『変種』のモンスターたち
「面倒なことになったな……」
「ええ、本当に……」
暗い夜空の下。
ビルの明かりが照らす歩道を二人で並んで進む。
飲み屋を探すサラリーマン、夜遊びに興じる学生集団など、様々な人間が街にはいるが、今の俺達ほど険しい顔をしている者はいないだろう。
特に行く当てはない。
だが話し合わなければならないことが多すぎる。
人通りの多い大通りを避け、住宅地方面に足を向ける。
しばらく進むと、点在する街灯に照らされた公園があった。
「何がいい?」
公園に並ぶ大きな二つの自販機。
夜闇に浮かび上がる飲み物が表示された画面を見ながら、玲に聞く。
「………私はコーヒーでお願いします」
「オッケー」
光に寄ってきた羽虫を手で払いながら、コーヒーを二個買う。
好みが分からなかったから、ブラックとカフェオレを買い、両方を差し出すと、玲はブラックを手に取った。
「いくらでしたか?」
「いや、いいよ。コーヒーぐらい」
「………駄目です」
財布を取り出した玲はむっとした表情を見せる。
別に百円ぐらい気にしないのだが、玲の性格的に折れることは無いだろう。
玲の差しだしてきた数枚の硬貨を受け取り、ポケットに突っ込む。
2人で並んでベンチに腰掛け、コーヒーを飲む。
夜と言っても、日本の夏は暑い。
思っていた以上に喉が渇いていて、すぐに飲み干してしまった。
「………あのボス、どうする?」
「………」
話し合いたいことは色々ある。
だから俺はまず、一番話しやすい話題を出す。
玲から返答はない。
無視されたわけではなく、彼女も答えが分からない様子だ。
「巨体に、硬い表皮、武器を持ち……『技』を使う」
俺は、『建物』を切り裂いた一撃を思い出す。
ただ力任せに振り抜いただけでは、ああはならない。
武器に力を伝達し、最適な角度で当てる必要がある。
「あれは………本当にモンスターですか?」
玲は真っ直ぐに俺を見つめ、そう問うた。
普通なら、馬鹿げた質問だ。
モンスターではないなら、何だと言うのか。だが俺は、笑えなかった。
その純粋な眼差しに、俺は困り顔を浮かべる。
「………ただのモンスターではないと思う」
結局俺が返せたのは曖昧な言葉だった。
「俺もあんな『技術』を持ってるモンスターは初めて見た。それに、どこか『非生物的』だった」
あのモンスターは、あの広間から動かなかった。
俺が視界に入っても、広間に踏み込むまでは反応しなかった。
まるで、ダンジョン発生以前の人類が創作物の中で想像した『ボスモンスター』のようであり、【石兵】からはモンスターの持つ人への敵意も攻撃性も感じ取れなかった。
「もしかしたら、大昔に冥層に入って死んだ冒険者を取り込んだ姿、って可能性もある。確か【
「ならあの【石兵】の持つあの武器は?一体誰が作ったのでしょうか。それにあの『建物』も」
「………何だろうな」
俺はお手上げだと言う代わりに、天を見上げる。
ダンジョンは未知と不思議に満ちている。
そうはいってもこれは、あまりに予想外だった。
「おかしなモンスターと言えば、【亜竜】もです。私たちを見逃しました。それに、死んだふりをして、湊先輩が解体しようと近づくのを待っていました。あのモンスターは、冒険者の習性を知っていた」
『建物』に辿り着く前に【天晴平野】で遭遇した角も鱗も無い竜種、【亜竜】。
あのモンスターも、おかしかった。
「なあ、玲。あいつが持ってたモンスター見たか?」
「いえ、そこまでは」
【亜竜】は空から降りてきた。
その時、どこかで捉えた獲物を掴んでおり、俺たちの前で捕食した。
玲は下草に隠れ、見えなかったようだが、【探知】を使っていた俺にはそのモンスターの姿がはっきりと見えた。
あれは、【ディガー】だった。
主に、【飽植平地】に住まうモンスターであり、【天晴平野】にはいないモンスターだ。
つまり【亜竜】は、【
