異物たちの到着

北海道支部に向かおう。

そう意気込んで約1時間、俺たちはまだタクシーの車内で揺られていた。


「……なあ、乃愛」


変わり映えしない海岸線を眺めるのにも飽きて、隣に座る乃愛の肩を叩く。

乃愛は視線だけで「なに?」と伝えてくる。


「遠すぎないか?」


北海道への遠征経験もある乃愛なら、道もわかるはず。

そう思い問うたが、答えたのは運転手の人だった。


「はははっ、遠くからいらした人は皆んな驚かれますよ。街外れの支部ってのは珍しいようで!」

「そうですね。大体はダンジョンを中心に街ができて、支部も附属するので……」


運転手さんに返す玲の言葉に、俺も首肯した。

【迷宮管理局】の支部の目的は、『ダンジョンの監視』だ。

確か【北海道ダンジョン】は札幌にあるので、今向かっている北海道支部からはそれなりに距離がある。


「30年ぐらい前に移転しましてね、一応札幌の方にも旧支部ってことで、残ってますよ」


(『竜』対策ってことか)


旧支部、支部の支部ってことか?いや、役割的には旧支部が本部のような役割を……駄目だ、よくわからん。

ダンジョン以外にもモンスターの脅威を抱える北海道ならではの組織構造をしているようだ。


「皆さん、冒険者さんですか?」

「ええ」


玲が答えると、運転手さんは「へぇ……!」と驚いたような声を漏らした。


「てっきり芸能人かと思いましたよ!」

「えっと……ありがとうございます?」


玲は困ったように苦笑しながら、礼を言った。

運転手さんの気持ちは分かる。玲も乃愛も、顔だけで食べて行けるぐらい可愛いから。

俺は?マネージャーだと思いました?

