踊る会議と男
氷の道に上がった俺たちは、クロキたちと合流する。
海上にいた彼らもモンスターと戦闘になったようで、海面から突き出た幾本もの氷柱にグロテスクな死体が突き刺さっていた。
「そっちも収穫があったようだね」
「ああ。多分この辺のモンスターじゃないはずだ」
玲の持つ円形のモンスターを見てクロキは小さく考え込むが、やがて「僕も知らない種だ」と返事をした。
「外骨格の下の皮膚はゲル状で目は退化してる。多分、もっと深くて冷たい海に住んでるはずだ」
「よくわかるね」
「予想だけどな」
「こっちも何体か見知らぬモンスターに襲われた」
氷柱に貫かれたモンスターたちは、俺も知らない種類ばかりだ。
これも、円形の魚同様、本来の生息域から離れて来た個体だろう。
「とりあえず、その魚は適当な氷柱にまで刺して――――」
クロキが言い終わる前に、玲の手からモンスターが消えた。
気づけば雪菜が魚を両手に抱えていた。
むふーっ、とどこか満足そうに息を吐き、せっせと氷柱の中に保管していく。
表情はぴくりとも動かないから、機械じみていて不気味だったけど……
「えっと、そのモンスター、どうするの?」
「………あとで塩漬けにする」
「無理だろ……一応調査成果なんだから、引き渡さないといけないぞ?」
俺の言葉に雪菜はショックを受けたように固まる。いや、当たり前だろ。
「一応引き取れるか聞いてみるよ」
「……お願い」
苦笑まじりのクロキの手を掴んで雪菜は見たことないぐらい真剣に頼み込んだ。
塩漬けに対する情熱は謎だが、完成したら少し欲しい。
「終わったんなら先帰っていい?湊のせいで消化不良だから」
「湊のせいで」を強調しながら、乃愛はこつりと氷の床をつま先でつつく。
「…………先に帰ってどうするんだ?」
「このかっこで支部うろついて、絡んできたやつをぼこる」
「絶対にやめろよ……」
滑らかな肌の下に秘めたしなやかな筋肉は、さぞ効率的に男達を狩るだろう。
誘蛾灯のように乃愛に吸い込まれて吹っ飛ぶ大男たちの絵が容易に想像できる。
「一緒に帰るぞ、玲」
「はい」
ぎゅっと乃愛の手を玲が繋ぐ。
拘束完了、よし、帰還だ。
「君たちはいつもこうなのか?」
「たまに?」
「よそのパーティーのことはどうでもいいけどね……」
「そういえば、狩ったモンスターの数は足りてる、よな?」
「これだけあれば十分だろう。北海道支部には数十年のデータの蓄積があるから、モンスターの種類と出没地域を照らし合わせれば、モンスターの『波』のタイミングも推測できるはずだ」
「そうか……」
「何か疑問でも?」
「いや……」
雪奈と兵馬がせっせと氷のそりに乗せているモンスターたち。
「雪奈さん、これも積みますか?グロ過ぎて……」「………積む。積んで、干す。味見は兵馬」「なんでっ!?」
………モンスターの中には、俺の知らないモンスターも多いが、その生態は外観と器官から予想できる。そして海中の魚類の分布と照らし合わせれば。
(意外と余裕がない、かも)
モンスターの本隊はすぐそこに迫っている可能性がある。
海上から見渡す地平は穏やかで、異常は全くない。
緩やかな風にあおられて、さざ波だけが静かに押し寄せている。
だけどその下がどうなっているか、それは俺にも分からない。
(モンスターは竜から逃げるために南下してくるんだよな?竜の位置が分かればもっと正確に予想できるんだけど……)
そもそも、竜は今、どこにいるんだ?
