鋭霧、双星、巨水、機兵

「報告!『雷竜』が到来!【雷牛の団】一行が戦闘に入りました!」

「分かった。君は防壁まで下がってくれ」


『渋谷支部』の冒険者からの報告を聞いた両は濃霧に閉ざされた浜辺を見渡してそう言った。


だが彼は躊躇うように口を開いては閉じる。


「どうしたんだい?」

「……本当にお二人だけで迎え撃つのですか?」


浜辺に立つのは、両と厳哲だけだった。

心配そうな冒険者を見て、両は軽く微笑むが、その表情が伝わったかどうかは分からなかった。


「この霧の濃さでは連携は取れない。同士討ちの危険があるからね」


2人以外の冒険者はみな、防壁上かその背後にいる。

報告に来た冒険者も防壁上に戻り、浜辺には完全な静寂が戻る。


そして、その時が来た。

霧の奥から飛来した何かを両は驚異的な反射神経でしゃがんでかわす。


それは細くしなやかな尾だった。

尾はすぐに霧の奥へと戻り、再び視界は濃霧だけになる。

だが、おおまかな位置はとらえた。


「竜が現れた!僕の声の先に攻撃!」


短く指示を叫ぶ。


「よし!両さんたちには当てるなよ!」


それを待っていた冒険者たちは一斉に手に持った細長い銀の筒を投げた。


二重構造になっており、中には色のついた液体で満たされている。

回転しながら飛翔した数多の筒は両たちの前方の浜辺に突き刺さり、輝きを放つ。


そして次の瞬間、色とりどりの魔法の爆発が起こった。


(中々の火力だね)


両は魔法の爆発に目を細め、吹き荒れる砂から瞳を守る。

爆発痕は真っ赤に赤熱したものや凍りついたもの、水に濡れたものまで様々だ。


(自衛隊の開発兵装、『魔法注入混液』、製品化したらいくつか欲しいな)


