定まる心
「――――まじかよ」
サイラスは、珍しく呆けるような表情を浮かべ、窓から見える竜巻を眺める。
その竜巻に込められた魔力は、サイラスをして、臨戦態勢をとらせるほどのものだ。
それはつまり、あの魔法の使い手が世界でも有数の大魔法使いだということだ。
(東亜連国、だよな)
魔法使いは希少だ。
あれほどの魔力を誇る風魔法使いとなれば、候補者は数人であり、そのいずれでもないとすれば、一番怪しいのは東亜連国。
あの国は、ダンジョンを軍が独占し、スキルも軍人しか覚えない。
その性質上、強者が表に出ないのだ。
知名度のない超級の魔法使いにアメリカの躍進となりうるオーブの受け渡し時期の襲撃。
どう考えても東亜連国以外ありえない。
(オーブ一個のためにあのレベルの魔法使いを国外に出したのか?……いや、馬鹿かオレは!狙いはミナトシラキに決まっているだろうが!)
サイラスは東亜連国の本気を見誤ったと気づく。
これは、暗闘ではない。明確な破壊工作だ。
東亜連国は、湊やサイラスたちの予想や駆け引きを全て盤上諸共砕いた。
(――――あいつら、戦争する気かよ!?)
これは完全にボーダーラインを越えていた。
冒険者の命やその資産が狙われることは珍しくない。
以前、湊が狙われたような襲撃事件は、年に何度も起こっている。
襲撃者は、個人の冒険者や犯罪者、あるいは彼らを隠れ蓑にした組織や国家など様々だが、それはあくまで、特定の個人に対する攻撃であり、国家権力は決して表に出ることなくことを進める。
だが―――――
今もなお、成長を続ける竜巻はビルを飲み込み、瓦礫に変えた。
その破片が凄まじい速度で弾かれ、上階にいるサイラスの真横をガラスを突き破りながら通り過ぎていく。
吹きすさぶ暴風に、風音に混ざり聞こえる悲鳴。
これは紛れも無い都市に対しての攻撃であり、市民への虐殺であり、国家に対する侵略だ。
これほどの魔法の使い手、間違いなく『軍』の所属だとサイラスは確信する。
金で雇ったチンピラや犯罪者共とは違い、確かな国との繋がりがある軍人だ。
もしその身元が明らかになれば国際社会からの非難は免れないし、場合によっては戦争だ。
そんなリスクを背負い、手に入るのは湊を殺すことによる一時的な冥層攻略の停滞だ。
すでに湊が冥層攻略の手段を明かした以上、必ず後に続く者が出てくる。
メリットゼロ、デメリット極大の悪手にしかサイラスには見えないし、恋歌もそう考えたからこそ、今回の騒動に『軍』は関わってこないと確信していたのだ。
(理由は知らないが、それだけ邪魔ってことか?にしても、殺すにしても、引き抜き交渉ぐらいはしてからだろうに)
湊は、冥層のエキスパートと言える唯一の冒険者だ。
だが、冥層の情報を積極的に出しており、現時点で国家間のバランスを崩すほど危険な存在ではない。
湊を招きたいと思う国は多くても、殺したいとまで思う国は無いだろう。
生かしておけば、貴重な情報を出してくれるのだから、殺すメリットは少ない。
(何かがあるな。他国に冥層を攻略されたら困る理由……それでいてミナトシラキはいらねえとなると、東亜連国は独自で冥層を攻略する目論見でもあんのか?)
