ミッション:宣伝

蓋をしているのに強く香る出汁の匂いにごくりと喉を鳴らす。

ぽつぽつと俺達を包む屋根に当たる雨音は、まるで俺を急かすかのようだ。

待ちきれないとばかりに俺は蓋を開けた。


「――――完成だ!」

「―――っっっ!!」


艶やかな鶏肉に瑞々しい野菜たち。

俺たちは今、鍋を作っていた。


□□□


『亜竜』にしてやられた俺たちは、休息を取ることにした。

幸運にも見逃されたとはいえ、亜竜の一撃を受けた玲のダメージは深かった。


『撤退するか?』

『ちょっと敵が強すぎてビビってます』

『無理せんといて!』


視聴者たちは撤退を促す。

ここは【天晴平野】、見晴らしがよく、身を休める場所はない。

だが俺は、不敵に笑い、首を振る。


「いや、まだ撤退はしない!」


『はあ!?てめえ、玲様が怪我してんだろうが!』

『ふざけんな家主!!』

『調子乗るなー』

『はい、本名晒す』


「怖いよ、お前ら……それにちゃんと考えがあるから!」


コメント欄は一気に俺への文句に染まる。

いつもふざけている俺の視聴者と玲のファンが混じってカオスだ。


「はぁ……俺が【天晴平野】に来るのに、何の準備もしてないと思ったのか?」


『割と』

『なんだかんだスキルと知識でゴリ押してるよな』

『下層装備でずっと潜ってたやつが何言ってんだ』

『あんまり頭使ってない印象です』


「うっ……!」

「皆さん、正論で湊先輩を殴らないでください。へこんだじゃないですか」


むっ、と形のいい眉を顰めた玲が視聴者への苦言を呈すが、玲の言葉の方が痛い。

悪気が無い分、文句も言えないし……。


「…………この【天晴平野】で問題になるのは休憩、だから俺は前もってこれを作ってもらったんだ」


【物体収納】を発動させ、地面から巨大な箱を生み出す。

そして中から一つの構造物を取り出した。


『こ、これはっ!!』

『なんだと……!?貴様、まさかぁ!!』

『すげえ!こんなの初めて見た!』

『流石です!よっ、冥層冒険者!』


「やめろよ、そういう派手なリアクション……!」


なんて視聴者だ。

俺が取り出したのはただのテントなのに大げさに騒ぐせいで、滑ったみたいで恥ずかしい。

だがこの機能を見れば、性根のひん曲がった奴らも驚くことだろう。


俺はクレーターの底に、テントを設置する。

丁度いいことに、この場所ならテントが地面から見えないので、見つかりづらくなるだろう。

俺はスイッチを押すと、玲の所まで下がる。


『お?なんだ?』

『面白いんだろうな?』

『なんやろー』


視聴者も見守る中、折りたたまれていたテントが独りでに開き、膨らんでいく。

するとすぐに、人2人ぐらいは軽く入れるぐらいのサイズにまでなった。


『おぉー、自動展開のテントか』

『見た感じ、モンスターの革で作ってんのか。いいもん持ってんな』

『でも大丈夫?目立ちすぎない?』

『湊もこういうの使うんやな』


俺の配信ではあまり見ることのない『テント』に視聴者は驚くとともに、心配もする。

俺は今まで拠点を作ることはあっても、この手の移動式の拠点は持たなかった。

その理由は、目立つから。

当然だが、見慣れないものがあればモンスターも興味を持って寄って来る。


『思ってたより、普通やな』

『期待はずれー』

『一発ギャグやれ。3,2,1……はい』


愛の欠片も無いふりをしてくるやつは無視だ。

そして視聴者はまだ知らない。このテントが普通なのは外側だけなのだ。

俺と玲は視線を合わせ、小さく笑う。

俺達も最初にこれを見た時は同じ反応をした。

視聴者の驚く声が楽しみだ。


『ねえ、いちゃつかないで?俺独り身なの』

『ちっ、青春してんじゃねえよ』

『玲様、湊と一緒だとよく笑うよね』


「「………」」

「さっさと中はいるか」

「……ですね」


恥ずかしい。

俺達はそそくさとテントの中に入った。

テントは、中央の太い支柱に支えられた円錐型だ。

その支柱からは、手枷のようなものが一つ伸びている。


「おぉー、内装変わった?」

「はい、私が揃えておきました」


テントながら、床には柔らかい絨毯が敷かれており、中にある小さな椅子や寝具も上品な造りをしている。

折りたたむ都合上、大きな家具は持ち込めないが、玲の趣味が光ってる。

全体的に落ち着く色合いだ。


『金かけてんな』

『玲ちゃんの部屋もこんな感じなんかな』

『意外としっかりした造りやな』

