黒槍

かちゃりと鈍色のフォークが皿と触れ合う。

程よく煮込まれた牛肉に舌鼓をうち、流石は【迷宮管理局】が用意したホテルだと感心する。


ホテルのレストランの卓を囲むのは、海の調査をしたメンバーだ。


「美味しいですねー、ワインとか欲しいですー」


そんなことを言うのは、ほんの少し日焼けして赤らんだ肌をほころばせたすいだ。


「ごりごり未成年のちびっこが何言ってんだよ」

「うるさいですー、私は粋な女なんですよー」


ぱちりとウインクを溢すすいは、元気だった。


「そういえば、モンスターは引き取れたのか?」


俺は雪奈に問う。変わらず氷のように真っ白な肌の雪奈は食事の手を止めて、ごくりと喉を鳴らした。

……な、なんだ?感情が全くうかがえないから、ちょっと不気味だ。


「…………なんと」

「なんと?」

「ななんと……」

「ななんと?」


ぐっと手を伸ばして、ピースサインを作る。


「もらえた」

「どうして無駄に溜めるのよ」


あきれ顔の玲に対してもピースサインを向けて、ふふんっと得意げに笑った、気がした。


「……私の次回作に乞うご期待。瀬戸内海の塩がうなりを上げている」

「楽しみにしてるよ、塩漬け」


氷の精のような儚げな外見からは想像できない趣味だけど、雪奈の干物は美味しいらしい。

楽しみなのは本当だった。


「そういえば会議、荒れたみたいだね」

「乃愛、何か聞いたの?」

「周りの会話から」

「……確かに皆さん不安がってますよね」


情けなく眉根を下げる兵馬の言葉通り、レストランに集まっている冒険者たちの間には浮足立った緊張と不安が一つまみ、談笑の中に混じりこんでいる。


「冒険者間の縄張り争いのようだったね。【極海戦域】の人のお陰で最終的にはまとまったから、気にする必要は無いと思うよ」


会議に参加していなかった俺達に、参加者の言葉が投げかけられる。

落ち着いた柔らかな印象を受ける声音。

俺はその声を知っていた。


「久しぶり、白木君。また一つ試練を乗り越えてくれて、僕も我がことのように嬉しいよ」

「十草日々徒……!」


振り返った先にいたのは、【冥月の会】の教主をしている男だった。

相変わらずの温和な笑みを浮かべており、再会を喜ぶように声音は僅かに弾んでいた。


「誰?」


乃愛が剣呑な声音で問う。

いつでも動けるように僅かに腰を浮かし、臨戦態勢に入っている。

その姿は、獲物に飛び掛かる寸前の肉食獣のようだった。


「十草日々徒、確か以前湊に接触したダンジョンカルトの長だね。どうしてここにいるのでしょうか」


クロキは記憶を辿り、自力で十草の正体に行き着く。

そして挑発するように問いかけるが、十草の温和な笑みが揺らぐことは無かった。


「僕のことを知っているんだね。一応、自己紹介を。僕は十草日々徒。【冥月の会】の教主ということになっている。そして彼が副盟主の芦屋正人クン」


十草が手で示した先にいたのは、20代ほどの男だ。生真面目とも不機嫌とも取れる険しい顔をしており、言葉を発することなく小さく首肯した。

その厳格そうな様子は十草よりもよっぽど教主っぽかった。


「あなたたちの誘いを湊先輩は断ったはずです。まだ何か用が?」

「……ふふっ」


怪しく笑う十草に、玲は警戒した面持ちで鋭く睨みつける。


「僕、嫌われ過ぎじゃない?ちょっと挨拶に寄っただけなのに」

「は?」


十草の言葉に、玲はぽかんと口を開く。

十草は背後の男、芦屋にねえ?と問いかけるが、帰ってきたのは無言の沈黙だった。

いまいち関係性の分からない二人だ。


「挨拶って言うのはー?」

「言葉通りの意味だよ、赤髪のお嬢様。僕は何も白木君のストーカーでここにいるんじゃない。【迷宮管理局】から君たちと同じ依頼を受けてこの場にいるんだ。明日からは一緒の戦場に立つだろうから、よろしくね」

