魔力と再生


―――数分前―――


渋谷支部まであと数ブロックというところまで迫ったとき、玲と恋歌は襲撃を受けた。

人混みに紛れ、膨れ上がる膨大な魔力。それに最初に気づいたのは恋歌であり、反射的に魔法を使った。


硬質化した岩石が地面から生成され、恋歌と玲を包み込む。

次の瞬間、凄まじい衝撃が走り抜けた。


「―――っ」

「恋歌、さん!」


上下左右も分からないほど何度も揺られ、2人を包んだ岩石の球は、飲食店に突っ込むことで動きを止める。

ガラスも机も薙ぎ倒し、キッチンまで貫いた球は、ぱきりと中心から割れ、中から二人が現れた。


「血が……」

「大丈夫よ、ちょっとぶつけただけだから」


恋歌は頭から流れた血を拭う。

2人が突っ込んだ店は開店前だったのか、人を巻き込むことは無かった。

玲はこの店の内装に見覚えがあった。

どうやら自分たちは渋谷支部から反対方向に飛ばされたようだと気づく。


「行くわよ」

「はい」


これは敵の襲撃だ。

2人が店から出ると、そこには地獄絵図が広がっていた。

恋歌たちと同じように、竜巻に吸い込まれた車や瓦礫は弾丸となり、周囲に飛び散っている。

その被害を受けた通りは、全ての窓ガラスが割れ、半壊している建造物も珍しくない。

巨大なビルすら飲み込み、瓦礫の渦と化している竜巻は、2人の渋谷支部への道を防ぐように顕現していた。


玲と恋歌の視線は、真っ直ぐに渦の中心へと向かう。

渦の中で魔力が刃を成し、飛翔する。

巨大な風の斬撃が幾重にも重なっている。

玲は剣で全てを弾き、恋歌は【土魔法】による盾で防ぐ。


玲は受け止めた剣から伝わる衝撃に歯を噛み締め、確信する。

相手は強力な魔法使いだと。


「よく防いだなぁ、おい!」


竜巻の名から、人が出てくる。

しゃがれた声音と品のない言葉に、玲は小さく眉をしかめ、既視感を感じる。

竜巻の中から出てきたのは、スキンヘッドに顔中にタトゥーを施した男だった。

玲は、彼を知っていた。


「貴方はあの時の魔法使い……豚箱はどうだった?」


湊の家を襲った魔法使い。

湊が射抜き、玲が切り伏せた相手だ。

その後、警察に連行されたはずだが、なぜかこの場にいる。


「あいにく入ってねえよ。てめえに斬られた恩返しに来てやったぜ」


(チッ、中島ね。あいつ、本当に殺そうかしら)


逃走の手引きをしたのが中島だと決めつけ、玲は心中で殺意を抱く。

そして目の前の男が、本当にあの時の魔法使いだと確信する。


(何、こいつの魔力……あの時と規模が桁外れ)


湊の家で戦った時は、二属性を操る器用な魔法使いでしかなかったはずだ。

だが今は、世界トップクラスの魔力を全身にみなぎらせ、大魔法を発動させた。

とても同一人物とは思えない。


「あの時は力を隠していたの?」

「はあ?お前、何を言って……いや、そうだな、最初は、いや、そうだ!そうだ!お前はこの俺、鱗武に本気を出させてしまったんだ!」

「なによこいつ、きもちわるい」


薬でもやっているのだろうかと玲は本気で思った。

男に不気味なものを感じた玲は、まずは様子見をかねて恋歌さんの魔法に任せようとかと考える。

だが、その冷静さは次の男の言葉で吹き飛んだ。


「あの時殺さなかったせいでお前は死ぬんだ。だが心配するな、あの男と一緒に殺してやるからなあ!!!」

「……お前みたいなゴミを、湊先輩に近づかせるわけないでしょう!!」


玲は剣を構え、弾丸のような速度で鱗武へ突撃する。


「ちょっと玲!」


慌てて玲を援護しようとした恋歌は、頭上から迫る何者かに気づき、咄嗟に背後に跳ぶ。

恋歌の首を狙ったハルバードの刃は、アスファルトを容易く破砕した。


(……【重化】と【加速】、かしら)


