極光の星
不遜な侵入者に対する【湧石の泉】の王の返答は、爆撃であった。
翼による羽ばたきにより巻き起こる暴風に、巨大な金属の羽が幾本も混ざる。
それは重力と風に押され、凄まじい速度で宙を切り裂き、地面へと突き刺さる。
それは、【
巻き上げられた土煙が、窪地を覆い隠す。
爆撃を行った【虹翅鳥】は、必殺を確信し、王者の叫びをあげる。
その声は【湧石の泉】中に広がり、モンスターたちはさらに逃走の足を速めた。
悠々と窪地に降り立とうとした時、【虹翅鳥】は土煙を切り裂き、飛翔する矢に気づいた。
それを見て、【虹翅鳥】はただ、羽ばたいた。
それだけで矢は推進力を失い、落ちていく。
【湧石の泉】に住まう【
そして、先んじて放たれていた【隠密A】により不可視となった矢が、空中で切り返し、眼球へと迫ったことに気づけなかったも、当然だ。
左目に感じた鋭い痛みに、【虹翅鳥】は悲鳴を上げる。
視界が歪み、一時的に平衡感覚が失われる。
その結果、【虹翅鳥】は頭から窪地に墜落した。
矢を放った湊は、全身に傷を作っていたが、小さく笑みを浮かべた。
(―――何とか避けきれたな)
【探知】を使うことで、羽の軌道をいち早く察知し、素早く羽の弾丸の隙間に身を滑り込ませた。
それは、冒険者としての身体能力と、長い間冥層で培った勘と経験が成した奇跡だった。
とはいえ、直撃は避けたものの、砕けた石の散弾を受け、ダメージは深い。
もう一度、羽の爆撃が来れば、先ほどのような避け方はできないだろう。
奇襲で地上に引きずり下ろした今が、最初で最後のチャンスだった。
土煙を盾に、【隠密】で姿を【虹翅鳥】から隠した湊は、矢を放つ。
矢は、複雑な軌道を描き、【虹翅鳥】へと迫る。
【虹翅鳥】にとってそれは、自身の左目に謎のダメージを発生させた前兆。
大きく羽ばたき、羽を飛ばし、撃退した。
矢は一瞬で砕け散り、羽は轟音を立てながら空気を切り裂き、窪地の奥へと着弾した。
遠くで、地面が削られる爆音を聞きながら、湊は場所を変える。
【虹翅鳥】の視線が矢の発射地点に向いていたからだ。
だがそれは、湊にとっては狙い通りであった。
湊へと向いた【虹翅鳥】の横顔へ、完全な死角から玲が飛び乗る。
湊は、死にかけながら爆撃を躱した。
しかし玲は、完璧に躱しきっており、その身体に傷一つない。
万全の状態の玲は、渾身の斬撃を首筋へと叩き込む。
だが、その一撃は、首元の羽を砕いたのみであり、その肉にまで届かなかった。
舞い散る虹色の羽の中、玲は白銀の欠片を視界にとらえた。
その事実に何かを想う暇も無く、玲は頭を振った【虹翅鳥】により、弾き飛ばされる。
「玲―――――!!」
地面に叩きつけられた玲に、聞こえていないと分かっても、湊は咄嗟に叫ぶ。
玲は立ち上がり、額から垂れた血を力強く拭った。
その手に持つ【銀戦】の刃こぼれは、戦闘前よりもひどくなっていた。
『おいおいおい、マジか!』
『玲様が怪我してんの、湊と会った時以来だろ』
『撤退しないの!?』
『死なないで!』
コメントでは、玲を心配するコメントが溢れるが、2人にはそれを見る余裕などなかった。
【虹翅鳥】は、忌々し気に唸りながら、玲を睨みつける。
それでも羽による爆撃を行うことはなかった。
湊はその事実に小さく舌打ちをする。
(意外と賢いな、鳥のくせに)
真上からの爆撃でなければ、玲の影に隠れることで羽の攻撃をかわすことが出来る。
そしてまた、土煙に紛れ、奇襲できた。
だが【虹翅鳥】はそれを警戒していた。
代わりに【虹翅鳥】は、大きく翼を広げ、空へ飛び立った。
(………潰れてなかったのか!?)
