暮れゆく枝葉の回廊

石材の床を超えた先は、枝の上だった。

長く太い枝が、床と融合するように伸びており、直径は三メートルを超えているだろう。

一歩、通路を出れば、天上から燦々と照りつける陽光に、瞳を細める。

51階層には無かった『晴れ』という環境は新鮮で、新たな地に来たと、実感する。


(眩しい……夕暮れの日差しか?)


橙色に染まる陽光には、その言葉が相応しい。


「これは……枝の回廊?」

「そうみたいだ」


確かに玲のいう『回廊』という言葉が一番似合う。

俺たちが立つ枝の上だけではなく、空を見上げれば縦横無尽に、枝葉が絡み合い、複雑で立体的な通路を構築していた。

その枝の出所は分からない。

『枝』があるということは『樹』もあるんだろうけど……。

階層中心方向から伸びているようだが、樹本体は視認できず、【探知】の範囲外だ。

分かるのは、途方も無く巨大な『樹』であるということだ。


俺たちが今いるのは、階層の最端、ダンジョンの壁面だ。

丁度、樹から伸びた枝の先端に立っているということになるのだろうか。

見渡す限り、どこをみても別の枝がある。


枝には、所々葉が茂っており、今は赤や黄色の紅葉色に染まっている。

触れると、かさりと枯れた葉が宙を舞い、下へと落ちていった。

秋の暮れのような、寂しく貧相な葉だ。

一迅の風が吹くと、舞い上げられた枯れ葉たちが、渦を巻く。


「湊、下見て。私たち、とんでとないとこにいるよ」

「ああ、これは、絶景だな」


風になびき、落ちていく木の葉は、俺たちの立つ枝の通路のさらに下へと落ちていき、に消えた。


「俺たちは階層の空中、巨大な木の枝の先にいるらしい」


ようやく、全体像を把握する。


「これは………どうすればいいんだろうな」


文字通り地平の果てまで続く景色に途方に暮れる。

360度どこを見渡しても、雲の絨毯が広がり、足場が枝だけという非現実的な状況に今更気付く。

遠くをじっと見ていると、遠近感が失われていく。

高所恐怖症というわけではないが、現在地を見失いようになる不安感に駆られ、振り向く。

ダンジョンの壁面から伸びる石造りの通路を見て、ほっと息をつく。


「モンスターはいませんね」

「俺の【探知】の範囲にもいないな」


モンスターがいないということは無いだろう。

51階層への【天への大穴】周辺もモンスターが少なかったし、恐らくこの辺りだけのはずだ。

少しでも奥へと進めば、険しい環境は牙をむき、モンスターたちが群がって来るだろう。


「この回廊で戦うのか……」


枝の回廊には当然、手すりなんて無い。

もし戦闘中に足を滑らせれば、【空歩】を持つ乃愛意外、地面の染みだ。

いや、地面に落ちる前にモンスターに喰われる可能性の方が高いかもしれない。


吹きすさぶ風が、びゅうびゅうと音を立てる中、俺達はこの52階層の光景を目に焼き付けた。

どうやって攻略するか。頭の片隅で考えるが、答えは出ない。

まずはどんなモンスターが出るのか、そして冥層特有の異常環境などを調べるところから始めなければならないだろう。


(初めて51階層に来た時を思い出すなぁ)


51階層とはまるで違うが、俺の理解を越えた『大自然』であることは同じだ。

フリーズした脳が、ただ景色を情報として取り込んでいく虚無の時間。

これが好きだった。

少しずつ環境を理解し、溶け込み、適応していった毎日は、楽しくて幸せだった。

それと同じことが出来ると思えば、いつまでもこの階層に留まっていたいが……。


(2人は限界か)


