決定

(うぅうう〜!緊張する……)


青年、浜家秀はわずかに震える手でネクタイを直し、姿勢を正す。

彼の周囲にも、同じように椅子に座り、順番を待つ同業者の姿があった。


その中には、業界大手と呼ばれる企業が何社もいるのだから驚くことだ。

通常、彼らのような大企業との契約は、冒険者にとって一種の箔であり、望んでやまないものだ。

今のようにまとめて呼び出し、待たせるなど、普通はありえず、この光景だけでどちらが選ぶ側なのかすぐに分かる。


だがそれも当然だ。ここはあの【オリオン】であり、相手は【冥層冒険者】だ。


白木湊がスポンサーを募っている。

その噂は数日で業界を駆け抜けた。

影響力のある人間に自社の商品を使ってもらい、その対価に金銭や商品の無償提供を行うと言うのは、冒険者に限らずスポーツ選手や芸能人にもよくある契約だ。


だが、冒険者のそれは、宣伝効果が桁外れに高いと言われている。

冒険者にとっては自分の命を預ける装備だ、当然、質の良いものを使いたい。

そうなれば、自分より優秀な冒険者が使っているものを、という考えになるのは当然だった。


冒険者の配信活動が根付いた今、ダンジョン内での実際の使用感を見る機会も多い。

そうした配信活動を行っている冒険者への装備の提供は、今やどんな広告を打つよりも有効な宣伝活動だ。


では、チャンネル登録者1000万人を超え、最も過酷な冥層を切り開き、今も最前線で戦い続ける彼が使用する装備の宣伝効果はどれほどか。

その影響の一端は、彼が【オリオン】入団試験で使った装備がその日のうちに売り切れたことからも垣間見える。


彼と契約できた企業が次の10年のダンジョン関連産業の覇権を握ると言っても過言ではない。

どの企業の交渉人も、目をぎらつかせ、自分の番を待っていた。


(海外の奴らもいるじゃん。昨日の今日でよく来れたな。いや、そんな前日に言われたのはウチみたいな弱小だけか)


数日前にいきなり日にちを指定して、呼びつけるなんて真似を大企業相手にするはずがないと浜家が思うのは、常識的な考えであったが、それをするのが恋歌という女だった。


「【霧舟工業】様」

「は、はい!」


自分の番が来た浜家は立ち上がる。

浜家に周囲の視線が集まる。

他の企業の時とは違う注目に、彼は少し狼狽えるが、緊張感で張り詰めた室内を横切り、事務員の後をついて行く。


「あれが彼が使っている―――」「やっぱり呼ばれてたか」「霧舟の後はきついな」


【霧舟工業】は、現在湊が使っている装備を作った企業だ。

武器のみならず、防具まで【霧舟】製というのは業界では有名な話であり、このままの流れで『契約』を結ぶというのは可能性が高い話だったが、周りの企業の面子に気圧されている浜家はそのアドバンテージに気づいていなかった。


浜家は緊張で固くなった動きで、事務員に案内された部屋をノックする。


「どうぞ」

「は、はい。失礼します」


そこは会議室だった。

円を描く机には数十人ほど座れそうだったが、対面に座るのは僅か三人だ。


(う、うわぁ、本物だ)


恋歌はいつも通りの笑みを浮かべ、玲は湊の装備を作る企業を見極めようと瞳を細める。

そして当の本人は、『【霧舟】の人間』を興味深そうに見ている。


「あ、どうも。いつもそちらの武器にお世話になってます」

「―――いえいえ!わが社の武器を選んで下さり、ありがとうございます……!」


柔らかく微笑む湊につられて、浜家も小さく笑みを浮かべる。

冒険者らしくない湊の雰囲気もあり、浜家の緊張は解けたようだ。

背筋を正し、話を始める。


「冥層素材での装備の作成が『契約』の条件とのことでしたよね。防具はえっと、その……【ピチピチカンス】、の鱗から作るとして、問題は武器です」


ちらりと気まずそうに玲を見てから、浜家はモンスターの名前を口にした。

恋歌はくすりと笑い、湊も俯いて震える。

何も分かっていないのは玲だけだった。


「問題?『ボウガン』がいいんですけど、難しいですか?」

「いえいえ。【7連式速射ボウガン】のようなものなら、恐らく作成できると思います。ですが、あれだけの素材をボウガンだけに使うのは―――もったいない!」

「は、はぁ」


浜家の声音に宿った気迫に、湊は狼狽える。

浜家はそんな湊の様子に気づかず、熱弁を振るう。


「軽い【虹翅鳥こうよくちょう】の羽は、きっと最高の矢になります!それは生前の【虹翅鳥】の戦い方からも分かります!」

「ですが、それでは使い捨てになるのでは?冥層では必ず矢を回収できるわけではありませんから」

「ええ、ですので、【虹翅鳥】の矢を使うとなると、ボウガン本体にも工夫をする必要があるので……」

「普通の矢が撃てない、と。二丁作ればいいのでは?」

「え、二丁作ってもいいんですか!?」

「は、はい、作ってもらえるなら……」


にっこにこの浜家に、湊達も少し引いた様子を見せる。

武器マニアというのとは違う。

純粋に冥層の素材を扱えるのかもしれないのが、嬉しくてたまらない様子だ。


「でしたら一丁は通常矢や仕込み矢が打てるようにして、もう一丁は【虹翅鳥】の矢専門の特殊なボウガンにしましょう」

「………素材足りますかね?玲の剣を作るのに、半分ぐらい使ったんですけど」

「恐らく大丈夫ですが、足りなければ取りに行ってもらうことになりますね。それと、【極光付与魔法】のオーブも使いたいです。【付術具】にすれば、冥層のモンスターも簡単に貫けるようになりますよ!」


すでに具体的な完成系まで見えているような浜家の言葉に、湊と玲は顔を見合わせ、小さく頷いた。

そして恋歌は苦笑しながら頬杖をつく。


「………貴方が一人目よ、【極光付与魔法】を要求してきたのは」


【オリオン】は、冥層の素材で装備を作ってほしいとは要望を出していたが、『オーブ』までとは言っていない。

自分が興奮に身を任せ、かなり失礼なことを口走ったと気づいた浜家は、交渉の失敗を悟り、顔を青く染めた。


(終わった……)


その後、待合室では屍のように燃え尽きた浜家の姿が見られ、他の企業の交渉人に大きなプレッシャーをかけたそうだ。


□□□


「ようやく終わったか」

「………長かったですね」

「ええ、でも色んなプランを知れたでしょ?」


ほとんどの企業がボウガンの作成を提案してきたが、中には遠距離攻撃が出来る剣やドリルなんかを提案してきた企業もあった。

………ドリル、配信でも言われたが、【回転】のスキルのことを考えれば、そんなに悪い提案でも無いのが複雑だ。


「それで、どの企業にする?」

「【霧舟工業】で」

「だと思いました」


彼が一番、に合った武器を提案していた。

【極光付与魔法】を求められたのは驚いたが、それも全て俺の装備の質を高めるため。

玲さえよければ、彼にオーブを託したい。


「私も【霧舟】でいいかと」


玲も賛成のようだ。

こうして俺は、今後も【霧舟工業】の装備を使うこととなった。

そして数週間後、7月に入ってすぐ、俺の装備が完成した。

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