波乱と来訪

『なになに?何が起こった?』

『光の後、何も映らんやん』

『ねぇ、めっちゃ静かになったけど、2人死んでないよね!?』

『分からん、カメラ埋もれてるっぽい?』


「――――、ぁ、の辺―――」


僅かな声をドローンカメラがとらえる。

その後、瓦礫の中からドローンカメラが掘り起こされた。


『おぉおおお!生きてたぁ!!』

『よかったぁ』

『死んだかと思ったぞ……』

『めっちゃ傷だらけじゃん』


「一応回復薬は飲んだから大丈夫」


ダンジョンの素材から作られた回復薬は、既存の薬とは一線を画す効力があり、骨折ぐらいならすぐに癒せる。

それでも、全快とはいかないが、死にはしない。


『景色変わり過ぎだろ……』

『倒せてる!!』

『玲ちゃんどこ!?』


「玲は、あっちだな」


湊は、【探知】で捉えた玲の元へと向かう。

彼女は、【虹翅鳥】の死体の上で倒れていた。

あおむけでも存在を主張する双丘は、呼吸と共に上下している。

黒い双玉の瞳は、静かに伏せられていた。


「生きてるか?」

「………なんとか」


湊が差し出す最後の回復薬を受け取り、玲は最低限の体力を取り戻す。


「でも、ぼろぼろです」

「見たまんまだな……とりあえず、これ持っとけ」


湊は【頑鉱の鉈】を渡す。

【銀戦】とは比べられない質の武器だが、無手よりはマシだろうという判断だ。


『討伐おめでとう!』

『すげえ!!!』

『これがいる【天晴平野】ってなんだよ……』

『冥層のモンスターってどいつも化け物染みてるけど、こいつは桁外れだったな』


「まあ、大変なのはこれからだけどな」


湊は足元の【虹翅鳥】を死んだ目で見る。

何のためにモンスターを討伐したのか、それは素材を得るためだ。

これから二人でこの馬鹿でかいモンスターを解体しなければならない。


(食料も水も無くなったし、帰りのことも考えると……憂鬱だ)


湊は深い溜息を吐いた。


□□□


その日は、激動の一日であった。

数多の衝撃的なニュースが重なり合い、巨大な波となって世界を駆け抜けた。

ひとつ目の事件は、白木湊、南玲による、【天晴平野】のモンスターの討伐だ。

白木湊により、冥層の全容が明らかとなった数週間前の『南玲遭難事件』、それは冥層という環境の険しさとそこに住むモンスターの凶悪さを知らしめた。

しかしながら、それから数度の配信を経て広まった、冥層から得られるスキルの性能の高さ、強力な素材は、数多の冒険者たちの欲望を惹きつけると共に、彼らの心に楽観を抱かせた。


