【竜の躯】
「うっわ、まじで走ってるよ」
パーティーのメインの索敵役が、頬を引き攣らせながら雨の中を猛スピードで進む湊たちを見送る。
サブの索敵役はそれを見て、苦笑いを浮かべた。
「自信無くすわぁ………俺、【北海道ダンジョン】じゃ三本の指に入る【探知】使いなんだけどなぁ」
2人とも、【探知】持ちであり、その熟練度はBだ。
そんな索敵役二人のスキルに加え、数多の【付術具】によるサポートと長火力の富田によるごり押しで、何とか生きて帰れたというのが今回の探索だった。
実際に自分も冥層で動いたから分かる湊とのあまりの違いに唖然とするしかない。
「ありゃ、Aだな。バケモンか?」
「………熟練度Aとか、団長以外じゃ初めて見たかも」
「スキルもだが、使い方が違うのだろうな」
見送る富田も感心したように呟く。
「使い方?」
「俺は【探知】は使えんが、あれは周囲の情報を集めるためのものだろう?やつは、集めた情報を基に、未来を予測して動いている」
「……知覚じゃなくて利用の問題ですか」
「……余計どうにもならないやつだ」
「今はそれでいい!今回の探索はあくまで下見!俺たちの目的は、【雷雨】だ!」
「分かってますよ、白木湊も誰も見たことないもん見ましょうね」
「当然だ!」
白木湊すら、探索を諦めた51階層最高火力の雨【雷雨】。
その存在を動画で知ったとき、富田の目的は決まった。
「夏になれば北海道を空けられん。今年も橋宮たちが援軍に来るが、それでも戦力は足りんのだ。ここで有用なスキル、素材、全てを集めるぞ」
彼らの戦場はあくまで北海道であり、相手は北方のダンジョンから南下する竜だ。
その竜の討伐及び北海道の防衛は、日本の防衛にも関わる一大任務だ。
その主力である【雷牛の団】の危険な【渋谷ダンジョン】遠征には、自衛隊の一部からも否定的な声が入った。
それでも富田がこの遠征を決定したのは、いずれ竜から北海道を守れなくなる未来が迫っているからだった。
数十年前、ロシアを始めとした一部の国と地域で、突如、ダンジョンが出現した。
それは約70年ぶりのダンジョンの出現であり、多くの国が喜んだが、それは長くは続かなかった。
それらのダンジョンは、他のダンジョンとはあまりに違い過ぎていたからだ。
特にロシアに出現したダンジョン【竜の躯】は、モンスターの中でも特に強力な『竜』しか出現しないダンジョンであり、その【氾濫】は一国を飲み込んだ。
そして【氾濫】は今もなお続いており、一部の竜は海を南下し、日本にまで来る。
(根本からの撲滅が必要なのだがな……)
何度も経験した戦いを思い出し、富田は重い息を吐く。
かつてロシアと呼ばれた地は、今や竜と人が入り乱れる複雑怪奇な魔境と化している。
人は竜に奪われた地を取り戻そうと抗ってはいるが、段々と無限のダンジョンの物量に押され始めており、いずれ完全に破綻する。
だからこそ、富田は【渋谷ダンジョン】に来たかった。
戦力を高めるという意味でも、【オリオン】の新たな戦力を見るという意味でも。
その時が来れば、富田と彼は共にモンスターから人類を守る『冒険者』として共に戦うことになるのだから。
(異質な気配だったな。俺達のような冒険者とはまるで違う。彼ならば【竜の躯】も、と期待するのは酷だろうか?)
答えはそう遠くない未来で分かる。
そう思い、富田は小さく笑った。
□□□
雨の中、俺たちは駆けていく。
すでにこの道には玲も慣れたのか、普段以上の速度で進むことが出来ている。
だが、隣を走る玲の表情は優れない。
「どうかしたのか?」
俺が聞くと、玲はバツが悪そうに視線を逸らした。
「いえ、その……」
「うん?」
「……富田さんたちが来ていることに何を思いましたか?」
玲の質問は、抽象的だった。
何を、か。
「驚いた。俺は【天への大穴】から離れられるようになるまで、一か月以上かかったからな。やっぱりトップクランはすごいな」
「……彼らの力だけではありません!湊先輩の情報があったから……」
声を上げた玲だったが、途中から尻すぼみに小さくなる。
「……湊先輩が襲われたのも、失礼な記事が出たのも、全部私の配信に出たのが始まりです。そのせいで、湊先輩が何年も命がけで集めた情報をこんな形で出す羽目になりました」
最初から、冥層の情報は出すつもりだった。
だが、そういう話では無いのだろう。
「俺は別に誰に何言われてもいいけど」
「私は嫌です……もっとちゃんと認められて感謝されるべきことなのに」
大多数の者は、俺が記事の火消しで情報を出したと思うだろう。
実際はその前から準備をしていたし、投稿時間を見ればそれも分かるのだろうが、所詮は他人事。そこまでして、俺を知ろうとする人間なんてほとんどいない。
大多数の認識は、俺に関する記事が出て、その後俺が情報を出したというだけ。
「……後悔していませんか、私の配信に出たことを」
「してないよ。玲と会わなかったら今みたいな状況にはならなかっただろうけど、俺はきっとここどまりだった」
俺ははっきりと玲の言葉を否定する。
「玲が俺を評価してくれるのは嬉しいけど、あの情報は51階層のものだ。もうすぐ過去のものになる。だろ?」
何のために装備の素材を集めているのか。
それは俺の戦力を上げ、玲をサポートできるようにするため。
そして俺たちは、先に行く。
「まあそれも、今日の探索次第なんだが――――「任せてください」」
「え?」
気付けば玲は立ち止まり、静かにこちらを見ていた。
【耐魔の外套】から覗くその双玉には、確固たる決意が込められており、俺は凛々しくも美しいその姿に、見惚れた。
「私が湊先輩を、絶対に失敗させませんから。何があろうと守ります」
「……そうか、頼むよ」
俺は微笑み、そう答えた。
本当に、どこまでもまっすぐで美しい少女だ。
同時に彼女の期待を裏切ってはならないと思う。
ここが踏ん張りどころだ。もし51階層の攻略に足踏みすれば、俺たちは富田さんのような後続にあっという間に距離を詰められる。
それはごめんだ。俺にも、冥層で長期間活動していた冒険者としてのプライドがある。
「それじゃあひとまず、あれを攻略するか」
「はい」
俺達は雨の奥に聳え立つ黒い影を見据える。
それは、この51階層【雨劇の幕】でも、最大のサイズを誇る岩山である。
森林というこの階層の『コンセプト』から外れたある意味異常な地であり、他の領域とはまるで違う生態系が築かれている場所だ。
そしてこの場所は、51階層中央部の【天晴平野】と並び、俺との相性が最悪だ。
「よし、配信始めるぞ」
「はい」
俺達は、配信用ドローンカメラのスイッチを入れた。
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