契約

ご機嫌斜めな玲お姉さま、じゃなくて玲を持っていたお菓子で宥めながら、俺たちは事務所にたどり着く。

事務所では、これから探索に向かうために消耗品を補充している者やオーブや素材の購入のために、真剣な面持ちで事務員と打ち合わせをしている者、動画の編集をしていたり、訓練相手を探す者がいたりと、皆、活動のために忙しくも充実した様子を見せている。


ここ最近は、特にみんな、忙しそうだ。

その理由の一つは、【オリオン】からも冥層の進出者が増えたからだろう。

雪菜やクロキ、兵馬たち新人組もパーティーを組み、冥層へと向かった。

彼ら以外も、オリオンのベテランたちが何組も冥層にチャレンジしており、まさに【オリオン】の転換期といった感じだ。


また、クラン外でも【雷牛の団】は【飽植平地】まで探索の手を伸ばしたらしい。

最近は、拠点の構築にも挑戦しているらしく、現状、冥層の攻略に最も成功しているクランと言えるだろう。


彼らの存在もあり、当面の【オリオン】の目的は、打倒、【雷牛の団】らしい。

国内トップのクランとして君臨する【オリオン】にしては珍しく、ライバル意識全開で、【雷牛の団】を追い越そうと奮起していた。

俺もアドバイスを求められることも多く、それをきっかけに他のメンバーとも随分仲良くなったと思う。


そしてアメリカにおいても、サイラス・ディーンが【D.C.1】と呼ばれるダンジョンの冥層の探索を成功させた。

そこは毒で満ちた階層だったらしいが、落札した【状態異常適応】を使用し、毒を克服したらしい。

環境には適応できても、モンスターも凶悪だっただろうに、サイラスはたった一人で大量の戦利品を抱えて帰って来たらしい。


そして、そんな周りとは対照的に、俺と玲の冥層攻略は停滞していた。

理由は言うまでもなく、装備が無いからだ。

一応、オリオン側でも装備のレンタルはしているのだが、慣れない装備で冥層に挑むつもりは俺にも玲にも無い。

そしてなにより、俺たちが求めるのは、【天晴平野】のモンスターに通用する装備だ。

既存の下層素材の装備では無い。


「にしても、恋歌さんの目処って何なんだろうな?玲の剣を打ってくれてる鍛冶師のことか?」

「いえ…それはないかと」


玲はふるふると首を振る。


「だよなあ」


俺も一度会ったことはあるが、かなり偏屈な爺さんだ。

自分が認めた相手にしか剣を打たない人で、俺は爺さん曰く「ちょこざい」らしい。

まあ、ボウガンは剣とは勝手が違うので、鍛冶師向きの仕事ではないと思うが。


「まあ、会えばわかるか」


俺が呼び出された会議室に入ると、そこには大きく胸を張った恋歌さんが、ホワイトボードの前に立っていた。


「よく来たわね、2人とも!待っていたわ!」


びしりと俺達を指さし、にやりと笑う彼女は、飾らずに言えば変だった。


「………何あのテンション?」

「………寝不足の時の恋歌さんです。橋宮さんと鳴家さんが北海道に行ったから、色々大変なんでしょう」

「かわいそ」

「そこ!ぼそぼそ言わないで座りなさい!」


よく見たら、目元にうっすらと隈がある。

メイクでも誤魔化しきれておらず、これ以上揶揄ったら魔法が飛んできそうだ。

俺達は、静かに座った。


「それで、俺の武器を作ってくれる人が見つかったんですか?」

「いい質問ね、湊君!」

「湊君?」

「答えはイエス!というか、めちゃくちゃ見つかったわ!」


そう言って恋歌さんはホワイトボードをバンと叩いた。

そこには小さな字でびっしりと企業名が書かれていた。

中には、俺も知っている冒険者関連の大企業から海外のファッションブランドの名前まで色々あった。


「何ですか、それ?」

「これは湊が【オリオン】に加入してから今まで、SNSのアカウントに来ていた『契約』のお誘いね」

「………何ですか、それ?」

「全く同じ質問してますよ、湊先輩……恐らく恋歌さんが言っているのは、企業から武器や防具を提供してもらう代わりに、企業の宣伝活動をする、そういった類の『契約』だと思います」