冥層のスキルさえ手に入れば、あの素材でできた武器さえあれば。

冒険者にとって装備を更新し、スキルを手に入れ、下層へと挑戦することは、日常だ。

冥層もどれだけ遠くても、そうした先にあると思い込んだ。


だが今日、配信された【虹翅鳥】は、彼らの常識のモンスターとは一線を画していた。

冥層のエキスパートである白木湊と、世界最高の剣士とも呼ばれる南玲が命を懸け、ようやく一体狩れるほどのモンスター。

その存在は一部の冒険者の心を折るとともに、多くの冒険者たちに火を付けた。

白木湊、南玲のチャンネル登録者はさらに増加し、両者とも1000万人を超えた。

2人の偉業は、確かな熱となって、冒険者たちを駆け抜けた。


それと同時に、富田迅太率いる【雷牛の団】が、冥層の探索を成功させたことを発表した。

それは、白木湊に続く、2組目の冥層の到達であり、その功績を支えたのが白木湊の提供した情報であることは明白だった。

【雷牛の団】という長らく日本を守護してきた信頼のあるクランの冥層進出というニュースの前に、湊のゴシップは影を薄めていった。


そして三つ目は―――――


□□□


巨大な【虹翅鳥】を二人で何とか解体し、くちばしや爪、羽や『オーブ』をすっかり中身が軽くなった【物体収納】に詰めた俺たちは、地上へと帰還した。

疲れ切っていた俺たちは、『オーブ』の確認すら後回しにし、無言で地上へと向かった。

その様子は『冥層アンデッド』という名でトレンドに乗ったらしい。

ふざけんな……。


その翌日、俺は、大学に来ていた。

今日は月曜日、全く疲れは取れていないが、一限から講義があるため、仕方がない。

流石に電車に乗って来る余裕はなかったので、【オリオン】の運転手の人に送ってもらった。

正門前に黒い高級車で乗り付けるのは目立ったので、次からはやめようと思った。


とは言っても、玲を助けた時ほどの注目ではない。

数週間も経てば、初めのような熱狂感はない。

こそこそと噂話もされるし、盗撮する奴もいるが、ようやく落ち着いてきたというところだ。


同じ講義をとっている優斗と班目さんと一緒に講義を受けた後、学食で昼食を終えてから、迎えに来てくれた車に乗り込んだ。

行き先は【オリオン】事務所だ。

相変わらず広大な敷地を越えていく。

野外の訓練場には、所属冒険者たちが訓練に励み、遠目からでもその様子がうかがえる。

……でっかい氷の柱がある。雪奈がいるな。


事務所の会議室に入ると、そこには玲がいた。

学校終わりらしく、制服姿だ。

白い清楚なブラウスにスカートから覗く黒いタイツに包まれた足は、しなやかで見惚れそうだ。

……前からずっと思っているが、どうして大学生の俺より時間の融通が利くのだろうか。


「じゃあ、始めるか」

「そうですね。昨日、中途半端に終わってしまったので」


今日はダンジョンには潜らない。

成果物の確認をするだけだ。

いわゆる雑談配信という奴なのだろうか。

玲が配信の枠を取っていたので、今日は俺の方では配信はしない。

配信を始めてすぐ、視聴者は増える。


『お、室内スタート?』

『よっしゃあ!!玲ちゃん制服姿ぁ!!』

『タイツとは分かっているな』

『眩しいなぁ、黒いけど』

『制服見ると、まだ高校生なんだなぁ、って思うわ』

『ふふふ、拙僧の好みど真ん中ですぞwww』

『ありがとうございます』


「今日は昨日できなかった『オーブ』の確認をします」


きもいコメントを全無視して玲は進行する。

久しぶりだが強烈だな、玲ファン。


「じゃあ、出すぞ」


俺は会議室の床に、最大サイズの【物体収納】を取り出す。

中には、輝くような羽が入っていた。


『おぉ、これが【虹翅鳥】の羽かぁ』

『こっちの配信、早々に切れたからなぁ』

『しゃあない。攻撃が直撃したもんな』


「後は結晶の木と鉱石が何個かとモンスターの素材、それとこっちが『オーブ』だ」


素材系は今はどうでもいい。

視聴者が見たいのは、『オーブ』だろう。

『オーブ』は袋にひとまとめにしており、盾にした時も無事だった。

【削岩虫】のオーブ3つ、【鉄針鼠】のが1つ、そして【虹翅鳥】のが1つだ。

過去最大の戦果と言えるだろう。


「じゃあ、まずは【削岩虫】からだな。翻訳頼むぞ」


『全部こっち任せで草』

『楽すんなよ笑』

『大本命は最後ね、了解』

『まず一個目、【粘土化】だって』

『はい、また新種』


「………【粘土化】、石を柔らかくしてから食べてたからか」

「まあ、納得ですね」


効果は何となく予想がつく。

地形に干渉できるスキルは、外れが少ないから高値が付きそうだ。


「………残りも同じっぽいな」


俺は【削岩虫】のもう一つのオーブの文字を見比べる。


『そうだな、同じだ』

『1種類しかオーブ無いっぽいな』

『セット売りできるのはいいな。高く売れる』

『なんで?』

『効果確認用と使う用ってことよ』