俺はそれを玲に伝えるが、玲は疑問符を浮かべる。
いまいちピンと来ていない様子だ。
だから俺は、最大の『謎』を告げる。
「俺は【飽植平地】をよく通るし、一時期は拠点にしてた。なのに俺は何で、【亜竜】を見たことすらないんだ?」
「………あ」
可能性として考えられるのは二つ。
一つは、【亜竜】はごく最近に産まれた変異種的なモンスターだということ。
そしてもう一つは、【亜竜】は俺との接触を避けていたということ。
恐らく俺が初めて51階層に来た1年以上前からずっと。
『人間』という侵入者を警戒し、近づくことなく観察していたのではないだろうか。
「自分で言ってて馬鹿馬鹿しいが、あの【亜竜】は人間への敵意が無いんだと思う。それに、すごく賢いし、警戒心が高い。だから俺の【隠密】も効きずらかった」
【隠密】は相手に存在を疑われれば、効果が薄れ、その存在を確信されると、効果が切れる。
その性質上、本能的なモンスターよりも、人間の方が看破しやすい。
それは、人が、想像する生き物だからだ。
なぜ消えたのか、消えたとすれば、次はどう動くのか。
無意識下で、見えない現実を考えるその思考は、【隠密】を破る取っ掛かりとなる。
恐らくあの【亜竜】も、そうしたのだろう。
そして俺達を殺さなかった理由は……分からない。
だがこれは考えても仕方がないだろう。
その答えを知るのは【亜竜】だけだ。
「謎の『建物』に、既存のモンスターとは違う『変種』たち、落ち着いて考えたいのに……」
俺はスマホの画面を見る。
SNSに投稿されたある画像。
荒い解像度だが、広大な平野と降り注ぐ雨、そしてその奥にある『建物』らしきもの。
「クソドローンめ、どこに飛んでんだよ……!」
風に流された結果とはいえ、そっちに行くなよと言いたいし、わざわざ解析するなと視聴者にも言いたい。
既にトレンドには『迷宮神殿』やら『冥層』、『天晴平野』という単語が並んでおり、投稿された画像には、数十万件のいいねがついていた。
コメントを見るに、大多数の人間はコラ画像だと思っているようだが、俺の元配信を確認した者は本物だと確信している様子だ。
この感じでは、今は冗談だと思っている者も、数日で真実を知るだろう。
「画像が出た以上、説明するしかないと思います。どうせ次の配信には載りますし。恋歌さんもそれでいいと。あの人も滅茶苦茶困惑してましたが」
「だろうな………じゃあ、今からするか」
「え、今からですか?」
「ああ。長引かせると面倒だし。ドローンは無いから、スマホで……こんな感じか」
インカメで、ベンチの手すりに立てかけて、配信枠をとる。
時間は今から十分後だ。
【説明】という適当なタイトルでも、すぐに万を超す待機人数となる。
「………湊先輩も慣れてきましたね」
「まあ、流石にな」
俺も何度もこういう目に合うと学んだ。
下手に時間を置くと、ネット民は邪推を始める。
それならさっさと真実だけを投下して、後は放置が一番いい。
配信開始の時間になる。
いきなり同接は、30万人を超えていた。
『こんばんは!』
『縦画面?スマホからしてんの?』
『こんばんはー』
『ばんわ!!』
「はい、こんばんは」
「こんばんはー」
『説明カモン!!』
『無事でよかったです』
『あの後、何があったの?』
『気になって仕事が手に付かなかったわwww』
『あの写真がちですか?』
「いきなりだな……」
挨拶してすぐ、凄まじい勢いでコメントが流れる。
中には外国語のコメントも多く流れており、配信アプリがすぐに翻訳するが、内容も画像についてのことが多い。
とても雑談なんてできる熱量ではない。
「えっとまず、順を追って説明しようと思います。このことは皆にも関係すると思うし」
『え、何怖い』
『あの湊が世間に気を使ってるだと……!』
『やべえ、ワクワクする……』
『そういうのいいから言えってwww』
『どうせコラでしたとかでしょ?』