魔法という限られた者だけの力を、武器に込める。まだ小規模な爆発しか起こせないが、自身の魔力を使わずに魔法攻撃ができるアイテムは魅力的だった。

未だ開発段階、今回は特別に試作品を使わせてもらっただけだが、その有用性をいきなり感じる。


「―――っ、霧が晴れるぞ!」


冒険者の誰かが叫ぶ。

爆発の影響により霧が薄くなり、その奥にいる細い体躯の竜の姿が露わになっていた。


「魔法の霧は魔法で打ち消せる。霧が濃くなったら僕たちの近くに爆弾を投げてくれ」

「了解しました」


指示を受けた団員は間髪入れずに答えた。

両たちが爆発に巻き込まれる心配は欠片もしておらず、そのやり取りを見た他のクランの冒険者から驚愕の視線が注がれる。

だが両は構わず、浜辺を蹴った。


和装の裾をはためかせ、波打つような軌道で霧竜へと迫る。

腰の長刀【織姫】を身体を捻りながら抜き放つ。

それは変則的な居合であり、加速した刃は霧竜の知覚を置き去りにしてその体躯に一文字を刻んだ。


霧竜の甲高い悲鳴が上がる。鱗の隙間を通す絶技は、細身の体躯から少なくない出血を強いる。

己の足元にいる両へと、霧竜は鋭い爪を振り下ろす。

しかしそれを読んでいた両は振り下ろされるよりも前に回避体制に入っており、楽々と爪を空ぶらせ、お返しの斬撃を放つ。


軽く空気を切り裂く音とは裏腹に、爪とぶつかった刀は甲高い衝撃音を響かせた。


「――――竜と真正面からやりやってる……!」


防壁の上の冒険者が、信じられないものを見たと声を漏らす。

霧の奥、薄ぼんやりとしか視認できないが、人の刀と竜の爪が互角に打ち合っていた。

当然竜の方が身体能力が上。両は細かな足さばきで避けることがほとんどだが、時たま霧竜の意識の隙間から伸びる長刃が、霧竜の意識を引き寄せる。


幾度目かの交戦の後、両は大きく背後に跳んだ。

霧竜との斬り合いから逃げたわけではない。彼の攻撃範囲から逃げたのだ。


両へと追撃しようとする霧竜だが、その時頭上から迫る気配を捉えた。

爆発とともに気配を殺していた厳哲は、完全に霧竜の意識から自分が消えたのを確信し、背へと飛び乗った。


そして両手で握りしめた大槌を背の中央へと叩きつけた。

その瞬間、霧竜の悲鳴すら押しつぶす轟音が鳴り響いた。

槌と竜鱗の間で膨大な火花が散る。丸太のような双腕に血管を浮かび上がらせた厳哲は、気合の叫びと共に大槌を押し、そして敗れたのは竜鱗だった。


鱗の破片が舞い散り、大槌が肉を叩き骨を軋ませる。

魔力の霧すら衝撃で吹きすさび、砂の柱が立ち昇ったとき、霧竜の巨体は地に伏せていた。


「細い体躯でこの硬さ、やはり竜というのは規格外だな……!」


鳴家厳哲。【オリオン】の誇る前衛職であり、玲と同じ身体能力特化型。

しかし玲とは違って腕力に特化しており、あらゆる攻撃を防ぎ押し潰す【壊人】であった。

そんな厳哲であっても、一撃で殺せない生物が竜だ。


体を跳ね上げ、震えることで厳哲を背から落とす。

外見に似合わぬ機敏な動作で着地した厳哲は背の大盾を片手に装備し、両の隣に並び立った。

真っ向から竜とにらみ合う両と厳哲という伝説の姿に、防壁上からは歓声が上がる。

戦う前は不安の表情で見守っていた冒険者たちも、戦いが始まれば二人のあまりの強さに興奮を隠せない。


だが二人は顔立ちを険しくする。

それは周囲に満ちてきた霧のせいだった。


傷を負った霧竜は低い音で喉を鳴らす。

この場に湊がいれば、それが竜の警戒音であり、二人を餌では無く敵として認めた証だと分かっただろう。

だが膨大な戦闘経験を持つ二人は、理屈ではなく感覚で霧竜の雰囲気が変わったことに気づいた。


霧竜は翼を広げて振るう。

飛翔するのかと警戒した二人だが、全身に纏わりつく霧に気づいて顔色を変えた。

両が長刀を一閃する。

銀の軌跡が切り裂いたのは、霧竜では無く、宙を漂う霧。

斬撃に合わせて確かに斬れた霧に、両は嫌な予感が当たったと気づく。


その異変に気付いたのは防壁上の冒険者たちもだった。

主に【オリオン】の冒険者を中心に、『魔法注入混液』が遠慮なく投擲される。

鈍い足で直撃を避けた両たちは、爆風に巻かれて散って行く霧を軽くつかんだ。


(魔法の霧、粘土のように絡みついてくる。密度が上がれば押しつぶされるな)


【水魔法】のような膨大な質量は無く、【風魔法】のような機動力も無いが、その中間に位置するような魔法なのだろうと両は推測する。


(軽い【土魔法】だと思った方がいいね。戦闘が長引けばこっちが不利か)


幸い、魔法の霧は『魔法注入混液』で中和できる。

だがそれは、限りがある手段だ。『魔法注入混液』が尽きる前に霧竜を狩る必要がある。

両はここからが本番だと気を引き締め、長刀を握りなおした。


□□□


「チッ……まだかよ……」


盟主の呟きに、周囲の団員はびくりと身を震わせる。

獲物を待ちわびるように揺れる黒槍の穂先には、いつも以上に不機嫌そうな七瀬日暮の顔が映っていた。

場所は、防壁の上。浜辺には海際に盾持ち、その背後に前衛職が、そしてその後ろに魔法使いや弓使いを始めとした後衛が並ぶ、オーソドックスな陣が築かれていた。

しかし前衛付近や布陣の要所は【狼牙の黒槍】のエンブレムを付けた冒険者が占めており、誰の戦場なのかは一目でわかる。


雷竜と霧竜が到来したと報告が入ってから10分。

影すら表さない水竜とに、日暮の苛立ちは積もるばかりだ。

そんな誰も触れられない日暮の背を気安く叩く男がいた。

周囲の緊張感も無視して彼は陽気に笑った。


「ははははっ!どうした坊主?ビビってんのか?」


【狼牙の黒槍】の団員は、竜よりも先にこの老人に見えない老人、竜胆将也に槍が振るわれることを確信したが、日暮は殺意の篭った眼差しで竜胆を睨みつけ、舌打ちをしただけだった。


