門の守護者

ついに発見した52階層への道。

駆け寄りたい気持ちはあるが、あのあからさまに門を守るモンスターがいるから、それは出来ない。


片手には身の丈ほどのを持ち、じっと動かず、立ち続ける姿は、まさに門番だ。

俺たちは通路から静かにモンスター、仮に【石兵】と呼ぶが、【石兵】は、動く様子がない。

ぎょろりとたまに目が動くから、生きていることは分かるが……。


(なんだこいつの目……本当に生物か)


俺は黄濁色の瞳を見て、不気味に感じる。

いろんなモンスターを見てきた。

だがこいつほど何も読み取れない目は初めてだった。


(それに、『武器』だ)


俺は何よりも、その点に衝撃を受けた。

何も武器を持っているのが不思議なのではない。

上層でも、ゴブリンのようなモンスターがダンジョンの素材を加工して石ナイフや棍棒を装備している。

だが、【石兵】が持つ『長槍』には、革を巻きつけた柄に、研磨された金属の穂先、そして僅かながら装飾らしきものも見られる。


いったいどこで『武器』を手に入れた?


誰が作り、ここに持ち込んだのか、あるいはこれも、ダンジョンが生み出した神秘なのだろうか。

答えは出ない。

だが一つ、この建物にモンスターが寄り付かない理由は分かった。


「……玲」

「分かってます。仕掛けたりしません」


険しい顔で【石兵】を睨む玲も、気づいている。

このモンスターが、俺たちが今まで戦ってきたどのモンスターよりも強いと。


消耗した俺たちでは、いや、万全の状態でも勝てるかどうか。

だが幸いにも、このモンスターは俺たちに気づいているが、襲って来る様子がない。


俺は、小さく踏み出し、通路から広間へと、つま先を侵入させる。


「湊先輩……!」


玲の悲鳴のような声が、俺の耳の届く。

だがこれは必要なことだ。

ほんの小さな一歩。俺と玲は、【石兵】を見上げる。

痛いほどの静寂が続く。

高い天井を打つ雨音が微かに聞こえるほど、静かだった。


(セーフ、か?)


俺は思い切って体を広間に入れる。


「玲はそこにいてくれ」


俺は寄ってこようとしていた玲を手で制止する。


「………嫌です」

「人数がトリガーかもしれないだろ」

「………」


全く納得していない表情の玲はじとりと俺を睨むが、俺はあえて無視をした。


更に一歩踏み込む。

動かない。

もう一歩。

動かない。

半地下への階段に足を掛ける。


「っっっ!」


黄濁色の瞳の焦点が、合う。

槍が持ち上げられ、長らく動いていなかった【石兵】の関節から、パラパラと砂の破片がこぼれ落ちる。

俺は慌てて一歩下がると、【石兵】は踏み出しかけていた足を元の位置に収め、槍の石突きを地面に下ろす。

その衝撃は重低音となって広がり、巨大な石造りの建物が振動するほどだ。


(そういう感じか)


