二番乗り

中島支部長を躱すため、【オリオン】の所有する車でダンジョンに向かった俺たちは、10階層のセーフティーエリアから転移で50階層まで飛んだ。

……相変わらず人が多い。

昨日来た時よりもさらに増えている気がする。

だが昨日とは、空気感がどこか違う。何と言うか、意識が一つの方向へと向いているのだ。


(何かあったのか?)


その答えは、【天への大穴】に辿り着くと分かった。


「これは……かなり様変わりしましたね」


隠密状態を維持するため、手を繋いでいた玲は、軽い驚きを露わにする。

【天への大穴】には、大勢の冒険者がいた。

しかしそれは、昨日いた冒険者たちのように俺を待ち構えているわけではない。

彼らの意識は大穴へと向いている。


「映像良好、活動時間4時間を超えました。帰還を」

「ボーダー、ルートを逸れてるぞ!死にたいのか!」

「よぉし、待機組は団長たちの帰還を待て。周囲の警戒を怠るな」


彼らは通信用の機材を設置し、誰かと連絡を取っていた。

忙しなく動く彼らは、簡易的なエレベーターまで用意しており、それに物資を吊るし、下へと運んでいる。


(これは……)


「湊先輩、隠密を解きましょう。彼らの『マーク』には見覚えがあります」


彼らはみな、服装の一部に雷を纏った牛の紋章を身に着けていた。

俺は玲の言う通り、スキルの発動をやめた。

瞬間、その場にいた全ての人間の視線が向く。

中には武器を構え、攻撃する寸前の者までいた。

この場所まで来た者たちだ。いずれも一流の冒険者。

その反応速度と警戒心は、研ぎ澄まされている。

だがその警戒心は、すぐに困惑に変わった。


「え、白木湊?」

「あー、今日配信するって言ってたな」

「………まじで気づけねえな、【隠密】ぱねえ」

「うっわ、生玲可愛すぎる……サイン欲しい」


ルームがざわつき始める。

玲は平然としているが、俺は居心地が悪く身もだえる。

すると、凛々しい声音がルームに響いた。


「全員作業に戻れ。私たちのルームじゃ無いんだから人が来たぐらいで狼狽えない!」


その声に対して、彼らはそれぞれ返事をし、作業に戻った。

声の主は、ため息を吐きながら、こちらへと歩んで来る。

彼女は、麗人という言葉がぴったりだった。

短めの黒髪に釣り目気味な大きな瞳。

その凛とした立ち姿は大人の女性と言った風情だ。

彼女の姿を見ると、玲は、納得を浮かべる。


「お久しぶりです、望さん。まさかここで会うなんて思いませんでした」

「玲。一年ぶりだな」


玲と挨拶を交わした女性は、次いで俺に視線を向ける。


「白木湊クン、だな。私は【雷牛の団】で副団長をしている布瀬望フセノゾミというものだ」


【雷牛の団】は知っている。有名なクランだ。

しかし彼らは【北海道ダンジョン】を拠点とするクランだったはずだが。


「初めまして、えっと、どうして東京のダンジョンに?」


俺がそう聞くと、彼女は呆れたような視線を向ける。


「君は自分が昨日投稿した動画のことを忘れたのか?」

「いや、まさか北海道から来るとは思わなくて……」

「どうせ探索するなら情報が多い【渋谷ダンジョン】を、というのは合理的だろ?ちなみに拠点を移したわけじゃないぞ。夏までの期間限定で何人か来ているだけだ」


とは言っても、昨日今日決めていきなり来られるほど軽い立場のクランではない。

きっと今回の遠征は前から計画されていたことなのだろう。

それは、【雷牛の団】の団員たちの気迫を見ても伝わって来る。


「これからは顔を合わせることも増えると思うがよろしく頼む」

「はい、こちらこそ」


俺達は挨拶もそこそこに、【天への大穴】を飛び降りる。

下に降り立つと、俺の【探知】に人の反応が映りこむ。

どうやら上で言っていたように、丁度帰ってきたところのようだ。


「―――驚いたぞ。急に人が飛び降りてきたと思えば、お前たちとは」


雨の奥から、彼らはやってきた。

その身に纏うのは、【付術具】らしき雨除けのローブだ。

驚いた、と言いながらも、男の顔には荒々しい笑みが浮かんでいる。

だがそれ以上に驚いたのは俺だ。


(……この人、乃愛以上に魔素を吸ってる)


