破撃の槍術

敵を倒すためにまずすべきこと。

それは情報収集だ。

相手を『知る』ことが、俺の命をここまで繋いできた。


完全回復した魔力を【輝烏キッチョウ】に注ぎ込む。

眩い光輝の光が、金羽の矢から放たれる。

薄暗い石の通路を照らす輝きはきっと、俺の緊張した顔も浮かび上がらせただろう。


距離は十分とっている。

【石兵】が反応する広間にも入っていないから、発射前に邪魔されることは無いと分かっている。

それでも、本能が【石兵】へと弓引くことを恐れている。

荘厳な建造物から漂う冷気が、俺をいさめるように纏わりつく。


(ビビるな!どのみちいずれは戦うことになるんだ!)


【石兵】を倒さなければ、先へは進めない。

玲も俺の側で剣を構えて、不慮の事態に備えている。

【石兵】は動いていない。通路と立ち位置的に真正面から撃つことになるが、矢の速度なら十分あの巨体を捉えられるだろう。

何も殺せるとは思ってない。

それでも、傷の一つでも与えられれば、次の戦いが楽になる。

俺は覚悟を決めて、引き金を引いた。


空気が震えるような小さな射出音がした。

一瞬で通路を通り抜けた光は、【射撃軌道操作】に従い、【石兵】の心臓を目指す。

そして光が弾けた。


「「――――っっ!!」」


耳をつんざくような轟音に、俺と玲はたまらず耳を塞ぐ。

先ほど、【双賢狼】を射抜いた時には発生しなかった音は、矢が標的を貫けなかったことを意味する。

そしてその音は、槍の穂先とぶつかり、生じたものだった。


【探知】越しでも分かるほど淀みのない動作で振られた穂先は、【石兵】からすればちっぽけなサイズの矢を寸分たがわず捉えていた。


(防がれ…………いや、まだだ!)


俺は【射撃軌道操作】を使い、槍に弾かれかけている矢を動かす。

ほんの少し操るだけで、繊細なバランスで成り立っていた拮抗は崩れ、矢は逸れたものの、その頭部へと向かっていく。

軌道がずれても当たるだけの巨体が相手だから出来る技、完ぺきに【石兵】の虚を突いた。

だが俺の咄嗟の奇襲も、外見からは想像できない俊敏さで躱される。

俺の矢は、【石兵】の頬を僅かに切り裂いたのみで、背後の建物を穿った。


「ふざけんな……どんな動体視力だ……!」


【天晴平野】のモンスターですら、反応できなかった攻撃を、あの至近距離から躱す。

ダンジョンの与えた強力極まる肉体に、極限まで魔素を詰め込んだ怪物。

だが何よりも―――――


「湊先輩?」

「………あいつ、くそっ、逃げるぞ!!」


俺は玲の手を掴み、【隠密】を発動させる。

効果があるのかどうかは不明だが、やらないよりはましだ。

俺達は一直線に『建物』の外へと逃げていく。


【石兵】と、【探知】越しに目が合った。

背に溜めるように握られる長槍。

その構え、肉体制御、そして躊躇いのない動きからは、確かな『技術』を感じる。


間に合わない。そう判断した俺は足を止める。


「玲――――――」

「えっ?―――――――」


そして、剛腕が薙がれた。

次の瞬間、破壊が駆け抜けた。

巨大な物体が音速を越え、振り抜かれた衝撃で、大気は悲鳴を上げる。

槍が触れた壁面は消し飛び、叩きつけられた地面は砕け散る。

その余波は、建物の外まで及び、真っ直ぐに平野を切り裂いた。


轟音が鳴りやみ、雨音が戻ったころ、その建物で動く者はいなかった。

俺達以外は。


「……………生きてるか、玲?」

「………………多分、死んでません」


俺は便座だった瓦礫を押しのけながら、地上に這い出る。

玲も俺と同様に、瓦礫の下から這い出てきた。

その全身は土煙で汚れており、きれいな黒髪もぼさぼさだ。


(出来損ないの『便座』に助けられたな……)