「ああ……たまにでっかいロゴつけて配信してる人がいるのはそれか」

「そーゆーことよ、湊にもいっぱい来てたわよ」


説明を取られた恋歌さんはむくれながら、玲の言葉を肯定する。


「玲はそういうのしてないのか?」

「そうですね……私の装備はお爺さんの作ですし、装備の提供を受けることに魅力は感じません」

「玲の場合は普通のファッションブランドからのお誘いが多いわよ。モデルしませんかとかぜひこの服着てくださいとかね」

「あー、玲がモデルやればすごい宣伝効果になるだろうなぁ」


初めて会ったときは、モデルみたいだと思ったし、玲にその手の誘いがあるのは不思議ではない。

そして二人のお陰で、冒険者と企業の『契約』というものが少しわかった。


「つまりその中の企業のどれかに、俺の装備を作ってもらうってことですか……普通にオーダーメイドで頼むんじゃ駄目なんですか?」

「それは難しいわ。冥層の素材でボウガンみたいな特殊な武器を作ろうと思えば、素材の性質研究からしないといけないから、お金はもちろん、プラスアルファを差し出す必要があるわ」


それが宣伝というわけか。


「幸い、向こうから契約を持ちかけているから、せいぜい安く作ってもらいましょう」


なるほど、そう言う事情があり、今その話をしたのか。

それにしてもすごい数だな。

この中から選ぶのか。


そんな俺の迷いが顔に出ていたのか、恋歌さんは肩をすくめる。


「これでも結構減らしたのよ?装備の質に定評のある企業の中から、契約の条件がいい企業を絞り込んだのよ」

「普通にファッションブランドありませんか?」

「これは……めちゃくちゃお金がいいのよ……」

「恋歌さん……」


玲が冷たい視線を注ぐと、恋歌さんはうっ、と胸を抑えた。


「仕方ないじゃない!みんなが冥層に行き初めて、アイテム代やらで色々厳しいのよ!今なら玲とセットでお値段三倍、って、ぁああ~~~!!」


玲は無情にもクリーナーで文字を消していく。

恋歌さんには悪いが、俺もあんまり興味ない。

冥層でたくさん稼ぐから許してほしい。


文字を消そうとする玲を止めようと、豊満な胸元に顔を埋めながら縋りつく恋歌さんを横目に、俺は企業の名前を一つずつ見ていく。

……あの企業は確か、武器の頑丈さが売りだったはず。だけど、遠距離系の武器のイメージはあんまりないな。

あっちは海外の企業だ。

オーダーメイドで一から作ってもらうことを考えると、拠点が遠いのはマイナスか?


「あっ、【霧舟工業】がある」


端っこの方に小さく、俺が今使っている装備を作った企業の名前があった。


「【霧舟】ねぇ……確かに質はいい企業なんだけど、素材研究の方に不安があるのよね」


なるほど。装備製造の腕だけではなく、冥層の新素材を扱えるかどうかも考えて選ぶ必要があるのか。

悩んでいる俺を見て、恋歌さんは軽く笑った。


「まあ、今決めなくていいわよ。明日話を聞いてから決めましょう」

「………ん?明日?」

「ええ。リストにある企業を呼び出したから、明日プレゼンを順番に聞くわよ」

「何も聞いてないんですけど!」

「明日予定無いでしょ?玲に聞いたわよ」

「はい。湊先輩は明日は一限だけですし、その後は学食で朝食を食べてから帰宅するだけです」

「いや、まあそうだけど……」


何で玲は俺のスケジュールを把握しているのだろうか。

2人が当たり前のように話を進めるから聞けなかったが、何はともあれ、俺は明日、企業のプレゼンを受けるらしい。

装備の質は、今後の探索の成果に大きくかかわる。

慎重に決めようと、俺は気を引き締めた。

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