超長距離狙撃
竜との戦いが始まってから2時間。
太陽も高くのぼり、燦々と浜辺を照りつける。
湊のいる雷竜の戦場では、竜討伐は佳境を迎えていた。
雷への高い耐性を持つ迅太を筆頭に与えたダメージにより、雷竜の全身には大小様々な傷が刻まれ、牙の並ぶ口からは荒い呼吸が吐き出される。
雪菜という超級の魔力を持つ氷魔法使いがいたことも大きかった。
冒険者たちは足場に困ることもなく、迅太の指揮のもと、最も早く竜を追い詰めていた。
湊は防壁の上から回転矢による援護に徹し、玲と乃愛はときおり飛んでくる雷撃から湊を守っていた。
「もう終わりますね」
「そう?まだ暴れるでしょ、あれ」
雷撃を剣で切り払った玲は、手応えの無さに竜が弱っていると考えた。
しかし乃愛の意見は違った。
2人は答えを求めるように一斉に湊を見た。
「乃愛が正解だろうな。弱ってるから雷撃が弱いんじゃなくて、力を溜めてるだけだろう」
湊の言葉を裏付けるように、雷竜は巨大な翼を広げて体を回転させる。
そんな大ぶりの攻撃を喰らうものはおらず、全員背後に飛んだ。
中には翼を切りつける余裕のある者もおり、雷竜の翼は飛べないほど負傷する。
だが、冒険者たちとは距離ができた。
雷竜は勢いよく背後に跳び、大口を開ける。
その口腔内からは、まばゆい雷の輝きがのぞく。
ブレス。竜の保有する最強の魔法攻撃。
己が身に宿す属性を体内の特殊な器官で増幅させ、撃ち放つ。
雷竜のブレスは人の知覚を置き去りにし、広域を薙ぎ払う大雷の招来だ。
まるで第二の太陽のごとき輝きは、漏れ出たスパークで周囲の冒険者を拒絶する電膜を作り出し、咄嗟に後衛が撃った魔法すら消し去る。
それに対して後衛たちは逃げない。
防壁上に留まり、じっと雷竜を見据える。
そしてただ1人、雷竜の前に立つ男の背も。
「本当に大丈夫なのか?」
「ああ。君も見ていろ。冥層で手に入れた我らの団長の力を」
湊の呟きに、望は力強く返す。
―――雷竜のブレスは俺が防ごう
討伐前に迅太が唯一決めた作戦だ。
その自信と自負に満ちた冒険者の宣言を否定できる者はいなかった。
彼ならあるいは。そう思わせる気迫と実績があった。
大勢の冒険者が命を託し、見守る中、迅太は両の拳を打ち合わす。
硬い金属の衝突音と共に、黒い火花が散った。
開いた手の間から雷が漏れ出る。
その輝きは黒く、夜影のように浜辺を照らした。
迅太は両手を突き出し、構える。まるで砲身のように。
雷竜は咆哮と共にブレスを放つ。
視界の全てを白で埋めるほどのエネルギーの奔流を迅太の手から放たれた黒雷が穿つ。
だが――――
(押し負けるぞ!?)
【探知】で状況を把握している湊は、じりじりと削られ、雷光と交じり合う黒雷の敗北を悟った。
視界は潰れているが、背筋を震わせる悪寒に従った乃愛は、湊と玲に触れ、切り札の準備を整える。
しかしその時、迅太は腕を大きく下げる。
その結果、黒雷は雷はぐにゃりと曲がり、固まる。
雷としてあり得ない形状へと変じた黒雷は、膨大なエネルギーを空中へと逃した。
ブレスが過ぎ去った後、両腕に黒雷を纏わせた迅太は大きく息を吐いた。
その額には大粒の汗が流れている。
疲労はしている。だが確かに、迅太は真正面から雷竜のブレスを防ぎ切った。
「……何ですか、あれは?」
玲は異様な迅太の姿を見て、思わず望を見る。
冒険者のスキルなど普通は聞くものでは無いが、望は誇らしげに笑みを浮かべて答えた。
「あれは【黒化】。魔力を物質化して強化する【雷雨】の夜のみ湧くモンスターのスキルだ」
望の視線は湊に向く。
湊は彼女の言葉に驚愕を露わにした。
(攻略したのか、あの雨を!?)
渋谷ダンジョン51階層【雨劇の幕】。様々な超常の雨が降り注ぐ51階層において、湊が攻略を諦めた唯一の雨が【雷雨】だ。
51階層は雨によって生態系を変える。当然、【雷雨】の時にのみ湧くモンスターもいるとは予想していたが、その姿も能力も湊は知らない。
だが、【雷牛の団】は【雷魔法】を持つ迅太を筆頭に、【雷雨】の日の探索を成功させていた。その唯一の成果が【黒化】である。
複数取れたオーブで検証を済ませ、迅太はそのスキルを覚えた。
迅太は飛び上がり、雷竜へと腕を振るう。
雷竜は翼で身体の前面を覆い、防御態勢をとるが、その腕から伸びた黒雷が曲がり、雷竜の片目を切り裂き、焼いた。
(物質化と強化……まるで別の魔法だ……!)