「つまり、俺達と同じ『渋谷支部』側の冒険者ってことか?」

「そうだよ。【月光の誘い】というクランで活動していてね。僕たちの他にも何人か来ているよ」


ダンジョンを神と崇めるダンジョンカルトがモンスターを狩る冒険者クランを結成して活動しているとは面食らうが、【冥月の会】はモンスターの討伐を否定していないことを思い出した。

宗教家としてダンジョンに潜るわけにはいかないから、クランとして普段は動いており、今回『北海道防衛作戦』に動員された、ということか。


「待ってください!【迷宮管理局】があなたたちに依頼を出したというのは本当ですか!?」

「そうだよ。かなり前から依頼を受けていてね。僕も不思議に思ったけど、『竜』と出会えるのなら、それもいいと思ってね」


『竜』と口にした時だけ、分かりやすい感情が乗っていたような気がした。

だがそれを尋ねるよりも早く、十草は踵を返し、去っていった。

どうやら本当に挨拶だけのようだ。

そして彼の後を芦屋と紹介された副教主がついていくが、その去り際にちらりと俺を見た。

初対面のはずだが、その瞳には何かを押し殺すように細められていた。


「………まさか宗教家まで動員するなんて……渋谷支部の人手不足は深刻」

「雪奈さん、そういう話じゃないですよぉ」

「兵馬の言う通りだ。人手ならむしろ足りている。戦力以外の使い道があって派遣されてきたとみるべきだ」


クロキの言葉は俺達に向けて放たれていたが、最後には考え込むように視線を伏せた。


「【迷宮管理局】もダンジョンカルトは嫌っているはずですけどねー」

「そのはずだけど―――」

「湊がいるから?」

「何でもかんでも俺のせいにするなよ……」


パーティーメンバー二人から疑いの眼差しが向けられるが、俺にも心当たりはない。


「ていうか、【極海戦域】の姫がどうとか言って無かったか?」

「周りの冒険者のそのことを言ってる人も多いよ。一緒に戦うみたい」

「先ほどの彼の言葉と乃愛さんが集めた情報から考えれば、会議に出席していたのだろうね。驚くことだが、援軍として参加すると見て間違いないだろう」


謎に包まれた【極海戦域】からの援軍。しかも『姫』という呼称――――


「どんな人なんだろうな」

「気になりますか?」


軽くこぼした言葉に対して、ぽつりと玲が問うてくる。

真横に座った玲は、こてんと小首をかしげており、さらりと綺麗な黒髪が流れる。

微笑を浮かべているが、目は黒々としていて――――


「【極海戦域】の姫、が気になりますか?」

「…………いいえ」

「何をしてるんだい、君たちは?」


最期に大きな爆弾が二つ見つかってから、俺たちのディナーは終わった。


□□□


ディナー後、俺達は各自部屋に戻って明日のための準備を始めた。

モンスターの群れの襲撃時期が分かったため、明日からは浜辺で待機する必要があるらしい。

今からだと言われなくてよかったと胸を撫で下ろしたが、戦いの前の高揚もあって、俺は中々寝付けずにホテル周りを散歩することにした。


散歩と言っても遠くまで行くわけにはいかない。

中庭辺りを適当に回ろうと思い、人の少ないホテルの裏口から出てぐるりと正門側に向かっていく。

夜風に当たれば眠気に誘われるかと思ったが、夏の生ぬるい空気が肌をべたつかせて、部屋に戻ったらシャワーを浴びることから始めなければなさそうだ。


5分ほど散歩をして、そろそろ戻ろうかと思った時、俺は【探知】に映る人影に気づいた。


(散歩、じゃないな。魔素を吸ってる。冒険者か?いや、違うか――――――)


人影は複数、それに動きが冒険者らしくない。

互いが互いの死角をカバーするように、物陰から物陰へと移動している。

この動きは冒険者というよりも、もっと別の対人寄りのものに見える。


(追うか)