「支部長、どうすんだい?」
サイラスは、この場の責任者である中島に対応を問う。
中島はオーブ取引の責任者として、この場に来ていた。
その本心は、サイラスたちを見張るためだったが、この場にそれに気づくものはいなかった。
「―――――」
「おい!」
「ッ、すまない、何かね?」
「アンタの方針を聞きたいって話だぜ。お前らで対処できんのか?」
サイラスは呆れながら、そう言った。
敵は明らかに超級の魔法使い、それも街中で平気で大魔法を放つような狂人だ。
制圧が遅れれば、周囲一帯が消し飛んでもおかしくはない。
「アンタの要請があれば、オレらが片付けるぞ」
サイラスの言葉に、外交官たちに緊張が走る。
アメリカの冒険者であるサイラスたちの武力の行使は認められていない。
しかし、治安維持という名目で、迷宮管理局の支部長からの依頼という形を取れば、それも可能となる。
実際、サイラスたちは、他国の要請に従い、他国の氾濫の対処に動いたこともある。
『オーブ』を確実に手に入れるため。
その思いがないわけではない。
だが、他国とはいえ、助けられる命は助けたいと思っているのも事実だった。
室内の者たちの視線が中島に向く。
中島の表情は苦渋に歪んでいた。
まるで何かを天秤に乗せているように。
「……それには及ばない。我々で対処する」
だが結局、中島はサイラスの提案を拒絶した。
「そうかよ」
サイラスは明確に侮蔑の視線を中島に注ぐ。
サイラスの目には中島は、市民を見捨て、己の身の保身に走ったように映ったのだ。
迷宮管理局の役割はダンジョンの管理と冒険者の保護。
スキルを用いたテロや犯罪への対処は警察の仕事だ。このまま静観を続けても、中島の責任問題にならない。せいぜい、事前に警察の配置を変えたことが唯一の懸念点というぐらいだ。
「私はこれで失礼する。緊急事態につき、この部屋を出ないように」
それだけを言い残し、秘書もつけずに中島は廊下を進む。
行く当てはない。焦りが歩みの速度を速める。
サイラスは、中島が保身に走ったと思っている。
それは正解だが中島はサイラスが思うような理由で、彼の提案を断ったわけではない。
中島が恐れたのは、サイラスを派遣することで、東亜連国と完全に敵対してしまうことだ。
(これは間違いなく軍事行動だ……!邪魔をすれば東亜連国と敵対することになる)
湊を殺させないように立ち回る。それが中島の基本方針であり、いざとなれば本田たち局属冒険者に不明の手下たちを殺させるつもりだった。
だが、雇われの犯罪者を攻撃するのと、軍人であろう魔法使いに攻撃するのでは、向こうの捉え方が変わる。
軍人への敵対は、国への攻撃だ。
湊は殺さないという約束だった。破ったから攻撃して止めた、という言い訳は、対等な取引相手であった不明相手には使えても国相手には使えない。
今の状況の最善手は何か、思考を巡らせるまでも無く、中島は分かっていた。
――――何もしないことだ。
そうすれば湊は死ぬが、自分の立場は脅かされない。
(……いや、だが……これは国家によるテロ行為だぞ!私には確信がある、奴らは今回の事件を使い、私を脅すだろう!)
相手が今回の件をどう着地させるつもりなのかは分からない。
中島の目には、戦争すら厭わない強硬姿勢に見えるが、一つ確かなのは自分はテロに関わったということだ。
犯罪者とのかかわりなど、いくらでも誤魔化せるし、誤魔化せる範囲までしか不明とは付き合っていない。
だが、テロの関係者となれば、中島の権力では握りつぶせない。
警察はもちろん、国防省も黙ってはいない。そうなれば中島は獄中で謎の死を遂げるだろう。
相手は不明を介して中島と取引をしていたため、一方的にこちらを脅せる立場に立ったのだ。
静観するか動くか。どちらを選んでも、中島は黙って首輪をつけられるか敵対して首輪をつけられるかだ。
中島の脳裏に、不明の涼し気な顔が浮かぶ。
(そうだ、全てあの男の仕掛けた罠か!)
