新スキルとお姉さま

6月、梅雨に入り、じめじめとした湿気が肌を撫で、曇天が空を覆っている。

そんな日に、俺はダンジョンに来ていた。


微かな光だけが照らす暗い洞窟の奥、そこから、小さな影が駆けてくる。


『来たぞー』

『やったれ』

『茄子、素麺、醤油、キムチ』


いつもは未知への期待とわずかな緊張を滲ませるコメント欄も、とても呑気だ。

メモ帳がわりに使ってるやつもいるし。晩御飯きもすぎるだろ。


そして俺も、そんなコメントを見る余裕もある。


頭上には、ダンジョンの生み出した贋作の空が広がっていない。

ここは渋谷ダンジョン5階層、上層だ。


『ギィイイイイイ!!』


初心者の頃に見たモンスター、ゴブリンが薄汚い歯を剥き出しにし、叫ぶ。

今からこれに触れると思えば憂鬱になるが、俺は敵意剥き出しの小鬼へと近づく。


身体能力が下がったとはいえ、上層のモンスターに遅れをとるほどでは無い。

ゴブリンの反応速度を振り切り、正面から首に触れる。

そして、己のうちに新たに芽生えた力を発動させる。


「【回転】」

『ギッ!!』


小鬼の首が半回転し、骨が砕ける。

ゴブリンはあっさりと倒れ込んだ。


「というわけで新スキルの【回転】です」


『おぉー!覚えたんか!!』

『玲ちゃんいないからどうしたんかと思った』

『回転!ぐろくね?』

『お前なら覚えてくれると思った!ナイス配信者魂!』


今日は何の説明もせずにいきなり配信を始めた。

そのせいで困惑していた視聴者も、この配信の趣旨を理解した。


「玲は学校だよ。今日はスキルの試しに来たんだけど……」


俺は死んだゴブリンを見る。


「何か……弱いな」


『あっ、言っちゃった……』

『まあ、覚えたてだし。まだGでしょ?』


「まともに使ったのも今日が初めてだ」


今はまだ、ゴブリンの首を折ることぐらいしかできない。

適当な石を拾い、スキルを発動させる。

すると、手のひらの上で石がくるくると回り始める。

回転速度はさらに早まり、摩擦で熱が発生する。


「あっつ!」


俺は石を捨てる。


『何してんの、こいつ?』

『一人で静かにはしゃいでんだよ』

『今のダサい動き、切り抜いて拡散しよう』


「やめてもらえる!?別にはしゃいでたんじゃなくて、スキルの検証してただけだから!」


『検証ねえ』

『なら何が分かったんだよ』

『言ってみそ』


妙に上から目線の視聴者にこほんと咳払いで声を整え、俺はこのスキルの問題点を指摘する。


「まず、使いづらすぎる」


『身も蓋もねえ』

『でも強いスキルなんでしょ?』


「強いは強い。相手を掴めばねじれるから、雑に使える。だけど、俺、接近戦しない」


接近戦の手段が一つできたと考えればいいのかもしれないが、俺の戦い方的には、接近戦で使うことはほとんどないだろう。


『前衛の俺的には結構ほしい』

『魔素許容量的にはどうなん?』


「………あんまり消耗しないな。割と身体能力も落ちなかったし」


その点も優秀なスキルだ。

俺は元々身体能力が高いタイプの冒険者ではなかったが、今はさらに下がった。

それに見合うだけの性能をこのスキルには期待している。


『射撃系のスキルって言ってなかった?』


「射撃にも使えるスキル、だな。矢や弾の回転数を上げて、威力を上げられるんだよ。だけどそれは、触れずに回せるようになる熟練度C以上からだ。今は……G」


先は長い。大器晩成型のスキルだと分かってはいたが、それでもどうにか今活かせる方法を見つけたかったのだが……。


「何かいい方法ない?今すぐ最強になれる使い方とか」


『冒険者舐めんな笑』

『ど素人みたいなこと言う冥層冒険者www』

『鍛錬あるのみですよ。近道して得た力は頼りになりません』


「怒られた……まあそんなうまい話は無いか」


諦めかけていたが、ふと、気になるコメントを見つける。


『ドリル持つとか?』


「ドリル?」


『使用武器、ボウガン、鉈、ドリル(new!)』

『色物冒険者で草』

『現時点で色物なんだよなぁ』

