海の宿り貝
海中での調査は、二つのグループに分かれて行うことになった。
当然、クロキパーティーと俺たちのパーティーだ。
「僕たちは雪菜の魔法で海面に氷の道を作って、広く浅くモンスターの痕跡を探す。僕のスキルは湊ほど広域を詳細に捉えられないからね。だから代わりに湊たちは深く探ってくれ。何か異変があれば、湊の光の矢を打ち上げてくれれば、助けに入る」
「了解。そっちも気をつけろよ」
「ああ、お互いに」
俺たちはリーダー同士、探索エリアや注意点などを伝え合う。
話終わり、各々メンバーを探すと、全員ひと足先に海に入っていた。
「あはははははははっ!えいっ!」
「わっ、もう、すいったらっ」
弾けるような笑顔を浮かべたすいが、海水をすくって玲にかける。
艶やかな黒髪の毛先から水を滴らせた玲は、小さく笑い、体をくねらせる。
美少女同士が水着姿で水遊びに興じる天国のような光景が広がっていた。
いつまでも見ていたいと思ったけど、その光景を打ち砕いたのは、黒髪の天使だった。
玲はお返しとばかりに片手で海水をすくう。
その瞬間、海水が渦巻き、持ち上がる。
「んにゃあーーーー!!!」
「あっ、すいー!」
力加減を間違えた玲の作った大波にすいが飲まれた。
そしてそのまま三人並んでぷかぷか浮かんでいた乃愛、雪菜、兵馬を浜辺から押し出して行った。
「何をしてるんだ……」
「水着で海来たら、はしゃぎたくなるんだろ」
呆れるクロキに苦笑まじりに答える。
俺とクロキが打ち合わせをしている間に、緊張感は海の魅力に負けたみたいだが、誰も気負ってないのはいいことだ。
「雪菜、ここから一直線に氷の道を引いてくれ」
長いポニーテールを濡らし、幽霊みたいになった雪菜はこくりと頷き、海へと手を伸ばす。
他は全員海から上がり、雪菜の背後に回る。巻き込まれてはたまらないからだ。
雪奈から、背筋を震わせる膨大な魔力が解き放たれる。
それは冷気へと変わり、一直線に海面を撫でる。
漏れ出た冷気が薄く雪菜の体に纏わりつき、一瞬で水分を消し去った。
そして、真っ白に染まった視界が晴れた頃には、浜辺から一直線に伸びる氷の道が出来ていた。
「じゃあ、行こう」
俺たちは氷の道を伝って、沿岸部まで向かう。
道中も、俺は【探知】を使い、警戒を怠らない。
海面付近には、モンスターの気配はなかった。
この辺りはまだ水深も浅く、体の大きいモンスターは来れないのだろう。
「……私の魔力でモンスターが逃げたかもしれない」
周囲を警戒する俺に、雪菜がぼそりと言った。
「あー、その可能性も高いか……逆に強いのは寄ってくるかもな」
「手っ取り早くていいじゃん。寄ってくるのを狩ればいいんでしょ?」
「今日、調査だからな?」
獰猛な笑みを浮かべる乃愛はやる気満々だった。
可愛い水着に身を包んでいても、戦闘狂は戦闘狂だった。
「………わっ!?」
「っと、大丈夫か?」
進んでいると、兵馬が氷で滑って海面に落ちかけたので、腕を掴んで支える。
もうここは雪菜が作った氷の道の先端だ。
陸地は遥か遠く、俺の【探知】でも海底が捉えられない距離に来た。
見渡す限り、海水が満ちていて、押し寄せる波が氷の道の端を舐めては引いていく。