中島が【迷宮管理局】に来た当初、渋谷支部はすでに腐敗していた。
様々な勢力の者たちが、己の懐を肥やそうと、蹴落とし合っていた。
そんな渋谷支部の実権を握るのに苦労していた時、不明は中島に近づいた。
そして協力関係を持ちかけ、中島は不明の密入国のビジネスを援助し、不明は中島に武力を提供した。
他国から運ばれてくる使い捨ての犯罪者どもは、中島の政敵を排除し、渋谷支部の実権を握るのを大いに手助けした。
それも全ては、自身を肥えさせ、利用するため。
湊に向かうはずの刃は、いつの間にか自分にもその切っ先を向けていた。
永遠とも思えるほどの時間、後悔と怒りにさいなまれた頭で思案する。
そして中島は、大きく息を吐いた。
スマホを取り出し、本田へとかける。
『なんだぁ!?手短に頼むぞ!』
暴風に掻き消されないように、大声で叫ぶ本田の声が聞こえる。
背後では、悲鳴と、避難を促す局属冒険者の声がした。
どうやら本田たちは、逃げ遅れた人たちを助けることにしたようだと気づく。
「――――本田、東亜連国の者たちを討て」
通話の向こうで、本田が小さく笑った気配がした。
『………東亜連国が雇った犯罪者、じゃねえの?』
「もうそんな誤魔化しは通じないだろう。私は完全に嵌められた。だがこのままで終わらん、殺せるか?」
『無理だな、あの魔法使いは手に負えねえ』
「そちらは【オリオン】が片付けるだろう。お前は不明を殺せ。あの男の性格上、必ず仕事の成功を自分の目で確かめたいはずだ」
『それなら出来るが……サイラス共は動かさないのか?』
「………奴らも所詮は他国の人間だ。何と通じているのか分からん。余計なリスクは負いたくない」
サイラスが東亜連国に繋がっている可能性は低いが、側にいたパーティーメンバーまでは分からない。
何せ、日本のダンジョンの一つを管理する支部長の自分が東亜連国と繋がっていたのだ。
今、この場で信用出来るのは自分と東亜連国と敵対している忌々しい【オリオン】だけだと中島は考える。
そしてそれ以外は信用できないと切り捨てた。
「奴らはここに置いていく。向こうもサイラスがいる場所に攻撃は仕掛けないだろう。この場所は要塞として使える」
『なるほどな、守備兵代わりに使うわけか………なあ、中島ぁ、お前、官僚時代に戻ったみたいだぜ?』
「何をバカな。あの頃の私は人殺しなど指示せん。それに………」
『それに?』
「いや、何でもない。馬鹿なことを言っていないでやるべきことをしろ」
本田の戯言を切って捨てた中島は、通話を切り、外へと向かう。
(……私はもう政界には戻れん)
渋谷支部のロビーには負傷者や避難民が逃げ込んでおり、泣き声や悲痛な叫びで溢れている。
そんな中、高級スーツを身に纏う中島は酷く浮いていた。
「支部長!?どうしてここに、危険です!」
怪我人の治療に動いていた受付嬢は、中島に気づき、驚愕を露わにする。
彼女の知る中島は、冒険者の多いこのロビーに近づくことは無かったからだ。
中島は彼女を無視し、ぐるりとロビーを見渡す。
「おい、お前」
「は、はい」
「地下室に、怪我人から順番に収容しろ。それと備蓄も解放しろ」
「え、あれはダンジョンが【氾濫】した時のためのもので、勝手に使えるものでは――――」
「さっさとしろ!口答えなどするな!」
「は、はい~!!」
怒鳴られた受付嬢は、半泣きになりながら走っていった。
中島は小さく鼻を鳴らした。
(これだから馬鹿と仕事をするのは嫌いなんだ。さて、次は――――)
「聞け!冒険者たち!」
中島は、ロビーの鳴き声に負けないよう、大声を張り上げる。
数多の政敵を威圧してきた低く通る声は、呼びかけられた冒険者たちの意識を吸い寄せる。
「私は渋谷支部支部長、中島だ!この場にいる全冒険者に『依頼』を出す!現在、謎の敵戦力に襲われ、周囲は壊滅状態だ!君たちには市民たちの避難誘導を頼みたい!」
中島の声が響き、静寂が広がる。
ぽつぽつと囁くような声があちこちで上がるが、誰も動こうとはしない。
そんな中、冒険者の一人が前に出てきた。
「おいおい、あんな化け物とは戦えねえぜ?」
たくましい肉体に、血鉄の香りのする装備。中島の嫌う典型的な冒険者だ。
中島とは違った、武力という圧を持つ彼へと、中島は一歩踏み出した。
「戦う必要は無い。市民を逃がすだけだ。それに、君たちに拒否権は無い。明日も冒険者を続けたいならな」
「………ハッ、明日か。報酬は出るんだろうな?」
「当然だろう」
「なら文句はねえよ。………支部長っていうからどんなのかと思ったら、意外と悪くねえじゃねえか」
からりと明るく笑い、男は渋谷支部の外へと向かった。
彼に続くように冒険者たちも向かう。
どうやら彼はこの場の纏め役のような存在だったようだと中島は気づく。
その背に中島は小さく声をかける。
「………人を見る目が無いな」
中島は市民の救助だけを命じたが、外に出れば当然、敵戦力と遭遇する。
そうなれば必然的に戦う必要がある。
中島は言葉巧みに彼らを戦いに駆り出したのだ。
「………局員は避難してきた市民の受け入れ態勢を整えろ!」
「「「はい!」」」
局員たちは支部長の言葉に従い、動く。
スーツを脱ぎ、中島も自分の出来ることを始めた。
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