湧石の泉

『おはようございますー』

『おはー』

『今日早いな』

『動画ありがとう』

『今日は告知忘れなかったな笑』


配信を始めるとすぐに、コメントが流れ始める。


「おはようー………告知?」


さて、何のことだろうか。

俺はそんなことしていないし、何ならコメントで言われるまで忘れていた。

疑問を浮かべる俺を見て、玲はこれ見よがしにため息をついた。


「はぁ………私がしておきました。湊先輩のアカウントで」

「おー、ありがとう、ってか俺のアカウント?」

「はい、事務部に言って私が管理することにしましたから」

「そっか……」


作ってもらってから一度も呟いてないからいいけど、何でそれを俺が知らないんだろう。


『やけに丁寧な文言だと思ったら、玲様かい笑』

『え、年下にアカウント管理させてんの?ww』

『逃げろー、アカウント握られたぞー』


「別に悪用したりはしませんよ!」


コメントにむっとしながら、玲はそう言った。


「じゃあ、これから告知担当は玲だな」

「担当も何も無いじゃないですか………」


『てか昨日の件はノータッチ?』

『動画マジサンクス、俺も絶対冥層行って見せるわ!』

『いつか絶対恩返しするねー』

『死んだ4人とは知り合いなん?』


「………」


会話が落ち着くと、この手のコメントが目立ってきた。

だがどうするかはすでに決まっている。


「今日の目的は鉱石の採取だ。後ろのあれが鉱山なんで早速行きます」


無視だ。

あからさまに無視しているのは伝わるだろうが、俺のファンが多いこの配信なら、しつこく問いただすような空気にはならないはずだ。


『おぉー、でっか』

『あのニュースの説明無いん?』

『前から配信にちらっと映ってたから気になってた』

『動画に解説載ってたよな?』

『【湧石の泉】な。ゴリゴリに岩山だけど』


……よし、予想通りだ。コメントは、俺の背景の岩山に言及する者が多い。

岩山は、かなり目立つ。

刃のように尖った山頂が、ダンジョンの疑似的な空へと伸びている。

階層中に繁茂する植物も、その山には草木一本すら生えておらず、緑の森に浮かび上がるその黒は、異様な圧迫感を放っている。


「【湧石の泉】の名前の由来は、行けば分かるよ」


俺達は【湧石の泉】に向かい、歩み出した。


□□□


段々と緑の地面は消え、黒い地面が姿を現す。

その突如の変化は、かなり奇怪だ。


『なんか不気味だ』

『一気に雰囲気変わるなぁ』

『どういう場所?』


この場所のことが気になる人が多いので、俺は解説をするために玲に指示を出す。


「玲、その辺の石一つ取ってみてくれ」

「はい………取りました」


玲は握り拳大の黒い石を手に取った。


「で、割って」

「はい」


玲が軽く力を入れると、石が割れた。

………すごいな、一応ダンジョンの地面扱いだからかなり硬いはずなんだが。


「……ん、これは?」


玲は黒い石の中に覗く赤い粒に目を細めた。


「【緋々琥珀ホーン・アンバー】ですか?」

「おっ、正解。よくわかったな」

「……まあ、私の剣の材料ですから」


緋々琥珀ホーン・アンバー】とは、ダンジョンの下層で採取できる鉱石素材だ。

輝くように紅く、魔力に対する高い耐性を持っている。

そして【緋々琥珀ホーン・アンバー】は、玲の持つ直剣【銀戦】の材料である【白銀鉱ミスリル】を作るのに必要な素材の一つだ。


『ほーんあんばー、だと!?』

『まじか!』

『あんまり聞かない子ですね』

『え、こんな感じで出るっけ?』

『いや、普通に壁掘ったら偶に出る感じ』

『冥層の稼ぎ場かー、ここ』

『冒険者とそうじゃない人の反応の差よ笑』


「あー、あんまり有名じゃないよな。一言でいえば、高く売れる石だ」


魔法を使うモンスターが出現する下層以下になると、魔力に対する高い耐性を武器としての強度を併せ持つ【白銀鉱】の需要は一気に上がる。

そうなれば当然、その素材の価格も高価になる。


『まじで?めっちゃいいじゃん!』

『残念、そんなうまくはない』


「その通り。このサイズの石ぐらいの量じゃ、大した金額にはならないよ」


石拾うだけで大金持ちになれるなら、俺がそうしている。

ある程度まとまった量を集めようと思えば、山の中に入る必要があるのだ。


「なぜこんな石の中に?」


本来、【緋々琥珀ホーン・アンバー】は、ダンジョンの壁面や地面を掘ると、極稀に出てくるような鉱石素材だ。

分類としてはダンジョンにある木のような『環境』であり、一定時間で補充される。

断じて石ころに混じっているようなものでは無い。


「それは、あの岩山の成り立ちに関係してる」


俺達は、登山の一歩目を踏み出した。

黒い地面を踏みしめ、上へと登っていく。


「ダンジョンの鉱石素材は、壁面や床に湧くだろ?」

「ええ、その鉱源を採掘すれば鉱石が手に入ります」

「この階層でもそうだ。地中から鉱石が出現して、し続ける」


この階層では、決められた一点からしか鉱石が湧かない。

その結果、湧き出した鉱石に押されるように、ダンジョンの地面が隆起し、上へ上へと伸びていく。

それがこの【湧石の泉】であり、ある意味巨大な一つの合金とも言えるだろう。