竜胆はその背に身の丈以上の大剣を背負っており、今も周囲の冒険者からは畏怖と尊敬の視線が注がれている。

日暮はその姿をちらりと一瞥した。


「そろそろ冒険者姿も似合わねえな。その大剣も随分重そうだぜ?」

「はっ!オレより強い奴がいなくてな。まだまだ剣は置けなさそうだぜ」

「…………」


もうやめてくれ、と周囲の団員たちは思った。

彼らは知っている。日暮は自分の強さを疑う者を許さないと。

そのせいでどれだけの血が流れ、何人の冒険者が半殺しにされたか分からない。

だが日暮はまたしても、竜胆を不機嫌そうに睨むだけだった。

しかし先ほどとは違い、口元には薄い笑みが浮かんでいる。


「ジジイ、それならそろそろ隠居先でも探しな。てめえのカビの生えた伝説も今日で終わりだ」

「あん?いったいどういう――――」

「来たか」


日暮は槍を握りしめ、防壁から身を乗り出した。

その視線の先ではゆっくりと海面が持ち上がっていた。

水竜が姿を現した。


「でけえな。こいつはここ数年で一番の巨体だぜ」


竜胆が上を見上げてそう言った。

長い首に翼のない体。大昔に滅びた恐竜を想起させるような姿だが、その額からはイッカクような捻じれた角が生えていた。

水竜は浜辺を見下ろすが、その視線はすぐに真っ直ぐ正面へと構えられた。


日暮たちのいる防壁の上を巨大な何かが飛翔した。

それは全長5メートルを超える人型兵器だった。

黒い外骨格を持ち、全身から巨大な銃器が突き出している。

そして背からは火を噴き、宙を自在に飛んでいた。


【守人】。自衛隊に配備されている対モンスター用汎用飛行兵器であり、中に6人の魔力持ちが乗り込み、【魔力供給】の『付術具』で魔力を注ぐことで内部の機構や兵装を動かす。

継戦能力は低いが、火力は下層最前線でも通用する兵器が三機、群で飛翔し、水竜へと銃口を向ける。

そして一斉に火を噴いた。


激しいマズルフラッシュが空に咲く。

しかし弾丸は一発たりとも竜には届いていなかった。


水竜は巨体の周囲に水の渦をいくつも展開していた。

それに巻き込まれた弾丸は中央に吸い込まれ、凄まじい水圧で押しつぶされている。


水竜はさらに海水を操り、水の竜巻を作り出す。

それを振るい、空を飛ぶ【守人】シリーズを破壊しようとするが、機敏な動きで避けられた。


「どっちも相性が悪いな。おい、来夏。お前はどっちが勝つと思う?」

「………分からねえなボス。悪りい」

「あ?」


普段とは様子の違う来夏に怪訝そうに眉をしかめた日暮だったが、水竜が動いたため、その視線を空へと戻した。


「…………」


膨大な水に阻まれ、弾丸を通せない自衛隊の兵器とその機動力を捉えられない水竜。

完全に戦場は硬直していた。


『こちらエイワン。残存魔力量40パーセントを切りました』

『エイツー了解。次の攻撃で倒せない場合、後退し、冒険者に戦場を任せる』

『エイスリー了解』


三体の人型兵器はより一層高く空へと飛ぶ。

そして垂直に落下する。それを見上げる水竜の瞳には太陽がちらつき瞳を細めた。

その一瞬、三機は揃って銃口を引いた。


『―――よし、手ごたえあり―――!?』


喜色の滲んだ報告は、次の瞬間には困惑に支配された。

それは機体の真横にある巨大な竜の瞳のせいだった。


(……跳んだのか!?地上から何メートルあると)


巨体であるということと鈍重であるということはイコールではない。

搭載した筋肉により、ノーモーションで空へと跳んだ水竜は蛇のようにとぐろを巻き、勢いよく体を回転させた。

それだけで三機の兵器は、部品をまき散らしながら弾き飛ばされた。


翼のない水竜はそのまま海面へと着地するが、水だけではクッションにはならず、豪快に浜辺を抉った。

それを見て日暮は笑った。


(パラシュートで逃げたみてえだが、戦線には復帰できねえだろ。これで邪魔はされねえな)


日暮は自衛隊からの人的な支援は後方の医療班だけに抑えた。

彼らは今、防壁の後ろ側から吹き飛んだ兵器を唖然と見上げている。

戦闘員を減らす代わりに認めた兵器による先制攻撃は、失敗した。

理想的な戦場が構築されている現状に、日暮は笑みを隠せない。


「よし!水竜を狩るぞ!!まずは水際から引き離す!浜辺で囲んで殺せ!!」


日暮は指示を出しながら興奮に胸を高鳴らせる。

水竜のこの強さなら、戦場の冒険者も鬱陶しいジジイも全員、水竜の対処にかかりきりになる。

そうなれば四体目は―――――


そんな彼の思惑とはよそに、全ての戦場で竜との戦いが幕を開けた。


□□□


次回更新日は、2024/11/14(金)の7:00です。

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