52階層

製作者を探してほしい。

そんな機械から人への『依頼』に俺は険しく瞳を細める。


「お前を作った人?俺が知りたいよ」

「だからぁ、アタシも知りたいの!アタシは本体から離れられないからぁ、代わりに調べてくれない?」


偽乃愛は、ぷんぷんと怒ったように地団駄を踏む。

俺たちは、顔を見合わせる。

いよいよわけが分からなくなってきた。


「えっと……記憶はないのか?誰に作られたとか、いつ作られたとか」

「無い!再起動した時に消えちゃったんだよねぇ。多分、そう設定されてたんだろうけどぉ……ハッ!アタシ、記憶喪失のヒロインなのっ!?」

「性別あんの?」

「無い!」

「……その話し方も、見た目に合わせただけか?」

「こ・れ・は・素だよ?」


なんて恐ろしい話だ……。

もしかしたら俺の姿でギャルみたいな話し方をするAIが誕生していたのかもしれない……。


「乃愛でよかったですね……」

「そうだな……」


玲バージョンもちょっと見てみたいと思ったのは黙っておこう。

それよりも今は、偽乃愛の制作者だ。


「探せって言っても、手がかりゼロは厳しいんだが」

「手がかりならあるよ?こっちこっち!」


そう言って偽乃愛は、俺の手を掴む。

柔らかい皮膚には、血管が浮かんでおり、温かい体温が伝わってくる。

完全に人と見分けがつかない偽乃愛は、俺を機械の側まで引っ張る。


「引っ張らないでくれますか……」


2人からの視線が痛いので。

パチモンに鼻の下伸ばしてんじゃねーよ、とでも言いたげな乃愛の眼差しと湊先輩はデレデレしたりしませんよね?という玲からの強迫交じりの圧が怖い。

そんな切実な俺の願いを笑顔で無視して、偽乃愛は機械の下の方を指差す。

俺はしゃがみ込み、注視する。


「文字か?」


そこには、石か何かで削ったような角ばった筆跡があった。


「私にも見せてください」

「もっとしゃがんで」


玲と乃愛も俺の背から覗き込む。

肩に添えられた手の感触と耳元で震える柔らかな吐息のせいで、妙に意識してしまう。

なんで後ろから見るんだよ……。

わずかな恥ずかしさと居心地の悪さを感じながらも、2人と一緒に文字を読む。


「えっと……『我が人生の証をここに残す。人の更なる進化の糧にならんことを。テセウス・ラグドール』」


それは、日本語で書かれた文字だった。


「これが唯一の製作者の手がかりなの!」

「これだけか……」


分かったことは名前と彼が残したメッセージだけ。


「機械のデータを消した人が、わざわざ名前を残していったんですか?」

「それだけ、伝えたかったってことじゃない?」


PMCC―1のデータは消したのに、機体に彫ってまで残した矛盾の傷。

それは『テセウス・ラグドール』の、心の叫びのように思えた。


「そもそも、どうして知りたいの?」


乃愛が問う。それに対して偽乃愛は、虚を突かれたような顔をして、僅かに考え込んだ。


「……どうしてって……目覚めたら1人で、何したらいいか分かんないから……知りたいの。どうして造られたのか」


それは、意志を持って生み出された機械の悲哀だ。

同情、というわけでもないが、俺達は彼女の『依頼』を引き受けた。


「分かった。地上に戻ったら探してみる。あんまり人に知られたくないんだろ?」

「うん!この人に迷惑かけちゃいけないし、ここだけの秘密ね!」


いつもの調子を取り戻した偽乃愛は、元気よくそう言った。

それを見て、玲は何かを言おうとし、口を閉ざした。

言おうとしたことは分かる。

製作者が、生きていない可能性が高いということだろう。

見る限り、この場所は何十年も開かれていなかった。

ならば、製作者は寿命を迎えている可能性も十分あった。

だがあえて、今言う必要は無いだろう。例えそれが真実の先延ばしであっても。