まあ、使わないな。

ちなみに今回も新発見の『オーブ』は全て売却予定だ。


「じゃあ次は【鉄針鼠】だな」


このモンスターは、何体か討伐したのだが、回収できたのは最後に倒した一体だけだった。

『オーブ』は一つしかないが、このオーブには期待している。

戦い方からして、射撃系のスキルを落としそうだからだ。


『……【回転】だな』

『おぉ、大当たりじゃん!』

『クソレアじゃーん』


「まじか……!」


俺も僅かにテンションを上げる。

このスキルのことは俺も知っている。

【射撃軌道操作】を手に入れる前、弓を強化できるスキルを覚えたいと思い、色々と調べていた。

【回転】は候補の一つだった。


「あまり知らないのですが、どういったスキルなんですか?」

「【回転】は触れたものを回すことが出来るスキルだよ。熟練度が上昇すれば、触れてないものも回せるようになって、射撃の強化にも使えるんだ!」


『おっ、珍しく湊さんがスキルに詳しい』

『確か【回転】使う有名なイギリスの冒険者がいたよね』

『いたなー、モンスター引きちぎってた動画ばずってたよね』

『近接戦にも遠距離戦にも使える万能スキルだ。今んとこイギリスのダンジョンでしか取れないし、確か輸出制限もされてるからイギリス国籍取るか、特殊なルート使わないと手に入らない』


輸出制限されているということは、それだけ有用だとイギリス政府が認めているということだ。


『どうする、覚える?』

『ワクワク……』

『配信者なら、ねぇ?』


「………いや、別に配信者意識は無いから、即答はしないけど」


『迷い中ではあるんだ』


「あんまり魔素許容量残ってないからなぁ」


今でもすでに【探知】【隠密】【物体収納】【射撃軌道操作】を覚えているのだ。

【物体収納】以外は容量が少なくて済むスキルだが、俺の身体能力と相談して決める必要がある。


「【付術具】にするっていう選択肢もありますよ。狩るのは難しくありませんから、【付術具】で使用感を確かめてからっていうのもありです」


『なんて贅沢な……』

『【オリオン】なら【鍛冶】スキル持ちとも接点あるよな』

『でも億掛かるだろ?』

『冒険者なら小金だろ』


「んー、とりあえず保留。じゃあラストの大本命行くか」


『保留かぁー』

『きちゃあぁああ!』

『馬鹿強鳥の『オーブ』!』

『格が違う感あるな』


「正直、どんなスキル落とすか予想できないんだよな」


『こいつも射撃系落とすんじゃない?羽飛ばしてたじゃん』

『自分が弾丸になるスキルと見た』

『―――決め台詞はLast Bullet Is Mineで』

『クソダセえ』


『【極光付与魔法】だって』


わいわい騒ぐコメント欄に混じって、ぽつんとスキル名が流れた。


「「【極光付与魔法】?」」


俺と玲の言葉が被る。

魔法だったのも意外だが、その文字面も意外過ぎる。


「それ、誤訳じゃないですよね?」


『玲様しらっとした目向けないで?』

『ジト目ありがとうございます』

『湊先輩の前で誤訳なんて恥だから俺達をきつく締め付ける玲様ありがとうございます』


「そ、そんなんじゃないです……!」

「まあ、強烈な字面だよな」


【風】【氷】【火】【雷】といった魔法は知っているが、【極光付与】は斜め上過ぎる。

何が出来る魔法なのかまるで分からない。


『え、てか何気にやばすぎない?』

『うん、めっちゃやばいな、新魔法だし』

『ただでさえ数が少ない魔法に新種が出たか』

『ぜひぜひわが社で研究を!』

『企業さんも大興奮で草』


「………めっちゃ強いか、地雷かの二択だな」


『分かる。なんていうか、間飛ばした感じが凄い』

『使いこなせ無そう』


ここに来て一番の問題児の登場に、微妙な空気になる。

とりあえず、一通りの『オーブ』を見たので、そろそろ配信を終わろうかとした時、コメント欄の流れが早くなった。


『――――オーブ落札されたぞ!』


そのコメントに、俺も玲も押し黙る。

それは緊張からきたものだった。


「………今日だったか」


今日は、【状態異常適応】のオークションの終了日だった。

アメリカと東亜連国が競い合うように値を吊り上げ続けていた『オーブ』であり、世界で初めて、公的に売買されることになる冥層のオーブである。


「落札者は?」


『アメリカの【ADS】が落札した。額は、24億6500万円』


ひとつのオーブに付けられた額としては異常であり、それだけアメリカの本気が窺える。

そして『オーブ』の引き渡しには、一波乱あるだろうと、俺達のみならず、視聴者も薄々と予感していた。

そして翌日、羽田空港に、アメリカ最強の冒険者、サイラス・ディーンが到着したとメディアによって大々的に報じられた。

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