつくような視線に、名前呼び。玲は『北海道支部』であった時よりも露骨な来夏の態度にぞくりと背筋を震わせた。


「……何の用?そんな怪しい奴らの一団になるなんて、罪に問われるわよ」

「関係ねえよ。俺は国を出るから、なっ!」


斬撃を一歩下がって躱す。

そして反撃の一撃を振るう。

軽く切り上げるような斬撃だが、その一撃を受け止めた来夏は吹き飛ばされ、体勢を崩す。


「ひひっ!すげえ力だ!それでこそ俺の女に相応しいぜ!」

「気持ち悪いのよっ!」


互いに武器を構えた二人は、同時に地を蹴り、渾身の力で武器を振るう。

片手剣と両手持ちの直剣。身体能力は玲の方がはるかに上。

玲が相手の武器を叩き折り、その巨体を切り伏せることを確信した。


しかし互いの刃がぶつかり合う直前、玲はぐらりと体勢を崩した。

脇腹に生じた熱の塊によって。


「――――っ!」


痛みを噛み殺し、玲は切り返される片手剣を躱す。そして飛び跳ねるように距離を取り、脇腹に手を当てた。

しなやかな筋肉と女性らしい柔らかさが混じり合った少女の肉体にはべったりと赤い血が滲んでいた。


(斬られた?どうして?)


風魔法を疑ったが、魔力の気配は感じなかった。

来夏は下劣な笑みを浮かべて余裕の足取りで玲へと近づく。

玲は警戒するように一歩下がり、それを見て来夏はさらに笑みを深めた。


「―――俺はよぉ、きれいな女が好きなんだ。故郷にいねえような育ちがいいやつがよぉ、たまらなく好きなんだ……!そんな女をねじ伏せて蹂躙する!そのために冒険者やってんだよ、俺は」

「……屑ね」

「ひひっ、南玲~!お前は連れて行って長く遊んであるよぉ!なんなら白木も連れてくかぁ?ひひっ、はははははははっ!」

「――――死ね」


もはや表情すら消した玲は、痛みも忘れて地を蹴った。


「何してんの、れいちー」


乃愛は己に迫る毒短剣を切り払い、玲を助けに向かおうとする。

だが暗殺者はナイフの投擲を織り交ぜた独特の剣技で乃愛を決して逃さない。

その蛇のようなしつこさに、乃愛は辟易とした顔を浮かべるが、危機感はなかった。


かすり傷でも冒険者を昏倒させる毒が塗られているが、乃愛と暗殺者の実力差はその程度では埋まらない。

傷一つ負わない絶対の自信のもと、乃愛は淡々と刃を弾いては斬りつける。

当然のように暗殺者だけが傷を負い、深く胴体に突き刺さった前蹴りが、暗殺者を跪かせる。


「ごはっ……!」

「………さっさと死んで」


短剣を逆手に持ち、首筋に振り下ろす。

その瞬間、暗殺者は顔を上げた。

乃愛を見上げるフードの奥からは、機械化した口が見えた。

軽い爆発音と共に針が射出される。

乃愛は首筋に振り下ろそうとしていた短剣の軌道を変えて針を打ち落とすが、暗殺者は背後に跳びながらナイフを乱射する。


「―――っ」


乃愛は崩れた体勢からも体を捻ってナイフを躱し、避けきれないものは短剣で切り落とす。

湊へと放たれる銃声をも超える衝突音が鳴り響き、砕けたナイフからはおびただしい火花が散る。

乃愛は無茶な挙動で倒れそうになる体を天性のバランス感覚と【空歩】を使った機動でやり過ごした。そのはずだった。


「…………」

「――――スキルではなイ。刃先を揺ラす投擲術だ。手元で伸びたヨうに見えただロウ」


機械を通した加工音がフードの奥から聞こえた。

乃愛の真っ白い手の甲には、赤い線が刻まれていた。

新雪を穢すように指先に流れた血がぽたりと地面に落ちた。


「……なマじ目がいいカらこソ、躱せなイ。貴様ラ冒険者を殺す技、ダ」

「よく喋るね」

「アア。ただノ時間稼ぎダ」


乃愛の体がふらりと揺れる。

そうなることが分かっていた暗殺者は、タイミングを合わせてナイフを投擲する。

乃愛はそれを避けるが、次は頬に傷が出来た。


「二発。十分な量ダ」


湊へは今も狙撃が降り注ぐ。

玲は来夏と撃ち合うが、怒りと傷で精細さを欠いていた。

そして乃愛は、毒を喰らった。


「……嘘だろ、あいつらが」


【オリオン】の冒険者の誰かが暗殺者と刃を躱しながら、唖然と声を漏らした。

湊、玲、乃愛、いずれもそれぞれ違った長所を持つ冒険者たち。

ダンジョンの冥層でモンスターを蹴散らす姿は、同じクラン所属員として尊敬と僅かな嫉妬を抱きながら配信で見ていた。


そんな三人が追い詰められている。それも格下の冒険者や暗殺者たちに。

対モンスターでは無く、対人、それも殺人を想定した技術。

彼らが普段、他の冒険者たちとの諍いで経験することのない悪意の結晶は、今まさに、最上位の冒険者たちをも手にかけようとしていた。


そして悪意の結露は、他の戦場でも始まっていた。


□□□


次回更新日は、2024/6/19(水)の7:00です。

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