お土産

「【オリオン】事務所まで」


俺と玲はタクシーに乗り、事務所へと向かう。

時間は19時ごろ。

冒険者を助けるイレギュラーはあったものの、ほぼほぼ予定通りの時間だ。


「……はぁ、疲れました」


座席に頭を沈ませ、玲は息を吐く。

そうしていると、ほっそりとした白い首筋から豊かな胸部までの艶めかしい曲線が強調され、咄嗟に目を逸らす。

すると、バックミラー越しに運転手と目が合う。

ちらちらと、しかししっかりと玲に視線を奪われていた。

……お前もかい。


俺と目が合うと慌てた様子で前を向いた。


「……そうだな、【蝕雨】は雨単体は大したことないけど、モンスター込みで考えたら三本の指に入る厄介さだからな。でも、初めてでこれだけ動けるなら、やっぱり玲は強いよ。次も頼りにしてる」

「…………ありがとう、ございます」


玲は視線を窓の外に向けるが、僅かに朱色に染まった耳元が彼女の心を表している。


「ちなみに一番厄介な雨は?」

「【雷雨】」

「……冗談でしょう?」

「まじだよ。行くことは無いから気にしなくていい」


俺達は【オリオン】事務所前で降りた。

夜でも灯の絶えないビルの中に入り、上階へと向かう。

目的地は食堂だ。そこで彼女は待っているらしい。


【オリオン】事務所の食堂は豪華だ。

不規則な生活を送る冒険者たちのライフスタイルに対応するため、24時間開いているし、料理を作るのは恋歌さんがスカウトした料理人たちらしい。

俺も事務所に来ることがあれば、毎回ここで食事をしている。

所属冒険者はただで食べられるからお得なのだ。


「あ、いたいた。こっちよ、玲、湊!」


恋歌さんはすぐに見つかった。

一番奥の席でぶんぶんと手を振っている。

恋歌さんの対面には、奥から俺たちの試験の実況もしていた日向ヒナタすいと俺と同期の妃織雪奈ヒオリユキナがいた。


「お疲れ様でーす!初配信見てましたよー」

「……おさかなさん、美味しそうだった」


元気で人当たりのいい日向さんと無表情の妃織。対照的な少女だ。


「お土産もあるよ、はい」


机の上に【物体収納】を取り出し、クーラーボックスを取り出す。

中身は【ピチピチカンス】の身と赤い果実だ。

何とか玲から守り切った物だ。


「いいわねぇ!これで何か作ってもらいましょうか」

「あ、私シェフに頼んできますよー、玲さんと湊さんは座っててくださいねー」


すいはクーラーボックスを持ってぴゅーん、と駆けて行った。


「ほら、座りなさいな」

「はい、えっと……」


どっちに座ろうか。

片方は恋歌さん、片方は妃織だ。

……どっちも違った近寄りがたさだ。

恋歌さんは何されるか分からないびっくり箱みたいな怖さがあるし、妃織は何を考えているのか分からない。

今も無表情でこっちを見ている……。

透き通るような白髪と淡い碧眼という浮世離れした美貌も相まって、物語の妖精のようだ。

迷っていると、玲はすすっと妃織の横に座ったので、俺は恋歌さんの横に座る。


「初配信お疲れ様。中々いい滑り出しだったわよ」


そう言って恋歌さんは、スマホの画面を見せてくる。

それは、俺の配信用のチャンネルが映っており、チャンネル登録者は100万人をすでに超えていた。


「うちで一番の伸び率ねー、流石は【冥層冒険者】」


手放しでほめてくれるので、恥ずかしくなる。


「私も同期として誇らしい」


とてもそう思っているとは思えない無表情で、彼女は鷹揚に頷いた。

玲もあまり表情豊かな方ではないので、感情が読みづらいのだが、妃織はそれ以上だ。

もはや表情筋が凍ってるとしか思えない。


「妃織、も配信するのか?」

「………雪奈で構わない。【オリオン】では基本的に名前で呼ぶと聞いた。配信は…………しない」

「お、おぉ、なら雪奈で」


会話のリズムが独特な少女だ。


「本当は雪奈にもして欲しいんだけど……まあ強制じゃないからいいわよ」

「……話をするのは苦手」

「分かりますー、顔が見えない相手だと難しいですよねー」


戻って来たすいがにこやかにそう言った。


「あ、私もすいでいいですよー。呼びやすいでしょうー?」

「分かった」

「すいは私の後輩なんですよ」

「へえ、頭いいんだな」


玲が通ってる高校は、かなり偏差値の高い学校だったはずだ。


「ふふふー、自慢じゃないですけど、学年最下位です!」


偏差値高い学校の最下位……なんとも反応に困る。

それは頭がいいのか悪いのか。

俺よりはいいんだろうけど。

当のすいは気にした様子も無く、微妙な顔をした俺を見てくすくすと笑っていた。


「それで、撮れた?」

「はい、ばっちりです」


恋歌さんが言っているのは、配信のことではない。

それとは別に撮影していた映像だ。

俺は配信ドローンのデータチップを渡す。

恋歌さんはそれを「すい」と言って放る。


「わ、っとっと。やっぱり私がやるんですねー……」

「当たり前じゃない。得意でしょ?」

「そんなことないですけどねー」

「………すいは何でもできる。自信もって」

「雪奈さん……!そう言うことじゃないけど、優しくて好き!!」


ひしり、と雪奈に抱き着くすいと「おー」と謎の感嘆を漏らす雪奈。

それを怪訝そうに見る玲という訳の分からない光景が広がる。


「冗談はこのぐらいにして、動画作りますねー」


はぁ、とため息を吐き、すいは持ってきていたパソコンにデータを読み込ませ、編集を始めた。


「ごめん、俺が編集できれば良かったんだけど」

「いえいえー、編集担当の予定を抑えずに私を呼んだ恋歌さんが悪いんですからー」

「いいじゃない。報酬は貰うでしょ?」


そう言った恋歌の視線の先には、こちらに運ばれてくる魚料理と綺麗にカットされた赤いフルーツがあった。


「……まあ、いいですけどー」


【ピチピチカンス】はパリッと焼き上げられ、香ばしいハーブの香りがする。

夕食をダンジョンで済ませた俺でも、飛びつきたくなるほど暴力的に五感を刺激してくる。

他の3人はもちろん、熱いうちに料理を食べ始めた。


「うっわ、美味しいわね」

「んん~~!絶品ですねー、私も冥層行きたくなりましたー」

「…………いい、これはいい。干せばもっと美味しいはず」

「…………」

「玲、ステイ。これはお土産だから」

「…………わ、分かっています」


三人はあっという間に食事を終えた。

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