地面に手を当て、【物体収納】の箱を取り出す。

中から【頑鉱の鉈〈改〉】と【刺子雀シシスズメ】を取り出す。

近接も視野に入れた装備だ。そして【隠密】を発動させ、駆ける。


相手が探知系のスキルを持っている可能性も考え、できるだけ遠くから俺も物陰から窺うように相手の姿を視認する。

ホテル際の道、街灯の明かりを避けるように、佇む5人組の姿があった。

闇に溶け込むような黒い服装に、口元を隠すマスクに帽子。

ぎりぎり一般人だと言い張れなくも無いが、俺の目から見れば服の下の防具の存在がはっきりと分かる。


(冒険者だらけのホテルに強盗、ってわけじゃないよな)


相手の装備は明らかに荒事を想定している。

動きも物取りとは一線を画している。早々に倒して――――


(って、戦う前提だけど、本当に敵か?)


面倒なのは相手がまだ何もしてないところだ。不審者ってことで制圧してもいいのだろうが……

身体能力では俺よりも高い者はいないが、スキル次第では正面から戦うのは厳しいだろう。

【隠密】からの不意打ちをするしかないが、俺が攻撃するとなると【刺子雀】だし、重傷は確定だ。

何もしていない相手を怪しいからと言って矢で射れば、俺が捕まりかねない。


(塀をぶっ壊すとかしてくれないかなぁ)


俺の願いも届かず、相手は塀を身軽に超えて、ホテルの敷地へと入った。


(やっぱりこっそり入り込んでって感じか……面倒だが)


俺は手のひらに球体のアイテムを握りこんで、【隠密】を解いた。

その瞬間、黒ずくめの一人がばっと背後を振り向く。

あいつが探知係か。


「っと、悪い、驚かせる気は無かったんだ」


小さく笑い、武器を持った手を上げる。

視線が俺の装備に集まり、次に俺の顔に向かう。

そして僅かに硬直した。


(―――ん?どういう反応だ?)


「お前ら、今ここが冒険者の巣窟って知ってるのか?引き返した方が――――」


俺は飛んできたナイフを鉈で弾く。

黒塗りされており、夜闇に紛れていたが、【探知】にはばっちりその存在が映っている。

俺にこの程度の奇襲は効かない。


そして相手は、刃物で攻撃してきた。

俺は片手に握った煙幕玉を地面に放る。

凄まじい量の黒煙が巻き上がり、ホテルの敷地一角を覆う。


そして俺は【隠密】を発動させ、距離を取った。


(【隠密】頼りの俺が姿を表したら、油断すると思ったよ)


知覚された状態では【隠密】は使えない。

相手が俺を知っているなら、必ず油断して攻撃を仕掛けてくると思った。

だからこそ、俺も相手から身を隠す方法をいくつか用意しているんだがな。


敵は動揺を露わに、煙の中から出てくる。

身をかがめ矢を警戒しているようだが、この状況になった時点で俺の勝ちはほぼ確定した。

俺は落ち着いて矢に【隠密】を施し、引き金を引く―――――直前、超速で迫る何者かの影を捉えた。


ボウガンを下ろしたのは反射と勘だ。今撃ち、敵が倒れて俺がいると知られるのは危ないと本能が叫んだ。

そしてその予感を肯定するように黒閃が走った。


初めに狙われたのは、探知係の男だった。

異変に気付き、武器を構えるが、それごと長大な何かによって打ち砕かれた。


「■■■」


リーダーらしき男が何かを叫ぶ。

だがその瞬間、その腕が武器ごと抉られたように吹き飛んだ。


(これは――――槍傷か?)


俯瞰から【探知】も合わせて観察しても、敵を倒した者も獲物が槍だということしかわからない。

視認すらできない速度はまるで乃愛のようであり、しかし乃愛とは違い、長槍を振り回す筋力を併せ持っている。

わけもわからず仲間を二人失った彼らは、背を向け逃走する。

だが瞬きをするたびに1人ずつ、狂刃に沈む。

そしてようやく彼は、立ち止まった。

音は無かった。ただ足元の芝が、男が実在すると示すように微かに揺れただけ。


身の丈を超える黒槍を携えた男は、忌々し気に敵であった者たちを見下ろした。


□□□


次回更新日は、2024/6/4(火)です。

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