違和感

冒険者は、自身を『改造』する。

『スキル』を覚え、『装備』を更新し、目的のために己を先鋭化させる。

時に大きな代償を支払いながら。


右に赤金、左に黒のボウガンを構える。


『新武器来たぁーー!!』

『まさかのボウガン二丁持ちとは……』

『行けえええ!!!』

『ボウガンか?大分独特な形だけど』


視聴者の言うように、俺の持つ二つのボウガンは普通とは違う。

黒のボウガンには、ドラム式のマガジンが備え付けられており、トリガーを引くと矢が装填される。

矢の先端がボウガンから後ろに突き出す独特の形状をしており、ぱっと見は変な黒い箱だ。

だが俺は自信を持って言える。この武器は世界で一番俺に合っていると。


三度引き金を引くと、三本の矢は真っ直ぐに空を切り裂く。

亜竜は翼で身体を覆うことで、矢から身を守ろうとする。

だがそれは、失敗だ。

矢は翼膜を貫き、零れた赤黒い血が、地面を濡らした。


『―――――――』


亜竜は空中で身もだえし、でたらめに飛ぶ。

翼で亜竜の視線が途切れた瞬間、【隠密】を発動させた俺は、飛翔する亜竜を追いかける。


『ダメージ通った!!』

『新武器すげえ!!』

『でも落とせないな』

『やっぱボウガンは火力がきついか?』


俺に追従するドローンカメラにはそんなコメントが流れる。

コメントの言う通り、亜竜は姿勢は崩したが、未だ墜落するに至らない。

黒の矢は翼膜は貫いたが、本体にまで届かなかった。


だが俺に焦りはない。

この武器の火力はこんなものでは無い。


俺はボウガンから突き出した矢の先端に、革の手袋に包まれた指を添える。

そしてスキルを発動させると、矢がキュルキュルと音を立てながら回転を始める。

冒険者の装備は、スキルと組み合わせることで真価を発揮する。

この【刺子雀シシスズメ】の真価はここからだ。


亜竜は空を飛びながら、地上へと視線を走らせる。

追ってきている玲を見つけ、そして彼女しかいないことに気づく。


その瞬間、俺の身を包む【隠密】の性能が低下したのを感じる。

【隠密】は存在を疑われるとスキルの効力が下がり、見つかりやすくなる。

この亜竜、感覚が鋭いのもそうだが、それ以上に賢い。

だがもう遅い。十分、回転数が溜まった。


俺は引き金を引く。

凄まじい速度で宙を切り裂き、黒矢は亜竜へと迫る。

その速度は先ほどとは比べ物にならず、回転する矢は、一筋の颶風となって翼を穿った。

貪欲な黒矢は翼膜を切り裂き、その肉体を啄む。

着弾した翼の付け根は、無残に抉れた傷跡を晒し、その矢は半分まで亜竜の肉体に埋まっていた。


『~~~~~~~~~!!!』


亜竜は声なき悲鳴を上げ、墜落する。


『何それ!?』

『空気捻じれてなかった?』

『【回転】のスキルか!』


俺の新武器は視聴者を驚かせた。

そして中には、先ほどの射撃の種に気づいたものもいる。


熟練度が低い【回転】は触れているものしか回せない。

だから武器を【回転】前提でいじればいい。

以前コメント欄でもドリルにしろとか言われたが、考え方は同じだ。


がいるから連射は効かないが、回転数が上がるように調整された矢は、余すことなくエネルギーを矢じりに伝え、亜竜の肉体をも抉った。

だがその命までは届かなかった。


「後は頼んだぞ!」

「はい!」


玲は、真っ直ぐに墜落地点へと駆ける。

大地が砕けるほどの踏み込みが連続し、俺の目には黄金の軌跡しか見えない。

錐もみしながら落ちている亜竜は、玲に気づく。

そして片翼で落下速度を殺し、その頭を玲へと向ける。


「………使えるのか」


亜竜の口腔に緋色の輝きが宿る。

それは余熱だけで雨を蒸発させ、煌々と鈍色の空を照らす。

ブレス。竜の代名詞であり、最強の武器。

放たれれば、周囲一帯を焼き尽くすであろう光を見ても、俺は冷静だった。


だってそこは、玲と近すぎる。


「――――――――はああああっ!!」


亜竜との距離は百メートル離れている。

だがその程度の距離は射程圏内だった。


長くしなやかな足が、その埒外の力を大地に伝える。

ダンジョンの地面が砕け、遅れて空気が震える。

衝撃で重力を忘れた雨たちが、でたらめに舞い踊る中、俺は空へと昇る一筋の輝きを見上げる。


「まずは高度を上げるべきだったな」


亜竜の失策、それは俺に射抜かれた後、地上に近づきすぎた。

だが仕方ないだろう。

亜竜は知らなかった、翼が無くとも空を舞う規格外の人間を。