『モンスター対策は白木の索敵頼り?』


「いや、それも完璧に対処できる」


待っていたコメントを拾い、返事を返す。

ドローンカメラを操作し、支柱を映す。


『手枷……』

『え、内装は玲様の趣味、だよね?』

『そういう……』

『移動式ラブ―――』

『それ以上はいけない!』


「そんなわけ無いだろ……!」


ちらりと玲を横目で伺うと、顔を真っ赤にして俯いていた。

元が色白だから、首元から耳まで朱に染まっているのがすぐに分かる。

真面目で育ちのいい玲はこの手の冗談は苦手らしい。


「あの……それは元から、です……」

「うん、分かっててふざけてるだけだから」


『いい……恥ずかしがる姿も、いい』

『分かるわー、清楚美少女最高』

『ソロの時はどんなにセクハラしても無視されるのに』


「はあ、じゃあ説明するぞ。この腕輪は【付術具】だ。こいつを手に付ける。そして、【隠密】」


俺は【隠密】を、腕輪を介してテントにかける。

【隠密】熟練度Aは、触れているモノへの【隠密】付与を可能とする。

こうしてテントを隠す。


『なるほどなー、これなら確かに見つからんか』

『………いやいや、魔力消費は?【隠密】って発動させ続ければ割と消費するだろ』

『付術具のスキルは?』


「この腕輪のスキルは【魔力供給】だ。これで俺と【魔晶石】を繋いでる」


『バカ高いもんを……』


【魔力供給】、その効果は触れている者へと自身の魔力を分け与えることだ。

これを物に付与することで、ある物質から人への魔力の供給が可能となる。

【魔力供給】の需要は高く、【物体収納】とかと同じく、滅多に市場に出回らない億越え品だ。


腕輪と繋がっているのは俺と【魔晶石】だ。

【魔晶石】は魔力が豊富に含まれたダンジョン鉱石であり、内包する魔力量によって値段が大きく変わる。

俺が買ったのは、最上級品。小さな石ころ一つで三千万が飛んでいった。


「これで俺の魔力消費は【魔晶石】に肩代わりさせられる。一泊三千万のテントだよ」


『……三千万!?』

『とんでもねえな』

『冒険者ってすげえ』

『いや、冒険者でもここまではやらないから。こいつらがおかしいから』

『冥層なら元とれるのか』


「今のままなら赤字だけどな」


冒険者は一度の探索で大金を稼ぎ、次の探索のために大金を費やす。

俺も二度のオークションで大金を稼いだが、このテントと【魔晶石】の購入で大半を使ってしまった。

ボウガンは【霧舟工業】との契約でただで作ってもらえたのだが、このテントは契約外だったのだ。


「湊先輩……宣伝」


玲がこそりと耳元で囁く。


「あっ、このテントは【霧舟工業】製です、オーダーメイドで貴方だけの付術具を~、ってことです。廉価版も出るらしいので、そっちも見てくださいー」


『宣伝下手か』

『そういや【霧舟】の宣伝マスコットになったんだっけ』

『言い方ひどすぎて草』

『ボウガンも【霧舟】でしょ?そっちも出るの?』


「あ、はい。一応俺が監修したモデルが出るらしいです。いい感じになったよ」

「私も借りましたが、素人でも的に当てられたので、使い勝手はいいかと」


『おー、2人のお墨付きか』

『こいつ、視聴者に助けられて宣伝してるぞ』

霧舟工業公式✓『白木湊完全監修【白檄】が来月発売です!上層から下層まで幅広く使えてクセも少ないので、ボウガンデビューにどうぞ!』

『公式さん、お疲れ様でーす』

『ボウガンか。サブで持ってみようかな』

『前に湊が使ってた【7連式速射ボウガン】持ってるんだけど、買い替えるのはあり?』

霧舟工業公式✓『使用感そのまま、威力、射程も向上しております。また、専用矢も販売しておりますので、より探索がスムーズになるかと』

『湊空気で草』


「ま、まあ、そんな感じだ」


一通り宣伝を終え、俺はほっと一息を突く。

あーあ、緊張した。

コメント欄はまだボウガンのことで盛り上がっていたので、俺は柔らかい床に腰を下ろす。

【隠密】のお陰でモンスターに見つかる可能性は低い。

さっきの『亜竜』という例外はいたが……。

念のために【索敵】も使っているし、大丈夫だろう。


「ダンジョンの中でこんなにくつろげるとはな」

「ですね」


玲は柔らかく微笑み、座り込んだ俺を眺めている。

なんだかむず痒い視線に俺は小さく身じろぎした。

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