湊は驚きに目を見開くが、【探知】に映る人影に気づいて防壁の後ろの防砂林を睨みつける。
雷竜へと打ちつけられる数多の武器音に、防壁上から降り注ぐ遠距離攻撃。
怪我人を回収し、治療する後衛たちの忙しない声が木霊し、敵の接近に気づく者はいない――――
「行けぇぇ!!雷竜は俺達で倒す!」
迅太の声が浜辺に響く。硬い防壁すら揺らしたのではないかと思うほどの声に、思わず耳を塞ぐ者もいた。
「ということだ。ほとんどの冒険者は敵のことを知らない。それに雷竜も未だ健在だ。悪いが、【オリオン】だけで対処してくれ」
望は苦笑交じりにそう言うが、その声音には気遣うような色が混じっている。
静かに頷いた湊達は防壁から飛び降り、後衛の隙間を縫って浜辺を駆ける。
その背を追う冒険者たちもいた。
「湊、お前は隠れて援護してくれ!」
数は5人。皆、【オリオン】の冒険者であり、湊の護衛としてつけられた者たちだ。
「赤崎はサボりですか?」
「……あいつが離れたら前線が崩れる。悪いが俺らだけで我慢してくれ」
玲の軽口に彼らも笑う。
湊は彼らの冒険者らしいやり取りを羨ましく思いながらも、立ち止まり手に持った煙幕を地面に投げつける。
そして【隠密】を発動させ、金黒のボウガンを両手に構える。
(【
防砂林から飛び出してきたのは十人を超える黒ずくめの集団だ。
全員湊が探索時に纏うような丈の長いフードで顔まで隠しており、背丈以外の違いは見られない。
全員、ほとんど速度を落とさずに防砂林を駆け抜けたことから、かなりの実力者揃いだと分かる。
しかも数で上を取られた。
1人に対して2人がつき、フードの振るう武器に味方も足を止めて打ち合う。
彼らは【オリオン】の冒険者たち、慣れない対人戦でも2対1で互角に戦っていた。たった二人を除いて。
「―――邪魔です」
「死ね」
鎧袖一触。
三日月を描いた金の剣閃が、襲撃者を纏めて両断した。
さらに歪んだ刃から繰り出された数十の斬撃が、的確に防具の隙間を縫い、敵の肉体をバラバラに切り分ける。
防具も鍛え上げられた肉体も一切を嘲笑うような膂力と剣技に、彼らは為すすべなく死んだ。
「湊先輩を狙う屑ども、全員殺すわよ」
「分かってるし。私の邪魔しないでね」
瞳に冷酷な色を宿した玲は獲物を探すように戦場を見渡し、戦闘で興奮気味の乃愛は頬を僅かに朱に染め、怪しい魅力と殺意をばら撒いている。
まずは味方を襲う敵から倒すと決めた二人は一斉に地を蹴るが、その脚はすぐに止まった。
玲の前に立ったフードの男が、片手剣を振るった。
玲もそれに斬撃を返すが、男は器用に刃を受け流し、浜辺に落とした。
力の大部分を削がれても大地を抉り取る一撃が、フードを僅かにめくる。
チッ、と粗雑な舌打ちが聞こえ、玲は一度後退した。
(こいつ、強いわ)
本気では無かったとはいえ、自分の攻撃を受け流した男の実力を玲は認める。
また、乃愛へも攻撃が仕掛けられた。
浜辺を弾丸のような速度で走る乃愛へと、数十本のナイフが投擲される。
「おっそ」
嘲笑うように加速した乃愛だが、自分について来るナイフに足を止めて両手の短剣で叩き落とした。
足を止めた乃愛の死角から、人影が浮かび上がる。
音も無く近づいた男は、怪しく艶めく短剣を振るった。
乃愛はしゃがみ込み、しなやかな足で回し蹴りを放った。
ひらりと背後へと跳んだ男は静かに短剣を構え、軽い足取りでフットワークを刻む。
細身の短剣、表面を濡らす液体は毒だろうか。
足さばきから乃愛が連想したのは『暗殺者』。
人への悪意と黒い技術の影を、乃愛は感じ取った。
(大体半分はこいつの劣化版みたいなやつらだね。残りは冒険者?)
乃愛はそのうち一人の体さばきには、どこか既視感を覚えた。
(あの二人が主力か)
【隠密】で姿を隠した湊は一通り出そろった戦力を見て、そう結論付けた。
真正面から玲と乃愛と戦える戦力など、そうそういない。
湊は隠密矢での援護を決め、【
矢を放とうと構え、照準を覗き込む。
その動作が湊の命を救った。
軽い風切り音が左耳のすぐ横でした。
それが狙撃だと気づいた湊は反射的にしゃがみ込み、予備の煙幕を投げた。
「湊先輩!?」「湊!」
二人の声に反応する余裕も湊には無い。
浜辺の風は強い。煙幕はどんどんと薄まっている。
顔に砂がつくほどしゃがみ込んだ湊は狙撃地点を睨む。
(スナイパーライフルってやつか!?俺の【探知】外から撃ってきたのか、だけどどうして俺の位置が!?)
銃器という慣れない武器による狙撃は、一瞬湊の意識を乱したが、問題はそれでは無かった。
【隠密】状態の湊を狙撃したと言う点だ。
狙撃手が【探知A】を持っているという可能性も無い。
なぜなら敵は、【探知A】を持つ湊の探知範囲外から狙撃してきたからだ。
背後の戦場からは大きな衝撃音が轟く。
それが衝撃となってさらに煙幕を揺らした。
【探知】では多くの冒険者たちが雷竜と戦う様子が映っているが、雷竜の動きは鈍い。
すぐに討伐されるだろうが、援軍は間に合わないだろう。
湊は煙幕が途切れる前に、対策を考える必要があった。
(……浜辺を這って後退……無理だ煙幕が足りない……!それに俺が逃げたら玲たちに標的が向く!)
自分が倒すしかない。その決意を胸に、白い煙幕の向こう、姿の見えない狙撃手を睨んだ。
□□□
次回更新日は、2024/6/16(日)の7:00です。
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