虹翅鳥

降り続ける雨が、黒い岩の隙間を流れていく。

山頂は、晴れることのない雨雲に覆い隠されており、その様子は窺い知れない。

だが玲はそこから何かを感じるのか、しきりに山頂を警戒していた。


(7分目、随分登ったけど、やっぱり厄介だな)


俺はふもとの方を見る。

俺の視線に反応し、ドローンカメラも麓を映す。


『おぉー、きれい』

『絶景だな!』

『見て、湊。あそこが私たちの家じゃない?』

『ほんとだー、撥水森が見えるねぇ(湊)』


「勝手に俺と母親名乗らないで?あとログハウス家じゃないから」


高い所に来た親子ごっこを始めたコメント欄は気楽なものだ。

眼下の景色に見惚れるコメントも多い。

だが絶景ということは、見晴らしがいいということ。

それがこの【湧石の泉】の厄介なところだ。

上から見れば、黒い地面に浮かび上がる俺達の姿は丸見えだ。


【隠密】で隠れながら進むというのも不可能ではないが、見つかった場合は、大量のモンスターを引き連れながら下山する羽目になるため、俺もあまり探索に来たことはない。

そして何よりも、モンスターが硬すぎるのだ。


「針注意!」


飛来する物体を探知した瞬間、俺は叫ぶ。

玲は振り向きざまに【銀戦】を振るい、針を全て叩き落とす。

俺も何とか【頑鉱の鉈】で一部の針を防ぎながら、【探知】頼りで針を躱す。

玲は全く体勢を崩さずに、追撃に備え、俺は何とか転ばずに済んだものの、よろめく。

咄嗟の対応だけで戦闘経験の差が如実に出た。


「―――っ、またですか」


玲は忌々しく小さく鳴く大きな鼠を睨む。

その鼠は、全身に鉱石の針を生やしていた。

先ほど飛ばした針もすぐに生え変わった。


鉄針鼠ストライク・マウス】。先ほどから何度も遭遇しているモンスターだ。


「群れの網にハマったな……」


【探知】にも【鉄針鼠ストライク・マウス】の姿が数十メートルおきに見える。

鉄針鼠ストライク・マウス】は、群れで動くモンスターだ。

個体ごとの攻撃範囲が広いため、一定距離を保ち、進行方向の生物を効率的に狩り取り、喰らう。

上空から見れば、囲碁の盤面のように見えるだろう。


鉄針鼠ストライク・マウス】は身体を震わせる。

何度も見ていた玲は、それが針射出の前兆だと気づく。

そして、足場を砕くほどの踏み込みで、間合いを潰す。


「―――――ふっ!」


両手で握りこんだ【銀戦】を、射出直前の針の上からたたき込む。

しかし、硬質の針の塊に衝撃を殺された刀身は、その頭にめり込んだところで止まる。

僅か一瞬の停滞。それを狙いすましたように、鼠の尻尾が玲へと先端を向ける。

先端は、鉱石であり、鋭利な一撃は、玲と言えど耐え切れない。

だがその刺突は、俺の放った数本の矢に弾かれ、玲の真横を空ぶる。


「――――死になさい」


玲は、めり込んだ刀身を、拳で殴りつけた。

防具と刀身がぶつかり合う甲高い音色が鳴り響き、そしてぐちゃりと頭が潰れ、地面に亀裂を刻んだ。


「すっげえな」


馬鹿力というのもあるが、細い刀身を殴り、刃先を垂直に頭部に叩きこむその打撃のセンスもいかれてる。


『いや、アンタの射撃もやばいよ』

『あんな細い尻尾によう当てるわ』


「まあ、狙いが分かれば難しくないよ」


遠隔の相手には針、近づいた相手には尻尾、あのモンスターの行動パターンは素直だ。

とは言っても硬すぎて俺ではどうにもならない。


「玲、大丈夫か?」

「………はい、ありがとうございます」


【銀戦】を納めた玲は、大きく息を吐く。

その顔には疲労が滲んでいる。

無理も無い。戦いが続いている。


「いったん、どこかで休むか」


とは言っても、場所が見当たらない。

先ほどから【探知】の範囲を広げ、周囲の地形を探っているのだが、モンスターから身をかわせる場所がない。


「私に任せてください」


