『英雄』と『支部長』

受付の局員に通された部屋は、応接室だった。

【迷宮管理局】の支部に入るのは2度目だが、『渋谷支部』とは違い、華美な家具や装飾は無かった。

最低限の家具だけの殺風景な部屋は、この部屋の管理者の趣味なのだろうか。

俺は、部屋の奥に佇む1人の男を見て、そんなことを思った。


「来たか、【オリオン】の小僧っ子ども」


彼は大きな傷が走る頬を歪ませ、笑った。


「あなたが、竜胆支部長ですか?」


俺は初対面でまだ失礼だとは分かっているが、疑いの言葉を我慢できなかった。

なぜなら彼は、どこからどうみても60歳そこらにしか見えなかった。

服の上からでも分かる鍛えられた肉体に、健康的な色艶の肌。

老人を想像していた俺は、面食らった。


「はっ、124には見えんか?これでも上背は縮んで来たんだがな。まあ、座れ!色々あったろ?」


そう言ってガハハ、と陽気に笑う彼は、支部長とは思えないほど気さくで本当に元冒険者なのだと分かる。

竜胆将也りんどうまさや。科学者から冒険者、そして【迷宮管理局】支部長という異例の経歴を持つ『英雄』だ。


「さて、そっちの金色のは前見たな。黒いの2人は初めましてか」

「えっと、白木湊です」

「初めまして。南玲と言います」

「さて、このクソ忙しい時に何のようだ?」


挨拶もそこそこに、彼は要件を問う。

彼は今回の北海道防衛作戦の総責任者だ。

冗談めかして言っているが、忙しいのは本当だろう。

俺も本題に入るため、【物体収納】を発動させ、中から一振りの槍を取り出す。

それはシンプルな作りの長槍だった。


彼はそれを見て、感嘆の息を漏らす。

俺が説明をするよりも早く手に取り、掲げた。

室内の照明に照らされる白銀の刃は、美しく輝き、彼は目を細めた。


「……いい槍だな。誰の作だ?」

「わかりません。それは、冥層のボスが使っていた槍です。討伐後は縮みました」

「……ふむ」


彼は、槍に魔力を込める。

その瞬間、槍は一回り大きくなった。


「『付術具』、じゃねえな」

「素材の特性だと思います。魔力に反応し、膨張と縮小を繰り返す特殊な生物素材です」

「俺は聞いたことねえな、お前は?」


俺は小さく首を振る。


「少なくとも、『51階層』にはそんなモンスターはいませんでした。多分、もっと下の階層のモンスターです」


俺の言葉を聞いた竜胆支部長は、ふう、と大きくため息をついた。

考え込むように目を伏せ、少なくない時間の後、「なるほどな」と呟く。


「俺に相談したいのは、この武器の製作者の件か?」

「武器と、機械です」


そう言うと、彼はぴくりと眉を動かす。


「壊れたんだろ?」

「ええ。ですが、製作者は同じだと思います。あの機械の一部に、名前が刻まれてたんです。『テセウス・ラグドール』と。知りませんか?」

「何で俺に聞く」

「あなたは、ダンジョン発生以前は、科学者だったと聞いています。冒険者になったあとも、学会とは繋がりがあったと。『テセウス・ラグドール』はダンジョンを専門とする学者、技術者であったのではないかと考えています」


俺の代わりに答えた玲は、あえて【オリオン】の総意であるかのように言葉を選んだ。

俺達の個人的な興味では無く、【オリオン】の名大としての言葉だと誤解させるように。

その甲斐があったのかは知らないが、竜胆支部長は真剣に考えこむ。


「…………その機械がどんなもんだったのかは分かってんのか?」


彼の言葉に、俺と玲は一瞬視線を合わせる。

PMCC―1の性能は、『スキルの編集』。

だが壊れたはずの機械の性能を俺たちが知っているのは、おかしいだろう。


「いえ。ですが復元した形状的に、何らかの物体、あるいは生物に影響を与えるものであったと思います」

「ふんっ、大体の機械がそうだろうよ。だがまあ、知らねえな」


彼の言葉に、俺と玲は落胆を隠せなかった。

だが玲は、ぐっと身を乗り出す。


「何か、ほんの些細なものでもいいので、思い出せませんか?」

「つってもなぁ、テセウス・ラグドールなんて珍しい名前、一度聞いたら忘れねえよ。少なくとも、有名どころじゃねえし、学会に出るタイプでも無いんじゃねえか?あるいは、人名じゃなくて、グループ名って可能性もあるぜ?」

「それは、そうですが……」


諦めきれないといった様子の玲に対して、竜胆支部長は苦笑し、慰めるように言葉を続ける。


「まあ、テセウス・ラグドールって名前は上に挙げとく。【迷宮管理局】も冥層に知らない奴が、先に潜ってたってことでぴりついてんだ。組織の威信をかけて、そのテセウスとやらを探してくれるさ。分かったら、俺からお前らに連絡入れる。それでどうだ?」


