水着

『北海道支部』からタクシーで離れた俺達は、旧支部である『札幌第二支部』の近くのホテルまで来た。【迷宮管理局】が貸し切り、遠方からの冒険者への宿として提供されているホテルであり、俺達以外の【オリオン】のメンバーや他の冒険者たちも泊っている。


ついたころには、すっかり日も暮れており、俺は与えられた部屋で大きく欠伸をする。

試験のために徹夜して、そのまま北海道だ。常人よりは頑丈な冒険者の身体だが、流石に休息を必要としている。


明日は他の冒険者たちと顔合わせをして、そのまま作戦会議に参加――――するはずだったんだが、俺達は海岸線の調査を命じられた。


(揉めたからだろうな……)


急な予定の変更の理由なんて考えなくても分かる。

『北海道支部』という衆人環視の中、現地の冒険者と真剣沙汰になったのだ。

相手は『北海道支部』の冒険者の中でも、かなり上の立場のようだし、俺が会議に参加して顔を合わせるのはまずいという判断だろう。


「海岸線の調査……確か竜に追いやられてくるモンスターの有無だったよな」


モンスターは地上だけではなく、海中にもいる。

というか、海中の方がモンスターは繁殖している。

人類が未発見のダンジョンが海中にあるのではないかと言われており、そこから『氾濫』したモンスターは驚異的な速度で世界中の海に広がっている。

そんなモンスターたちが、強大な『竜』という災害から逃れるために、一斉に逃げ込んでくるのだ。

それは『竜』が上陸する前触れであり、見逃してはならない脅威だ。港を荒し、陸地に上陸する個体もいるため、この群れも掃討する必要がある。

明日は【オリオン】の中でも探知に長けた俺みたいな冒険者や海中で動ける冒険者が動員されて、海中の調査を行う。

……誰が来るか容易に予想がつくな。


「一応、この辺りのモンスターを調べとくか」


俺はベッドの上で胡坐をかいてスマホを立ち上げる。

睡眠を欲する脳にムチ打ちながら、明日のための準備を始めた。


□□□


『北海道支部』を背にした海岸線沿い。

白い砂浜が続き、夏の日差しが照り付ける海際に、彼らはいた。

こだわりゼロのシンプルな海パンに、上裸という姿は、これから海水浴に興じようとする地元民にも見えるが、手に持ったボウガンや槍、短剣などが、彼らが冒険者であることを示していた。


「調査には丁度いい天気だな」


彼、白木湊は照り付ける陽光に身を細めながら、ぽつりと呟いた。


「そうだね。でも少し不安だ。僕は海戦の経験が無くてね」

「ボ、ボクも無いです……」


言葉とは裏腹に自身に溢れた赤崎クロキと言葉通り不安そうな影谷兵馬を見て、湊はやっぱり調査を一緒にするのはこいつらだったかと、納得した。

湊同様、探知系のスキルを持つクロキに【氷魔法】が使えて海上でも有利に戦える雪奈有するクロキパーティーは、調査に最適な人員だった。


「皆さん、遅いですね……」

「女性は準備に時間がかかるものだよ。大人しく待とう」


べたつく潮風に吹かれながら待つこと数分。

何人かの女性の声を湊の聴覚がとらえた。


「あっ、皆さんもういたんですねー、お待たせですー!」


明るい声音で叫びながら、他の女性陣を置き去りに砂浜を楽しそうに駆けるのは、日向すいだった。

ワンピースタイプの水着の赤いフリルが揺れて、しなやかな手足が躍動する姿は、彼女らしい健康的な魅力に満ちていた。

湊達の前で立ち止まったすいは、水着を自慢するようにくるりと回る。


「どうですかー?私史上、初めて男の人に水着見せたんですけど……」


明るく笑みを浮かべながらも、その頬は恥ずかしそうに色づいている。


「いや、そもそも何で北海道にいるんだよ。すいは来ないんじゃなかったのか?」

「いろいろありましてー。ていうか、女の子の水着を前にして最初に聞くことですかー?」

「いろいろって……」

「いろいろはいろいろですー。いろいろいろいろですー」


(ここにいるのは湊さんの護衛のためなんですけどねー)