湊は、先ほど潰したはずの左目を見る。
血は流れているものの、その眼球は無事だった。
すでに、視力は取り戻したのだろう。飛ぶには問題ない様だ。
(クソっ、スキル込みで眼球ひとつ潰せないのか……!)
冥層のモンスターでも、眼球に当てれば、脳まで貫けた。
それでも、【天晴平野】のモンスターは別格だった。
無防備な眼球への攻撃であっても、一時的に視力を奪うことしかできない。
湊達の作戦は、【虹翅鳥】を地上に引きずり下ろし、玲が奇襲で仕留めるところまで。
再び空へと飛び立った以上、湊の射撃は二度は通用しないだろうし、玲の攻撃は届かない。
「玲、撤退だ」
湊は、玲の側まで近づき、触れることで、玲に対する【隠密】のみ解除し、そう伝える。
これ以上は死闘になるという判断だ。
【虹翅鳥】は、絶対に討伐しなければならないという相手ではない。
道中、討伐した【削岩虫】や【鉄針鼠】の素材や採取した鉱石を使えば、装備の更新には十分だ。
【虹翅鳥】や結晶の木が無ければ、質は劣るだろうが、最低限、冥層で通用する装備にはなる。
「待ってください」
だが玲は、【虹翅鳥】を真っ直ぐに睨みつけ、そう言った。
その瞳には、あらん限りの戦意が込められ、【銀戦】を握る手は固く閉ざされている。
「私が、討伐して見せます」
「……玲、無理だ。あいつはもう油断しない。深追いすれば死ぬぞ」
『そうだよ、何言ってんの!?』
『玲ちゃん、冷静になって!』
『撤退しろ!』
『まだ早かった。準備整えてからでいいって』
コメント欄も、すでに討伐は諦めている。
湊の配信には、冒険者も多い。その意見は、正しく、そして冷静だった。
「分かっています、退くべきだということも。それでもあと一回だけ、挑戦させてください」
普段は冷静で賢い玲の、感情的で非合理的な言葉。
湊はそこに、玲の譲れない決意を見た。
「~~~~!分かった、出来る限りサポートはするから絶対に死ぬなよ」
「いえ、湊先輩は先に逃げていてください」
「馬鹿言うな、置いて行けるか」
話し合う時間など無い。
玲が何を思い、闘いを求めたのかも分からない。
だから湊は、自分よりも強者である玲の言葉を信じることにした。
お互いに言いたいことを言い切り、湊はボウガンを構える。
【虹翅鳥】は、完全に玲に視線を定めている。
見失った湊のことは、意識はしているが、いないも同然と考えている。
とはいえ、もう一度羽で爆撃を行えば、それに紛れ、何かをするかもしれない。
それは自分を殺す毒になるだろう。
かといって、地上で戦えば、あれは容易く自分の首を刈ると分かっていた。
そう本能で思い至った【虹翅鳥】が取った攻撃手段は、あまりにも愚かで、そして【湧石の泉】の王としての誇りに満ちたものだった。
【虹翅鳥】は天高く飛翔する。
ダンジョンの天井際まで昇ると、そこで体を回転させ、そして、羽ばたいた。
「――――なんっ」
見たことのない【虹翅鳥】の攻撃に、湊は思わず声を漏らす。
その姿は、まるで一本の矢であった。
巨体と輝く羽毛が合わさり、まるで隕石のように空を照らす。
玲は心配そうに自身を見る湊をちらりと見て、【虹翅鳥】に視線を戻す。
自分の願いがただの我儘だと分かっている。
それでも、玲は自分がこんなモンスター1匹に勝てないと湊に思われるのは嫌だった。
(【虹翅鳥】に勝てない私に先は無い……)
自分には、剣しかないと玲は思っている。
湊のような索敵能力も無ければ知識も足りない自分にできることは、敵を斬り滅ぼすことのみ。
それが出来なければ、湊の側にいる資格はない。
それは、どんなことよりも苦しいことだった。
極限まで圧縮された思考の中、【虹翅鳥】以外の姿が意識から消える。