俺は彼を見上げる。

日本人離れした長身にはぶ厚くしなやかな筋肉が付いており、一目見ただけで戦いのための肉体だと分かる。

そして驚くことに、武器を持っていなかった。

急所を守る胸当てや籠手などの軽装が雨除けのためのフードから覗いており、ナイフの一本も持っていない。

フードを払いのけると、長い金髪がたてがみのように広がった。

まるで獅子のような堂々とした佇まいに俺は気押される。

もしかしてこの人が――――


「えっと、もしかして………「その通りだ!」」

「そう!俺こそが【雷牛の団】団長であり、雷に愛された大戦士!!雷竜殺しの富田迅太トミタジンタだ!!!」


………まだ何も聞いていない。

恐らく初めての【冥層】の探索帰りだというのにこの元気、人間として根本から違うような気がする。


「お前は白木湊だな!配信で見た通りの成りだな!細すぎる!もっと肉を付けるといいぞ!ははははははははは!!!!むごぉっ!?」

「ちょっ、声でかいです!団長!」「うるさいってぇ!!」「取り押さえろ!!」


青白い顔をした団員たちが、一斉に富田さんに飛び掛かり、口を押さえつけた。

慣れた動作を見るに、探索中に何度も叫んだのだろう。

この辺りにモンスターはあまりいないが、騒ぐと寄って来る可能性がある。

ナイス判断だ。

それにしても……派手な見た目といい、隠密とは程遠い人だ。


「………富田さん、探索帰りですか?」


玲は彼とも知り合いのようで、大声にも動じずに淡々と聞いている。

いつものクールな表情なのだが………どこか嫌そうだ。


「おぉ!南玲!相変わらず美しい女だな!もう成人したか?したなら俺と結婚してくれ!」

「うえっ!?」


いきなりプロポーズした!?

何だこの人!?


「まだ17ですし、嫌です。タイプじゃないですし、生理的に無理です。まじむりです」


うわ、きっつ。

いつも以上に辛辣だし、その目からは一切の感情が消えていた。


「そうか!ならば諦めよう!」


あっさり諦めた。

大分辛辣なこと言われていたが、気にした様子はない。

玲ほどの美女にあんなこと言われたら、俺なら病むぞ。


「えっと、探索帰り、ですか?」

「ああ、そうだ。お前が動画で挙げていたルート通りに、西の森まで足を進めてみた。やはり冥層は一味違うな。何度も死にかけたぞ!」


死にかけた、と言いながらも彼はどこか満足げだ。

その仲間たちは疲労困憊と言ったようだが、誇らしげに手に持った荷物を掲げて見せた。

きっとその中には、【冥層】の探索品が入っているのだろう。


「西の森って言っても先っちょだけですけどね。全然ですわ」


そうは言いながらも、彼らが生還したのは事実だ。


(まじか、早いな)


この辺りはモンスターの数も少ない。

危険なモンスターや地形とぶつかるルートを避ければ、比較的安全に探索が可能だ。

情報を出した以上、いつか冥層の探索を成功させるパーティーが出てくるとは思っていた。

しかし動画を出した翌日とは思わなかった。


「お前たちはこれから探索か?」

「はい」

「そうか、今は【蝕雨】だ。あのデカスライムはいないようだ………というのは釈迦に説法か」

「い、いえ。気を付けます」


冥層で他の冒険者と冒険者っぽい会話をしている。

その事実に何とも言えないむず痒さを感じる。

俺達は富田さんと入れ違うように雨の中へと歩を進めた。

俺達の目的地は、階層南部だ。

今日の配信で武器用の素材を採る。

階層南部は、この51階層で唯一、鉱石素材の取れる場所だ。

特殊な場所だし、油断はならない。

俺達は気を引き締め、駆け足で進んでいく。

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