見た目以上の速度と破壊力に、恋歌は即座に相手のスキルを見破った。

恋歌は巨体に似合わない速度で自身に迫る斧槍使いに驚くことなく腕を振るい、魔法を放つ。

光が薄い刃を化し、斧槍使いへと向かい、背後に出現させた岩壁が、幾本も迫る矢を防いだ。


「チッ、どうして気付いた」

「簡単な話よ。ワタシ相手に1人で挑むやつなんていないもの」


巨大なハルバードの刃で光の剣を防いだ男の質問に、笑って返す。


大地が震える。

【土魔法】により浮かび上がった地面が、斧槍使いの視界に影を落とす。

そして降り注ぐ陽光が、【光魔法】により長大な槍へと変じた。

斧槍使いは、遥か上空へと地面諸共逃げた恋歌に唖然とする。


対する恋歌は斧槍使いを宙に浮かぶ岩山から見下ろし、小さく笑う。


「【要塞:対地フォートレス・アンチアース】」


少人数の敵へと用いる十八番の魔法を使う。

ここに、二つ目の災害が顕現した。


□□□


空へと浮かび上がった大地の要塞を取り巻く幾重もの瓦礫の円環。

それが高速で回転を始め、斧槍使いは恋歌の狙いを悟り、表情を青ざめた。


(あの女、正気か!?)


回転する円環は、次々に岩弾を射出する。

一つ一つが身の丈を超えるサイズの塊だ。

それが鱗武のせいで見晴らしの良くなった通りに降り注ぐ。


「まあ、避けるわよねぇ」


【加速】を使い、岩弾を躱す斧槍使いを見て、恋歌はそう言った。

弓使いがいるであろう場所に向けて適当に放った岩弾は当たったかどうかわからない。

そして鱗武に向けて飛ばした岩弾も、竜巻の風圧に弾かれた。


だが恋歌は気にした様子はない。

今の岩弾はただの様子見。相手を動かし、隙を作るためのものだ。

光の長槍が輝きを増す。

岩弾を躱し、隙の出来た斧槍使いへと、突き進む。

それは、斧槍使いからは、一瞬の輝きにしか見えなかった。

光を知覚した次の瞬間、その全身は、光の柱に飲み込まれていた。


「―――ぐ、あ……」


全身が焼け、煙を吐き出す斧槍使いは、何度もよろけ、膝をつく。

視界は何度も点滅し、受けた魔法の威力を物語る。


(な、何も見えなかった……これが立花恋歌の【光魔法】か……!)


立花恋歌は、【土魔法】と【光魔法】を扱う。

そして彼女が最も得意とした戦法が、【要塞】だ。

状況に応じ、【土魔法】で形成された頑強な要塞で自身と仲間を守り、その奥から重い【土魔法】と最速の【光魔法】による二種類の弾幕を張る。

言葉にすればそれだけの単純な戦い方。だが、それを成すには膨大な魔力といくつもの魔法を同時に扱う集中力が必要となる。


「化け物が……」


それだけを言い残し、斧槍使いは倒れた。


(次は弓使いね)


弓使いは、最初の奇襲以降、戦闘に参加する様子はない。

もしかしたら逃げているのかもしれないが、それを確かめる術は恋歌には無い。

だがら、攻撃する。

弓使いがいるかもしれない場所に片っ端から岩弾を見舞う。

それが恋歌の選んだ対処法だ。

砲撃のため、地面から【土魔法】を使って弾丸を補充する。

その瞬間、路地裏から矢が宙へと昇る。


浮かべた要塞の高度を超え、折り返した数本の矢は、眩く輝き、真っ直ぐに恋歌を狙う。


(【曲射】と……【光弓】、かしら。珍しいスキルね)


【曲射】は矢の軌道を変えるスキルだ。

湊の持つ【射撃軌道操作】ほどの精密な軌道の操作は不可能だが、【射撃軌道操作】とは違い、熟練度上昇で威力が大きく向上する。

そして【光弓】は、矢の威力を注いだ魔力量に比例して強化するスキルだ。


恋歌が珍しいと評したのは、【光弓】を覚えるには大きな『魔力許容量』を必要とするからだ。魔法使いほどではないが、弓使いも『魔素許容量』に余裕がない。

威力上昇、軌道操作、探知など、必要となる一つ一つのスキルの容量は少ないが、数が多いのだ。

威力に上限のない【光矢】は、優秀なスキルではあるが、普通の弓使いには重すぎる。


輝く矢を、恋歌は躱す。

スキルではない、身体能力による技術だ。

恋歌という魔法使いは、二つの魔法系スキルを覚えてもなお、まだ『魔素許容量』に余裕があるため、接近戦もそれなりに出来る。

この程度の単純な射撃では、恋歌には当たらない。


だが恋歌にとっても予想外だったのは、その矢の威力だった。

要塞に突き刺さった数本の矢は、凄まじい轟音を立て、要塞を突き抜けた。


「は?」


衝撃で砕け散った要塞は、魔法の制御から外れ、瓦礫となって落ちていく。

恋歌もまた、足場と共に落ちていく。


(【要塞:対地】は防御力に特化した形態じゃないけど……矢で撃ち抜かれたのは初めてね。こいつも馬鹿魔力じゃない)