「まず、俺たちが目指していた『大岩』だけど、あれは建物だった」
「これが証拠の写真です」
玲はスマホで撮影した『建物』の画像を見せる。
外観の写真、通路の写真などだ。
『ファッ!?』
『え、がっつり建物じゃん!』
『コラでしょ?』
『いやいや、背景冥層じゃん』
『合成とかじゃないの?遅めのエイプリルフールとか』
『ありえねえ笑』
『お前、神殿建ててたんかwww』
「俺なわけ無いだろ……俺もビビったよ」
『だろうなwwww』
『ダンジョンで急に建物出てくるとか怖すぎだろ』
『え、待って、ガチな感じ?』
『え、これ現実?俺夢の中?』
『中は!!何があったんですか!!』
「中にはボスモンスターが居ました。それと、恐らく52階層へと繋がる『扉』も」
『おぉおおお、ついにボス発見か』
『湊の予想通り、【天晴平野】にいたんだな』
『え、待って、扉?』
『待って、待って、待って、追い付けない』
「はい。ボスは扉を守護しています」
玲はボスモンスター、【石兵】の外見や装備に関しては何も言わなかった。
写真は撮っていないし、言っても信じてもらえないと思ったのだろう。
俺もそれでいいと思う。
『どうなってんの……』
『いや、ありえんって。何その作り話ww』
『まじ、そろそろネタばらししろよ』
『ダンジョンどうなってんの?』
『これ、他のダンジョンの冥層にも建物あるんかな』
『古代人の遺跡説来たか?遺物とかあるんかな』
『嘘とか言ってるやつ、もうやめろよ。次の配信でバレる嘘なんて言わんだろ』
「俺達もほとんど何もせずに帰って来たから、この『建物』が何なのかとかはよくわからない。俺もみんなと同じで困惑が強いんだ」
『ほんとかよ笑』
『なんか隠してねえだろうなぁー!』
『いや、ガチだと思うぞ。配信切れた時点で、結構やばい状況だったし』
『流石に大人しく帰ったか』
『そういや、【天晴平野】からでかい煙上がったけど、あれ何だったの?』
「ん、ああ、あれか。俺がボスモンスターを撃ってみたら反撃されたんだ。いやあ、死ぬかと思った」
冥層にいた冒険者の質問だろうか。
どうやら【石兵】の一撃は、遠く離れた場所からも観測されたらしい。
『何してんの!?』
『ほとんど何もしてない←してるじゃん』
『え、反撃?階層揺れてたぞ……』
『こいつwww』
『やっぱ家主やなぁ』
「……初見のモンスターが居たら、とりあえずぶっ放すだろ。そういうもんじゃん」
「それは……どうでしょうね」
『玲様最大のオブラート』
『正直に言ってあげるのも優しさよ』
『変なところで常識無いよな』
『なるほど、こうやって冥層の情報を集めてたのか』
『やっぱこいつ脳筋だよな』
『初見のモンスターは基本撤退よ?』
仕方ないじゃないか、冥層のモンスターなんて全部初見だったんだから。
モンスターの生態を知るには、危険時の行動を見るのが一番早いのだ。
懐かしいなあ、冥層に潜り始めたころは、よく遠くからボウガンを撃って、モンスターの反応を観察していたんだ。
…………槍で爆砕されかけたのは初めてだけど。
「まあ、ボス攻略のこととか含めて、今度配信でちゃんと説明しようと思う。今回は騒ぎになってたから、一応経緯だけ説明したって感じだ。じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい」
『え、ちょっと、もう終わり!?』
『質問タイムは!?』
『ついにダンジョンの謎が明らかになるのか』
『おうぼうだぞー』
『おやすみなさいwwww』
『次の配信待ちきれん!!』
『よく休めよ!』
こうして、俺たちの投下した爆弾が更なる混乱を巻き起こしながら、夜は更けていった。
この日は、ダンジョンの新たな『未知』が世界に知れ渡った。
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