加熱するオークション

「客?【迷宮管理局】から?」


翌日、俺と玲はダンジョン探索の前に事務所に寄っていた。

配信の流れの共有や頼んでいた物資の手配状況などを打ち合わせるためだ。

そうした打ち合わせを終え、ダンジョンに向かおうとした俺達の元へ、事務員さんが来て来客を告げた。

事務員さんの反応を見るに、予定にない来訪らしいし、時刻は朝だ。

人を尋ねるにはいろいろ配慮が足りない。


「用件は聞きましたか?」

「はい……ですが白木さんに直接話すとおっしゃられていて」

「そうですか、面倒ですね」

「……何が?」

「用件を言わなくても、追い返せない相手ってことです。まさか中島支部長ですか?」

「はい。緊急の用だと」

「……鬱陶しい」


玲は端正な顔をしかめ、舌打ちをする。

玲の中島支部長への好感度は地に落ちているようだ。

でも舌打ちはやめなさい、事務員さんが怯えてるから。


だが、どうしようか。

俺が会っても前みたいに手玉に取られるだろうし、玲も同じだ。

百戦錬磨の彼の前では俺たちは文字通り子どもだ。


悩んでいると、俺たちが使っていた会議室の扉がノックされ、橋宮さんが姿を見せた。

彼はにこやかに笑い、「やあ」と爽やかに挨拶をする。


「彼の対応は僕たちでしておくから、裏口から行くといいよ。車も手配してあるから」

「……橋宮さん?昨日から北海道では?」

「予定が変わったんだ」

「そうですか……ではよろしくお願いします」


俺と玲は、橋宮さんの言葉に甘え、裏口からダンジョンへと向かった。


□□□


湊と玲を見送った両は、笑みを消し、応接室へと向かう。


「行こうか、恋歌」

「そうね。ワタシたちがいない間に湊達に接触しようとするなんて……諦めの悪い親父ね」


合流した恋歌は、苦笑し、肩をすくめる。

応接室に辿り着くと、ノックをし、中へと入る。

ソファに座っていた中島は、入って来た両と恋歌を見て、驚愕を浮かべた。

だがそれも一瞬のこと、すぐに平静を取り繕う。


「……橋宮両、立花恋歌、君たちがいるとは知らなかった」

「ええ、本来なら北海道に行く予定だったんですが……少しずれまして」


悪びれることも無く、2人の留守を狙ったと言い放つ中島に、流石の両も苦笑する。


「それで、どういったご用件ですか?」


2人は中島の対面に座る。


「……白木君にも関わることだ。できれば同席してほしいのだが?」

「それは難しいですね。どうやら支部長と入れ違いにダンジョンに向かったようでして」

「……呼び戻すこともできないと?」

「はい」


取り付く島もない両の言葉に鼻白む中島だが、すぐに気を取り直す。


「……そうか、では君に伝えるが、現在【迷宮管理局】のオークションサイトに出品されている二つの『オーブ』を売ってもらいたい」

「『オーブ』が欲しいならオークションに入金されては?」

「立花君、私はその手を冗談を好まない」


揶揄うような恋歌の言葉に、中島はしかめっ面で答えた。


(売ってほしい、か。前よりはマシになったみたいだね)


【オリオン】の代表である橋宮に対して、売ってほしいと言ったのだ。

以前のような『不明物アンノウン』としてのただ同然の買取ではなく、それなりの額を用意してきたのだろう。

だが、それは彼が改心したというわけではない。高い金を払っても、手元に置きたい理由があるからだ。


「……理由をお聞きしても?彼がオークションを利用して『オーブ』を売るのは正当な権利だと思いますが」

「そうだ、正当だ。だがその結果が正しいものになるとは限らない。今、あのオーブの入金状況はどうなっているか把握しているか?」

「ええ。アメリカの【ADS】と東亜連国の【軍】が競い合うように値を吊り上げて、今は……1億5000万ほどでしたか?」

「3億を超えた」


東亜連国とは、1世紀前のダンジョン発生時、【氾濫】による大被害を受けた中国と一部の周辺国家が、ダンジョンの脅威に対抗するために連合を結成したのが始まりだ。

ダンジョンの脅威が収まった後も強固な同盟で結ばれた国々は、共に歩む道を選んだ。

アメリカに次ぐダンジョン保有国であり、ライバル関係にある。


「『オーブ』一つに3億とは、中々見ない金額ですね」

「……あの『オーブ』はアメリカの冥層攻略のきっかけになりかねない。君も知っているだろう」

「【D.C.1】ですね。確かあそこの冥層は毒で満ちているとか」

「そうだ。既存の耐異常スキルでは歯が立たなかったが、冥層からドロップしたあの『オーブ』と君たちが漏らした冥層の情報を合わせれば攻略に大きく近づくとアメリカは考えている」

「そして東亜連国はそれを阻止したい」

「ただでさえ、白木君のせいでダンジョン産業を取り巻く状況は混迷を極めている。そこにアメリカと東亜連国の争いを我が国に持ち込ませるわけにはいかないのだよ」


「では、支部長が買い取ったオーブはどうなるんですか?」

「……もちろん我が国の発展に役立てるとも」

「………なるほど。ですがお断りします」


中島の白々しい言葉に笑いそうになりながらも、両ははっきりと断った。

中島は不満げな視線で両に続きを促す。


「彼を貶めるような記事が出た今、湊には注目が集まり過ぎている」


死者まで出たのだ。その死の原因が、湊による情報の秘匿だと思う世論は未だある。

白木湊と【オリオン】による冥層の独占と受け取られるような行動はとれない。

例えそれが情報であろうと『オーブ』であろうと、秘匿は許されない状況になった。

そう言うと、中島支部長の顔は苦々しく歪んだ。


「……それは私も懸念している。行き過ぎた報道が冒険者の探索を阻害するのは許されないことだ。しかし、今回の記事はただのゴシップだ。死人が出たのが不運ではあったが、有名税というやつだよ。君も若いころからこの手の報道は受けているだろう」