そう聞いてみたい悪戯心をぐっと我慢しながら、乃愛を見ると、こくりこくりと舟をこいでいた。

相変わらずマイペースだった。


「にしても、もう『竜』が来る時期ですか。一年は早いですねぇ」


運転手さんは小さく笑い、そう言った。

その緊張感のない様子に、俺は首をかしげる。


「『竜』が怖くないんですか?」

「そりゃあ怖いですよ?でも、『支部』には【破刃の英雄】様がおられるからね。彼が『竜』なんて一匹も通したりしませんよ」


この土地は、彼に守られているんです。

そう言って運転手さんは明るく笑った。


「おっ、見えてきましたよ」


運転手さんの言葉を聞き、車窓へと視線を移す。

左手には地平線まで続く海原、右手には青い大地が広がる光景の奥、大地の切れ端の先端に、その建物はあった。

まだ遠いのに、その三角屋根のフォルムは見て取れる。

渋谷支部とは違い、巨大な一軒家のような形をしていた。

しかしその外壁は、黒ずんだダンジョンの鉱石で構成されているようで、『要塞』という言葉がふさわしい。


「でっけえ……」

「本当に何もありませんね」

「意外と便は悪くないんですよ?一本道が引かれてますからね、下手な地方よりは札幌に近いんですよ」


確かに、大地の端まで、アスファルトの道が延びている。

タクシーが近づけたのは、支部の手前の巨大な駐車場までだった。

その先は、局員による検問を越えなければならないらしく、俺達は歩きで支部へと向かう。

装備は、私服に護身用の武器だけを身に着けた姿だ。


「いい風だな……」


海沿いということもあり、気持ちのいい風が吹いている。

小さく欠伸を噛み殺した乃愛も、こくりと頷いた。

玲はきょろきょろと周囲を見渡す。


「どうした?」

「……いえ。私たちが泊るホテルも、この近くにあると思っていたのですが」

「ホテルは都市の方だよ。あれでいくんじゃない?」


そう言って乃愛の指し示す先を、俺達は見る。

海側から離れた支部の側にある広大なスペース。

そこに止まる、何機ものジャンボジェット。


「『札幌第二支部』に滑走路があって、直通してるんだよ。だからホテルまで10分ぐらい?」

「……『札幌第二支部』って運転手さんの言ってた旧支部の方だよな。街中じゃないのか?」


確かに冒険者が活動拠点とする街中の第二支部と、『竜』の脅威にさらされる海岸線の支部への迅速なアクセスは、重要だろう。

それは分かるが、そこまでするかという呆れが勝った。

そんな面倒なことをするぐらいなら、街中の方が支部でいいじゃんと思うのだが……というのが重要な意味を持つのだろうか。


「ていうか、俺らも飛行機できたらよかったんじゃ」

「それは無理なのでは?今は外部からの人間は警戒されているでしょうし」

「まあ、そうか」


俺は空から降りてきた飛行機を見る。

冒険者を乗せた便だろうか。

俺達が来ることは急遽決まったため、いきなり乗せてもらうのは難しかっただろう。


俺達はそのまま歩きで検問を超え、北海道支部まで来た。

近くで見れば、その巨大さに圧倒される。

海を背にして立つその建物の中からは冒険者たちの喧騒が聞こえてきて、そこは東京と変わらないと少し安心する。


中に入ると、さらに喧騒は大きくなる。

ワンフロア丸々使った、巨大な大広間には、大勢の人間が行き交っていた。

仲間たちと集まり、真剣な顔で話し合う冒険者たち。

機材や備品を運び込む局員たち。

その中には、迷彩柄の服に身を包んだ集団も見受けられる。


(自衛隊か……初めて見たかも)


俺はテレビ越しでしか見たことのない彼らに、僅かな興奮を覚える。

基本的に、ダンジョンの治安維持、管理は【迷宮管理局】と冒険者がするので、自衛隊という『武力』をダンジョンで見ることはない。

とはいっても、自衛隊もダンジョンの魔素は吸収しているはずなので、どこかのダンジョンには潜っているのだろうけど、人の多い東京のダンジョンに来ることは稀なのだろう。


「湊先輩」


見慣れない光景に、ぼーっとしていた俺は、玲に促されて、受付へと向かう。

ダンジョンのある支部ではないから、本当に『受付』をするだけの簡単なカウンターだ。


「あの……あの!」

「どうされました!?物資類の配給でしたら、あちらのスペースで!」

「いえ、そうではなくて!支部長と面会予定の白木湊です!【オリオン】の!」


周囲の声量にかき消されないように大声で叫ぶと、受付の人はぴたりと止まる。


(え、なに?変なこと言ったか?)


思いもよらない反応に、俺は困惑して固まる。

その時、周囲の喧騒が遠ざかるのを感じた。

見渡すと、俺の周囲にいた人たちが、会話を止めていた。

冒険者も局員も自衛隊も関係なく、視線が注がれる。

白木湊?という微かなざわめきが広がっていき、静寂も広がる。


気付けば、受付を半円に取り囲むように、周囲からの注目が集まっていた。

俺は急な変化に狼狽えながら、縋るように玲と乃愛を見る。

だが二人も訳が分からないとばかりに、困惑を表情に浮かべていた。


(え、なにこれ?)


―――――「あれが白木湊か」「南玲と柊乃愛だっけ?いい女じゃん」「―――――チッ、女連れで私服で来てんのかよ」「どっちか貸してほしいぜ」


冒険者の聴力が、彼らの囁き声を拾う。

その中には、欲望剥き出しのものもあり、俺は小さく眉をしかめる。

彼らの視線には、玲や乃愛への性的なもの、そして探るような冷静なもの、忌々しそうに遠巻きに眺めるものなど様々だが、とても歓迎されているとは言えない。

玲や乃愛は、自分に向けられる不快な感情に、いつでも戦えるように戦闘へと意識を向けていた。


(俺が冥層関係で炎上した時でも、こんなことにはならなかったぞ?)


冥層で死亡したことになった4人組。彼らのことで、俺に関するマイナスの記事が出たことがあり、その時も世間からの反応は冷たいものはあったが、こうも露骨な敵意混じりでは無かった。

もちろん、全ての人間が敵意を向けているわけではなく、ただ単に物珍しさで見ている者も多いのだが、やはり敵意を向ける者が際立つ。


(冒険者が多いか?)