彼の言葉は、冒険者に対するものとしては、破格だった。

俺と玲は、「お願いします」と頭を下げた。


「おう。お前らも、『竜』討伐ん時は頼むぜ。色々面倒ごともあるけどな」


彼の言った面倒ごと、という言葉に、今まで借りてきた猫みたいにじっとしていた乃愛が顔を上げた。


「…………それってバカな冒険者のこと?」

「おう、そいつだ。お前らも下で絡まれたんだろ?くくくっ、中々新鮮だろう?【オリオン】に真正面から喧嘩売るやつらはよ」


竜胆支部長は心底面白そうに、笑みをこぼす。

つい先ほど、してやられた俺達が揃って苦い顔をしているのに気づいて、彼はますます笑みを深くした。

元冒険者だけあって、いい性格をしている。


「あれは何ですか?」

「一言で言えば、地方と都会の冒険者の確執だな。金色のが来た時もあっただろ?」


俺達は乃愛を見る。

彼女は美しい碧眼を伏せ、やがてこくりと小さく頷いた。


「あった、けど、こんなのじゃなかった。防衛線の担当地域で揉めたり、軽い言い合いになったりしたぐらいだった」

「最近まではな。だがな、支部長としては嬉しいことに、最近は地元の若いのが育ってんだ」


彼は心底嬉しそうに、そう言った。

それを聞き玲は、「なるほど」と小さく呟いた。


「どういうことだ?」


分からなかった俺は素直に問う。

玲は俺に向き直り、艶やかな唇を開く。


「つまり、彼らは自分たちだけで、『竜』を討伐したいんです」

「そういうことだ。そっちの黒いのは頭がいいな。そっちは呑気そうだけどな」


呑気は余計だ、外見詐欺爺さんめ。


「大前提、『竜』ってのはお宝だ。全身くまなく売れる。一体殺せば、豪邸が何十軒も建つぐらいにな。だが『竜』から得られる利益ってのは、まず被害にあった地区の修繕、次に来年度の『竜』襲来への予備費に回ってから、参加者の貢献度に応じて分配されるわけだ。それでも、大金が入って来るが、報酬を受け取る頭数が減れば自分たちが儲かるって考えるのは当然だな」

「それはそうでしょうけど……討伐できないと意味ないでしょう」

「だから、あいつらは自分たちだけで狩れるって考えてるんだよ。北海道に来た獲物は自分たちが狩るのが当然、よその奴らに分け前をやる必要はもう無いってな」


冒険者としての利益と自分たちの地元は自分たちで守るというプライド。

普段は東京で活動しているのに、稼ぎ時だけ救世主面してやってくる商売敵。

そう言ってしまえばその通りなのだろうが――――


「馬鹿馬鹿しい」


玲が冷たく言い捨てる。

俺も同感だった。

『竜』というのはそんな甘い相手ではないだろう。

実際、防衛作戦に参加した冒険者の中には、毎年死者も出ている。

それなのに仲間内で手柄争いとは、愚かすぎる。


「ふっ、そうかもしれねえが、そういう考えのやつらは多い。若手の血気盛んな奴らの中には特にな。お前らに絡んだ奴は、真鍋来夏まなべらいかっていうんだ。馬鹿馬鹿しい奴らの代表格で【狼牙の黒槍】ってクランの副盟主だ」

「【狼牙の黒槍】?」


聞いたことのないクランだった。

玲も乃愛も知らないようで、俺と同様に疑問符を浮かべている。


「【狼牙の黒槍】ってのはここ数年で一気に力をつけてきたクランでな。若い奴らが多い」

「あんな猿が副盟主とは……まともなクランなのですか?」


真鍋に敵意剥き出しの玲は、無茶苦茶言っていた。

猿って……冷たい表情も似合っているけど、怖い。


「あいつは救いようのねえ屑だが、盟主は面白いぜ?ある意味、お前とは真逆のやつだ」


竜胆支部長は俺の顔を見て、そう言った。


(俺と真逆?どういう意味だ?)


「まあ、会えばわかるさ」


気は合わねえだろうがな、とぽつりと付け加えて、俺達と竜胆支部長の話し合いは終わった。

『テセウス・ラグドール』に関する情報は得られなかったが、現在の『北海道防衛作戦』を取り巻く状況は少しわかった。

今までは、『北海道支部』の冒険者、『渋谷支部』の冒険者、自衛隊の三者が協力し、『竜』を討伐していたが、『北海道支部』の冒険者の中から、『渋谷支部』の冒険者を作戦から外そうとする若手の勢力が台頭してきた。

そのため、『渋谷支部』の冒険者筆頭の【オリオン】は目の敵にされていると。


(両さん、大丈夫かな)


彼は【オリオン】の盟主であり、今回の作戦でも重要なポジションにいる。

恐らく、反渋谷支部勢力から一番敵視されているのは彼だろう。

来た時とはまるで違って見える北海道支部の広間を通り抜けながら、俺はそんなことを思った。


□□□


【オリオン】の三人が帰った後、竜胆は小さく笑みをこぼす。


(面白い奴らだったな)


竜胆は、『北海道支部』から動けない。

冒険者を引退してからも、最前線で『竜』と戦い続け、討伐してきた彼は、意図せず『英雄』と呼ばれるようになった。

『英雄』が『北海道支部』で海を見守るからこそ、この地の民は安心して暮らせる。

だから彼は、一年のほとんどをこの殺風景な支部で過ごしている。


そんな彼にとって客人とは珍しく、それが自分でさえ攻略できなかった『冥層』を攻略したパーティーだというのだから、彼の興奮は並々ならぬものだった。

だけど、それだけではない―――――


「機械は壊れた、か。下手な嘘つきやがって」


くくく、と喉を鳴らすように笑う。

その心中は如何様なものだろうか。

喜びや驚き、そして諦めも混ざっている。

言葉にすれば、ついに来たか、だろう。


「ようやく始まるな。てめえの馬鹿みてえな救世が」


誰かに向けて、彼は皮肉るようにそう言った。


□□□


次回更新日は、2024/5/25(土)です。

サポーター様向けの短編を近況ノートの方に公開しています。

タイトルは『誕生日』です。

興味があれば読んでみてください。

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