静かに時間が過ぎていく。

時折、視聴者のコメントに反応しながら、ダンジョンの中とは思えない穏やかな一時を堪能していた。

俺と玲の話し声、そしてテントを打つ規則的なぽつぽつという雨音だけが聞こえる。


そんな中、ぐぅ、と俺の腹が鳴る。


「お腹、空きましたね」


玲も細いお腹を撫で、困ったように笑う。

そろそろ昼過ぎだ。

食材はほとんど持ち込んでいないから、現地調達だ。


「じゃあ、何か狩るか」

「……はい」


玲は少し硬い声音で返事をする。

先ほどの『亜竜』のことを思い出したのだろう。


「体は大丈夫か?」

「はい。回復薬で傷は治りましたし、体力も休んだので戻りました」

「……あの『亜竜』みたいなのはイレギュラーだ。多分、あんまり気にしなくていいぞ」

「ですが……」


俺には確信じみた予想があった。

あの『亜竜』は俺たちの前に姿を現さないだろう。

だが玲はそれでも気になるようだ。

【天晴平野】に入ってすぐに負けたせいで、少し自信を失っているように見える。

なら、を狩って自信を取り戻してもらおう。


「玲、こっち」


俺はテントの窓を開き、軽く顔を出す。

玲も俺の横から上を覗くと、そこには大きく旋回する巨大な鳥がいた。


虹色に輝く羽根に、地に影を落とす巨体。


『【虹翅鳥コウヨクチョウ】じゃん!』

『復活したんか』


「様子を見に来たんだろうな。この近くに巣でもあるのか」


【虹翅鳥】は【湧石の泉】を餌場にしているが、巣自体は【天晴平野】にある。

地中に埋まるように、木々で編んだ巨大な巣を作るのだ。


俺たちが見ている前で、【虹翅鳥】は地面に降りてきた。

鋭い鉤爪で大地を掴み、悠々と巨大な翼を広げ、雨を受ける。


『綺麗』

『ぎらっぎらやな』


(水浴びとかするんだな)