「あ、あの、本当に白木湊サン?」

「……はい。できれば早々に支部長に会いたいんですが」

「で、ですよね。すぐに案内しますので、私について――――「こいつは驚いた!」」

「――――!」


受付の声を遮り、冒険者のグループの一角から、そんな声が上がった。

その男たちは、見物人たちを雑に押しのけ、俺たちの前へとやって来た。

先頭に立つのは、2メートルを超える大男だ。

短い金髪を逆立てており、薄い笑みを浮かべて俺を見下ろす。


「何か?」


玲が俺を庇うように前へと出て、男と相対する。

男は、玲へと視線を映し、頭から足先まで舐めるように見る。

そして突然、その手へと玲の胸元へと伸ばした。


「―――――!?」


玲は伸びてくる手を叩き落とし、【金朽】を引き抜き、男の首筋へと突きつける。


「――――何のつもり」

「へへ、怖え怖え……何って、そんなでけえもんぶら下げてるから、触ってほしいのかと思ってよぉ……」


黒く殺意に染まる瞳に睨まれても、男はへらへらと笑みを絶やさない。

彼の仲間たちも、小さく笑い、その不快な声に、玲の瞳は一層鋭くなる。


「おいおい、すげえ殺意だな。だけどいいのか?そんなもん抜いて」

「は?」

「おい、急に何すんだよ!ちょっと挨拶しようとしただけなのによぉ、これだから東京の冒険者は!!」


男は大げさによろけ、首筋を抑える。

まるで、何かに斬られた傷を庇うように。


「何を!?」

「俺達は要らないってか!?すげえなあ、【オリオン】様はよ!」


彼の仲間たちも同調するように叫ぶ。

少なくない責めるような視線が、剣を抜いた玲へと向けられる。

ここにきてようやく、俺達は嵌められたのだと気づいた。


俺に絡んで玲を引っ張り出し、誇り高い彼女を挑発することで先に手を出させる。

目的は分からないが、彼らは共に『竜』と戦うはずの俺達を『悪者』にしたいらしい。

そして自分が狙われたことに気づいた玲は、怒りが一周して感情の抜け落ちた瞳で、男を見ていた。

その手はぎりぎりと強く柄を握りしめていたが、冷静に周囲を見て、鞘へと納めた。


男は満足そうに玲を見て、わざとらしく息をついた。


「分かってくれたらいいんだよ……俺達は一緒に戦う仲間なんだぜ?」

「まあまあ。慣れない土地で気が立ってただけでしょうよ」

「それもそうかー、まあ仲良くやろうや。【オリオン】さん」


仲間と茶番を繰り広げた男は、満足そうに笑うと背を向け、去っていった。

俺は面倒なことになったと周囲を見て思う。

先ほどのは茶番だ。

だが、男が玲に手を出そうとしたことは、男の巨体もあり、見えなかった。

彼らからすれば、急に玲が剣を抜いて突きつけたように見えただろう。


ほとんどの者は、玲が剣を抜くに至った何かがあるのではと推測するだろう。

だが中には、男の言葉を信じた者もいる。

一部の者から玲へと向けられる厄介者を見るような視線が、それを証明していた。


(何が目的なんだろうな……)


思考を巡らせながらも、俺は真横で地を蹴った乃愛の手を掴んで、引き戻す。

まさか俺に捕まえられるとは思っていなかった乃愛は、俺を見上げてぱちくりと瞳を瞬かせる。

まるで自分が悪くないと言いたげな乃愛を見ていると、ため息が出た。


「乃愛が攻撃したら、玲が我慢した意味がなくなるだろ……」

「……関係ないでしょ。私たちに喧嘩売ったんだから、刻んでやる」


その碧眼の奥には、青く燃える殺意と怒りがあった。

乃愛も、玲を侮辱した彼らに怒っていた。


「やめて、乃愛。もういいわ」


冷たく言い放った玲は、周囲の視線を振り払うように頭を振った。


「……は?殺さないとまた絡んでくるよ?」

「……これ以上はクランの名前に傷がつくわ。私たちは客人って立場なんだから、現地の冒険者と問題は起こせない」


玲の冷静な言葉に何かを言い返そうとした乃愛を、手で遮り、言葉を被せる。


「とりあえず、支部長に会って、色々聞くぞ。それと、喧嘩は無しだ」


俺たちはおろおろしてた受付の人を捕まえて、支部長の待つ上階へと向かった。

その背に向けられる少なくない敵意を無視して。


□□□


次回更新日は、2024/5/23(木)です。


気付けば、たくさんのギフトをいただいていたので、サポーター様向けの短編を近況ノートの方で公開しようと思います。

次回かその次ぐらいの更新のタイミングには公開できると思うので、またお知らせします。

内容的には本編には関係ないので、読まなくても大丈夫です。

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