ますますだ。

俺は【石兵】から目を逸らさないまま、ゆっくりと背後に後退していく。


もうすぐ通路というところで、背後から思い切り引っ張られた。


「うおっ……!」


俺は玲の手で広間から連れ去られていく。

広間から離れると、玲は憤慨した様子で口を開く。


「もうっ!!何考えてるんですか!」

「……怒ってる?」

「ええ、とても!せめて相談してください!」

「したら反対するだろ?」

「~~~~~!!!」


玲は不満を訴えるように、抱え込んだ俺の腕をぎゅっと抱き締めるが、柔らかな感触の大きさが伝わってきて色々やばい。


「………とりあえず、通路でテントを展開して休みましょう」

「そうだな。【石兵】は広間から出なさそうだし……そろそろ手を離してもらっても……」

「嫌ですっ!」


にこりと、淑女のような笑みを浮かべた玲は、ぐいぐいと俺を引っ張っていった。


□□□


「癒されますね」

「だな」


俺達は通路のど真ん中に展開したテントの中で、座り込んでいた。

ここに来るまでの激戦、得体のしれない『建物』の捜索、そしてボスモンスターとの遭遇で、俺たちは身も心も疲弊していた。

温かなインスタントコーヒーの味が、俺達を癒してくれる。


玲はマグカップを両手で包み込むように持ったまま、ほうと柔らかく息を吐く。

そんななんて事のない仕草でも、映画の一幕のように様になっており、視線が吸い寄せられる。

そんな俺の視線に気づいた玲は、小さくマグカップを掲げる。


「【物体収納】が高い理由がよく分かりました」

「俺もだ」


ダンジョンの探索に持ち込む物資は厳選しなければならない。

装備や薬はもちろんのこと、日帰りの探索でもあっても、水、少量の食料は必要となる。

ましてや冥層の探索となれば、インスタントコーヒーや調理道具を持ち込む余裕はない。

だが俺には【物体収納】があるお陰で、二人分の荷物を十分に詰め込んでもまだ空きがあるほどだ。


【物体収納】売らなくてよかった。

過去の俺、ありがとう。ナイス幸運、そして判断。


「………これからどうしますか?」

「撤退だな」


方針を問われた俺は迷わず決める。

【物体収納】があるとはいえ、物資は有限だ。

52階層と、は気になるが……。


「あの【石兵】はやばすぎる」

「【石兵】、ぴったりの名前ですね……私も感じました。あのモンスター、ただ立っているだけなのに、隙がまるでありませんでした」

「………【探知】で探ってみたが、玲以上に魔素を吸ってた、あれは化け物だ」


俺の言葉に玲は軽く驚くが、「そうですか」と受け入れる。


『魔素』を多く取り込めば、身体能力が向上する。

それは、人間だけの話ではない。

モンスターもまた、『魔素許容量』があり、『魔素』を取り込むことで強くなる。


だが、その法則は人間とは少々異なる。

例えば、とある『人間A』と同等の魔素を取り込んだ『モンスターB』は、人間Aと同じ身体能力になるわけではない。

なぜならモンスターは素の肉体性能が人間を凌駕するからだ。

そのため、モンスターは人間よりも少ない魔素量で、人間を凌駕する力を持つ。


では、人間はモンスターより劣るのかと言えば、そうではない。

人間とモンスターでは魔素の吸収効率が違うのだ。

モンスターは『魔素』への耐性を持つのか、普通にダンジョンに滞在するだけで魔素が増えたりはしない。

経口摂取、例えば魔素を持つ冒険者やモンスターを喰らうぐらいでしか、モンスターは魔素量は増やせないと言われている。


素の肉体は弱いが、効率的に魔素を取り込める人間と、魔素吸収は苦手だが、素の肉体性能で人間に大きく勝るモンスター。

ある意味対照的な二つの存在だからこそ、俺たちは殺し合いが成立している。


では、あの【石兵】はどうかと言えば、見るからに巨大で頑丈な肉体に、玲以上の魔素量。

答えは化け物だ。

俺のスキルによる『理屈』も玲の『本能』も同じ結論を導き出した。


「………どうやってそれほどの魔素を吸ったのでしょうか。生まれつき?」

「……どうなんだろう、その可能性はあるな。長い間動いていなかったみたいだし、地形的にも気楽な外出は出来ないだろうから、モンスターを喰ってって感じではなさそうだ。まあ、考えても分からないさ」


モンスターと魔素の関係は、まだほとんど明らかになっていない。

そもそも魔素や魔力自体も、その性質がほとんど解明されていないのだ。

頭のいい学者が調べても分からないことを、俺たちが考えても仕方がない。


「みんな、心配してますよね」

「そうだな、カメラどっかに飛んでったし、配信も切れてる」


【天晴平野】のモンスター三体と戦うという危機的状況で配信が途絶えたのだ。

SNSは……阿鼻叫喚だった。

死んだんじゃないか、いやいや、この程度で死ぬはずがない。

焦って無茶した、等々、トレンドにも載っており、好き勝手言われている。


「………無事です、とだけ言っとくか」


俺は簡素な文面で投稿する。

すぐに増える反応を最後まで見ずに、スマホをしまった。


ちなみに、ダンジョン内部の通信網は、セーフティーエリアに建てられた中継地点を介して行われている。

俺達がいる51階層と一番近いのは50階層の中継地点であり、そのおかげで地底でも文明の利器が使えるのだ。


「ドローンカメラが二台壊れたのは最悪だけど、ある意味配信が切れてよかったかもな」

「………ですね。こんな『建物』の存在が知れたらどうなるか」


玲は安堵するように視線を伏せた。


「ダンジョンの正体は不明です。古代文明の遺産だとか神の試練だとか宇宙人の仕業とかいろいろ言われてますけど……」

「この『建物』は、その手掛かりになりうるってことか」

「ええ、もしかすれば『答え』かもしれません。学者たちは喜ぶでしょうけど、一部の宗教は面倒な反応を返すでしょうね」


ダンジョン発生後に生まれた新興宗教の中には、ダンジョンを神と崇めるものや、聖地として認定し、踏み入る冒険者たちを盗人と批判するものもある。

『建物』の神殿のような外観もあり、世界中で論争が巻き起こることは間違いないだろう。


「でも遅かれ早かれだよな」

「ですね。【雷牛の団】なんかも次期に【天晴平野】の攻略に着手するでしょうし、彼らに押し付けましょうか?」

「………恋歌さん案件だな」


もう夏だ。竜の南下も始まっており、自衛隊との交渉やらなんやらで最近ますますやつれてきた恋歌さんに負担をかけるのは申し訳ないが、俺達で判断できることではない。


「でも分かってることもある。あの【石兵】を倒さないと先には行けないってことだ」


魔力の回復した俺は立ち上がる。

玲は何をする気かと視線で問うてくる。

だから俺は、【輝烏キッチョウ】を軽くたたく。


「最後にひと当てして帰ろう」

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