俺も視聴者と同じ新鮮な驚きを感じる。

【天晴平野】のモンスターとは基本的に距離をとっていたので、その生態は未だに謎な部分が多い。


【虹翅鳥】は数分ほどそうして水浴びをすると、今度はクレーターの方へとよって来る。

鋭い眼光と鋭利なくちばしの輝きが凶悪に映る。

気づかれたかと思い、緊張感が走るが、そうではなかった。

鳥はクレーター自体に興味があり、降りてきたようだ。


「巣にでもする気か?」


何はともあれ、幸運だ。

あいつを空から堕とす手間が省けた。


「玲、あの時のリベンジといこう」

「はい、任せてください」


玲は闘気を漲らせ、【金朽】を構えた。

玲はテントの入り口に足をかける。

俺は窓から【刺子雀】を突き出し、静かに【回転】を始める。


火力だけならもう一つのボウガンの方が上なのだが、そっちは使わない。

あれは派手すぎる。


回転が最高速度に達した時、俺は矢に【隠密】を付与する。

そして、射出した。


空を飛翔する矢は、大気を巻き込み、小さな竜巻と化すが、【虹翅鳥】は気づかない。

そして空中で鋭角に切り返した矢は、真っ直ぐに頭上から【虹翅鳥】を急襲する。

そして、衝突。


甲高い金属音が響いた。

聴覚を切り裂くような不快な音は、羽が削られる音色だ。

頭上から首元への攻撃は、しかし幾本かの羽を砕いたのみで終わった。

推進力を失った黒矢は【虹翅鳥】の身じろぎであっさりと砕け散った。


【回転】×【隠密】×【射撃軌道操作】という三つのスキルを掛け合わせた魔力消費度外視の攻撃だったのだが、傷一つつけられないとは。

やはり、異常な硬さだと再確認する。


攻撃を受けた【虹翅鳥】は甲高い鳴き声を上げ、周囲を威嚇する。

だが、その動作は余りにも悠長だった。


すでに地を蹴り、頭上を警戒する【虹翅鳥】へと玲は迫る。

一瞬でクレーターを駆けのぼり、その首元へと飛び掛かった。

【虹翅鳥】は玲に気づき、羽弾を放とうと翼を広げる。

それはまるで、小さな戦士を迎え撃つ要塞の如き威容を放っていたが、もう遅い。

玲は空中で腰を捻り、全身を使った斬撃を羽が欠けた首元へと叩きつけた。


刃は首元を切り裂き、落下の勢いのまま、半分ほどまで切り裂く。

頸動脈が裂けたのだろう、【虹翅鳥】は凄まじい量の血を雨に混じらせながら、倒れ込んだ。

クレーターの縁へと。


「あっ」


『あっ』

『やば』

『おっと?』


土煙を巻き上げながら転がって来る巨体。

向かう先は当然、クレーターの底にあるテントだ。


「………このテント、耐久性もすごいんですよー」


『よっ!企業の忠犬!』

『だから言い方ひど過ぎるって笑』

『え、ほんとに大丈夫?』


「湊先輩――――!!!」


テントは吹き飛んだが、無傷だったことをここに報告する。


□□□


「さて、切り替えて行こう」

「うぅ……ごめんなさい」


シュン、となった玲は肩を丸める。

テントが吹っ飛んだ後、クレーターの下は【虹翅鳥】の死体に占領された。

だから俺たちは必要なものだけを解体し、テントはクレーターの縁に設置しなおした。


「いいって、そろそろ穴の中はやばかったから」


ぼつぼつとテントを叩く雨音は強くなっている。

テントの小窓から外をのぞくと、土砂降りの雨が地面に叩きつけられていた。

あのクレーターも次期に水没するだろう。

そして【虹翅鳥】の死体は跡形も無く消える。

そうしてこの階層では、命が巡るのだ。


「何はともあれ、お肉ゲットだ」


俺は、トレーに乗せた肉をカメラに映す。

その肉は何と、輝いていた。

十センチサイズのブロック肉が薄暗いテントの中を照らし、間接照明みたいになっている。


『なんか雰囲気あるなぁ』

『流石移動式二人の愛の巣……』


「―――っっっ!」


『はい、恥じらい玲様ありがとうございます』

『雰囲気、あるか?』


「無いだろ」


俺は冷静にコメント欄に突っ込む。

雰囲気はないよ。だって肉の塊なんだから。

なんか油でてかってるし。


「……お肉、楽しみです。前回は取れませんでしたから」


前回狩った時は、装備の素材集めのためだった。

そのため、肉を持ち帰る余裕はなかった。

最後まで、名残惜しそうにお肉、では無く【虹翅鳥】の死体を見ていた玲と一緒に、その時のことを思い出す。


「今日はどうするんですか?」


お肉を見つめる玲の視線はきらきらと輝いている。


「今日は、鍋だ」


俺は【物体収納】からコンロと土鍋、そして野菜類と各種調味料を取り出す。


「地上は夏だが、ここは肌寒いし、一度やってみたかったんだ」

「いいですね!」


『ダンジョン内ならではだな』

『あー、いいなぁ』

『こういうの見ると【物体収納】欲しくなるわ』

『玲さんも大喜びですね』


「それじゃあ、ちゃっちゃと作るか」


鍋に水を入れ、沸騰させる。

白だしとしょうゆをベースに味を付け、煮えにくい具材から順に入れて、最後に豪快に切り分けた【虹翅鳥】の肉を入れる。


そして後は待つ。

ぐつぐつと鍋が煮立つ音がする。


しかし冥層のど真ん中で鍋とは、なんだか不思議な気分だ。


テントを挟んだすぐ外は大雨だ。

あらゆるものを溶かす【溶解雨】が降り注いでいる。

冥層のモンスター素材で作ったこのテントでなければ、俺達も今頃溶けているだろう。


そんな非日常の空間で、俺たちは装備を外し、くつろぎながら鍋の完成を待っている。

そう思うと、妙なわくわくが芽生える。


『あー、なんかのどかだな。釣り配信を思い出す』

『あったな、そんなの笑』

『もうしないんですか?』

『絶対するべき!』


「まだいたのか、釣り推し……釣りはもういいよ」


絵が地味すぎる。


「ふふっ、あれは楽しかったですよね」

「えぇ?そうか?」

「はい。釣りに苦戦してる湊先輩が見れて楽しかったです」

「玲もだいぶ慌てたけどな」

「あ、あれは……配信事故になりそうだったから……」


ふいっ、と視線を逸らし、玲は気まずそうに言った。

うん、そうだな。確かに初配信であれば事故だったな。


