【蝕雨】の夜
「まずは切り身をアルミホイルに乗せて……」
俺は【ピチピチカンス】の調理に取り掛かる。
料理のために【物体収納】に調理道具や調味料を多く入れておいたのだ。
「バターを乗せて醤油をかけて、包んで焼きます」
『鮭のバター醤油焼き、だと!?』
『こいつ、前回の丸焼きから進化してやがる!!』
「あんまり魚料理しないから、このぐらいしかできないけど」
玲はじっと火にかけられた【ピチピチカンス】のアルミホイル焼きを見てる。
美麗な横顔は綻び、瞳はきらきらと輝いている。
この子、ほんと食べるの好きだな。
だからあんなに育ったのか。
「……そんなことありません!ダンジョンでこんな豪華なものが食べられるなんて」
『【物体収納】持ちの特権だよなぁ』
『まじで家主のスキルの中で一番羨ましいわ』
『どこで手に入れたの?』
「【物体収納】は下層で偶然手に入ったんだよ」
『まあ、それぐらいしかないよなぁ』
「今日はデザートもあるんだ」
俺が取り出したのは、赤い果実だ。
リンゴ大のサイズの実だが、中はイチゴのような柔らかい果実が詰まっている。
「それって、道中で採っていた実ですよね?」
「ああ。生でも美味しいんだけど……」
俺の一押しの食べ方は、しっかり火を通すことだ。
枝に刺し、火から離して、こげないように火を通す。
こうしておけば、魚を食べ終わったころにちょうどいい食べごろになるはずだ。
『デザート付きとか贅沢だなぁ』
『食える果実あんだ』
『何気にフルーツ系の食べ物ってレアだよな』
『それも売ってくれ』
『売らないだろ、こいつらは』
「いや、売る予定だぞ?オーブもオークションに流す予定だから」
『…………まじで!?』
『嘘だろ、おい!』
『大ニュースじゃん!!』
『さっきの【状態異常適応】売るの?』
『いやったぁああ!オークション来たぁ!』
『俺の貯金が火を噴くぜ!』
俺の何気ない一言で、コメントは一気に加速する。
今回の探索の成果のうち、『オーブ』はオークションに流すと事前に恋歌さんたちと決めていた。
理由はいくつかあるが、『オーブ』はクランが独占するうま味があまりないからだ。
新スキルの『オーブ』は、手に入れたからと言ってすぐに使うわけにはいかない。
乃愛という例外を最近見たが、得体のしれないスキルを覚えたいと思う者はいない。
新スキルは、検証を重ね、魔素許容量をどれだけ占めるのか、魔力消費量はどれぐらいなのか、効果、使用法などが判明してから、初めて冒険者が使用する。
つまり『オーブ』を独占するメリットはクランには無いため、必要とする企業や研究機関に流し、さっさと効果を検証してもらった方がいいのだ。
前回、【オリオン】が【重裂傷】のオーブを買い取ってくれたのは、それが欲しかったというよりも俺達を守るために引き受けたというのが大きいはずだ。
そして『オーブ』を売ることで、モンスター素材を独占することから視線を逸らし、批判を避けるという狙いもある。
(クランにとっては効果の分からない新スキルより、有用性が確かな素材の方が価値があるからな)
世間の批判を避けるために全てを差し出す気は俺にも【オリオン】にもなかった。
「よし、じゃあそろそろ食べるか」
未だに盛り上がるコメント欄を放っておいて、俺はアルミホイルを火の中から取り出す。
大きめの葉を皿代わりにして、アルミホイルを開く。
「わぁ……!」
玲が感嘆したように声を漏らす。
その幼げな様子に俺はくすりと笑みを漏らした。
でも、玲の気持ちはわかる。
開いた瞬間に広がる醤油とバター、そして魚の煮汁が混じった香ばしい香りに、ぷくりと膨らんだ美味しそうな白身は食欲を刺激する。
絶対に美味しい。見ただけでそれが分かる。
『うんまそ!』
『この時間にこれはきついなぁ~』
『魚の存在感すげえ』
『刺身でもうまそうだったよなぁ』
「仕上げに軽くこれを絞る」
俺は赤いフルーツと一緒に収穫していた小ぶりな黄色い実を取り出す。
柑橘系の実であり、そのまま食べるにはすっぱすぎるのだが、レモン代わりにも使える。
それを魚の上に数滴絞る。
「完璧……!」
『こいつ、贅沢な真似しやがって!』
『一工夫する余裕あるとかすげえなあ』
「じゃあ、食べるか」
「はい!」
待ちきれない様子の玲と一緒に、【ピチピチカンス】のアルミホイル焼きを食べる。
一口食べ、俺と玲は無言で食べ続ける。
結構熱いのだが、それでも食べるペースは止まらない。
俺達は完食してから、ようやく息を吐いた。
「うっま」
「……最高でしたね」
『言われんでもわかるわ』
『あんなうまそうに食いやがって……!』
「醤油があっさりした魚の身に最高にマッチしてたな」
「【ピチピチカンス】のうまみが凄かったです」
『羨ましい』
『いーなー』
「こればっかりは現場にいる冒険者の特権だな」
一番新鮮でおいしい状態の食材を食べられるのは、冒険者の楽しみの一つだ。