「ここでいいんじゃないか?」
「そうだな。じゃあ、俺達は潜って来る」
俺と玲、乃愛は海中に飛び込んだ。
大きな水しぶきの音が三つ重なり、全身を包む泡が体をくすぐる。
音が遠のいて、白い泡が弾けた後には、青く澄んだ海が顔をのぞかせた。
息を止め、周囲を見渡す。
魚影が幾つか見えるが、モンスターの姿は無かった。
上を見ると、蜘蛛の巣のように氷の道が広がって行っている。
(上も準備も始めたか)
体を軽く動かして、海中での抵抗を確かめる。
(うん、泳ぎ方は忘れてないな)
親には海中での『狩り』の方法も教えてもらっている。
海中で気を付けるべきは、活動範囲の広域化だ。魚は海中を自由に泳ぐ。
地上とは違い、上も下も、自由に動き回る魚を捕捉するのは難しい。
人間の感覚は、上下の移動が苦手だからだ。
だから水の中では、敵の動きの先読みが地上よりも大事になる。
(息は、15分ぐらいは続くか)
玲たちを見ると、こくりと頷く。
俺よりも魔素を吸っている彼女たちなら、俺よりも息が続くだろう。
俺達は俺を先頭に、海中へと潜っていった。
深く潜るにつれて、海温が下がっていき、ひやりとした冷水が体を包む。
地上の潮風は完全に聞こえなくなり、海流の重い振動音だけが鼓膜を揺らしている。
視界は薄暗く、暗い海の奥は見通せない。
だが、【探知】には反応があった。
俺はハンドサインで背後の玲たちに合図を送る。
2人は武器を構え、敵を待つ。
蒼黒い海の奥底から海流を割って現れたのは、サメだった。
(サメかよ………紛らわしい)
海中でサメなんて、パニックホラーど真ん中の王道展開だが、冒険者にとってはただの魚だ。
無駄にでかい図体で悠々と泳ぐせいで、モンスターかと思ってしまった。
牙を剥き出しに迫って来たので、鼻っ柱を蹴ったらどっか行った。
(………気が立ってたな。それに、こんな浅い所に来る種類じゃ無かった)
種類にもよるが、サメは人が思うほど気性が荒いわけではない。
いきなり襲ってくるのは少々おかしい。
(……竜の影響か)
海生の生物は、海の異変を敏感に察する。
あのサメも、竜による異変の一つだろう。
(だけど本命じゃない――――いや、来たか)
逃げたサメの体が、引き裂かれた。
鮮やかな血が、海に広がっていく。
赤い海水の奥から飛び出したきたそれは、俺の頬を掠め、背後へととび、玲に鷲掴みにされた。
―――――なんですか、これ?
―――――群生、トビウオ?
アイコンタクトで意思疎通をし、玲はぐしゃりと手に持った細く輝く魚を握りつぶした。
それを皮切りに次々とトビウオ型のモンスターが向かってくる。
海中とは思えない速度は、魚の特権であり、鋭いカミソリのような牙は、掠っただけで傷口を抉り、失血させるだろう。
(だけど弱いな)
俺は鉈を縦に構える。軌道上に割り込んだ鉈によって、トビウオ型のモンスターの体が砕ける。
海中ということを差し引いても、せいぜい上層下部から下層上部程度の強さ。
昨日調べた北海道の海のモンスターの中にもその姿があった。
残念ながら、現地のモンスターだ。
俺達は楽々とモンスターの数を減らしていく。
砕けた肉片が漂い、辺りの景色が濁っていく。
だが――――
(数が減らない?)
