名付け
応急処置で木の板が打ち付けられたログハウスの中、焚火の前に俺たちは成果を並べた。
配信用ドローンカメラに映る品物の中、ひときわ視聴者の目を引いたのは二つの『オーブ』だ。
『きちゃああああ!!』
『オーブ、オーブ、オーブ!』
『解読班早くー!!』
『次はどんなぶっ壊れ何だろうか』
『一個は何のやつ?』
「一個はここに来るまでに討伐した【
『どんなモンスターなん?』
「一言でいえば……身体能力を低下させる霧を吐く風船魚でしょうか」
『えぇ……何それ……』
『イメージできんwww』
『それ魚なの?』
『ダンジョンって下に行けば行くほど変なモンスター増えるよね』
「魔法使うモンスターだから、結構いいオーブ出ると思うんだよなぁ」
モンスターの落とす『オーブ』は、種族と個体によって違う。
種族によって、1から5種類ほどのオーブがあり、例えば俺の持つ【探知】を落とす【四ツ目蝙蝠】という上層のモンスターは、【探知】のオーブを5割、【出血】のオーブを3割、【加速】のオーブを2割の確率で持っている。
魔法を使うモンスターは希少であり、低確率で魔法系スキルのオーブを落とすことがあるのだ。
超希少な魔法系スキル、期待せずにはいられない。
『魔法マジ!?』
『冥層の魔法系スキルってワンチャン新魔法じゃん!!』
『めっちゃドキドキしてきた……』
『釣った魚の方のスキル分かったぞ。【状態異常適応】だって』
「【状態異常適応】?」
『はい、新スキルー』
『聞いたことないなぁ』
『もうどうなってんだよ、この階層』
『冥層すげえなぁ』
『二回の探索で新スキル二個見つけた男』
「言葉の通りなら……耐性系のスキルでしょうか?」
「にしては『適応』って言葉が引っかかるけどなぁ……乃愛食べるかな?」
「流石にそこまで悪食では……無いと思います……」
「何で目逸らすんだよ」
玲の視線がふわふわ泳ぐ。
俺の想像の中の乃愛も、気だるげな三白眼のまま、オーブを飲み込む姿が簡単に想像できるから、玲の気持ちもよくわかる。
『これで食ったら伝説だろ』
『流石に金足りないだろwww』
『やりかねないのが怖いよ』
「【オリオン】から買ったんだっけ?」
「らしいですね。値段は言えませんが」
クランから所属冒険者への売却とはいえ、億は超えているんだろうということは、俺たちが受け取った金額から想像できる。
『もう一つもオーブも判明。【潜行】だな』
「………【潜行】かぁ、何か聞いたことあるな」
「確か北海道の方のダンジョンで見つかったレアスキルですね。残念ですが、新発見のスキルではありません」
『どんなスキル?』
『レアはレアだけど微妙なスキル』
『地面に潜れるやつね』
『当たり前だけど、全部が全部新発見ってわけじゃ無いんだね』
「まあ、【ピポポ鳥】もゴミスキルしか落とさないしなぁ」
懐かしいな。ぶ厚い『
51階層に入って初めて討伐したモンスターだったから、期待していた分、絶望も深かった。
「下振れした感じはありますね」
「分かる。何体か狩れば魔法系スキル落としそうだよな」
『狙う?』
「………【蝕雨】の時しかいないから、地味にレアなんだよな。もう雨足も強まってるし、また今度だな」
【蝕雨】の夜は、あれが出る。
下手に戦って寄ってこられたら死にかねない。
『あとは鱗と肉?』
「そうだな。鱗は防具用だ。一応こいつが今日の目的だったんだ」
湖の水が引いた朝方、この鱗を一度だけ見たことがあった。
素人目に見ても防具の素材として優秀だったから、今日は釣りに来たのだ。
『防具にすんのね』
『俺より貧弱だし』
『さらっと下層潜ってる自慢やめてくださーい』
「玲の装備も更新出来たらいいんだけどな」
「私は後回しで大丈夫です。一応、下層素材でも最高品ですので」
「まあ、次の武器素材は玲にも使えると思うよ」
「明日行くところですか?」
「そうそう。配信もするからよかったら見に来てくれ。玲の方でも配信するから」
今回の探索は土日二日を使ったものだ。
この二日で俺が目を付けていた素材を全て回収する。
『おぉー、楽しみ!!』
『連続配信なんて最高じゃん!』
『また釣り配信して』
「釣りはもういいだろ……」
変なファンが付いてしまった。
『配信すんなら告知しろよwww』
『何も言わずチャンネル作って配信始めたからなぁ』
『【オリオン】どうなってんだよ笑』
『それで20万人が見てるってすごいよな』
「……一応、湊先輩のSNSアカウントも作ってるはずですけど」
玲のクールな表情から視線を逸らす。
「………はあ、忘れてましたね」
「次は気を付けるよ」
次も忘れそうだし、玲の方で告知するならそれでいいだろうと思っている俺がいる。
「よし、じゃあ料理するか」
「……はい!」
疑わし気に俺を見ていた玲の瞳が輝く。
美味しいもので釣れば玲の意識は逸れる。
最近学習してきた。
『クッキング、タァアアアイムウウウ!!!』
『来たぁああああ!!』
『やってくれると信じてた』
『懐かしさを感じる俺がいる』
「よし、じゃあこの魚を……」
『名前どうすんの?』
『ほんまや、決めてないやん』
ダンジョンで新発見のモンスターの名前は、発見者に命名権がある。
この古代魚みたいな魚は俺も名前を付けていなかった。
「じゃあ、玲が名付けたら?」
「私ですか?」
「倒したの玲だし」
『……あっ』
『あっ』
『やめた方が……』
『え、なに?』
『玲ファンの反応が不穏すぎるんだけど』
「……では、【ピチピチカンス】で」
「ピチ……え?」
「【ピチピチカンス】です」
冗談かと思ったが、玲の表情は生真面目だ。
【ピチピチカンス】か……可哀そうに。
「えー、【ピチピチカンス】の身を食べやすいサイズに切り分けます。白身魚みたいですねぇ」
『なんか言えよ、白木』
『全然玲の顔見てねえwww』
『肉厚な身やな』
『一部は地上で売ってくれ、買うから』
『ちょいちょい大富豪っぽい一流冒険者がちらつくよな、この配信』
うるさいな、コメント欄。
俺はコメント欄を無視して、かわいそうな魚の調理に無心で取り掛かった。
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