「じゃあお礼にアタシを使わせてあげる!誰からやる!?」

「あー、スキルどうこうってやつか」


俺と乃愛は顔を見合わせる。


「私はいいや。湊どーぞ」


乃愛はひらひらと手を振る。

【透過】を隠すため、というのもあるのだろうが、純粋に興味が無さそうでもある。

あんなにワクワクして機械を弄っていたというのに、飽きるのも一瞬だった。


「なら、俺はやろうかな」

「……気を付けてください」


PMCC―1へと向かう俺に、玲が小声で警告を出す。

分かっていると短く返し、俺は偽乃愛の前に立つ。


「そういえば、何て呼べばいい?PMCC―1でいいのか?」

「……名前かぁ、アタシは仮想体だから、別にPMCC―1でいいけどぉ、人間的には違和感ある感じだよねぇー、んー、ならぁ、一乃ヒノってのはどぉ?」

「ヒノ?」

「一と乃でヒノー、オリジナルリスペクト♪」


そのオリジナルの乃愛を見ると、不機嫌そうだが、短剣を抜かないところを見ると、問題はないらしい。


「じゃあ、ヒノ、俺はどうすればいい?」

「そこ立ってねぇ」


俺は言われた通り、機械の中心部の円柱状に空いたスペースに立つ。

ここから見ると、周囲を様々な機器に囲われており、中々緊張する光景だ。

すると、俺を取り囲む機械の円が、大きくなったり小さくなったりと収縮を繰り返す。


(――――えっ!?もう始まった!?)


「見て見てぇ!!いろんなサイズの肉体対応だよぉ!!巨人でもだいじょーぶ!!」

「無駄機能ね……」


玲がぼそりと辛辣なことを言ったが、俺も同感だ。


「早くしてくれ……こっちは結構怖いんだぞ」

「痛くないからリラーックス!まずはスキャンねぇ」


そう言うと、機械から青白い光が放たれる。

眩しさに目を細めると、何かが身体の内側を通過していったような気がした。


「おっ、気付けるんだぁ、流石【探知A】持ち」

「俺のスキル……ってスキャンか」

「そそ。『コア』をスキャンして、そこに刻まれたスキルを読み解いて、書き換えるの」


もう出てきていいよぉ、と言われた俺は、機械の外へと出る。

そして、疑問を投げかける。


「その『コア』ってなんだ?前も言ってたよな?」

「……んー、何ていうのかなぁ、人間を構成する情報が詰まった核みたいな?スキルが刻まれてる場所的な?」

「抽象的ですね」

「だって『コア』は『コア』だもん!!」

「そうですね……我々人間にも、モンスターの持つ『オーブ』のような役割を果たす何かがあるという認識であってますか?」

「おぉ!わっかりやすいね、でっかいお姉さん!そんな感じ!」

「でっ……ありがとうございます」


無遠慮に体を舐める視線から逃れるように両手で身体を抱きしめた玲は、動揺しながら一応礼を言う。

その拍子に、柔らかそうな果実が腕で潰れて、防具の胸元から深い谷間を見せた。

別に露出度が高い防具ってわけじゃ無いのに、すごい……。


「……で?もう湊のスキルは弄れるの?」


最小情報……じゃなくて乃愛がヒノに問う。

何も思ってないので、こっち見ないでください。


「うん!このパネルでね!」


ヒノはコンソールパネルを指さす。

そこには人型のフォルムの真横に、ゲームのHPバーみたいなものが一本あった。

それはちょうど5つに分けられていた。


「俺のスキルか?」


俺はバーの内の一つをタッチする。

すると画面が切り替わり、中央に大きく【隠密】という文字が浮かび上がる。

その周囲には、無数の……糸、というか記号というか。

そんな感じの不定形の物体が漂っている。


「編集はぁ、スキル内部の『パラメーター』を変えるって考えて貰えればいいよぉ。例えば【隠密】なら、魔力消費を抑えるパーツを消せば、隠ぺい能力が上がったりするの」

「なるほど……」


これは、かなりのぶっ壊れ機能か?