モンスターは尽きることなく迫って来る。
幾匹目かのモンスターを切り裂いたとき、俺はモンスターの数が全く減っていないことに気づいた。
(…………何か仕掛けが……あれか)
俺は【探知】の範囲を広げると、海底から突き出した一本の岩を見つけた。
その中に、無数の魔素を持つ生物の反応がある。
モンスターはその中から無尽蔵に湧き出してきていた。
(いや、あれは岩じゃなくて、珊瑚礁か)
岩とまじりあうように生息するそれは、ごつごつとした突起を数多備えた鮮やかな珊瑚礁だった。
自然界ではあり得ないサイズの珊瑚礁は、それ自体が魔素を蓄えていた。
【珊瑚貝】。その名の通り、珊瑚のような殻を持つ貝であり、魚をおびき寄せ、内部に捕らえる習性がある。
しかし、魚を捕食するわけではなく、貝自体は海中のプランクトンで生きられる。
では、なぜ捕まえるのか。それは捕らえたモンスターを操り、兵隊とするためだ。
その性質上、【珊瑚貝】が生息する一帯はモンスターの密度が高くなるため、最優先の討伐対象とされている。
ということはつまり、元から生息していたモンスターだ。
(中々見つからないな……)
【珊瑚貝】も竜の異変の予兆ではない。
落胆交じりの息が、気泡となって海上へと昇っていく。
俺は僅かな息苦しさを感じる。
モンスターの襲撃も途絶えない。
そろそろトビウオ型は尽きそうだが、そうなれば代わりが来るだろう。
俺はハンドサインを送り、海上へと浮上した。
「ぷはっ!!あー、一呼吸じゃ無理だったな」
「はい。ですが、モンスターの数は増えています」
ぷかぷかと浮かびながら、俺と玲は言葉を交わす。
「あの珊瑚、どうしますか?」
「討伐しとこう。漁船を沈めることもあるみたいだし危険なモンスターだ。それに気になることも――――乃愛は何してるんだ?」
俺は話し合いに参加せずに、俺の背後に浮かび上がった乃愛を肩越しに振り返る。
すると、白くしなやかな剥き出しの腕が、俺の肩へと伸びてきた。
「いっ!?」
二人分の体重で沈む体に、離れないようにぎゅっと抱き着いて来る身体。
二人とも水着だから、乃愛の滑らかな肌の柔らかさも、俺よりも高い体温のぬくもりも全てがダイレクトに伝わって来る。
「何してんの!?」
「……疲れたからおぶって?モンスターも弱いからつまんないし」
「あの程度で疲れるわけないでしょう。あと!湊先輩から離れて!」
「やだ」
背に抱き着かれたまま固まる俺とべーっと悪戯気に舌を出す乃愛は、まとめて玲に睨まれる。
「じゃ、じゃあ、私は抱っこしてください!」
ぷくりと頬を膨らませた玲は、前から抱き着いてきた。
「――――っ!?」
乃愛とは違った刺激的な『女』の感触に体が固まる。
そして三人は支えきれず、俺達は海中に沈んだ。
「まびぃべにひゃれ!!」
「ひゅびばせん」
「ふぁーい」
ブクブクと気泡を口から吐きながら怒ると、玲は恥ずかしそうに視線を逸らして、乃愛は笑みを浮かべたまま適当な返事を返した。
緊張感ゼロだが、それを油断と言うことは出来なかった。
だって俺も肩透かしを感じているからだ。
俺達が普段潜っている冥層と比べれば、海中という慣れない環境であることを差し引いても、ぬるすぎる。
最低限の警戒を残したままふざけるという器用な真似を、程度の差はあれど三人ともしていた。
だが、目的の調査はしなければならない。
本来この海域にいないはずのモンスターの有無。
その手掛かりは先ほど微かにつかんだ。
――――乃愛、あの【珊瑚貝】狩ってくれ
俺は視線とハンドサインで指示を出す。
乃愛はこくりとうなずき、海中を蹴った。
そして鋭角に軌道を描きながら、凄まじい速度で海中へと突き進んでいく。
スキル【空歩】。その性能は、魔力を消費することで空中を踏めるというシンプルなものだ。だがこのスキル、普通に海中でも使える。
スキル名とは反しているが、こういった細かい抜け穴はどんなスキルにもある。
【珊瑚貝】の周囲を廻りながら泳ぐタチウオ型を、乃愛は凄まじい速度で置き去りにする。
そして【珊瑚貝】を刻むため、二振りの短剣に紫色のオーラが纏わりつく。
だが斬りつけるよりも先に、珊瑚の奥から、鞭のような触手が延びてきた。
乃愛はすさまじい反応速度でそれを弾く。
痛がるようにうねるそれは、細長く、海中であってもタチウオ並みの速さをしていた。
【珊瑚貝】の触手だ。【珊瑚貝】はあの触手でモンスターを捕らえるのだ。
チッ、と舌を弾いた乃愛は、珊瑚の奥から湧き出す無数の触手に眉をしかめた。
そして攪乱するように、【珊瑚貝】の周囲をすさまじい速度で跳び始めた。
そして端から触手を刻んでいく。その速度には触手も使役されているモンスターも反応できていない。
(あの触手の数とスピード、乃愛よりは遅いけど、厄介だな。だけど、あれじゃない)
俺が【探知】で捉えた反応は、あれでは無かった。
【珊瑚貝】と重なり合って分かりづらいが――――
―――湊先輩?