俺達は咄嗟に、なぞの部屋に逃げ込み、便座の中に飛び込んだのだ。

内部が空洞になっている『便座』は衝撃から身を守るシェルターにちょうど良かった。

【石兵】の構えから見ても、狙いは通路の奥。

この部屋は、直撃からは遠いと判断したが、間違っていなくてよかった。


俺は随分見晴らしがよくなった通路を見上げ、咄嗟の選択に安堵した。


「空が……」

「『建物』ごとぶった切ったのか」


かつて通路があった場所を、雨が濡らしていた。

裂けた天井からは、重苦しい曇天が覗いており、破壊は真っ直ぐに平野まで続いていた。

恐ろしいことに、振り下ろした槍は頑丈なダンジョンの地面すら砕いていた。

あのまま通路を逃げていたら、俺たちは今頃、地割れの底に飲み込まれていただろう。


次の階層まで続いているのではないか。

そう思えるほど深い破壊の痕跡に、俺は眉をしかめた。


「試しといてよかったよ……」


それが負け惜しみだということは分かっているが、俺は【隠密】を発動させ、玲と共にその場を去った。

幸い、探知能力は高くないようで、俺達を見失った【石兵】は追撃を仕掛けることは無かった。

この絶壊の一撃は、遠い【天への大穴】からも観測されたという。


□□□


『緊急!消えた二人を追え!冥層の謎、二時間半拡大スペシャル!?』


名も無き市民001

「無事です。心配しないでください。という家出少女の書置きのような言葉を残し、未だ安否不明の我らが美少女、南玲と家主さんは?」


名も無き市民002

「お前らのじゃないけどな」


名も無き市民003

「そういうのいいんだよ。お前等、誰か情報ない?冥層の冒険者とかスレにいない?」


名も無き市民004

「わい、現在地7階層。分かんない」


名も無き市民005

「クソ初心者が」


名も無き市民006

「俺、一応冥層いるぞ」


名も無き市民007

「まじで!!」


名も無き市民008

「よっしゃきたぁあああ!!」


名も無き市民009

「嘘乙」


名も無き市民010

「嘘じゃない。つっても、入り口の拠点の留守番役だけどな」


名も無き市民011

「この謙虚さ、本物っぽいな」


名も無き市民012

「遊んでんじゃねえ。真面目に留守番しろ」


名も無き市民013

「やめなよぉ、探索に連れて行ってもらえないから、きっと暇なんだよぉ~」


名も無き冥層冒険者014

「お前らは真面目に留守番しすぎじゃない?こんな真昼間に……」


名も無き市民015

「こいつ、言ってはいけないことを!!」


名も無き市民016

「自分がちょっと冒険者の上澄みで冥層に進出してて金持ってるからって!」


名も無き市民017

「エリートなんだよなぁ」


名も無き冥層冒険者018

「期待してもらってるとこ悪いけど、大した情報無いよ。この階層広いから、【天晴平野】で何が起こっても、こっちまで伝わらないんだよね」


名も無き市民019

「だよなぁー」


名も無き市民020

「戦闘途中で終わったから心配」


名も無き市民021

「ドローン飛ばされちゃったもんね」


名も無き市民022

「大岩のこととか気になること残ってるのに」


名も無き市民023

「俺は一冒険者として、あの戦いを見届けたかった」


名も無き市民024

「二人とも装備変わってて前より見ごたえあるし、安心感やばかった」


名も無き市民025

「白木が敵を倒せるようになったのがでかいよな。そのおかげで玲が引き付けて白木がダメージを与えるっていう選択肢が出てきた」


名も無き市民026

「それでも死にかけた【天晴平野】とは」


名も無き市民027

「うーん、あれは油断っぽかったけど。でもやっぱ、冥層素材の武器は段違いに強いな」


名も無き市民028

「今後の最前線はあれが基準になるんだろうな」


名も無き市民029

「直接的な戦闘力の上昇もすごいけど、俺が気になったのは速さだな。あの速度で冥層を進めるのは、大きなアドバンテージ」


名も無き市民030

「あれは湊の能力ありきじゃん」


名も無き市民031

「未だに第二の白木湊が出てきていないという事実……バケモンめぇ」


名も無き市民032

「隠密ボウガン使いという新たなジャンルを切り開いた男」


名も無き市民033

「その道歩いてんの湊だけだけどな」


名も無き市民034

「おい、これ見てみ。https//sedtddeed.lfe」


名も無き市民035

「なにこれ?外国の画像?」


名も無き市民036

「画質悪いな」


名も無き冥層冒険者037

「いや、これ、51階層だろ?地面の感じとか雨とか」


名も無き市民038

「言われてみれば」


名も無き市民039

「湊の配信が切れる直前の映像なんだけど、気になるものが映ってたから拡大してみたらこれが映ってた」


名も無き市民040

「てことは【天晴平野】の画像ってこと?」


名も無き市民041

「いや、建物じゃん。コラ?」


名も無き市民042

「コラじゃない。風魔法で吹っ飛んだドローンの映像」


名も無き市民043

「てことは湊達の目的地?」


名も無き市民044

「………SNSで言葉数が少なかったのってこれを見つけたから?」


名も無き市民045

「こんなんに騙されるなよwwwアホくさ」


名も無き市民046

「いや、マジだって!!」


名も無き冥層冒険者047

「ちょっとリーダーと相談するから落ちる」


名も無き市民048

「僕はママに晩御飯のメニュー聞いて来るね」


名も無き市民049

「留守番ご苦労様です」

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