不明
「Yeaaaah!!オレが来たぜ!」
サイラスはたくましい腕を誇示し、己の存在を知らせる。
翻訳機を通して伝わる彼の言葉に、空港に集まっていたサイラスのファンも、叫びで答えた。
彼らの反応に気を良くしながら、サイラスは空港のロビーを進んでいく。
「始めてきたが悪くねえな、ジャパンも!」
「……まだ空港よ?調子に乗ってやらかさないでよ」
呆れた声音でサイラスを窘めたのは、彼のパーティーメンバーのティシア・レイモンドだった。
肩ほどで切りそろえたブロンズヘアに小さな背丈をした彼女は、西洋人形のように可憐で、多くの見物客の視線を引き寄せていた。
だがその肩には、物騒な武器ケースを背負っており、物々しい。
それでも、サイラスと比べれば、常識人だった。
「何でわざわざプライベートジェットで飛ぶのよ。目立つわ」
今回の『任務』で目立つことは、デメリットにしかならない。
サイラスほどの立場の冒険者なら、秘密裏に日本に来る方法はいくらでもあったというのに、彼はわざわざ一番目立つ方法を選んだ。
「オレたちが隠れたってミナトシラキたちの方が見張られてたら意味ねえだろ?なら目立った方が牽制になる」
「そう。考えているならいいわ」
目立ちたがり屋の性分が出たのではないかと懸念していたティシアは、一応納得した。
その素っ気ない態度に、サイラスも苦笑を隠せない。
「それより、トウキョウ観光だ!いやぁ、楽しみだぜ」
「バカじゃない?ワタシたちが自由に動けるわけないでしょう。立場を考えなさい」
「だよなぁ……」
サイラスも半分冗談だったのか、あっさりとあきらめた。
サイラスたちは、アメリカ所属の冒険者だ。
それも、トップに位置する一握りの強者だ。
もしも2人が暴れれば、小さな町ぐらいなら壊滅させることは容易いだろう。
現代において、冒険者とは一種の兵器だ。
アメリカ人の二人は、極端な話、暴れた後にアメリカ大使館に逃げ込むという手段を使われれば、日本の法で裁けない存在だ。
自国の冒険者とは警戒のされ方がまるで違う。
「お待ちしておりました、Mr.ディーン、Ms.レイモンド、こちらへどうぞ」
サイラスは、空港を出たところで黒塗りの車と一緒に待っていた黒服の男を見る。
流暢な英語で話しかけてきた彼は、サイラスの目から見ても、隙が少ない。
(外務省の外交官ってとこか、まったく、窮屈だぜ)
「はいはい、出迎えどーも」
「ありがとうございます。お世話になります」
対照的な返事を返しながらも、2人は素直に車に乗り込む。
向かう先は【ADS】が懇意にしている外国資本のホテルだ。
車両の周囲は、外交官たちを始めとした護衛の車両が走る。
2人にとって、護衛など必要ない。
むしろ邪魔なだけだ。
だが護衛たちの目的は、2人を守ることではない。
2人から国を守ることだ。
これは護衛という名の監視だと、双方とも理解していた。
「………あーあ、ホント窮屈だ」
理解しているからと言って、不満に思わないわけではなかった。
車窓から見える異国の景色が通り過ぎていく度に、サイラスの不満は溜まっていく。
落ち着きのない子供のようなサイラスへと、ティシアはちろりと窘めるような視線を向ける。
「油断しないで。何が起こるか分からないんだから」
「そりゃあいつものことだろ?」
(バカは気楽でいいわね)
緊張感の欠片も無いサイラスに、ティシアは心中でため息を溢す。
『オーブ』の受け渡しは明日だ。
もしものことを考え、自分たちの装備は持ち込んだ。
ダンジョン出現後、グローバル化という言葉は薄まった。
モンスターによる未曾有の被害を受けた国家間は、助け合いという言葉を忘れ、自国を守ることで精一杯だった。
また、魔素と魔力の出現により、戦車を素手でスクラップに出来る人間が存在するようになった。
その結果、貿易はともかく、人の移動には厳しい制限がかけられるようになった。
今回のように、冒険者、それも下層以下で活動する冒険者が他国へ出向く場合は、監視が付くのが当たり前であり、武器の持ち込みなど当然不可能。
しかし、2人を日本に送り込んだ【ADS】長官、ロナウド・ベッツはあらゆる権力を使い、不可能を可能とした。
その意味が分からないほど、ティシアは愚かでは無かった。
□□□
こつこつと、軽く規則的な音が部屋の主の意識を刺激する。
うたた寝していた男、中島量吾は、眠気を吐き出すように大きく息をし、「入れ」と短く答える。
扉が開くと大量の書類を抱えた局員がいた。
その様子を見て、中島は舌打ちをしたくなったが、黙って書類を受けった。
しばらく、書類にサインする音だけが部屋に響く。
紙を捲り、自分の名前を書いていくだけの作業。
既にすっかり慣れてしまった、【迷宮管理局】に出向させられた時は屈辱に思っていた業務だ。
(まったく、今の時代に紙にペンでサインとは……文房具屋の陰謀か?)
八つ当たりじみた妄想を始めた辺りで、すっかり集中力が切れたと自覚し、ペンを置く。
気晴らしに、テレビをつける。
丁度、夕方のニュースをしていた。
映っているのは、空港、今日の昼頃だ。
その映像には、たくましい肉体を誇り、来日したハリウッドスターのような笑みを浮かべる異国の冒険者の姿があった。
いや、ように、ではなくまさしく『来日』程度の意識で来ているのだろう。
その行動が何を意味するのか分かっていて。
(――――クソっ!あのサイラス・ディーンを他国に送るほどの重要な品……私の手元にさえあれば……!)