俺は何も知らない。あんな巨体の生物なら、衛星で分かりそうなものだが。
「なあ、クロキ。竜の現状はどうなっているか知ってるか?」
「いいや。それも含めて、会議で話し合っている最中だろう」
そういえば、と頂点に差し掛かった太陽を見て、会議の真っただ中だと思い出す。
作戦参加者の顔合わせと今後の作戦を決める極めて重要な会議だ。
(両さんたち、大丈夫かな)
俺は地上にいる仲間たちのことを思い、地平線の先を見据えた。
□□□
会議は踊る、されど進まず。
そんな言葉を、橋宮両は思い出していた。
『札幌第二支部』の会議室に集ったのは、『北海道防衛作戦』に参加する当事者たちだ。
中央の円形の机には、『渋谷支部』の代表者として、【オリオン】の長、
『北海道支部』の代表として【雷牛の団】団長、
両と対面する南側には自衛隊の指揮を務める
そして東側には、白亜のドレスに身を包んだ女性とその背後に付き従う二人の男達。
主要人物たちを取り巻くように席が設けられ、彼らの背後にも大勢の冒険者たちが会議に参加している。
「だからよぉ、俺達【狼牙の黒槍】が一匹!雷牛の兄貴のとこが一匹!残りを自衛隊と渋谷で分け合えばいい!これが一番公平だ、そうだろぉ!?」
大きくつんざくような声が部屋に響く。来夏の声に呼応するように背後に座る冒険者たちが声を上げる。
話し合いというには品の欠けた声に、白亜の女性の背後に控える男の1人が小さく眉をしかめたが、それに気付いたのは両一人だった。
喧騒の満ちる部屋を沈めたのは、苛立ち交じりの声だった。
勲章が多くついた迷彩服を着こんだ男、黒羽剛は努めて冷静に幾度目とも知れぬ言葉を返す。
「………誰にとっての平等かは知らんが、戦力の分配と言う点では許容できない。各支部で一体ずつ、そして我々自衛隊が一体、例年通りの布陣で行くと伝えたはずだが?」
黒羽は、忌々し気に話を蒸し返して来る来夏を睨む。
迫る竜の数は三体。そのため、『渋谷支部』、『北海道支部』、『自衛隊』で一体ずつ受け持つというのが当初からの作戦だ。
これは、前もって参加する主要人物には通知したうえ、了承も取っており、その中には【狼牙の黒槍】もいたのだが、今になって反対の立場をとっている。
作戦に異論はなく、細かな配置や討伐方法について話し合うつもりだった黒羽は、刻一刻と無駄に過ぎていく時計の針に、苛立ちを隠せない。
(ただでさえ、あの竜のせいで、竜たちの正確な現在地が分からなくなっているというのに、冒険者同士の縄張り争いとはな!!)
そんなことをしている場合ではない。
黒羽の本心に気づいていても、来夏はにやにやと笑い、「でも、なあ?」と煽るようにさえずる。
「戦力の分配ってんなら、アンタの言う通りかもなぁ。でも、信用できるのかは疑問だな~?」
ちらりと横目で両とその背後に座る厳哲を見る。
二人は挑発に気づいたが、あえて無視を貫いた。
来夏は反応のない二人に小さく舌打ちをした。
「信用できないというのは?」
黒羽はうんざりしながら問う。来夏は待ってましたとばかりに声を張り上げる。
「俺達は毎年、よその奴らを受け入れて協力してやってた!だがよぉ、見てくれよこの傷を!」
来夏は服の襟を引っ張り、首元を出す。そこには、刃で切り裂いたような傷が残っていた。
「【オリオン】の【舞姫】、南玲に斬りつけられたんだぜ!?話しかけただけでだ!」
その鋭い傷跡に、どよめきが広がる。
来夏の仕込んだサクラ、だけではない。事情を知らない自衛隊側や渋谷支部側の【オリオン】以外の冒険者からもだ。
(くくっ、馬鹿どもがよぉ)
来夏は内心で嘲笑う。この傷は当然、後から付けたものだ。
来夏はあの場で玲から傷の一つも与えられていない。
「これから一緒に戦う仲間を傷つけようとするんだ!俺は渋谷支部側に、北海道を守る意思があるのかどうか、疑問だぜ!」
「なんだと!」
その言葉に反応したのは、渋谷支部の冒険者たちだ。
元より喧嘩っ早い者たちは、来夏の根拠のない非難に、怒りの声を上げる。
挑発に次ぐ挑発。渋谷支部と北海道支部の若手たちの間で交わされる怒号はどんどん大きくなっていく。
「――――黙れ!!!!!!!!」
ラウンドテーブルが砕ける。
拳を振り下ろしたのは、それまで黙っていた富田迅太だった。
雷を纏う拳はバチリと彼の内心を表すように弾ける。
富田迅太という冒険者の力を知っている北海道支部の冒険者たちは、口を閉ざし、ごくりとつばを飲んだ。
「橋宮、真鍋の言葉は真実か?」
「いいや?僕が聞いた話とは違うね」
両は微笑を浮かべ、肩をすくめる。
その余裕に満ちた表情に来夏の額に筋が入る。
