ジャブ
「白木湊、君がいるとは思わなかった」
食事を終えたころ、俺たちは声をかけられた。
この声は……。
「赤崎か」
背の高い美丈夫がそこにいた。
俺と同じ同期で【オリオン】に入団した赤崎クロキだ。
「クロキでいい。僕も湊と呼ぶからね」
そう言ってクロキは手を差し出して来た。
こいつは欧米人なのだろうか。
会うたびに握手を求められている。
俺たちは握手を交わした。
「今度は普通なんだな」
「敵対する理由が無いからね。味方だと心強い、これからもよろしく頼むよ」
それを言いに来たのだろうか。
意外と律義だ。
「実は君を誘いに……」
俺に向かって何かを言おうとしたクロキは、自身へと差し出された白磁のように白い手を見て、頬を引き攣らせた。
「…………握、手。私も、同期」
精一杯体を伸ばし、握手を求める雪奈の手を、クロキはふんっ、と鼻で笑う。
「僕は自分より全てが優れている人間は苦手なんだ」
こいつ、意外とちっちゃいな。
クロキに握手を断られた雪奈の手が、なぜかこっちに来たので、俺は握手を交わす。
ぶんぶんと小さく振られる手と気のせいか満足そうな雪奈。
…………何だこれ。
「私が!代わりに握手をしてあげます」
手刀で俺と雪奈の手を切り離した玲は立ち上がり、ゾッとするほど美しく、凄みのある笑みを浮かべ、クロキの手を握りこむ。
「いぃいいいっ!?」
「わ・た・しの、湊先輩がお世話になりました……!生意気な後輩が出来て嬉しいです!」
「いたたたたたっ!あれは試験だから攻撃しただけっ!」
俺がクロキにぼこぼこにされたことを根に持っていたらしい。
ここぞとばかりに報復していた。
それを恋歌は微笑ましそうに眺め、すいは気にした様子もなく動画編集に集中してる。
このぐらい、【オリオン】では日常なのだろうか。
とんでもないな。
「というか、何か用事あったんじゃないか?」
俺は手のひらをさするクロキに問う。
「ん、ああ。実はこれから兵馬と模擬戦をすることになってね。せっかくだし、君も誘いに来たんだ」
「あー、悪い、まだやることがあるんだ」
この後は動画の投稿をしないといけないし、明日の探索の準備もある。
俺が断ると、クロキは気にした様子も無く「そうか」と短く答えた。
「………それなら私が行く。軽く戦いたかった」
「……まあいいか。では行こうか、妃織」
「………雪奈でいい。同期だから」
「そうか。よろしく頼むよ、妃織」
「むぅ……」
雪奈とクロキが訓練施設に向かう。
「ふふっ、意外と仲よさそうねぇ」
「そうですか?」
俺にはそうは見えなかったが。
「冒険者なんだから、あれぐらいでちょうどいいわよ。それより、湊。前に言ってた通り、『オーブ』はオークションに出すわよ?」
「はい。玲とも相談しましたけど、俺らは使わないので」
「オーケー。【迷宮管理局】のオークションに出しとくわ。あそこのサーバーならダウンしないでしょ。【潜行】もセット売りで出すわね~」
恋歌さんはあくどく笑った。
セット売りにすることで、【状態異常適応】を買うためには【潜行】も一緒に買わなければいけなくなった。
需要のない『オーブ』を売る手段の一つだ。
「後は動画を投稿すれば完璧ね。湊へのやっかみも減るでしょ」
「だといいんですけど」
元から冥層の情報を独占する気は無かったし、公開するという話はオリオン入団前に恋歌さんともしていた。
それでも、ここまで性急に動くことになるとは思わなかった。
俺の想像以上に、事は大ごとになっていた。
後はすいの編集が終わるのを待つだけ。
その段階になったとき、何やら食堂が騒がしい。
何事かと俺たちは顔を見合わせる。
すると、職員の一人が駆け足で恋歌さんの元に来て、スマホの画面を見せている。
「はぁ?いつの記事よ」
「ついさっきです……!まずくないですか?」
職員はちらちらと俺の方も見ている。
何やら嫌な予感がする。
「恋歌さん、私にも見せてください」
玲はスマホを借り、その画面を見る。
俺も覗き込む。
そこに映っていたのは、大手ニュースサイトの『記事』だ。
タイトルは、「『冥層』で五年ぶりの死者、【冥層冒険者】が関与か?」だった。
「はい?」
「……タイトルでキレるなよ……えっと、本日、冒険者4名がダンジョンから戻らないという連絡が【迷宮管理局】に入り、調査の結果、彼らは冥層で死亡したと確認された。そのうちの一人は親しい友人に「【冥層冒険者】に連れて行ってもらえることになった」と語っており、今話題の彼との関係を仄めかしていた。