湊が冥層に行ったタイミングで4人の下層冒険者が死亡したという事実は、いらぬ憶測を招いたし、湊への逆風となっただろう。

だがそれは、偶然に過ぎず、『オーブ』の出品を取りやめない理由にはならないと、中島は暗に伝える。


海食ウミハミのことをお忘れですか?世論が一人の冒険者、それも日本トップクラスの冒険者を追放した事例だ。あの二の舞を我がクランの冒険者に味合わせるわけにはいかない」

「それは……そうだが、彼は行ってしまえば自業自得だろう。白木君が可能性など、無いも同然だ」

「湊への注目は、僕や海食とは違う。世界中が見ています。過敏すぎるぐらいが丁度いい。支部長、僕の答えは変わりません」


頑として譲らない両に、中島は閉口する。そして彼は去っていった。

その表情は苦々しく歪んでいた。

残った両と恋歌はどちらからともなく息を吐いた。


「………やっぱり記事を書いたのは【迷宮管理局】では無い様だね」

「そうね。あいつらの基本方針は『独占』だもの。今日来たのもそれでしょう?」

「ああ、『オーブ』と湊を政治に使うつもりだったようだ」


中島支部長の目的は、『オーブ』を落札前に横から回収し、アメリカか東亜連国、もしくはその両国との交渉に使うつもりだった。

アメリカに渡して恩を売ることもできるし、逆にアメリカに売らないことで東亜連国へ恩を売ることもできるだろう。

そして恩を売るなら、『オーブ』の数は多ければ多いほどがいい。

恐らく湊に直接交渉したかったのは、定期的に【状態異常適応】を取りに行かせたかったからだ。


かつて彼が湊から情報を抜き出そうとしたように、中島支部長が望むのはダンジョンの攻略ではなく、ダンジョンを利用した政治。そのために資源も情報も全て己の手の内に収めたいと考えているのは、彼の態度からも明らかだった。


「あの記事を出されたら、情報を出すしかなくなる。それは『独占』とは真逆の行動だ」


あの記事は、冒険者に向けたものでは無い。

冒険者の仕組みをよく知らないその他大勢の一般人に向けたものだ。

もし湊が情報を出さなければ、冥層に行った冒険者が死ぬ度、最もあの地に詳しい湊の沈黙が引き合いに出されるだろう。

冒険者は、湊がただで情報を出す必要は無いと知っているし、一部の一般人もそう考える。

だがそうでは無い者も多い。

他者に『助け合い』という無償の奉仕を求め、それをしない者を悪と呼ぶものは一定数いるのだから。


「海食のことを気にしてるの?中島も言ってたけど、あいつは自業自得よ」

「………確かに彼の素行は悪かった。だけどそれは冒険者の間だけの話だったし、決定的な証拠は出なかった。だけどそれがある日急に表ざたになり、世論は彼の冒険者資格の停止を求め、【迷宮管理局】は答えた」

「そして日本で冒険者をできなくなったあいつは、今はアメリカで冒険者をしてるわ。今回もそうだと?」

「………やり口が似ているのは否定できない。社会から切り離し、日本に居られ無くしてから手を差し伸べるやり方はね」


湊の素行に問題はない。だが問題を作り出すことはできる。

小さく、そしてくだらない記事であろうとも、それを積み重ねれば一定数の敵は生み出せる。

そして何か大きな問題が起こったとき、その敵たちは大声で湊の追放を叫ぶだろう。

両には、今回の件はいずれ来る大きな波のほんの先ぶれのように思えてならなかった。


「冥層での死者はこれからも増えるだろうが、君の迅速な対応のお陰で湊が責められることはなくなっただろう。例えそれが言いがかりだとしてもね」

「………本当は、他の冒険者の冥層進出を助けるためだけに公表するつもりだったのよ、ワタシも湊も。それなのにこんなことになるなんて……世間は汚いわ~」

「ふっ、君たちの善意に感謝だね」

「打算はあるわよ………両、あのシブチョーの方も警戒しなさいよ」

「分かってるさ、湊の家を襲撃したのは彼の指示だろうからね」


かつて湊を狙った不審者たち。

その中には、二つの魔法を覚えた魔法使いがいた。

魔法は、【探知】の天敵、それも範囲に優れた【風魔法】と拘束に長けた【氷魔法】の使い手という湊を捕縛するために用意されたような人材だ。


「彼らはみな、アジア系の外国人だった。あれほどの人材を政界から追放された元官僚に用意できるはずがない。彼もまた、どこかと繋がっている」


だがその背後にいる者の目的は未だに見えない。

それが酷く不気味だった。


「………そろそろ夏だ。海温が上がって竜が南下してくる。僕と厳哲は例年通り、北海道に詰める必要がある。恋歌、湊達は任せるよ」

「ええ。まずは『オーブ』の受け渡しね。どっちの国が落札するのか知らないけど……揉めるのは確定ね」

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