「何かの鉱石の鉱毒だろうな、周りの植物も枯れてるし、枯れてないやつも毒がある。だからこの場所にいるモンスターは肉食か、だ」


俺は、山頂への道の先を指さす。

そこには、黒い地面に紛れ、何かがいた。

それは、黒い岩盤のような胴体を持つ大型犬ほどのサイズのモンスターだ。

特徴的なのはその頭と尻尾であり、薄い肌色のぶよぶよとした皮膚をしている。

その頭と尻尾は身体に不釣り合いなほど大きく、巨大な円形の歯で地面を削り、咀嚼していた。


『気持ち悪!!』

『うえぇええ、ミミズみたい……』

『SF映画に出てきそうだな』


「……【削岩虫】、俺も苦手なんだよな、あの見た目」


ぐねぐねと蠢く頭と尻尾は、生理的な嫌悪感を与えてくる。


「玲、狙うなら胴体だ」

「……胴体ですか?」


見るからに頑丈な胴体を狙うように指示された玲は不思議そうに首をかしげた。


「あの胴体の石、どうやら吸収できなかった屑石が排出されてできたものっぽくて、見た目ほど硬くないんだよ。あと、頭を狙うのもあんまり意味ない。あの頭も見せかけだけで感覚器官も脳もあの殻の中にある胴体に入ってる」


だから『殻』から出ている部分を狙う意味は無いのだ。

見た目に騙され、頭を狙えば、手痛い反撃を喰らう。


「なるほど、理解しました」

「じゃあ、俺が陽動するから頼む」


俺は足元の石ころを拾い、地面に叩きつける。

甲高い音が鳴り、モンスターの視線が俺へと向く。

ミミズのような頭は、正面から見ればなお不気味だ。

粘液を纏う口腔内には何重にも並ぶ小さい歯が並び、あの中に咥えこまれれば、人体など容易に刻まれるだろう。


カンカンカン、と何度も石を叩きつける俺に、【削岩虫】は警戒音を発する。

耳がいい【削岩虫】は、俺を不快に思ったのか、完全に俺に注意を向けている。


『―――――――――』


金属をすり合わせるような威嚇音を発しながら、こちらに駆けてくる。

飛び道具は無いが、この岩山に適応しただけあり、その速度は平地をかける馬並みに速い。

何度も岩場を飛び移り、時には姿を隠しながら、俺の方へと向かってくる。

一瞬でも見失えば、伸びる首と頑丈な顎と牙による噛みつきで深手を負いかねない。


だがその動きは、【探知】にばっちり映っていた。

俺は【頑鉱の鉈】を引き抜き、死角から俺を襲おうとしていた【削岩虫】の着地地点に投げ込む。

足元を刈られた【削岩虫】は、派手に転倒し、転がる。


玲はその隙を見逃さず、跳躍した。

頭上という【削岩虫】の死角から強襲した玲は、勢いのまま【銀戦】を振り下ろす。


「はあっ!」


気合と共に突きこまれた刃は、胴体を貫き、地面に縫い留める。

重要な臓器が傷ついたのか、【削岩虫】は何度か身体を震わせた後、力無く倒れ込んだ。


『ナイスー!!』

『お見事!』

『鮮やかだなー』

『よくあんなんに近づけるわ』

『な、鉈ぁ~~!!!』


「鉈は無事だから」


俺は苦笑しながら地面に転がった鉈を拾い上げる。

乱暴に使っても壊れないのがこの【頑鉱の鉈】の唯一の取り柄なのだ。

【頑鉱の鉈】を鞘に納めた俺は、玲に近づき、「お疲れ様」と声をかけた。


「……クッキーみたいでした」


玲の視線は、刺突の一撃で砕けた殻を見ている。

俺はそんな玲に向かって何でもないように呟いた。


「まあ、所詮はうんこだし」

「………えっ?」


玲はきれいな瞳を大きく見開いて、こっちを見る。

目力強いから、結構迫力ある。


「いや、排泄物って言っただろ?」

「言ってません!排出された、って言ってたんです!」

「そうだっけ?でも同じ意味じゃん」

「違いますよっ……」


玲はちょっと泣きそうな顔になりながら、【銀戦】を拭き始めた。

普段、血と油に汚れても気にせず振り続けているのに、うんこは駄目なのか。


『あーあ、可哀そうww』

『玲ちゃん……』

『はい、湊炎上』

『さいてー』


「えぇ?俺悪いの?」

「ぐすん」


玲は涙声で鼻をすする。

俯き加減の表情は見えないが、少し肩が震えていた。


「おい、噓泣きすんな」


俺が指摘すると、玲はぴたりと止まり、今度は隠すことなく、くすくすと笑い始めた。


「………悪趣味だぞ」

「ごめんなさい」


玲はちろりと唇を舐め、跳ねるような声音でそう言った。

そのいたずらっ子のような色っぽい仕草に、俺はどきりと胸を跳ねさせる。


「ほら、玲のせいで追加が来た」


俺が指さした先には、【削岩虫】が追加で二体、こちらに迫っていた。

奇襲しようとしていたところを見抜かれた【削岩虫】は、立ち止まり、こちらを警戒し始める。


「……………」

「じゃあ、さっさとうんこ斬ってくれ」

「―――――っ、意地悪」


にやにや笑い、【7連式速射ボウガン】を構える俺と対照的な表情で、玲はやけくそとも取れるほどの速度で、山肌を駆けた。


(しかし、【削岩虫】が随分下まで降りてきてるな。これは、いるな)


都合がいいのか悪いのか。

だが俺と玲ならば、あれも狩れるだろう。

それにこれは、51階層を攻略するための丁度いい予行練習にもなる。

あのモンスターは、階層最強の生態系を誇る【天晴平野】の怪物なのだから。

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