彼の冥層配信では、新たなスキルのオーブが発見されるなど、話題性に富んでいる。そんな彼に続こうと多くの冒険者たちが奮起しており、これからも冥層での死者が増え続けることを一部関係者は懸念している。
探索は自己責任、しばしば冒険者が使う言葉であるが、助け合いもまた、冒険者の責務だ。
この件に関して、彼は沈黙を貫いており、今後の彼の対応に注目が集まる。だって」
端的に言えば、お前パーティーメンバー見捨てたんじゃね?てか、お前のせいで人が死にかねないけどどうする?って感じだな。
………というかこの死んだ4人の冒険者って、あいつらだよな。
そう思い、玲を見ると、俯いていた。
ぷるぷると華奢な肩が震えており、黒いロングヘアーがその表情を隠している。
あ、やばい。そう思った瞬間、爆発した。
「―――なんですかこの記事は!湊先輩になんて失礼な………!書いたやつは誰ですか、私が消してきます!」
「落ち着きなさいよ、あんた暗殺に使えるスキルなんて持ってないじゃない」
「………そう言う問題じゃ無いと思いますけどー」
編集中のすいがぽつりと呟いた。俺も同感だ。この人、倫理観とか無いのだろうか。
「ていうか、この4人って、あいつらだよな?」
俺が問うと、むくれていた玲は小さく頷いた。
「あいつらって?」
「俺達が冥層に入った時に遭難してた4人組の冒険者がいたんですよ。多分タイミング的に……」
「えっと、パーティー組んでないわよね?」
「当たり前です。あんな無礼者共と組むはずがありませんし、彼らは生きて【天への大穴】まで送りました!」
玲の言う通りだ。とは言っても、俺たちが送ったのは【天への大穴】までだ。【天への大穴】から50階層のセーフティーエリアまでの間に死んだ可能性があるから、それを冥層での死亡だと思われたのだろうか。
………いや、彼らは短絡的ではあったが、実力は確かだ。
あの短い道中で全滅することは無いと思うのだが。
恋歌さんはコツコツと机を叩き、形のいい眉をしかめる。
「………きな臭いわねー、この記事も随分湊に敵対的だし」
「ですよねー、それに記事出るの早くないですかー?まるで死者が出るのが分かってたみたいですよ」
彼らが死んだとすれば今日の昼頃。今は夜だ。
半日で全部の裏どりを終えて記事にするというのは現実的ではない。
「誰かが湊先輩の悪評を広めるために4人を殺して記事を書いたと。となればまた【迷宮管理局】でしょうか」
「………どうかしらね。とは言っても、火消しは簡単だけど。すい、さっさと編集して投稿しなさい」
「そう言うと思ってもうしましたよー」
「あんたホント優秀よねー、冒険者引退したら事務方確定ね」
「勝手に私の進路決めないでくださーい。私は引退したらいいお嫁さんになるんですー」
動画を投稿した瞬間、和気藹々とし始めた二人に、俺は疑問符を浮かべる。
「あのー、俺の方でもなんかしなくていいんですか?」
例えばSNSで冒険者を助け、【天への大穴】まで送り届けたことを明らかにすれば、後で彼らとの関係が明らかになったとき、下手な邪推をされずに済むのでは無いだろうか。
そう説明をしたが、恋歌さんははっきりと俺の考えを否定した。
「あの冒険者たちのことは触れない方がいいわ。冥層で何が起こったかなんて誰も分からないし、下手に反応すればやましいことがあると思われかねないもの。今やるべきなのは、予定通りに事を進めることよ。冥層の情報をまとめた動画を投稿すれば、湊のせいで人が死ぬって論法を潰せるし、後に残るのは証拠も無い死者4人のゴシップだけよ」
「………なるほど。結構やばいかと思ってました」
俺はほっと息を吐く。
「やばいはやばいわよ。攻撃されたんだから」
「……ですよね」
「誰か知らないけど、【迷宮管理局】に手勢がいて、マスコミも動かせるやつね。これはジャブよ。軽く揺さぶって、ワタシたちがどう反応するのか確かめるためのね」
「そのために四人を……」
恋歌さんが言っている通りなら、その軽いジャブを打つために、4人を殺した人間がいるということだ。
得体のしれない悪寒が背筋を走る。
玲と出会い、俺の世界は大きく変わった。
だが今日が一番衝撃的だった。
ただの貧乏大学生だった時とは違う、他者からの興味と注目。
それは時として恐ろしい悪意に染まるのだと知った。
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