いったいどれほどの戦力をこのテロに注ぎ込んでいるのか。

恋歌は呆れる。

今も落下中の恋歌だが、まだ余裕だった。

人のことを馬鹿魔力と評したが、恋歌ほどではない。

そして遠距離の撃ち合いは彼女の得意とするところだった。


路地裏から、再び光の矢が放たれる。

それは真っ直ぐに落下中の恋歌に進む。


「舐めんじゃないわよ!」


恋歌は手を突き出す。手のひらから放たれたレーザーが、矢とぶつかり合う。

そして打ち勝ったのは恋歌だった。

レーザーが真っ直ぐに路地裏を貫く。

だが、弓使いは間一髪で避けていた。


墜落した要塞の破片の上に、素の身体能力で着地した恋歌は、ふふんっ、と勝ち誇るように笑う。


「ワタシ相手に火力勝負なんて、バカね……次はどんな要塞を作ってやろうかしら」


魔力がある限り、恋歌の要塞は何度でも蘇る。

だが要塞を失い、弓使いに意識が向いたその瞬間が、恋歌が最も無防備な瞬間だった。

彼女の背後で、瓦礫が炸裂する。

恋歌が墜落したその場所は、斧槍使いが倒れた場所だった。


頭上の瓦礫を破壊し、這い出てきた斧槍使いは、恋歌を見据え、ハルバードを構える。


「うおぉおおおお!【加速】!」


(―――何で生きてるのよ!?)


斧槍使いが【光魔法】によって負った火傷は、到底助かるようなものではない。

死んでいるはずの者からの奇襲に、恋歌は対応できない。


(これは―――死んだわ)


恋歌の身体能力は高い。だがそれは、同じ魔法使いと比べればの話だ。

スキルを用いた近接型には到底及ばない。

その刃が首元へと迫る。

恋歌の首が胴体から離れる寸前、頭上から急襲した歪んだ短剣が、斧槍使いの手を切り飛ばした。


「―――なん、だと」

「死ね」


冷徹な殺意が乗った刃が、サイドテールと共に舞う。

斧槍使いは背後に跳ぶが、その胴体に二筋の剣線が刻まれる。

乃愛は斧槍使いを逃がさない。

素早く地を蹴り、懐に入り込むと紫のオーラを纏った足で蹴り飛ばす。


【重裂傷】、傷を重症化させ、出血させる冥層のスキルが発動する。

二本の傷跡がより深く刻まれ、激しく出血する。


「れんれん、セーフ」

「本、ッとうにギリギリだったわ……ありがとう、乃愛」


斧槍使いは、再び倒れる。

恋歌はその死体へと、【光魔法】を放ち、全身を蒸発させた。


「どしたの?」

「一度殺したのよ、あいつ……だけど生きてた。乃愛も気を付けなさい。こいつら、妙よ」

「ふぅーん、よくわかんなかったけど。ただの雑魚じゃ無いの?」

「油断しないの。それよりワタシたちは弓使いを片付けるわよ」

「りょーかい」


恋歌と乃愛は弓使いの対処に動く。

玲の援護には向かわない。玲を助けに行くものは決まっている。

2人は安心して、その場を離れた。


□□□


斧槍使いは死んだ。しかし竜巻は未だ健在であり、驚くことに鱗武は玲と一対一で戦い、未だに生きていた。

否、それどころか――――


「――――っ」

「ははっ、ようやく当たったな!」


鱗武と対峙する玲の脇腹には血が滲み、玲は傷を抑える。


(何で死なないのよ、こいつ……!)