テレビに映るその光景は、自分に従わなかった奴らを思い浮かばせた。
(橋宮め……私の邪魔ばかり!いや、そもそも南玲さえいなければあの日に―――)
彼の企みを崩し続けたのは、すべて【オリオン】だ。
(日本一などともてはやされようと、所詮は冒険者の寄り合い。これから何が起こるのか、まるで理解できていない……!)
中島は乱暴にリモコンを手に取り、テレビを消す。
サイラス来訪の解説をしていたキャスターの言葉が消え、室内には静寂が戻る。
だが、中島は違和感を覚える。
カーテンの金具が窓枠に当たり、カタカタと鳴っていた。
振り返ると、執務机の奥の窓が開いており、外から吹き込む風がカーテンを揺らす。
その風の冷たさに、中島は背筋を震わせた。
『――――れの目的は、『オーブ』の引き取りでしょう。それだけアメリカが――――』
「ニュースは、サイラス一色ですね。いやあ、流石のカリスマです」
気付けば、テレビがついていた。
そして、何度か会話を交わしたことのある男の姿がテレビのすぐ前にあった。
驚き、悲鳴を漏らしそうになった中島は、歯を噛み締め、じろりと彼を睨む。
「………
連絡も無く、殺し屋のように忍び寄ってきた男に、中島は怒り交じりの皮肉を投げかける。
「申し訳ない、今の情勢下では表立って動けなかったので。ですが、貴方のためを思ってです、中島様」
男は、鈴を鳴らすような声音で弁明する。
彼は、同性である中島から見ても嫉妬するほど美しかった。
長い黒髪は艶やかで、結っていても腰ほどの長さがあった。
暗く、光沢が薄い瞳はいつ見ても楽しそうに弧を描いており、中島は彼のその不気味な瞳が苦手だった。
男は名を、「
彼は運び屋であり、その商品は人間だ。
主にアジア圏から人材を密輸入させることを生業としており、中島は何度か彼の仕事の便宜を図っていた。
今、東京は明日の『オーブ』の引き渡しのため、厳戒態勢だ。
彼のような後ろ暗い人間は、自由には動けない。
彼が中島のような立場のある人間と会おうと思えば、侵入するしかないというのは、確かにその通りだった。
それでも、出し抜かれた憤りは消えない。わざとらしくため息をついた。
「なぜ私の所に?」
「明日の取引の件ですよ。あなたの管理するダンジョンから取れた『オーブ』が明日、この地で売却されるのです。支部長として、あなたも鼻が高いのでは?」
「……皮肉はやめたまえ。私も本意ではない」
中島としても、あの『オーブ』がアメリカに渡るのは嬉しい話ではない。
中島は、【状態異常適応】を交渉材料にしようとしていた。そしてその相手は、アメリカでは無かった。
「そんなつもりはありません。ただ……私も依頼を受けている身、何もしないというわけにはいかないのです」
中島は知っている。
不明は運び屋という仕事で培った人脈を使い、後ろ暗い仕事を引き受け、人材を派遣している犯罪の『仲介屋』でもあると。
中島の取引相手との縁も、不明が持ってきたものだった。
「私に何をしろと?」
「明日の警備には、局属冒険者も動くとか。あなたであればその配置をいじり、空白地帯を生み出せるのでは?」
警備に穴をあけ、彼が何をするつもりなのか。
それは明白だった。
「私がどうして協力すると?」
「……今回の件はあなたの失態でもあります。これは、失態を挽回する機会ですよ」
失態、そう言われ、中島は明確に顔をしかめた。
中島は、あの『オーブ』を東亜連国に渡すと約束をしていた。
東亜連国は大国だ。日本の政治家、それも中島の古巣である外務省へも影響力を持っている。
中島はオーブの対価として、自身が政界に戻るための後ろ盾になってもらうつもりだった。
だがその目論見も、『オーブ』が手に入らないことでとん挫し、相手からの印象は最悪だろう。
「………いいだろう。ついでに警察共も離してやる」
結局、中島は不明の提案を許諾した。
不明は、にこやかに軽く手を叩いた。
「よかった!私も依頼主からせっつかれてまして。いやあ、払いがいいからと言って、『仲介屋』風情が欲を出すモノでは無いと後悔するところでした」
中島は、白々しいその様子に冷めた視線を送りながらも、「だが」と力強く言葉をつづけた。
「だが、白木湊の殺害は諦めてもらう。彼は日本の資産だ」
「もちろん、弁えております」
「ならよかった。そこで提案なのだが……」
「提案?」
「君たちが白木湊から『オーブ』を奪った後、殺さずに撤退するいいわけが必要だろう?それを私に任せないかね?」
「……つまり、あなたの手勢が助けに入る、と?」
「そうだ。局属冒険者を動かし、戦力差を悟った君たちは逃げる。当然、彼らは私の部下だ。君たちを逃がす役割も担う」
それは、不明にとっても悪くはない提案だった。
そして、中島にとっても湊に恩を売る機会になる。
不明は視線を細め、小さく頷いた。
「では、そうしましょう」
「ああ、交渉成立だ。君の依頼主にもよろしく伝えてくれ」
含みのある言い方をし、中島と不明は握手を交わした。
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