取り巻く勢力図
「いや、なんで俺が北海道に?」
恋歌さんから北海道行きを告げられた俺は、当然の疑問を投げかける。
恋歌さんは僅かに疲れた声音で答えた。
『【迷宮管理局】からのご指名よ。「広域索敵ができて、強力な遠距離攻撃手段を持つ白木湊が参加しないとはどういうことか」って感じのことを言われたわ』
確かに海から来る『竜』の相手をするなら、俺のスキルは刺さるかもしれないが……。
「戦力は足りてるんでしょう?」
『十分すぎるぐらいにね。今年はシブチョー様のお達しで例年以上の冒険者を動員してるもの』
ここでも中島支部長の姿がちらついた。
恋歌さんも同様のことを思ったのか、険しい声音で警告する。
『向こうの言い分も正論だし、学生組を参加させないようにしてるのはウチの勝手な方針だからね……湊は今や渋谷支部の看板だから北海道支部にもアピールしたいのよ』
「……東亜連国は無関係ですか?」
俺は硬い声音で問う。
オーブ引渡時の状況証拠しかないが、中島支部長と東亜連国には繋がりがある。
もしかすれば今回も背後に東亜連国がいるのではないかと疑わずにはいられなかった。
だが俺の疑問に対して、恋歌さんは軽い声音で答える。
『言ったでしょ?ただの支部間の権力闘争よ。向こうもそんなすぐに仕掛けてこないわ』
「だといいんですけど……。行くのは俺だけですか?」
『玲と乃愛にはこれから話すわ。本人たちが嫌がったら無理強いはできないけど……まあ、そんなことは無いでしょうね』
「でしょうね……」
恋歌さんが苦笑する。
俺も同感だ。逆に置いて行ったら文句を言われそうである。
『ごめんなさい、こっちで断れればよかったんだけど……』
「気にしないでください、俺のスキルが役立つのは向こうの言う通りでしょうし。それに、乃愛なんかは竜と戦えて嬉しがるんじゃ無いんですか?」
『そう言ってもらえると助かるわ。それと、湊の気分が上がることを教えてあげるわ』
「なんです?」
『向こうにヒノの製作者の手がかりがあるかもしれないわ』
「―――っ」
俺は息を呑んだ。
現状、ヒノのことは俺と玲、乃愛以外では、恋歌さんしか知らない。
大勢に知らせることで情報が広がるのを防ぐためだ。
そして恋歌さんにも、ヒノの製作者のことは伝えていた。
恋歌さんも忙しい中、『テセウス・ラグドール』のことを調べてくれたが、彼に繋がる情報は無かったと聞いている。
「どうして手がかりがあるって分かるんですか?」
『北海道の支部長は、元冒険者でね。魔素を大量に吸った影響で、120歳越えてるのよ』
「ひゃっ―――!?」
120歳越え!?
魔素を取り込んだ冒険者は、老化が遅れるとか聞いたことはあるが、そんな長寿になるのか……。
驚愕する俺を恋歌さんの声が現実に引き戻す。
『つまり、ダンジョン発生時から生きてる数少ない歴史の生き字引ってことよ。確か若い頃は研究者だったって言ってたから、ダンジョン関連の機械の製作者、ってなったら国内で彼以上の情報通はいないわ』
「…………彼が知らないとなったら」
『国内で見つけるのは無理ね。名前的に外国人の可能性もあるから、果てしないわよ?』
「ですよね……。恋歌さん、その北海道支部長の人には――――」
『アポ取ってるから、北海道に行ったら会いに行きなさい』
「――――ありがとうございます。忙しいのに」
『―――――――ほんっとよ!謎機械に部屋占領されるし、湊はお土産持って帰らないし』
「槍持ってきたでしょ?」
『酒に合わないもんなんて要らないわよ。ああ、あの槍も持って行ってじい様に見せなさい。『建物』にあった人造物って点じゃヒノと一緒なんだから』
「分かりました。じゃあ」
恋歌さんとの通話を終えた俺は、ファミレスに戻った。
□□□
湊との通話を終えた恋歌は、重いため息をついた。
そして、顔を机から上げる。
恋歌のために【オリオン】事務所内に用意された執務室は十分に広く、その中央部にはホログラムの両が浮かび上がっていた。
「彼はなんて?」
「東亜連国の関与を疑ってたわよ。いいの?黙ったままで」
「ああ。不確かな情報を与えるべきでは無いと思う」
恋歌は湊に東亜連国の関与について聞かれた時、「知らない」と返したがそれは正確では無かった。
「遠征の直前に中島が湊をねじ込んできたのよ?支部同士の権力争い以上の何かはあるわ」