玲は鱗武を睨む。

その頬にできた切り傷が、玲の見ている前で癒えた。

まただ、と玲は唇を噛む。

何度も傷を与えてきた。だがそのたびに、鱗武の傷は癒えた。


「………厄介なスキルね」

「はは、当然だろ!魔法は最強のスキル!お前みたいな力頼りの猿に太刀打ちできるようなもんじゃねえ!」

「その再生能力のことよ」


猿と言われたことに苛つきながらも、玲は冷静に質問する。

さきほどからずっとそうだ。

会話が噛み合わない。

玲は鱗武の言動についてもだが、その魔法についても違和感を感じていた。


(雑過ぎる)


恋歌という魔法使いを見てきた玲には分かる。

鱗武は魔法の制御が甘すぎる。

背後の竜巻もそうだ。生み出した風の制御が甘く、威力が散っている。

そうでなければ、玲と恋歌は初手で死んでいただろう。


(魔力頼りの三流のくせに、鬱陶しい!)


せめて【銀戦】があれば、と玲は手元の剣を見る。

装備は全て、【虹翅鳥こうよくちょう】との戦闘で破損した。

今の装備は【オリオン】から借りたものだ。

魔法への耐性が無いただの剣で、超級の魔法を受け流し続けた玲の技量はすさまじい。

だが、圧倒的な物量の前に、とうとう傷を負った。


「貴方、何者なの?東亜連国人?」


玲の質問はただの時間稼ぎだ。

玲は相手が質問に答えるとは思っていない。

だがその何気ない質問は、予想外の反応を引き出した。


「まあな。ちゃちな金貸しだったが、ある日、借金代わりに魔法のオーブを手に入れたのさ。まさに天命ってやつだ!」


男は悦に浸ったように大仰に手を広げ、叫ぶ。

それを玲は眉をしかめて見返す。


「……雑な作り話ね。あの国は軍人しか『オーブ』を使えないのよ。そんな貴重品、しかも魔法系の『オーブ』なんて、あなたから借金をするような人が手に入れられるわけないでしょう」


玲は冷静に、鱗武の話の違和感を指摘する。

だがその瞬間、鱗武の雰囲気は一変した。


「……………お前、何の話をしてるんだ?」


鱗武の瞳は、暗く濁っていた。

玲はぞっと背筋を震わせる。

先ほど激情を露わにしていた男とは思えない変わりようは、あまりに異常だ。


「まあいいか。そろそろ大人しくしてもらうぞ。お前には人質に―――え」


鱗武は、その首に感じた違和感に、声を漏らす。

手で首筋を触ると、そこには硬質で冷たい手触りがあった。

細長く、そして首に灼熱の痛みを発生させたそれは、短いボウガンの矢だ。


(気づけなかった、まるで)


急所を貫かれた鱗武は、あっけなく倒れ込んだ。


「湊、先輩?」

「悪い、ちょっと前に着いたんだけど、様子見てた」


【隠密】を解いた湊は、玲の元へと向かう。

そして傷口に回復薬をかけて治療する。


「―――っ」

「……結構深くやられたな」

「はい、厄介でした」


動けるようになった玲に手を貸し、湊は倒れ伏す鱗武を見る。

以前、【探知】で捉えた人影と同じであり、自分の家を襲撃した魔法使いだと気づく。


「こいつ、俺を襲った時は手加減してたのか?」


あの時は、一つのフロアを凍らせるぐらいしかしていなかった。

確かに強い魔法使いではあったが、恋歌クラスの魔法使いでは無かった。

湊が見ている前で、渋谷支部への道を閉ざしていた竜巻が消える。

巻き込まれていたビルや建物の欠片が落ちていく。


景色はすっかり変わっていた。

通りは荒れ果て、建物は薙ぎ倒され、何人もの人間が死んだ。


「………玲、とりあえず恋歌さんたちと合流しよう。まだ敵の残りもいる」

「ええ、そうですね。向こうの戦いは……終わったみたいですね」


大きな光の柱が立ち昇り、玲は戦いが終わったことを確信する。


「ま、だだ」

「「――――!」」


2人は倒れ伏した鱗武へと視線を向ける。

首に矢を生やしたまま、2人を睨むその瞳には、殺意がみなぎっていた。


(は!?急所だぞ!)

(―――っ、再生能力!だけど死んでいたのに!)


「ぅぁあああああ!!!」


鱗武は手を突き出す。

その手の平に、膨大な量の風と冷気が漂う。

鱗武は玲との戦いにおいても【風魔法】以外使わなかった。

それは二種の魔法を同時に使うコントロール力が無いからだ。

だが今は、制御は要らない。


凝縮された風と冷気が混じり合う。

玲は反射的に一歩踏み込み、鱗武を魔法の発動前に殺そうとする。


(間に合わ――――)


あらん限りの魔力を込めた二種類の魔法が解き放たれる。

冷気が風に混じり合い、周囲一帯へと極低温の嵐が広がった。

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