そう言うと玲は、山肌に向かって、剣を振るった。


「まじか……」


俺は驚愕する。

玲は数度剣を振るうだけで、山肌を切り抜いた。

そこは、小さな洞窟のようになっており、俺たちは中へと避難した。


「っと、ごめん」

「い、いえ」


細く柔らかな肩とぶつかり、謝る。

玲も、小さく身を捩った。

普段は意識しない吐息や衣擦れの音が、妙に大きく感じられる。


「………すみません、手こずりました」

「仕方ない。ここのモンスターは硬すぎる」


それが何より厄介だ。

どのモンスターも硬く、すぐに討伐することはできない。

そんなモンスターが見晴らしがよく、隠れる場所のない山に大量に住み着いている。

連戦を強いられると言う点では、この環境は【天晴平野】と似ている。


「玲、剣を見せてくれ」

「はい」


そう言うと、玲は【銀戦】を引き抜いた。

金属がすれる音と共に、輝くような白い刀身が姿を現す。

だがその刃は、僅かに欠けていた。


『おぉう、一気に消耗したな』

『剣はきつそうだな』

『【白銀鉱】でもこうなんのか……』

『このペースだとまずくね?』


【白銀鉱】は、強度が高い優秀な武器素材だ。

コメントでも言われている通り、【白銀鉱】が短時間の戦闘でこれほど消耗することはほとんどない。

だが俺はある意味納得していた。

【白銀鉱】は優秀な素材だが、それでも下層の金属だ。

冥層の中でも特に硬いモンスター相手は厳しいだろう。


(やっぱり玲の武器も更新がいるな)


「湊先輩、もう大丈夫です。行きましょう」

「分かった。もうすぐ山頂だから頑張ってくれ」


鉄針鼠ストライク・マウス】の群れをやり過ごした後、俺たちは山頂に向かった。

道中、俺たちは、地面に突き刺さった巨大な羽を目撃した。


「おっ、あったあった」


俺達はその羽に近づく。

地面に半ばまで突き刺さっているというのに、そのサイズは俺たちの背丈を越えている。


『でかすぎだろ笑』

『鳥の羽やん』

『かっちかち』


「【虹翅鳥こうよくちょう】の羽だ。ここのボスだよ。俺も近くで見るのは初めてだな」


何せ、この羽があるということは【虹翅鳥】が近くにいるということだ。

俺はこの羽を見た瞬間、さっさと逃げていた。


羽は、薄暗い雨の中でも、微かに輝いている。

その輝きは、光の加減によって変わり、虹色に見える。

羽の繊維一本見ても、鋭く、尖っている。

これを切り出すだけでも、そのまま剣として使えそうだ。


「回収しますか?」

「いや、これは置いておこう。他のモンスター除けに使えるから」


この羽は、【虹翅鳥】が己の存在を知らせるためにあえてばら撒いたもの。

抜けば逃げたモンスターたちが山に戻ってきてしまう。

俺達は羽を無視し、山頂に向かう。


山頂は、平たく削られており、窪地のようになっていた。

すでに階層の天井近くだ。雲が岩に切り裂かれ、下へと流れていく。

吐く息も白く、雲の上まで来たので雨も降っていない。

窪地の中央部には、巨大な一本の水晶の木があった。


「あれがこの山の中心部、他の結晶はこの源泉から零れた欠片なんだ」


青く澄んだ結晶は、その内に夜空のような輝きを宿していた。

その輝きは、薄暗い窪地をぼんやりと照らしている。

そしてその結晶は、【虹翅鳥】の餌だ。

やつは餌場に近づく者を許さない。


ふと、俺たちの頭上に影が差した。

山頂部を覆い尽くすほどの大きさの影を見上げると、輝く大羽を広げた巨大な怪鳥が姿を現した。


「来たぞ、【天晴平野】のモンスターだ」


普段は【天晴平野】に巣を作り、食事時のみこの地にやって来る。

このモンスターを狩れるかどうか。それが俺たちのこれからを決めるだろう。

俺達が武器を構えると、【虹翅鳥】はその羽をはばたかせた。

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