【
そしてついに、乃愛の双刃が全ての触手を切り裂き、本体に刃を突き立てた。
刀身は短く、珊瑚の表面に突き刺さっただけだ。だが、凶悪な笑みで可憐な顔をゆがめる乃愛は、その手から紫色のオーラを注ぎ込む。
【重裂傷】、そして、亀裂が全体に広がった。
その瞬間、砕けた【珊瑚貝】の奥から、一つの魚影が躍り出た。
それは最も近くにいた乃愛へと迫る。
乃愛は短剣を交差させるように、突進を防ぐ―――が、乃愛の体は水中で十メートル以上弾き飛ばされた。
衝撃で痙攣する腕を見下ろした乃愛は、さらに深く歪んだ笑みを見せる。
そして海中で姿勢をかがめた乃愛は、引き絞られた弩のように自身を円形の魚に向けて解き放った。
(完全に乃愛のスイッチが入ったな)
どうやら乃愛の本能も、相手が戦いになるモンスターだと認めたようだ。
そのモンスターの姿は、全長2メートルほどの魚だった。
胴体は平たい円形でヒラメのようだが、そのヒレが特徴的だった。
細い外骨格で接続された円盤のようなヒレが二本、前方へと突き出している。
上から見れば丸を三つ並べたような姿をしており、硬質な輝きを宿していた。
(あいつ、【珊瑚貝】の制御下に無かったな。寄生してたのか)
モンスターを操る【珊瑚貝】をも利用し、住処としていたようだ。
この海域の生態系の頂点に立つ【珊瑚貝】を超えるモンスター。
明らかに、外部から来た個体だ。
乃愛と謎のモンスターは、凄まじい水中戦を繰り広げる。
交差しては円盤と短剣を打ち合い、どちらかが追いすがっては逃げていく。
その軌跡は水中に白い線を描き、球形に収束していく。それはまるで衛星の軌道のようで思わず見惚れるほど美しかった。
このまま決着するまで待ってもいい、というかそうしないと後から乃愛に文句を言われるのだろうが、この戦いの結末は乃愛の空気切れだろう。
だから俺は、回転を溜めた【刺子雀】の矢を解き放った。
回転数を高めた矢は、水の抵抗も切り裂き、一直線にモンスターの外骨格の隙間へと吸い込まれ、右側の円盤を切り離した。
「――――ふっ!!」
隙を見逃さずに振られた短剣が、もう片方の円盤も切り落とす。
両の武器を失ったモンスターは反転し、超速で逃げようとしたが、加速しきる前に、エラの隙間に差し込まれた【金朽】がその息を止めた。
近くでモンスターを見た玲は大きく手でバツを作る。
手に持った剣に突き刺さったモンスターから血が流れて、物騒な旗を掲げているみたいだが、どこか達成感に溢れた顔を見ていると、小さな笑みがこぼれた。
(とりあえず、上がるか)
じとりと三白眼をとがらせる乃愛をどう宥めようかと考えながら、俺は海面へと向かった。
□□□
次回更新日は、2024/5/31(金)です。
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