【石兵】と前衛で戦い続けた2人の疲労は、俺とは比べ物にならないだろう。

後ろ髪を引かれる思いだったが、俺達は相談し、52階層を後にする、前に―――

パシャリと一枚写真を撮る。

空へと伸びる巨大な樹の枝と夕日を浴びて赤く染まる木の葉たち。

地平線まで続く雲海は、風任せに流れていた。


「52階層到達、と」


□□□


『お前等、あの写真を見たか?』


名も無き市民001

「52階層到達おめ!!」


名も無き市民002

「こんなスレじゃなくて、湊のアカウントに行ってやれよ笑」


名も無き市民003

「あいつSNS見てないじゃん」


名も無き市民004

「そうなの?」


名も無き市民004

「おう。配信でも言ってたぞ。管理は玲様がしてる」


名も無き市民005

「何でだよwww」


名も無き市民006

「湊のアカウント楽しいよ。皆、裏に玲様がいるって分かってるから、湊に話しかける体で玲様にセクハラするっていうね」


名も無き市民007

「なあ、湊、たぎらないか?とか、湊さんの豊満なやつから目が離せません。とかきもくて意味不明な言葉がコメント欄に溢れかえるからなwww」


名も無き市民008

「なお、湊アンチは全員玲様にブロックされる模様」


名も無き市民009

「あの人、過保護+忠誠心MAXだから笑。たまに自分のアカウントで湊先輩の凄い所を語り出してるし笑」


名も無き市民010

「何それ、最高の後輩じゃん……俺も褒めてほしい」


名も無き市民011

「はい、犯罪」


名も無き市民012

「ええ……?これも犯罪?世知辛えよお」


名も無き市民013

「褒めるも何も認知すらされてないだろうけどな。てか、マジで途中で配信終わったの意味わからん」


名も無き市民014

「ほんとにな。また気づいたら配信切れてたし」


名も無き市民015

「またかって感じ笑」


名も無き市民016

「今回は誰も心配してくれなかった模様」


名も無き市民017

「実際あの後、阿鼻叫喚だったぞ。「しっかりしろカメラ」がトレンド入りしたし」


名も無き市民018

「モンスターの奇襲にあったらしいぞ」


名も無き市民019

「まじ?どこ情報なん?」


名も無き市民020

「【オリオン】の公式発表。空からの奇襲であの謎の機械もぶっ壊れたらしい。現在持ち帰って調査中とのことです」


名も無き市民021

「ほーん。湊おったのにな」


名も無き市民022

「しっかりしろ斥候」


名も無き市民023

「まあ、【探知】あっても正面突破されたら意味ないでしょ。生きててよかったわ」


名も無き市民024

「俺はあの機械のことが気になるっ!52階層の写真のせいで薄れてるけど」


名も無き市民025

「まあ、調べてるって言ってたし。どっかの企業と協力するんかな」


名も無き市民026

「じゃね?ちなみにみんなはあの機械は何だと思う?」


名も無き市民027

「まあ、順当に行ったら古代メソポタミア人が宇宙人と交信して手に入れた技術で作られたオーパーツだな。日本には邪馬台国の時代に持ち込まれて、卑弥呼が占いに使っていたとかいないとか」


名も無き市民028

「いろいろ混ざってるの草」


名も無き市民029

「順当の意味、辞書で調べてこい」


名も無き市民030

「実は自衛隊は何十年も前に冥層に行っていて、あれはその時に放棄した軍事品って説をどっかの都市伝説系配信者が言っておりました」


名も無き市民031

「……まあ、SFアニメみたいな進化してるしな、自衛隊って。宇宙人どうこうよりは信じられるわ」


名も無き市民032

「その辺も解き明かされると嬉しい」


名も無き市民033

「その前に国に取られるんじゃね?」


名も無き市民034

「冒険者の取得物は保護されてるだろ?」


名も無き市民035

「危険物じゃない限りな。一応過去の判例として、散布性の毒物を持ち帰った冒険者が、毒を引き渡すように要求されて拒否。取得物保持の権利を盾に裁判したらしいけど、結局国が適正価格で買い取り、って結論が出てる」


名も無き市民036

「まあ、あれは冒険者に経済的な不利益を被らせないための制度だから、そこに配慮すればある程度強権が効く」


名も無き市民037

「ほえー、ってか壊れた機械が危険物になる?」


名も無き市民038

「『謎』だからな。何とでも言えるし、リスクも含めて国が管理するってなるのも分かる話ではある」


名も無き市民039

「俺はさっさと国に回収してほしいけどな」


名も無き市民040

「何でよ!?絶対隠されるじゃん!」


名も無き市民041

「実はとんでもない兵器で、【オリオン】が悪用するかもしれないだろ。それなら真実なんて知らなくていい」


名も無き市民042

「【オリオン】はそんなことしない!」


名も無き市民043

「するしないじゃなくて、出来るのが問題って話だろ。実際、冒険者を放置し過ぎたからこの前のテロも起こったわけだし」


名も無き市民044

「俺みたいな一般人からすればやっぱり冒険者は怖いよ」


名も無き市民045

「まあ、その辺も含めてこれから法整備されるだろ」


名も無き市民046

「【オリオン】といえばさ、これから北海道だろ?」


名も無き市民047

「竜退治ね。【迷宮管理局】からも正式発表あったしな。今年も竜は元気に南下中らしい」


名も無き市民048

「茶化すみたいに言うなよ。死人だって出てるんだから」


名も無き市民049

「今年は結構な人数が渋谷支部から派遣されるっぽい。何でも支部長が乗り気らしい」


名も無き市民050

「渋谷支部って今一番調子いいからな。この調子で北海道のやつらを助けてやってほしいわ」


名も無き市民051

「言っとくけど、あくまで防衛は北海道支部主導な?」


名も無き市民052

「自分らで防衛できないくせにwww」


名も無き市民053

「東京からの冒険者派遣なんて、手柄挙げたいクランと支部の利権だろ。そんなことも知らんの?」


名も無き市民054

「おっと、始まりましたぁ!毎年恒例、地元冒険者と都会冒険者の縄張り争い!」


名も無き市民055

「えぇ?同じ冒険者なんだから仲よくすればいいじゃん……」


名も無き市民056

「意外と地方には多いのよ、自分たちの町は自分たちで守るってタイプの人ら。【雷牛の団】とかもそのタイプでしょ?」


名も無き市民057

「あそこは人間出来てるからなぁ。他の荒れくれ者どもとは違う」


名も無き市民058

「……湊も行くんかな?」


名も無き市民059

「あの迷惑系配信者が?」


名も無き市民060

「ある意味間違ってなくて草」


名も無き市民061

「学会と株価を荒らしまわる生きる最前線だしね」


名も無き市民062

「【霧舟工業】が過去最高益にトリプルスコアつけてるってほんとですか?」


名も無き市民063

「まじ笑。まだ夏だぞ?」


名も無き市民064

「退屈しない夏休みになりそう」


□□□


次回更新日は、2024/4/13(月)の7:00です。

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