本来なら北海道に来るはずではなかったすい。

だが、湊を東亜連国から守るための護衛が必要になったため、急遽湊と仲がいいすいに声がかかったのだ。

とはいえ、そんなことは本人には言えず、適当に誤魔化した。


「それで水着の感想はー?」


湊は急かすように近づいて来るすいの体から一歩下がって、すいが欲しがっている言葉を選ぶ。


「可愛いと思うけど」

「そうだね。赤い髪に映えている。君の魅力が余すところなく伝わっているよ」

「…………似合ってる、と思います…」


クロキに誉め言葉に気をよくし、兵馬の恥ずかしそうな顔に満足し、あきれ顔でおざなりに褒めてきた湊の足を、すいはえいっ、と軽く蹴った。


「何で蹴るんだよ……」

「なんかこなれた返しで腹立ったのでー、解釈違いと言いますかー。………あっ、やっぱり普段から美少女に囲まれてるから、私程度じゃ意識しませんかー?」


瞳を細め、小悪魔の笑みを浮かべたすいは、揶揄う気満々の口調でそう言った。


「すい、貴方の巻きあげた砂が直撃したんだけど」

「はしゃぎすぎ」

「…………うん」


そんなすいの背後の立った玲が、すいの肩を掴んで怒り混じりにそう言った。


「え、ごめんなさーい、って痛いっ、肩痛いですー!」


ぎりぎりと身体能力特化型の握力を味わったすいは、情けない悲鳴を上げて逃げていた。


「まったく……ごめんなさい、お待たせしました」


湊の前に立った玲は、申し訳なさそうに小さく頭を下げた。

そんな玲の姿に、湊だけではなくクロキも兵馬も見惚れた。

玲の高校生離れした肉体を覆うのは、シンプルな黒いビキニだ。

日焼けを知らない白磁のような肌の大部分は露出されており、女性らしい起伏を描く体を黒い頼りない布が守っている。

よっぽどスタイルに自身が無いと着れなさそうだが、玲はこれが正解だと言わんばかりに堂々としていた――――


「あ、あの、どうですか?」

「えっ、あっ、似合ってる……すごく」

「……よかったです」


こともなく、湊の照れた表情を見て、安堵するように息を吐いた。


「れいちー、めっちゃ悩んでたんだよ?」

「―――っっっ、乃愛、余計な事言わないで……!」


慌てて乃愛の口を塞ぐ玲。

その頬は真っ赤に染まっていた。

乃愛の水着は、玲とは違い、オフショルダーで大きなリボンがついた可愛らしいものだ。

普通の人が着れば、子供っぽくなりすぎるデザインだが、乃愛のスポーティーな肢体と華やかな顔立ちが合わさって、可憐という言葉がよく似合っている。

自分の武器を熟知した水着だった。

そして最後の一人、湊の同期の雪奈は――――


「スクール水着?」

「……湊は変態。異常性癖者」

「なんでだよ!」


見たままを言った湊は、じとりとした薄い碧眼に見竦められ、たまらず叫んだ。


「……これは、競泳水着」


そう言い、ぱつりと肩ひもを鳴らす雪奈。

湊はわけがわからないと頭を振った。


「後ろのぱっくりがトレードマーク」


そう言って背後を向いた雪奈は、大きく開いた背中を見せる。

ご丁寧に白いポニーテールを手で避けてから。

湊は思わず、雪のように白くて滑らかな肌に視線が吸い寄せられた。

露出度はこの中では一番ないが、その分、見えている肌が背徳的に映った。

儚い雰囲気の雪奈の肌ということもあり、湊の心を大きく揺さぶった。


「湊先輩、見過ぎです……」

「………こういうのが趣味だったの?今からでも着替えてこようか?」

「ち、違っ……!」

「はいはい、水着はもういいだろう。そろそろ調査に映ろう。時間はそれほど残されていないからね」


騒ぎ出した湊パーティーをあきれ顔で見ながら、クロキは大きく手を叩く。

彼の言葉を聞き、一同は冒険者の顔つきに戻った。


「それじゃあ、海中の調査を始めよう」


□□□


次回更新日は、2024/5/28(火)です。

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