「―――おいおい、目撃者もいるんだ!言い逃れ――――」
「黙れと言ったはずだ」
迅太に睨みつけられ、来夏の饒舌な口が止まった。
来夏はそのまま黙って席に座った。
「冒険者同士の揉め事だ。どちらに非があるかは分からんが、我々の間に諍いの種があることもまた事実だ。どうだろう、黒羽殿、陣形を変えるというのは」
「いや、しかし――――」
「僕も賛成だ」
反射的に否定しかけた黒羽の言葉を遮ったのは、両だった。
黒羽も、作戦の顔である二人に賛成され、考え込む。そして一つの答えを出した。
「…………では、こうするのはどうだろうか。ひとつは【雷牛の団】をトップとする『北海道支部』の冒険者たち、ひとつは【狼牙の黒槍】をトップとする同様に『北海道支部』の冒険者たちと我々自衛隊。そして最期が渋谷支部の冒険者たちだ」
三つの戦線の内、二つを『北海道支部』が仕切るという形。自衛隊が立場を退いた形だ。
「――――っ、おいおい、俺達は自衛隊なんぞいらねえぜ」
「お前たち【狼牙の黒槍】は大規模な作戦への参加経験が乏しい。我々のサポートを受けないのなら、この話は無しだ」
硬い意志を感じる声音に、来夏は軽薄な顔の裏で考え込む。
(ボスのオーダーとは少し違うが……まあ、妥協するしかねえな)
これ以上ごねれば、【狼牙の黒槍】が作戦から外されかねない。
【狼牙の黒槍】がトップに立つという最低限の願いは通したところで、来夏は「分かった」と不承不承を装い答えた。
「ん、だけどよぉ、ちょっと待てよ」
「まだ何かあるのか」
黒羽はうんざりとした顔で問う。
だが来夏に場を乱す意図は無く、純粋な興味から出た言葉だった。
「そっちの嬢ちゃんたちはどうすんだ?不参加、なわけねえよなぁ?」
来夏が視線を向けた先は、白亜の女性たちだ。
彼女たちが誰か分かっていない者も多い中、女性はゆっくりと顔を上げる。
ヴェール越しの素顔は見えない。だが来夏は確かに目が合ったと感じた。
(――――っ、何だこいつの視線、気味わりい)
同様を悟られないように固く歯を噛む。
白亜の女性の代わりに答えたのは、背後に立つ二人の男の片方だった。
「そうだな。我々の役割がどこかを知らされていない。てっきり、竜の一体でも任されると思っていたのだが」
「は……」
来夏の口から零れたのは吐息交じりの呆れだった。
―――こいつ、今なんて言った?竜の一体?
「ふひっ、はははははっはははははっ!竜の一体!?たった三人で!?【極海戦域】のお偉方は随分と自信家じゃねえか!!」
【極海戦域】、来夏の口から発せられた言葉に、ざわめきは一段と大きくなる。
「【極海戦域】!?」「どうりで不気味な奴らだ」「何しに来やがった……」
中には、敵意も混じっている。【極海戦域】は毎年北海道に竜が攻め入る原因となった【竜の躯】と呼ばれるダンジョンが存在する『地域』だ。北海道の冒険者の中には、【極海戦域】という言葉に拒否感を抱く者も少なくなかった。
「てっきりにぎやかし要因だと思ってたぜ!そこの女なんて商売女みてえな――――」
来夏が言い終わるよりも前に一陣の風が吹いた。
肌を撫でる風圧を知覚した瞬間、来夏の視界がぐるりと回り激しい衝撃が体を突き抜ける。
「―――がっ!?」
肺から空気が強制的に押し出され、圧迫感を感じる。
自分が地面に横たわっていると来夏は視界の低さから気づき、首筋に感じる冷たい鋭利な感触にひゅっと息を飲んだ。
「二回目だ。お前が姫様を侮辱したのは……これから竜と戦うというのに、そうも地獄に急ぐか?」
流暢な日本語は、先ほど言葉を交わしていた線の細い男では無く、もう一人の寡黙な坊主頭の方だと気づく。
(―――な、何しやがった、この俺がこんな簡単に)
「ま、待ってくれ。悪かったよ。俺も戦いの前で気が立っててよ、バカにする気はねえんだ。な?」
軽く笑いながら、そう言うが、その瞳の奥にはどろりと低温で燃える怒りがあった。
「ソマリフ、構いませんよ。それで、我々の戦場はどこになるのでしょうか」
「……【雷牛の団】と共に戦ってほしい」
短く答えた黒羽の言葉に、白亜の女性はヴェールの奥で笑った、気がした。
「まあ、それはそれで、楽しそうですね」
場に似つかわしくない穏やかな声音。思わず聞き入ってしまう美しい声質は魔性の魅力を孕んでいた。
こうして、一度目の会議は、ほとんど何も決まらずに幕を下ろした。
そしてその後すぐ、湊達の調査結果をもとに、竜の余波であるモンスター襲来が明日であることが判明した。
□□□
次回更新日は、2024/6/2(日)です。
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