「……例えば?」
「湊を殺すとか。オーブの時はそうだったじゃない」
中島が東亜連国と通じ、【状態異常適応】の『オーブ』引き渡し時に、敵を手引きしたであろうことは、ほとんど確信を得ている。
東亜連国の狙いは、アメリカに『オーブ』が渡ることを阻止すること、そして湊の殺害であったと思われる。
一つ目の狙いは失敗し、『オーブ』はアメリカ最強の冒険者、サイラス・ディーンが使用し、【D.C.1】と呼ばれるダンジョンの冥層を攻略中だ。
だが、二つ目の目的は果たされぬまま、今も宙に浮いたままだ。
『竜』襲来時の混乱に紛れ、再び湊を狙うのではないか。それが恋歌の恐れるところであった。
だがホログラムの両は小さく首を振った。
「いや、『竜』襲来のタイミングで湊を襲えば、北海道防衛が失敗しかねない。冒険者が何者かに襲撃されたとなれば、指揮系統は乱れるだろうし、そんな状態で討伐できるほど『竜』は甘くないことは中島も知っているはずだ」
「失敗してもいいってことじゃないの?」
「それは無いだろうね」
断言する両に恋歌はぱちくりと紫紺の瞳を瞬かせた。
「彼は野心家だが、その根底には屈折した愛国心がある。湊に執着するのもそれが理由だろうね。だからこそ、北海道が落ちるリスクは絶対に取らないはずだ」
冒険者と自衛隊が突破されれば、その先は都市と『ダンジョン』だ。
竜により防衛線が破壊され、【北海道ダンジョン】が人の手から離れれば、『氾濫』が起きかねない。
そうなれば、北海道が人の住めない魔境に変じる。
場合によっては雪崩のように本土までモンスターの勢力図が広がる可能性もある。
それは、日本政府が恐れる国家崩壊のシナリオの一つだ。
「…………それに、僕の予想だと、彼と東亜連国の関係は、『オーブ』引き渡し時に切れているはずなんだけどね」
両は中島と東亜連国側の何者かの利害の違いに気づいていた。
中島の暗躍はあくまでも湊の生存前提。それに対し、東亜連国は湊の殺害を試みた。
その時点で、両者の関係は破綻していなければおかしいと。
(―――なら、何かがあるはずだ。今も両者をつなぎとめる何かが。中島の弱みか、それ以外の手法か……駄目だな、ここからはただの妄想だ)
それは『何者』かが聞けば、背筋を震わせるほど真実に迫った推測だった。
そしてこの謎が、湊に東亜連国の関与を誤魔化した理由であった。
中島と東亜連国の繋がりは、数少ない敵へと繋がる手掛かりの一つ。
それに気付いていると、向こうには教えたくなかった。
湊はお世辞にも腹芸が得意とは言えない。
年相応に動揺すれば顔に出るし、人との駆け引きには疎い。
だから、湊には何も知らせず、裏で自分たちが動いて敵を探る。
それが両の判断だった。
「……ねえ、中島はとっくに東亜連国と切れてて、別の勢力と繋がってるって可能性は?」
そう言われ、両は僅かに考え込む。
東亜連国という後ろ盾を失った中島が別に国家や組織に助力を求める。
あり得そうではあった。
「いや、だとしても北海道というのが気になる」
北海道は、東亜連国が日本へと侵攻する際の橋頭保となる戦略的に重要な土地だ。
北海道が落ちて最も得をするのが誰かを考えれば、東亜連国が動くのは確定的に思えた。
「……今年は色々面倒そうね。居残りでよかったわ」
恋歌がそう言うと、両はふっ、と小さく笑った。
全くその通りだと心の底から思ったからだ。
例年以上の数の冒険者が北海道へと押し寄せることへの、現地の冒険者の反感。
そして予想される東亜連国の暗躍。
そして――――
「【極海戦域】からの客人、でしょ?」
「ああ。まだ伏せられているけどね。自国から逃したモンスターの討伐を手伝うとのことだよ」
「今まで見て見ぬふりだったのに、どういう風の吹き回しだか」
「分からないが、今まで外界と接点を遮断していた【極海戦域】の動きに、各地が緊張している。もしかしたら、【竜の躯】に何かあったのかもね」
始まる前から例年とは違い過ぎる『北海道防衛任務』。
2人は細かい調整を夜遅くまで行った。
□□□
次回更新日は、2024/5/19(日)の7:00です。
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