『でも武器を工夫ってのはありかもな。ていうかそれしかないだろ。触れてないと回せないんだから』

『というか、武器変えたん?』


「まだなんだよ。それもあって最近配信出来てないんだ……」


玲の剣は、未だ製作中。

素材が冥層のものということもあり、加工は難航しているようだ。

そして俺の武器に関しては、未だ誰が作るかも決まっていない。

何せ主武器が『ボウガン』だ。

特殊過ぎて候補がほとんどいない。


「まあ、近いうちにどうにかするよ。というわけで、今日の配信はここまで。さよならー」


適当に挨拶をして、俺は配信を切る。

そしてそのままの足で、【オリオン】事務所まで向かう。

モノレールに乗り込み、手近な席に座る。

じわりと足先に広がる軽い疲労に、俺は小さく眉をしかめる。


(やっぱり身体能力が下がってるな……)


配信ではあまり身体能力が落ちなかったと言ったが、下落幅が問題なんじゃない。

俺の意識が今の身体能力に追い付いていないのだ。

端的に言えば、無茶をし過ぎた。


(調整しないとな)


スキルを覚えたての冒険者にありがちなことだが、冥層での動きに支障が出たら最悪死にかねない。装備が完成するまでに、今の身体能力に慣れておく必要がある。


「あのぉ……」


物思いにふけっていると、声をかけられた。

顔を上げると、俺の座席の前に二人組の女子がいた。

俺の前に人が来たことは、【探知】で分かっていたが、声をかけられると思っていなかった俺は、2人の顔を見返したまま固まる。


「………白木湊君ですよね?」

「あ、はい」

「ですよね!私たち、ファンなんです!モノレールよく乗るんですかー?」

「いえ、今日はたまたま」

「え、めっちゃ運いい、私たち!!特にこの子が熱心な湊君押しなんです!」


今時の女子という感じの派手な髪色の少女がキャッキャと興奮し、大人しそうな眼鏡の子が、こくりと小さく頷き、友人の言葉を肯定する。

それにしても、この二人の制服、どこかで見たことが……。


「私たちこれからどこか寄ろうと思ってて、よかったら一緒に来ませんかぁ?」


甘えるような猫なで声で、少女は俺を誘う。

初対面の俺をガンガン誘う勢いと怖いもの知らずなところは、まだ子どもの彼女の特権だ。


「えっと……」

「何をしているんですか?」


俺が彼女に返事をしようとした時、鈴を鳴らすようにきれいな声が、彼女たちの動きを縫い留めた。

聞き慣れた声音の主に顔を向けると、そこには濡れ羽色の髪を背に流した美少女が、2人と同じ制服を身に纏って立っていた。


「あ、玲」


学校帰りのようだ。

スクールバックを持ち、黒を基調とした制服に身を包む彼女は、普段よりも楚々とした雰囲気が強く、声をかけるのも躊躇われる神聖さを感じさせる。

まあ、今声をかけられないのは、彼女の黒曜石のような瞳が、真っ黒に感情を映していないからだろう。


「「玲お姉さま……!」」


お姉さま?玲ってお姉さまって呼ばれてるの?

何それ、どんな学校だよ。

俺の驚きが伝わったのか、玲は白い頬を僅かに朱に染め、視線を逸らす。


「んっ、んん!彼は私と約束をしていますので」

「ご、ごめんなさい!」

「失礼します……!」


2人は威圧感溢れるお姉さまの眼力に押され、どこかに行ってしまった。


「………」


玲は静かに俺の隣に腰を掛けた。

先ほどの騒ぎと彼女の美貌もあり、車両中の視線が集まっていた。


「………お帰りなさい、玲お姉さま」

「――――っ!」


首元まで真っ赤に染めた玲は、靴先でこつりと俺を蹴る。

彼女なりの最大限の抗議だった。


「別に約束は無かっただろ?」

「そうですけど……事務所に行きますよね?恋歌さんが湊先輩の武器を作る目途が立ったそうです。一緒に行きましょう」

「そうですね、わたくしも楽しみですわ。玲お姉さま」

「湊先輩?二回目ですよ?」


ニッコリ笑う彼女の笑顔は見惚れるほどきれいで、怖かった。

俺は背筋を正し、事務所最寄りの駅まで静かに口をつぐんでいた。

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