そうして初配信を思い出していると、いい匂いが漂ってきた。


蓋をしているのに強く香る出汁の匂いにごくりと喉を鳴らす。

もう十分だろう。

待ちきれないとばかりに俺は蓋を開けた。


「――――完成だ!」

「―――っっっ!!」


瑞々しい野菜たちに、存在を主張する大きめの鶏肉。

まるで鍋全体が輝いているよう、ではなかった。


『光、消えたね』

『普通の鶏肉になっちゃった』

『笑笑』


どうしてだろう、火を通すと光っていた肉は輝きを失っていた。

そうなると、ただの鍋だ。


「………くそっ、配信映えすると思ったのにっ」

「湊先輩、心の声が漏れてます」

「まあ、いい。食べるか」

「はい!」


俺は具材を器に盛る。


「調味料もいろいろあるから。こっちがポン酢でこっちがゴマダレな」


ちなみにこの二つを混ぜて、ちょっとラー油を垂らすと、さっぱり中華みたいな味になる。

人類は大体、中華風の味付けが好き。

この調合を俺に教えてくれた友人、山田優斗は、そう言った。


「すごくたくさんの調味料ですね……でも、私はそのままでいただきますね」

「うん、まあ、そうだよね」

「……?」


ここにいたのが優斗なら、迷うことなく大量の調味料をぶち込んで素材の味を殺していただろうが、今いるのは玲だ。

舌バカ男子大学生と育ちのいい女子高生は全く違う生き物だろう。

そんなことに気づいた今日だった。


無駄な荷物を持ってきてしまい、後悔している俺を見て、不思議そうに首をかしげていた玲だが、すぐに興味が肉に移った。

幸福そうな笑みを浮かべて、ぱくりと一口目を口にする。

小さな口で肉を噛み、そして大きな瞳を見開いた。


「美味しいです!」


俺も肉を食べる。

【ピポポ鳥】とは違い、弾力のある身だが、繊維に沿って柔らかくほどけ、噛むたびに優しい鍋の味が広がる。


「………うっま。煮るならこっちだな」


好みにもよるだろうが、脂っこい【ピポポ鳥】よりもあっさりとした【虹翅鳥】の方がいいという人も多いだろう。

鍋自体も【虹翅鳥】の出汁が出たのか、市販の調味料で素人が作ったとは思えない味の深みだ。


恋歌✓『ワタシにも持って帰ってきて!!』

『おっ、恋歌様ちーっす』

『湊ー、上司が出てきたよ』

『配信見てんだ』


「んっ、恋歌さん。こんにちは。余ったら持って帰りますね!」


俺はいい笑顔でそう言っておいた。

肉はかなりの量を回収したが、今俺の隣にいるのは玲だ。

気付けば彼女はぺろりと鍋の半分を食べ尽くしており、それでも箸が止まる様子はない。

お土産の量は、よく食べ、育ちまくった玲次第だろう。


結局俺はその後、鍋を二回作り直した。

コメント欄の恋歌さんの必死の説得もあり、玲は腹八分目で満足してくれた。

お土産は辛うじて残った。


□□□


「じゃあ、行くか」

「はい」


腹ごしらえも済んだところで、俺たちは今日の目的を果たすためにテントを出た。

テントは折りたたみ、【物体収納】に収める。

【天晴平野】のモンスターと戦うという目的は達した。

『亜竜』というイレギュラーと遭遇したものの、二度目の戦いとなった【虹翅鳥】はあっさりと倒せた。

俺達の力は【天晴平野】でも通じると考えていいだろう。

となれば、次は、52階層への通路を探す。

怪しいと睨んでいる大岩らしき影へと俺たちは進み始めた。


ゆっくりと【探知】で拾った情報を精査しながら、大岩へと向かう。

じりじりと傍から見ていれば焦れるような速度で進む。

実際に配信のコメントでは、さっさと進めと言った内容も流れていた。


雨に濡れる大地には、モンスターの気配はない。

遠方に、極稀に動く何かの影が配信では映るぐらいだ。

彼らからすれば、俺がいつものようにモンスターを避けて進んでいるように見えたかもしれない。

だが、奥へ進めば進むほど気づくこの地の異常さに俺は眉をしかめる。


(戦闘痕だらけだな……)


ダンジョンには修復機能がある。

砕けた地面も荒れた環境も、全滅したモンスターもいずれは元に戻る。

だが、そんなダンジョンをして、完全に癒しきれない戦闘の痕跡を、俺は先ほどから何度も見かけた。


逃げ場も隠れる場所も無い【天晴平野】、その環境は、モンスターたちにも殺し合いを強制させているようだ。

そして、先ほどからモンスターと出会うことが少なかった理由にも気づく。

恐らく、この付近のモンスターは殺し合い終わっていたのだ。

そしてその勝者が、『亜竜』と【虹翅鳥】だったのではないだろうか。


(いや、【虹翅鳥】は餌場に行っていて無事だっただけかもな)


俺達は、モンスターが少ないこともあり、当初の予定以上の速度で大岩へと近づいていた。

雨もまた強まり、視界はさらに悪くなる。

大岩は、雨の向こう側にぼやけて見えるだけだが、俺はそれを見て、目を細める。


(あれは、あの形は『大岩』というよりむしろ……)


そんな俺の思考は、背後から響いた地割れ音で中断された。


「――――!」


俺のスキルが、地中で生まれた姿を捉える。

不定形だったそれは、やがてはっきりと生物の姿を形作り、それらは瞳を開く。


「やらかした……!」


既存の痕跡ばかりに気を取られてしまい、俺はダンジョンの『ルール』を忘れていた。

ダンジョンの生態系は維持される。

モンスターが減れば、ダンジョンはそのモンスターを補充する。

この辺りでモンスターが殺し合い、数を減らし、三時間から五時間ほどだろう。

補充のタイミングとしては、なにもおかしくない。


『Graaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!』


怪物たちが産声を上げる。

大地を突き破り生まれたのは、絡み合う三体のモンスターである。


「湊先輩、私の後ろに」

「ああ……悪い、見逃した」

「そう言う時のために私がいるんです」


頼りになる彼女は、凛々しく笑った。

俺達は荒れ狂う衝撃波の中、静かに武器を構えた。

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