『オーブ』を取り込むことで手に入る『スキル』は画一的なものだ。

もちろん、個人の発想や魔力量、使い方、組み合わせによって千差万別に化けるが、人にできないことが出来るということはない。

俺の使う【隠密A】もどこかの誰かが使う【隠密A】も効果は同じだ。


だがPMCC―1を使えば、それを変えられる。

ヒノが言ったように、魔力消費を上げる代わりに効果を底上げし、熟練度の差を魔力量で埋めることもできるだろう。

そして逆に、魔力消費を抑え、威力を抑える代わりに、今までなら使えなかったスキルが使えるようになるかもしれない。

そう、例えば魔法系スキルだ。

魔素許容量はあるが、魔力量に恵まれず、魔法系スキルが使えなかった者や、あるいは――――


「なあ、威力を落として魔素許容量も減らすことは出来るのか?あとスキルを消すことは?」

「できるよん!!キャパシティを落とせば、全体的に性能が落ちちゃうけどね!スキルは消せないよ!」


……うん、やっぱりぶっ壊れだ。

これなら魔素許容量が大きいという魔法系スキルのデメリットを無視できる。

威力は下がるらしいが、前衛で戦う冒険者にとっては身体能力を保ったまま小回りの利く遠距離武器が手に入ると考えれば、十分すぎる性能なんじゃないか?

それにスキルは消せないらしいが、最小限までキャパシティを下げれば、別のスキルを覚える空きも出来るだろう。


「これは………どうするか、こっちを伸ばせば……駄目か」


「湊先輩、楽しそうね」

「ね。私たちほったらかしなんだけど」


2人が呆れたように肩をすくめるのが視界の端に映ったが、気にならないぐらい夢中でスキルを弄る。

決定しない限り、変更は確定されないので、色々弄ってみる。


(単体のスキルの容量を増やすのは無理だが、合成は出来るな。単純な合算じゃなくて、1.5ぐらいの容量にしかならないが、スキルを弄るパーツが増えるのか)


試しに【回転】と【射撃軌道操作】を混ぜて『軌道操作中』の『物体』『限定』で『回転』と組むと、スキル名が【射撃軌道操作〈廻〉】となった。


「何でもありじゃん」

「まあね!ここまで君たちが手に入れたスキルはぁ、ただのプレーンな材料でしたあ!!」


きゃはは!と笑うヒノの言葉を俺は否定できない。

確かにこれは、世界が変わる。

自分専用にカスタマイズすれば、スキルの性能を段違いに上げられるだろう。


「……オッケー、分かった」


俺はしばらくして、コンソールパネルから離れた。


「あれ?確定しないの?」

「ああ。少し考えてから変えたい。大体の仕様は分かったから今日はいいよ」


装備を更新したばかりだが、また戦闘スタイルが変わるかもしれない。

だがそれは、しっかりと考えたうえでパーティーメンバーの考えも聞かなければならないだろう。


「玲、乃愛?何してんだ?」


俺が二人を探して視線を動かすと、床に座り込んでお茶を飲んでいる二人がいた。

仲良く隣に並んで、暇そうにこっちを見上げた。


「おっそい」

「……終わりました?」

「あ、うん。続きは今度するよ」


随分待たせたようだと思い、時計を見ると一時間経っていた。

ごめんなさい、未知のものはとことん調べたくなる性分なんです。


「結果的にですけど、ドローンが落ちてよかったですね」

「そうだな……この機械の性能が知れ渡るのはやばかった」


俺はきょとんした顔を晒すヒノを見る。

スキルを弄れる現代科学以上の技術で作られた人工知能搭載の機械。

その価値は計り知れない。


価値があると言う点ではこの冥層の素材もそうだが、それらと違ってPMCC―1はこの場所にしかない可能性があるのがまずかった。

明らかに、世界の『スキル』のバランスを崩す彼女は、どこの国も何を差し出しても欲しがるだろう。

何個も取れるであろう『オーブ』一つがあんな凄惨な事件を引き起こしたのだ。

『唯一』が巻き起こす混乱は、比にならないだろう。

こればかりは公開するわけにはいかない。


「だけど、いつか誰か来るよなぁ」

「ですね……」


俺も玲も困ったと頭を悩ませる。

誰かがここに来て、『機械』の性能を確かめれば、それで終わりだ。

すぐに来れる者はいないだろうが、いつかは来る。

そしてもしそいつがPMCC―1を破壊すれば、最悪なことになる。


「湊が持ち出せば?分解すれば【物体収納】に入るんじゃない?」

「入るだろうけど、ヒノはいいのか?」

「いいよっ!ここ埃っぽいし、ボディが痛んじゃーう!」


埃に塗れてはいるが、本体は経年劣化をまるで感じさせない謎物質でできているので、その心配はないと思うが……再起動してしまった彼女を一人置いて行くのも酷な話かもしれない。