「フルーツの方もいい感じだな」
熱が通ったフルーツ串を取り、玲に一つ渡す。
「どうやって食べるんですか?」
「表面の皮を向いて、中身を食べるんだ」
熱い実に苦戦しながら、表面の薄皮を向く。
すると中から零れ落ちそうなほどぱんぱんに詰まった果実が姿を現す。
ぱくり、と口に入れると糖度の高い甘い味が口いっぱいに広がる。
これも絶品だ。
玲も夢中で一つ丸ごと食べきってしまった。
「お変わりあるけど、食べる?」
「はい!」
玲は楽しそうに赤い実を火であぶり始めた。
すげえ、4つ同時に調理してる。
あれ食べきれるのか?俺でもあのサイズの実4つはきついんだけど……いや、食べきれるか。
玲の健啖家ぶりを考えれば少ないぐらいだ。
玲が幸せそうに4つの果実を食べ終えた後、俺たちは地上に向けて進みだした。
ルートは行きと同じ、階層西部を通るルートだ。
だが俺たちは、行き以上の速度で森と平野の境目を進んでいく。
重い雨の感触を【耐魔の外套】越しに感じる。
空を見れば、今にも落ちてきそうな曇天が垂れ下がっている。
「湊先輩、急ぎ過ぎでは!?」
玲が雨音に負けない大声で叫ぶ。
大雨の中、走り続けるのは、確かに危険な行為だ。
索敵能力は低下するし、足場も悪い。
『いつになく焦ってない?』
『確かに緊張感凄いわー』
『てか、天候すごいな。ダンジョンの中とは思えない』
「――――他のモンスターは大体森の奥に逃げてるから問題ない!それよりも急げ!」
今は理由を説明する暇も無い。
今日は特に降水量が多い。
あれの反応がすでに【探知】に映るほど広がっている。
玲も俺の様子にただならないものを感じたのか、黙って速度を上げる。
時折出てくるモンスターは玲が追い払うか切り捨てていく。
そのたびに、モンスターの素材を惜しむコメントが溢れたが、拾う暇はなかった。
そして俺たちは、【天への大穴】の真下に来た。
軽く息を荒げる俺と違い、玲は平然としている。
俺達はフードを外し、久しぶりに広がった視界と外気の冷たさを感じる。
足を止め、周囲を見る余裕が出来たのだろう。玲は、地平線を見てぽつりと呟く。
「――――湊先輩、なんだか向こうの方、水没してませんか?」
暗い夜の闇と同化して分かりづらいが、玲はその優れた五感で察知したのだろう。
『…………確かに奥の方、揺れてるな。水面っぽい』
『【撥水森】みたいに水が溜まってんの?』
『え、前の時はそんなことなってなかったよな?』
「……降る雨によって生態系が変わるって話しただろ?」
「え?はい」
「この【蝕雨】は魔力を豊富に含んだ雨だ。分類的には魔法に近いから、この雨の中活動するモンスターは魔法に耐性を持つモンスターが多い。じゃあ、この雨の中で最強のモンスターはどんな奴だと思う?」
『えー、普通に魔法効かないやつとか?』
『フィジカルゴリゴリモンスター?』
『なんやろ、分からん』
「雨で強くなるモンスター、【エンダーリッチ】のような魔法吸収能力を持つモンスターでしょうか」
『あー、48階層のあいつか』
『魔法使いの天敵ね』
『俺の心に刺さるフォルムをしてるんだよなぁ』
「正解。この51階層にも魔法吸収能力を持つモンスターがいるんだよ。【無尽増殖粘液体】って言うんだけど」
『うっわ、嫌な名前』
『何となくわかっちゃった……』
『えぇ~?』
「そいつは雨と魔力を吸って、肉体を増殖させて、階層中に肉体を広げるんだ。そして狩りをする」
「つまり、私が先ほど見た水没した風景は……」
「そいつが地表を這ってる姿だ。ほら、もうすぐ『漁』が始まる」
俺達が見ている前で、地面に溜った水が一斉に浮かび上がる。
まるで重力から解き放たれたような光景だ。
だが違う、あれは水ではなく、【無尽増殖粘液体】の肉体の一部であり、雨により増殖した肉体を折りたたむことで、内部にいる生物全てを捕食する。
木々が、モンスターが肉体に押しつぶされ、轟音を立てる。
先ほどまで通った森も地面も、全てが見る影も無く変わっていく。
後に残るのは、巨大な金魚鉢のように丸まった【無尽増殖粘液体】の姿のみ。
【無尽増殖粘液体】はその肉体で、一つの森を丸ごと捕食した。
『災害じゃん……』
『冥層、やばいやばいとは思ってたけど、ここまでとは』
『地形破壊はやばすぎるだろ』
『あいつ、ずっといるの?』
「……雨が止んだら魔力切れで肉体が崩壊する。だけどそれまではあいつの天下だな」
【蝕雨】の夜は特に厄介だ。
どこの森をターゲットにするか分からないから、さっさと逃げるに限る。
俺と玲は素早く【天への大穴】を昇り、逃げた。
徹夜覚悟で穴の側で待ち構えていた冒険者もいたが、再び【隠密】で撒いた。
最近、モンスターよりも対人で活躍している気がする。
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