裂帛の気合と共に、【金朽】が振り下ろされる。

抵抗すら許されずその首は断ち切られ、猛火が断面から迸る。

薄暗いダンジョンの空に、一つの太陽が、昇って墜ちた。


まもなく、3つの墜落音がする。

玲と首と胴体だ。


『すげぇええええ!!!!なんだよそれ!!』

『やっば、玲様ぱねえ!』

『あの人、空飛んでなかった?スキル覚えてないんだよね?』

『スキル覚えてないから空飛べたんだろ』

『笑うしかない』


コメント欄は興奮とドン引き半々ぐらいだ。

気持ちはよくわかる。


「玲、大丈夫か?」


俺は玲が落ちた場所へと向かう。

そこには巨大なクレーターがあった。


「はい、怪我はありません」


玲は穴の縁から一飛びで俺の横まで来る。


『さらっと身体能力お化けなとこ見せてくるな……』

『あんなクレーター作っといて無傷は怖い』

『これが玲様です』


俺ならあんな高さから落ちたら肉塊確定だ。


「ま、何はともあれ、討伐成功だな」

「………ですね」


俺が突き出した拳に玲はこつりと合わせる。

【隠密】に気づかれたのは驚いたが、俺たちの新たな力は【天晴平野】でも通じると証明できた。


『解体行こうぜ、解体』

『わくわく!!』

『どんなスキルだろ』


視聴者は既に、亜竜から取れる『オーブ』に想いをはぜている。

俺達は彼らの期待を裏切らないよう、亜竜の胴体が墜ちた場所へと向かう。


玲の時よりも大きなクレーターを作り、その亜竜は墜落していた。

首はきれいに断ち切られており、そこから赤黒い血が流れ出ている。

周囲にモンスターの気配はないが、墜落音に引き付けられていつモンスターが来るか分からない。

手早く解体しようと、俺と玲はクレーターの縁を滑り降りる。


「じゃあ、胸元を切り裂いて、『オーブ』を取り出すか」


俺は解体用のナイフを抜き、その心臓部に突き立てる。

その拍子に、勢いよく血が飛び散る。


「―――っと」


その血は、粘着質で、外套の上からでも炎のような熱を帯びていることが分かる。

まだ熱い。死んでしばらく経っているというのに。


「湊先輩!!」


一瞬だった。

玲の声と共に押し出された俺は、地面を転がる。

次の瞬間、凄まじい轟音が轟き、何かがクレーターの縁に叩きつけられる。


「………あ……ぐっ……」


それは、玲だった。

痛みに呻きながら、体を起こす。

外套から零れた豊かな黒髪が地面に扇状に広がり、【溶解雨】と反応し、じゅうじゅうと嫌な音を立てる。

震える指先で剣を握りしめ、それでも立つことは叶わない。


僅か一撃、それだけで玲が倒れこんだ。


亜竜は頭のない首を起こす。

玲を殴りつけた腕で大地を支え、立ち上がる。

そしてその頭部の傷が塞がる。

肉が盛り上がり、瞬く間に失った頭が生えてくる。

それどころか、俺が潰した片翼や解体するために刺した胸の傷までも癒える。


(再生能力……!?頭まで治せるのか!!)


亜竜の頭が俺の方へと向く。

息遣いが聞こえるほど近く、獣の血生臭い血の香りが、顔に吹きかけられる。

近くで見るその瞳は、薄暗い黄金で、狭まる瞳孔の中には俺の姿が映っていた。


(―――ボウガンは腰……いや、そもそもこの距離じゃ)


相手は玲すら一撃で戦闘不能にした亜竜だ。

俺が何かをしようとした瞬間、その豪腕は俺の身体をひき肉に変えるだろう。

歪で不揃いな牙が、その口から覗く。

だが死の間際だというのに、俺の思考は違和感に支配されていた。


この亜竜の瞳、行動、その全てが俺に何かを訴える。

それが形になるよりも早く、亜竜は俺から視線を逸らし、羽ばたいた。


空へと昇る白濁色の肉体。

それはすぐに雲の合間に消え、見えなくなった。


「何だったんだ……」


助かった。そのことに安堵し、不可解なモンスターに困惑する。

どさりと地面に尻もちをついた俺は大きくため息を吐いた。


「湊先輩……すみません、油断しました」

「………あれは油断って言わない。初見殺しだ」


『よかったぁああああ!!!!』

『今度こそ終わったかと』

『コワイ、メイソウコワイ』

『何で殺されなかったん?』

『死んだふりかよ……こんなこと言ったらあれだけど、家主が最初に出会ってくれてよかった』


冥層51、【天晴平野】攻略初日、俺たちは早速51階層最強の領域の洗礼を受けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る