「持ち帰っても……【オリオン】外は使えないか」

「【オリオン】でも使用制限、ってか情報統制されるでしょ。私たちとれんれんたちぐらいしか知らされないと思うよ」


まあ、そうなるだろう。

なにせモノがモノだ。

こればかりは国が動いて無理やり買い取る可能性はある。

そうなれば、俺達冒険者はその『買い取り』に応じるしかない。

だがその先の騒動を考えれば、隠し通して独占する方がいい。


「俺達だけが独占、ってのもあんまりしたくないんだけどな」


本来彼女は、冥層に来た冒険者たちにと、テセウス・ラグドールが残したもの。

その意志を、俺たちが変えるのはいい気分ではない。


「多分、今だけですよ」


迷う俺を見て、柔らかく微笑んだ玲は、その理由を告げる。


「恋歌さんたちなら、PMCC―1の解析も進めるはずですから、スキル編集機能を複製できた時点でヒノの存在は公開するかと」

「えぇ~?アタシ、解析されちゃうのぉ?恥ずかしいっ!」


本人、というか機械自身も嫌そうではないし、解析作業も順調に進みそうではある。


「じゃあ、地上に連れて行くか」

「いやったぁ!」

「だけどちょっと待っててくれ」

「なんでぇ!?」


喜びに跳ねていた所に水を差されたヒノは変な体勢のまま固まる。

だけど、まだヒノを連れて行くわけにはいかない。


「俺達は次の階層を覗いて来る」


□□□


ボスの討伐に、PMCC―1の発見、そしてヒノとの出会い。

ほんの半日にあまりに多くのことがあった。

だが俺は今、最も大きな胸の高鳴りを感じている。


51階層に来て、何年たっただろう。

隠れ潜むしかなかった当時の俺が、そこにあると思いながらも諦めた【天晴平野】を超え、ついに52階層への扉に手をかけた。


「では、開けますね」


地面を封じる巨大な両開きの扉。

その片方のドアノブに鎖を結び、玲は引く。

固まっていた扉が震え、パキパキと乾いた音を立てる。

そして大口を開くように、扉は持ち上がった。


頂点に達した扉は重力に捕まり、硬い床へと轟音を立て、倒れ込む。

鎖を手放した玲は、ふう、と大きく息を吐いた。

出るところは出てるが、細身の女性が、あんな巨大で重い扉を一人で持ち上げる姿は非現実的だった。

なんか玲、ますます身体能力が上がってないか?


「では行きましょう、2人とも」

「ああ」

「ん」


先頭には俺が立った。

【探知】を最大範囲まで広げ、咄嗟の事態に備える。

そして俺をカバーできる真後ろに玲が立ち、念のため、最後尾を警戒するのが乃愛だ。


「湊先輩、この先は?」

「……ひたすら下りだな」


【探知】で見た地下は、下へ下へと続いていた。

らせん状に続く階段の最下部は、【探知】でも届かないほどの深さだ。

だが、ほんのわずか、風が吹いている。

出口に繋がっているのは間違いない。


光の差さない地下の階段は、暗闇に包まれていた。

流石に玲でも見渡せない闇を晴らすため、ランタンを掲げながら進む。

階段を降るたび、影が伸びては縮んでを繰り返す。

揺れる暖かい光に照らされる俺たちの表情は、緊張していただろう。


未知への警戒感、そして新たな階層への高揚もある。

だが同時に、俺達は予感していたのだろう。

この先は、死地だと。


俺が何年もかけて情報を集め、熟知していた【雨劇の幕】とは違う。

全く新たな『環境』へと俺達三人は放り出されるわけだ。

だがこれが、冒険だ。

俺は地上には無い『大自然』を体感できるだろう。

見たことも無いモンスターもいるはずだ。

それが楽しみで仕方がない。


そうして階段を降りること、十分。

俺達は、通路が明るくなっていることに気づく。

それは、出口が近いということ。

差し込んだ光が、仄かにここまで伸びているのだ。


同時に、若々しい空気の香りが肺いっぱいに広がった。

ランタンの火を揺らす風は、俺たちの火照った頬を撫でる。


「じゃあ、覚悟はいいか?」

「はい……!」

「いいよ。行こ」


俺の問いかけに、凛々しき剣の【舞姫】は頷き、気まぐれで惨酷な【麗猫】は戦意に満ちた笑みを浮かべる。

俺達は、石材の床を超え、その地に踏み込んだ。


□□□


次回更新日は、2024/5/11(土)の7:00です。

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