不思議な感覚だった。羽の一本一本の動きまで見ることが出来た。
そして玲は飛び上がった。
空を白銀の剣閃が貫く。それは真っ直ぐに、墜ちていく【虹翅鳥】に向かう。
瞬きほどの間も無い一瞬の交差の後、【虹翅鳥】は窪地に着弾した。
ドローンカメラは、極光で満たされた。
それは結晶の柱が、【虹翅鳥】の体当たりにより砕けたことにより発せられた魔力の輝きだ。
魔力の奔流を受けた【虹翅鳥】の肉体にも深いダメージを刻みながらも、その一撃は【湧石の泉】の山頂を、粉砕した。
【虹翅鳥】は、その巨体を維持するため、豊富な魔力と質の高い結晶を必要とする。
【虹翅鳥】は、【湧石の泉】の結晶の木が無ければ、生きることはできない。
それを己の手で破壊した今、【虹翅鳥】は、結晶の木が再生するまで生き延びることはできない。
遠からず、【虹翅鳥】は餓死する。
それでも、気高き極光の怪鳥は、敵の手にかかり、討ち取られることを厭うたのだ。
瓦礫を押しのけ、姿を現した【虹翅鳥】の輝きは、見る影も無く陰っていた。
そしてその左目には、半ばから折れた【銀戦】が突き刺さっていた。
湊の射抜いた傷をなぞるように突き立てられた刃は、完全に視力を奪い、しかし命までは届かなかった。
後ほんの少しで己が討ち取られていたという事実に、【虹翅鳥】は戦慄し、そして安堵した。
痛みで散乱となった意識に、安堵という感情。
その意識の隙間を、狩人は待っていた。
淀んだ空気を切り裂き、矢は飛翔する。
残った右目へと殺到する矢のほとんどを反射的に頭を動かし躱すものの、ダメージの深い肉体は言うことを聞かず、攻撃を全て避けきることはできなかった。
以前の焼き直しのように右目に吸い込まれた矢により、視力が失われる。
【虹翅鳥】は、完全に光を失った。
「ようやく隙を見せたな、馬鹿鳥」
湊は窪地の外、湊は足を引きずりながらも、【物体収納】の箱の背後からボウガンを使い、右目を狙った。
【物体収納】、それは異空間から箱を取り出し、その内部に物を格納できるスキルだ。
取り出す箱は、物質ではない。だが、触れることもできるし、取り出し方によっては障害物としても使える。
とはいっても、無敵の盾ではない。
強い衝撃を受ければ砕ける。だが、今は、その中に【湧石の泉】で採取した鉱石を大量に入れていた。
それが、クッションとなり、瓦礫から湊を助けた。
咄嗟に窪地から飛び降りたのも、湊の命を助けた。
持ってきたアイテムのほとんどは壊れたが、命には変えられないと諦めた。
「――――最低限のサポートはしたぞ、玲」
湊は、【探知】に映る小さな影へ向けて、声をかけた。
【虹翅鳥】の左目を潰した後、交錯の衝撃で窪地の上空へと飛ばされた玲は、失っていた意識を取り戻す。
聴覚を占める風音に、全身に叩きつけられる風圧。
絶え間なく移り続ける視界は、自身が空中にいると知らせてくる。
手には、半ばから折れた【銀戦】。
打ちなおしてから数週間で破損させた自身の相棒を申し訳なく思いながらも、力強く握りしめる。
(最後に、もう一振りだけ耐えて)
瓦礫の山と化し、変わり過ぎた風景の中、玲は痛みに呻く【虹翅鳥】の姿を捉える。
そして勢いのまま、剣を【虹翅鳥】の左目に突き刺す。
甲高い悲鳴が轟く。
振り落とされないよう、【虹翅鳥】の羽を掴む。
「――――っ、あぁあああああああ!!!」
握った手は、鋭利な羽により、切り裂かれ、血が流れるが、そんなことを意識する暇はない。
力任せに剣を押し込み、そして柔らかな脳を抉った。
最後に力なく震えた後、【虹翅鳥】はその巨体を横たえた。
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